学位論文要旨



No 128509
著者(漢字) 岡田,和也
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,カズナリ
標題(和) マウス鼻腔粘膜免疫におけるナチュラルキラー細胞の解析
標題(洋)
報告番号 128509
報告番号 甲28509
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3985号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 准教授 本田,賢也
 東京大学 准教授 菅谷,誠
 東京大学 講師 土肥,眞
 東京大学 講師 近藤,健二
内容要旨 要旨を表示する

ナチュラルキラー細胞 (Natural Killer cells, 以下NK細胞)は自然免疫を担うリンパ球の一種であり、生体の恒常性維持、防御に深く関わる細胞である。NK細胞は細胞障害活性とサイトカイン産生能を持ち、ウイルスを含む感染、あるいは腫瘍細胞の排除において中心的な働きを担っている。NK細胞の分画や機能は組織によって異なっていることが明らかにされてきており、特に近年の粘膜免疫学の発展に伴い、腸管や子宮内膜などのさまざまな粘膜面で特徴的なNK細胞が同定されている。

鼻腔をはじめとする上気道は、解剖学的位置から各種抗原や病原体などの侵入経路となりやすいため、生体防御の最前線として重要な場所であり、そこでの免疫機構の解明は特に呼吸器感染症に対する予防・治療戦略を構築する上で重要であると考えられる。しかしながら、自然免疫に関していえば、これまでに上気道、特に鼻腔のNK細胞はほとんど解析されておらず、その分画や機能は未だに明らかにされていない。

今回の研究課題では、マウス鼻腔NK細胞の同定、および分画・機能の解析を目的とした。研究対象としてNK細胞特異的受容体NKp46をコードする遺伝子Ncr1のエクソンをGFP遺伝子で置換したNcr1(GFP/+)ノックインマウスを使用し、組織中でのNK細胞の解析に役立てた。

まずは免疫組織化学染色により、NKp46陽性NK細胞を鼻腔内に同定した。NK細胞は広く鼻腔の粘膜固有層に分布していたが、その中でも鼻中隔に多くみられる傾向があった。一方で、鼻咽腔関連リンパ組織にはほとんど存在していなかった。

次にフローサイトメトリー解析により、鼻腔NKp46陽性細胞における表面マーカーの発現を検討した。鼻腔NKp46陽性細胞はCD3陰性、CD122陽性、NK1.1陽性、2B4陽性かつCD49b陽性であり、脾臓や肺由来のNKp46陽性細胞と同様、NK前駆細胞から十分にNK細胞へと分化を果たした細胞であると考えられた。一方、NKp46陽性でありながら、NK1.1陰性でIL-22を産生するとされる、腸管で見出されたNK-22細胞は、脾臓や肺同様、鼻腔でも認められなかった。

続いて鼻腔NK細胞の詳細を明らかにするため、Ly49受容体ファミリーの発現レパートリーを比較した。脾臓NK細胞に比較して、肺および鼻腔NK細胞ではLy49C/F/H/I受容体の陽性細胞の割合が有意に低下しており (p < 0.01)、またLy49D受容体陽性細胞の割合は鼻腔で有意に低下していた (p < 0.05)。

NK細胞の成熟・活性化に関わる表面マーカーの検索を行ったところ、肺のNK細胞の80%近くがCD27(low)CD11b(high)の「老化」を示す表現型を取るのに対し、鼻腔ではCD27(high)CD11(blow)の比較的幼若なNK細胞が40%近くを占め、有意に高い割合を占めていた(p < 0.01)。またNK細胞におけるCD127の発現は脾臓、肺、鼻腔でほとんど差がなかったが、特に活性化マーカーであるCD69の発現が鼻腔で脾臓や肺に比べて有意に上昇しており(p < 0.05)、一部の鼻腔NK細胞が何らかの要因で活性化状態にあることが示唆された。

さらにNK細胞の機能についても検討を加えた。細胞傷害活性を司るグランザイムBの細胞内での発現量は脾臓、鼻腔、肺それぞれのNK細胞で差を認めなかった。一方、phorbol-12-myristate-13-acetate (以下PMA)およびionomycin (以下iono) 、あるいは IL-12および IL-18によりin vitroで刺激すると、脱顆粒能を反映するとされるCD107a陽性細胞の割合が、脾臓NK細胞に対して肺あるいは鼻腔NK細胞では有意に低下していた(p < 0.01)。また、インターフェロンγ産生NK細胞の割合も、PMAおよびionoによる刺激では脾臓NK細胞に比べて肺および鼻腔NK細胞で有意に低下していた (p < 0.01)が、さらにIL-12およびIL-18の存在下では、鼻腔NK細胞において脾臓のみならず、肺由来NK細胞に比較しても有意に低下していた (p < 0.05)。

このように、in vitroでの鼻腔NK細胞の反応性が減弱していることが判明したため、鼻腔NK細胞が実際にin vivoで機能しているか否かを検討するため、鼻腔インフルエンザウイルス感染モデルを採用し解析を行った。インフルエンザウイルスInfluenza A/Puerto Rico/8/34を無麻酔下でマウス鼻腔内に投与することで鼻腔内に感染させた。感染後2日目には、鼻腔NK細胞のリンパ球全体に占める割合および細胞数が有意に増加し (p < 0.05)、感染後5日目に至るまで維持されていた。一方、鼻腔NK細胞でのCD69の発現は、感染後2日目の時点では変化がないが、感染後5日目には有意に上昇しており (p < 0.05)、感染の際にはNK細胞が比較的早期に鼻腔内で増加し、その後活性化されているであろうことが示唆された。

より直接的にNK細胞の関与を検討するため、NK細胞の除去を試みた。抗NK1.1抗体を、同抗体を産生するハイブリドーマを腹腔内投与したヌードマウスの腹水より精製し、実際に腹腔内投与によりin vivoで脾臓および鼻腔NK細胞を除去することを確認した。この抗体によりNK細胞を除去した群では対照群に比較して、鼻腔内のウイルス価が感染後2日目では差がなかったが、感染後5日目には有意に増加しており(p < 0.05)、鼻腔NK細胞がインフルエンザウイルス感染の制御において重要な役割を果たしていることが示された。

このように、鼻腔NK細胞は、脾臓NK細胞、あるいは肺のNK細胞と比較しても表面マーカーの発現や機能の面でユニークな細胞であることが明らかになった。このような相違が生み出される機構については今後の研究課題であるが、既に報告されている皮膚NK細胞と鼻腔NK細胞との類似点や、同じ粘膜面でも腸管で見出されるNK-22細胞が腸内細菌に依存していることなどを考え合わせると、粘膜面における共生細菌叢の有無、あるいは構成細菌の相違が、NK細胞の分画や機能に影響を与える可能性があると考えられた。また、特に同じ呼吸器に属する鼻腔と肺での分画の相違を手がかりとして、上気道と下気道の粘膜免疫をそれぞれ制御するメカニズムを解明できるのではないかと期待される。

また、インフルエンザウイルス感染時に、鼻腔NK細胞が重要な役割を果たしていることが改めて示された。他の呼吸器感染ウイルス、あるいは細菌感染時のNK細胞の関与については今後の検討を要するが、少なくとも鼻腔NK細胞は上気道粘膜免疫において、自然免疫系を担う主要な細胞の一つであることが示唆された。NK細胞の担う自然免疫系による抗ウイルス能は、T細胞やB細胞による獲得免疫系と異なり抗原による事前の感作が必要ない。そのため、鼻腔NK細胞の活性をコントロールすることにより、様々な呼吸器感染症に対する予防、あるいは治療に結びつけられるのではないかと考える。

以上より本研究は、鼻腔NK細胞が生体防御において重要な鼻腔粘膜免疫システムの構成要素であることを示しており、今後の呼吸器粘膜免疫学の発展の上で基礎となる成果と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、外界と直接接しており、生体防御にとって重要と考えられる上気道粘膜免疫の詳細を明らかにするために、マウスの鼻腔において自然免疫担当細胞であるナチュラルキラー(NK)細胞の分画・機能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. NK細胞特異的受容体NKp46をコードする遺伝子Ncr1のエクソンをGFP遺伝子で置換したNcr1(GFP/+)ノックインマウスを用いて免疫組織化学染色を行い、マウス鼻腔内でNKp46陽性細胞を同定した。鼻腔内では鼻甲介よりも鼻中隔に多く認められた一方、鼻咽腔関連リンパ組織(NALT)にはごくわずかしか存在しなかった。

2. Ncr1(GFP/+)ノックインマウスを用いたフローサイトメトリーを行ったところ、鼻腔NKp46陽性細胞はCD3陰性、CD122陽性であり、さらにNK細胞系列マーカーであるNK1.1陽性、2B4陽性かつCD49b陽性であったため、十分に分化したNK細胞であることが示された。また、鼻腔NK細胞は脾臓や肺のNK細胞に比較して、Ly49C/F/H/I受容体やLy49D受容体陽性細胞の割合が低下しており、またCD27(high)CD11(blow)の「幼若」なNK細胞が多く認められた。さらに、活性化マーカーCD69の発現が有意に上昇していた。

3. NK細胞内グランザイムBの発現量は鼻腔、脾臓、肺で差がなかった一方、phorbol-12- myristate-13-acetate およびionomycin 、あるいは IL-12および IL-18によるin vitroでの刺激実験により、鼻腔NK細胞の脱顆粒能とIFN-γ産生能が脾臓や肺のNK細胞に比べて減弱していることが示された。

4. マウス鼻腔インフルエンザウイルス感染モデルにより、インフルエンザウイルス感染により鼻腔内NK細胞数が増加し活性化することが示された。また、抗体投与によりNK細胞を消去したマウスで鼻腔内インフルエンザウイルス量が増加することから、in vitroでの反応性が減弱しているにもかかわらず、in vivoで鼻腔NK細胞がインフルエンザウイルスの増殖を抑制していることが示された。

以上、本論文はマウスの鼻腔において、NK細胞の存在とそのユニークな分画および機能、さらにはウイルス感染防御における重要性を明らかにした。本研究は鼻腔NK細胞が生体防御において重要な鼻腔粘膜免疫システムの構成要素であることを示しており、これまで未知に等しかった上気道における自然免疫系の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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