学位論文要旨



No 128528
著者(漢字) 伊藤,翔
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ショウ
標題(和) 弾性変形を伴う網状物体の流体力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 128528
報告番号 甲28528
学位授与日 2012.05.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7795号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木下,健
 東京大学 教授 高木,健
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 鈴木,克幸
 東京大学 教授 林,昌奎
 東京大学 准教授 北澤,大輔
内容要旨 要旨を表示する

本論文では,水産業に用いられている生簀や定置網などの網が波浪中に設置されていること考え,これの流体力特性について研究を行った.過去の研究で生簀の流体力特性について研究を行ったが,これにより,網の流体力特性は複雑であり,さらに,網の変形が流体力特性に影響を与えることもわかった.これを踏まえて本研究では,変形影響も含めた透水体の流体力特性を扱い,これを推定する手法を確立することを目的とした.

先行研究では理想流体理論に透水条件を組み合わせて,透水円柱の流体力特性について研究を行った.この計算手法を用いて推定した透水円柱の流体力は実験結果と良好な一致を得たが,対象の空隙率は最大で0.5程度であった.しかし水産業で用いられる網の空隙率はこれより大きいものも多く,この推定方法が適用可能である空隙率の範囲を広げる必要がある.また,より実際に用いられている網に近づけるため,これに網の変形影響を加える必要がある.ここでいう変形影響とは,網が変形することによって,網全体の動きに対して位相差を持って網面が運動する効果のことである.

そこで本研究では次の3ステップで研究を進めた.第1ステップでは変形を生じない,平面剛体網の流体力特性について研究を行った.ここでは網の空隙率と波の条件による流体力特性の変化について検証した.次に第2ステップでは,変形を伴う平面弾性網の流体力特性について研究を行い,第1ステップで求めた剛体平面網の流体力特性に弾性変形の影響を加えることにより,網面の変形がある場合の流体力特性について検証した.最後に,これが立方体形状の構造物になったときの,構造物としての網の流体力特性について検証した.これは立方体形状生簀のスケール模型であり,これの係留力についても検証した.各研究ステップにおいて,模型実験と理論計算の両方を行うことにより研究を進めた.剛体平面網については,これを模型と等しい面積をもった透水円板と見なして固有関数展開法を用いて理論計算を行った.また弾性平面網については,正方形網の振動モードを計算するために境界要素法と固有関数展開法を組み合わせたハイブリッド法を用いて計算を行った.ここでは網を弾性膜と見なして弾性膜振動理論を用いて,網の流体力から網の変形の大きさも計算してこれの影響を網の流体力特性に含めた.弾性立方体網の推定計算では弾性平面網と同様にハイブリッド法を用いて,網で構成された立方体について計算を行った.また,この計算により求めた流体力特性を用いて係留系の運動方程式を解くことにより,係留した場合の係留力の推定も行った.

具体的にはまず,剛体平面網の実験結果と,理想流体理論に透水体境界条件を組み合わせて計算した結果を比較した.実験模型は伸びが小さい樹脂糸を用いて9つの空隙率の網を用意してDiffraction, Radiation試験を行った.剛体平面網のDiffraction実験結果と計算結果の比較により網の境界条件についての実験式を得て,これを用いることによってRadiation問題も含めて網の流体力係数が理論計算により推定できることがわかった.また,これの流体力特性は網の空隙率で流体力特性が整理でき,計算の境界条件においては慣性力の効果も考慮する必要があることがわかった.

次に弾性平面網について,剛体平面網の結果を用いて求めた網の境界条件を用いて計算した結果と実験結果を比較した.実験模型はゴム糸を用いて網を構成しており,流体力を受けると網が弾性変形を生じるようになっている.これの流体力推定計算では,網を弾性振動膜だと見なしてこれの変形量とそれにより生じる力を推定した.この結果より,剛体平面網の結果から求めた実験式を用いることにより,弾性平面網の流体力特性を推定できることを確認した.また,網の初期張力が十分大きい条件では剛体網と比較して流体力係数に大きな違いはないが,網の初期張力が小さくて変位が大きい場合には剛体条件と異なる流体力特性を示す.また,網がゆるくて正弦波形から外れた変形を起こすような条件では,弾性平面網の流体力係数が剛体平面網に対して変化することが実験的にわかった.

弾性立方体網について,これの流体力係数と係留力,係留変位について実験と計算により検証を行った.実験模型は弾性平面網を6枚組み合わせて立方体形状を実現し,推定計算ではこれまでと同様に行った.推定計算においては平面網の場合と同様に,その流体力係数が推定計算可能であることを確認した.また推定計算により求めた網の流体力係数と,実験により求めた枠の流体力係数を用いて弾性立方体網の係留変位と係留力を求めたところ,どちらについても推定計算により実験結果を推定可能であることを確認した.

次に本論文を構成する各章について説明する.

第1章では,本研究の研究背景と網などの透水体を扱った先行研究について述べ,研究目的を記している.

第2章では,模型実験について述べた.本研究で用いた3種類の模型の製作と構成する要素と,用いた実験装置について述べた.また,実験の解析方法について述べた後,実験結果を示している.

第3章では,理想流体理論を用いた透水体の流体力特性を数値計算する方法について述べた.本研究では,剛体平面網については等しい面積を持つ透水円板について固有関数展開法で計算を行い,弾性平面網,弾性立方体網については境界要素法と固有関数展開法を組み合わせたハイブリッド法を用いて計算を行った.弾性網の計算において網を弾性振動膜として扱うことによりこの変位を計算しており,これらの計算方法について述べている.また,透水体の境界条件について,先行研究を含めてこれの扱いについて述べて,実験結果と比較することにより境界条件の実験式を求めている.最後に計算結果の例を示し,流体力特性について述べている.

第4章では,実験結果と計算結果の比較を行っている.剛体平面網のDiffraction試験から求めた境界条件の実験式を用いて,剛体平面網のRadiation問題,弾性平面網の流体力特性と網の変形変位を計算した結果について実験結果と比較し,これが有用であることを確認した.また,係留問題についても比較を行って,係留変位と係留力の推定が可能であることを確認した.

第5章では,速度ポテンシャルを解く効果を調べるために,粒子速度から流体力を求めた場合と,速度ポテンシャルを解くことにより求めた場合の流体力を比較した.これより,空隙率が大きい場合は網を糸の集合体として扱うことで流体力特性を推定可能であるが,空隙率が小さい場合は網全体を物体として捉えて流れ場を解かなくては流体力特性を推定できないことを確認した.

第6章では,以上のことにより得た結論を述べている.本研究の主な結論は以下の通りである.

・網の流体力はその空隙率で整理することができ,空隙率が大きくなるほど流体力は小さくなる.

・理想流体理論と透水体境界条件を組み合わせることにより,網の流体力特性を推定可能である.

・空隙率が0.7を超える網では流れ場を解かずに,網を構成する糸を円柱に見立てて流体力を計算することで,網の流体力特性を推定可能である.

・弾性網の初期張力が小さい場合は弾性変形により剛体網と異なる流体力特性を示すが,初期張力が大きくなると剛体条件と同じ流体力特性となる.

・弾性網を弾性薄膜と見なしてその振動を計算することにより,その流体力特性を推定することが可能である.

・平面網と同様の方法で立方体網の流体力特性を推定計算することが可能である.

・弾性立方体網を構成する網の初期張力が小さい場合,弾性平面網と異なる流体力特性を示すが,初期張力が大きい場合は弾性平面網と同様に流体力特性を示す.

・推定計算により求めた弾性立方体網の流体力特性を用いて,その係留変位と係留力を推定可能である.

また,付録には本研究の結論を導くためには用いていないが,網の流体力を推定する上で重要と考えられる3つの事柄について示している.1つめに,弾性平面網模型の空隙率が小さい模型では模型製作の難しさから,網がゆるくなり本研究で用いている推定手法の仮定を満たすことができなかった結果を示している.2つめに,実験における計測の難しさから計算結果と比較できなかった,弾性網の変形量の計測結果を示している.3つめに,他の研究者による穴あき板の流体力係数の実験結果と本研究の実験結果を比較した結果を示している.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では,水産業に用いられている生簀や定置網などの網が波浪中に設置されていることを対象とし,これの流体力特性について研究を行った.本人の過去の生簀の流体力特性についての研究で、網の流体力特性は空隙率,初期張力,波高等のパラメータ変化に対して大変に複雑であり,さらに網の変形が流体力特性に影響を与えることを明らかにした.これを踏まえて本論文では,変形影響も含めた透水体の流体力特性を扱い,これを推定する手法を確立することを目的としている.

先行研究には網の抗力係数, 質量力係数を仮定しモリソン式を基礎とするものと, 網の後流を詳細に数値的に計算するものがある. しかし抗力係数, 質量力係数を仮定する場合, それらの係数はレイノルズ数やキューレガン・カーペンター数によって変化するため, 如何なる係数を用いるべきか課題が残る. 網の後流をいちいち詳細に数値的に計算するのは, 目的に対し計算負荷が大きすぎる. そこで網による渦放出の影響を網面上の境界条件に集約し, 理想流体理論で計算する先行研究が有孔円柱について行われた.この計算手法を用いて推定した有孔円柱の流体力は実験結果と良好な一致を得ているが,対象の空隙率は最大で0.5程度であった.しかし水産業で用いられる網の空隙率はこれより大きいものも多く,この推定方法を水産業用の網に適用可能である空隙率の範囲を広げる必要がある.また,この先行研究における模型は穴あき金属板でできており,網とは流体力特性が異なる可能性がある.さらに,より実際に用いられている網に近づけるため,これに網の変形影響を加える必要がある.ここでいう変形影響とは,網面が変形することによって,網全体の動きに対して位相差を持って網面が運動する効果のことである.そこで本研究では次の3ステップで研究を進めている.第1ステップでは変形を生じない,平面剛体網の流体力特性について研究を行っている.ここでは網の空隙率と波の条件による流体力特性の変化について検討している.次に第2ステップでは,変形を伴う平面弾性網の流体力特性について研究を行い,第1ステップで求めた剛体平面網の流体力特性に弾性変形の影響を加えることにより,網面の変形がある場合の流体力特性について検討している.最後に,これが立方体形状の構造物になったときの,構造物としての網の流体力特性について検討している.これは立方体形状生簀のスケール模型であり,これの係留力についても検討している.各研究ステップにおいて,模型実験と理論計算の両方を行うことにより研究を進めている.剛体平面網については,これを模型と等しい面積をもった透水円板と見なして固有関数展開法を用いて理論計算を行っている.また弾性平面網については,正方形網の振動モードを計算するために境界要素法と固有関数展開法を組み合わせたハイブリッド法を用いて計算を行っている.ここでは網を弾性膜と見なして弾性膜振動理論を用いて,網の流体力から網の変形の大きさを計算してこれの影響を網の流体力特性に含めた.弾性立方体網の推定計算では弾性平面網と同様にハイブリッド法を用いて,網で構成された立方体について計算を行った.また,この計算により求めた流体力特性を用いて係留系の運動方程式を解くことにより,係留した場合の係留力の推定も行っている.

具体的にはまず,剛体平面網の実験結果と,理想流体理論に透水境界条件を組み合わせて計算した結果を比較している.実験模型は伸びが小さい樹脂糸を用いて9つの空隙率の網を用意してDiffraction, Radiation試験を行っている.剛体平面網のDiffraction実験結果と計算結果の比較により網の透水境界条件についての実験式を得て,これを用いることによってRadiation問題も含めて網の流体力係数がある程度は理論計算により推定できることを示している.また,この流体力特性は網の空隙率で流体力特性が整理でき,計算の透水境界条件においては慣性力の効果も考慮する必要があることを示している.

次に弾性平面網について,剛体平面網の結果を用いて求めた網の透水境界条件を用いて計算した結果と実験結果を比較している.実験模型はゴム糸を用いて網を構成しており,流体力を受けると網が弾性変形を生じるようになっている.この流体力推定計算では,網を弾性振動膜だと見なしてこれの変形量とそれにより生じる力を推定している.この結果より,剛体平面網の結果から求めた実験式を用いることにより,弾性平面網の流体力特性をある程度推定できることを確認している.また,網の初期張力が十分大きい条件では剛体網と比較して流体力係数に大きな違いはないが,網の初期張力が小さくて変位が大きい場合には剛体条件と異なる流体力特性を示すことがわかった.

弾性立方体網について,流体力係数と係留力,係留変位について実験と計算により検証を行っている.実験模型は弾性平面網を6枚組み合わせて立方体形状を実現し,推定計算を行っている.推定計算においては平面網の場合と同様に,その流体力係数がある程度推定可能であることを確認している.また推定計算により求めた網の流体力係数と,実験により求めた枠の流体力係数を用いて弾性立方体網の係留変位と係留力を求めたところ,どちらについても推定計算により実験結果をある程度推定可能であることを確認している.以上より,変形を伴う網状物体の流体力特性を推定し,それを係留した場合の係留力を推定する手法の基礎を確立している.

以上のように申請者は網状物体が弾性変形を伴う場合の流体力特性について, 透水境界条件の実験式を提案し, 実験的に検証して,流体力特性を推定する手法の基礎を確立した.また,各面が網になっている立方体形状網を係留した場合の係留力についても,本論文における推定手法を用いることにより,ある程度推定可能であることを示した.

論文審査会においては以上の内容を説明した上で,網の初期張力が大きくなる極限での剛体計算との整合性,空隙率が大きい場合のモリソン式との整合性について審査委員から質疑があったが,論文提出者はそれに妥当な回答を示すことができた.また,当該論文は十分な新規性と,外部発表実績があることが確認された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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