学位論文要旨



No 128512
著者(漢字) 富永,眞由美
著者(英字)
著者(カナ) トミナガ,マユミ
標題(和) 特別支援教育フリースクールにおける広汎性発達障害生徒の対人関係発達に関する研究
標題(洋)
報告番号 128512
報告番号 甲28512
学位授与日 2012.04.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3988号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 水口,雅
 東京大学 准教授 金生,由紀子
 東京大学 講師 岩佐,一
 東京大学 講師 春名,めぐみ
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

1.経験共有の発達の道筋 ‐典型的発達児と自閉症児‐

自閉症の中核的特徴は、他者とのパーソナルな関係の独特で深刻な障害であり、対人関係に不可欠な、行為と感情の対人相互協応の欠如である。社会的対人関係をうまく結ぶためには、「手段的」な人との関わりだけではなく、「経験共有」のための関わり合いが重要であり、そのために必要なのは、情動協調を用いる能力である。

経験共有の発達の道筋において、典型的発達児は、生後間もなく両親を参照し、成長と共に、人との関わりを協調させる手段を身につけ、仲間との経験共有から喜びを得るようになっていく一方で、自閉症児は、他者との関わりにおいて、彼らとは別の道をたどり、経験共有を知らずに成長していく。このごく幼い時期からの発達段階のつまずきが、自閉症の中核的特徴である社会性の障害として、後の対人関係に大きな影響を及ぼすことになるのである。

2.広汎性発達障害 (Pervasive Developmental Disorders: PDD) 児/者のアセスメント

近年、乳幼児健診体制の充実によって、わが国では、早期発見・早期介入を目的とした就学前幼児の診断とアセスメントに関する評価システムはある程度整備されているが、就学以降のPDD児/者に対する支援体制は十分に整っているとは言いがたく、特別支援教育としてその療育のあり方が模索されている。また、個別的な療育プログラムや指導において、教師に有用なアセスメント手段は、幼児期に比べて少ない。

アセスメントで重要なのは、子どもが他者と経験を共有しようとして、どの程度自分たちの関わりあいを参照し調整しているかを知ることである。教師が生徒に対し、真の社会的なつながりをもてるような教育目標を設定する場合、典型的発達児が経験共有に熟達していく過程で重要となる要素に着目した、注意深いアセスメントが必要である。それゆえ、生徒の行動の直接観察が適切であり、彼らの現在の発達段階を捉える必要がある。

3.Relationship Development Rating Scale (RDRS)の目的

以上の背景を踏まえて、PDD青年/成人にも適用可能で、対人関係成立に必要な基礎的能力を把握するためのアセスメント尺度として、RDRS を作成した。その目的は、(1)教師が使用し、個別教育計画作成に必要な、生徒の社会的対人関係能力を評価できる尺度を提供すること、(2)特別支援教育を実践する場において、支援計画立案に必要な情報を得るための尺度を提供することである。

この二つの目的に対応し、研究1では、RDRSの信頼性・妥当性を検討し、研究2では、PDD生徒を対象に、11か月間に亘り、RDRSによる社会的対人関係能力の評価と、その際に観察された行動を記述する。

4.RDRSのデザイン

生徒の現時点における、対人関係成立に必要な能力を評価し、6下位領域 (対人関係の量;人への注意・関心/社会的参照;協同調整;文脈;柔軟性/創造性;統合)で構成される。各領域は、得点が高いほど、対人関係発達が良好とされ(1点~7点)、協同調整・統合領域には、構造化されたアクティビティが含まれている。

研究1 RDRSの作成と信頼性・妥当性の検討

仮説:(1)PDD者は、情緒を基盤とした人との関わりを成立させるために基本となる、社会的対人関係能力が相対的に欠如している。(2)PDD者は、非PDD者よりも、RDRS得点が低い。

【方法】

対象は、都内にあるNPO法人フリースクールに在籍する生徒67名(男子52名,女子15名;CA(生活年齢): 平均207.48か月; IQ: 平均68.58)であり、児童精神科医によって、DSM-IVに基づいて診断された。診断内訳は、自閉症(AUT) 26名、アスペルガー障害(AS)8名、特定不能のPDD(PDDNOS) 9名、注意欠陥/多動性障害(AD/HD) 1名、学習障害(LD) 1名、精神遅滞(MR) 13名、統合失調症1名、ダウン症候群2名、適応障害1名、境界知能1名、その他4名であった。妥当性の検討のために、CA, IQ, 学園在籍月数に差がない2群(PDD群:AUT, AS, PDDNOS;非PDD群:AD/HD, LD, MR, 境界知能,適応障害,その他)から構成される54名の生徒が選ばれた。

分析方法

1.信頼性

内部一貫性:Cronbachのα係数を算出した。

評価者間一致率:ランダムに選ばれた対象者(27%)において、一致率を算出した。

経時的信頼性:10か月後の評価者間一致率を算出した。

評価者間信頼性:研究仮説を知らない2名の評価者によるRDRS得点の相関を検討した。

2.妥当性

内容的妥当性:尺度の作成について、PDD者に精通している教師、公立養護学校教諭、スクールカウンセラー、臨床心理士との数度にわたる話し合いにより、尺度の各領域と項目内容、評価の方法、定義、基準、実施手順について検討した。

パイロットテスト実施後、評価者と、修正/改訂すべき点について検討した。

併存的妥当性:新版S-M社会生活能力検査3領域(Communication, Socialization, Self-Direction)と、RDRS総得点・下位領域得点との相関、及び、CA、学園在籍月数、FIQ, 新版S-M社会生活能力検査で得られたSQ (社会生活指数)と、RDRS総得点との相関を検討した。

判別的妥当性:PDD 群/AUT 群と非PDD 群で、RDRS総得点と下位領域得点が正しく判別できるかどうかを検討するため、CA, FIQを共変量とする共分散分析を行った。

新版S-M社会生活能力検査3領域において、PDD群/AUT群が、非PDD群よりもSA(社会生活等価年齢得点)が有意に低得点を示すかを検討するため、CA, FIQを共変量とする共分散分析を行った。

【結果】

1.信頼性

内部一貫性は高かった。評価者間の一致率は、一部下位領域で低かったが、10か月後の評価一致率は高く、経時的な信頼性は良好であった。評価者間信頼性では、RDRS総得点について、評価者間の相関は高く、下位領域得点においても、比較的高い相関があった。

2.妥当性

内容的妥当性:作成時、人への注意・関心/社会的参照領域において、項目内容の水準を追加した。パイロットテスト実施後、アクティビティ・項目内容、マニュアルの評価基準、セッティングについて、修正/改訂を行った。

併存的妥当性:RDRS総得点・下位領域と新版S-M社会生活能力検査(Socialization)との間で中等度~高い相関があった。RDRS総得点とFIQとの相関は低く、SQとの相関は高かった。

判別的妥当性:RDRS総得点・下位領域得点すべてにおいて、PDD群/AUT群が、非PDD群より有意に低得点であった。SAにおいて、PDD群/AUT群が、非PDD群より有意に低かった。

【考察】

仮説(2)は支持され、情動協調能力がPDD者に欠如していることが示唆された。RDRS総得点とFIQ、SQとの相関、PDD/AUT群におけるSAの結果は、認知機能の差よりも、社会的機能の差が反映したものであると考えられ、PDD者の社会的対人関係能力の欠如が示唆された。よって、仮説(1)は支持された。

RDRSは、一定の評価者間信頼性を有するものと考えられるが、初回と10か月後の評価者間一致率の結果から、評価者の習熟度が影響する可能性が考えられ、トレーニングの必要性が示唆された。今後、一致率の低かった領域において、項目内容および評価法に関する再検討の必要があろう。

RDRS作成時からパイロットテスト実施後までの一連のプロセスにおいて、修正/改訂を行ったことにより、一定の内容的妥当性は保証されていると考えられる。

RDRSは、現時点の対人関係発達の程度を評価するが、特定の行動側面の、より詳細な評価の利用も可能であろう。今後、(1)正常発達児集団との間で、正しく判別できるかどうかの検討(2)対人・コミュニケーション行動側面の詳細な評価法との間における妥当性の検討(3)同質の他の集団における使用可能性についての検証が必要であろう。

研究2 RDRSによる社会的対人関係能力の経時的変化の測定

【方法】

対象は、研究1に参加したPDD生徒から選ばれた36名 (AUT 20名、AS 8名、PDDNOS 8名)である。3 群間で、IQ,SQに有意差はなかった。評価は開始時から5か月ごとに3回、毎回異なるペアで実施された。

分析方法

評価者間の信頼性:ランダムに選ばれた対象者 (28%) において、平均一致率を算出した。

RDRS得点の経時的変化:PDD3群間で、FIQ, CA, 学園在籍月数を共変量とする反復測定による分散分析を行い、得点の対比較にはBonferroni法を用いた。

IQ別AUT群で、反復測定による分散分析を行い、得点比較はt検定を用いた。

PDD下位グループ:3時点のRDRS総得点とCA, FIQ, 学園在籍月数との相関を検討した。

IQ別AUT群:3時点のRDRS総得点とCA,学園在籍月数との相関を検討した。

評価で観察された行動の記述を事例として記載した。

【結果】

RDRS総得点ではAUT群において、協同調整領域ではPDD下位グループ全てにおいて、有意な経時的変化があった。

対人関係の量領域では、FIQ70以下のAUT群において有意な経時的変化があった。

文脈領域では、高機能AUT群において有意な経時的変化があった。

IQ別AUT群では、総得点、文脈、統合領域において得点に有意差があった。

【考察】

集団的に見た場合、典型的発達児よりもずっと高い年齢で、経験共有を学び始めるのは、容易ではないことが示唆された。一方、個別的評価では、それぞれの特質は異なり、発達パターンは均一ではないことが示された。したがって、生徒に対し、経験共有を身につけるための基礎がどの程度であるかを見極め、個々に見合ったアプローチをできるだけ早期に開始することが重要であると考えられる。

RDRSの経時的変化については限界があり、本研究の知見は示唆的なものと解釈すべきであるが、評価の際の観察から、言葉の遅れのあるPDD生徒への適切な指導方法に結び付くようなヒントが得られ、最適な目標設定が可能になる場合もある。一方、高機能PDD生徒では、彼らの人との関わり方の特質と限界を認識し、対人関係において、就労後に経験するであろう彼らの困難さを知る上で有用な情報が得られ、最適な支援について注意深く考える機会が提供されるかもしれない。

青年期PDD生徒の自発的コミュニケーション行動や仲間との感情共有促進に有益な教育プログラム発展のための適切な要素の決定と、療育効果が適切に測定されうるアセスメントツールの洗練が、今後の大きな課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はPDD青年/成人にも適用可能で、対人関係成立に必要な基礎的能力を把握するためのアセスメント尺度を作成し、その尺度を用いて、教師がPDD生徒の社会的対人関係能力の経時的変化を測定し、特別支援教育を実践する場において、支援計画立案に必要な情報を得ることを目的として行われたものであり、下記の結果を得ている。

1.Relationship Development Rating Scale (RDRS)は、情緒を基盤とした人との関わりを成立させるために基本となる、社会的対人関係能力の測定が可能であり、PDD者において、その能力が相対的に欠如していることが示された。

2.RDRSは、高い内部一貫性を有し、一定の評価者間信頼性を有するものと考えられるが、初回と10か月後の評価者間一致率の結果から、評価者の習熟度が影響する可能性が考えられ、トレーニングの必要性が示唆された。

3.RDRSは、現時点の対人関係発達の程度を評価するだけでなく、特定の行動側面の、より詳細な評価としての有用性が示唆された。

4.集団的に見た場合、典型的発達児よりもずっと高い年齢で、経験共有を学び始めるのは、容易ではないことが示唆された。一方、個別的評価では、それぞれの特質は異なり、発達パターンは均一ではないことが示された。生徒に対し、経験共有を身につけるための基礎がどの程度であるかを見極め、個々に見合ったアプローチをできるだけ早期に開始することの重要性が示唆された。

5.RDRSの経時的変化については限界があり、アセスメント実施時期を含め、検討の必要性が示唆された。

6.RDRS評価時のアクティビティ場面での詳細な観察から、言葉の遅れのあるPDD生徒への適切な指導方法に結び付くようなヒントが得られ、最適な目標設定のための有用性が示唆された。一方、高機能PDD生徒では、対人関係における、就労後の彼らの困難さを知る上で有用な情報が得られる可能性が示唆された。

以上、本論文は典型的発達児が経験共有に熟達していく過程で重要となる要素に着目した、独自のアセスメント尺度を開発し、教師が使用可能な尺度を提供した点で独創的である。また、PDD青年/成人のエビデンスが少なく、支援体制の整備の必要性が認識され、早急な課題解決が望まれる昨今、経験共有という観点から、PDD生徒の対人関係能力を前向きに評価し、行動を記述したことは、適切な支援に有用な情報を提供し得るという点で、特別支援教育の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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