学位論文要旨



No 128529
著者(漢字) 干鯛,将一
著者(英字)
著者(カナ) ヒダイ,ショウイチ
標題(和) 高活性・高耐久性を実現する燃料電池カソード触媒の研究
標題(洋) Study on fuel cell cathode catalysts realizing high activity and high durability
報告番号 128529
報告番号 甲28529
学位授与日 2012.05.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7796号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾嶋,正治
 京都大学 教授 内本,喜晴
 東京大学 准教授 久保田,純
 東京大学 准教授 菊地,隆司
 東京大学 准教授 山口,和也
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、固体高分子形燃料電池(PEFC)のカソード触媒表面Ptと酸素との結合状態を放射光分光法で解析し、触媒活性向上および触媒劣化のメカニズムに関して述べられたものである。PEFC触媒に適用されるPt量を低減するために、高活性化と耐久性の向上が必要とされている。これまで多くなされてきた触媒Ptの電子状態解析では、始状態の情報は得られるものの、酸素環境下におけるPtと酸素の結合状態を解析することができないという問題があった。本論文では、共鳴非弾性X線散乱をPEFC触媒に初めて適用し、酸素環境下におけるPt-Co合金触媒の表面Ptと酸素との結合状態を調べ、電気化学的手法による触媒活性および耐久性の評価と、放射光分光法を活用した触媒構成元素の電子状態解析の結果と併せてPt-Co合金触媒の高活性化の起源と触媒耐久性について論じている。特に、触媒耐久性については、長期の発電を行った触媒の電子状態を解析することによって、発電時における触媒の耐久性を実証し、劣化メカニズムを検証している。

第1章では、本研究の背景について述べられている。PEFCシステムは、環境負荷の少ない分散電源として開発が進められている。PEFCのカソード触媒に適用されるPt量を低減するために、高活性化および耐久性の向上が必要とされている。Ptと遷移金属との合金触媒は、Ptナノ粒子触媒よりも高い活性を有することが報告されている。中でもPt-Co合金触媒は最も高い活性を示しているため、本研究においてはPt-Co合金触媒の活性メカニズムに着目した。触媒活性には、Ptの占有帯の電子状態密度が関与していることが予想されている。これまでの研究では、始状態の電子状態密度と触媒活性の関係が議論されてきた。しかし、酸素還元反応の活性への影響を知るためには、酸素存在下での測定が不可欠である。

第2章では、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)、光電子分光、X線吸収分光などの放射光分光法による電子状態解析および回転電極測定、小型セルによる電位サイクル試験などの電気化学測定の原理および実験方法について述べられている。実験はSPring-8アンジュレータビームラインBL11XU、BL14B2、BL27SUにおいて行った。RIXS法は、元素選択的であり、photon in photon outであるためにガス中でも測定可能であるという特長を有する。この特長を活かして、酸素存在下(大気中)においてPt 5d軌道の電子状態を観察した方法について述べられている。

第3章では、RIXS法によって測定したPtと酸素との結合状態と触媒活性の関係に関して述べられている。水素還元した後に、大気中でRIXS測定することにより、Ptと酸素との間に形成される結合・反結合状態のエネルギー差を求めることが可能となった。Ptナノ粒子触媒と比べると、Pt-Co合金触媒の結合・反結合エネルギー差は1 eV小さいことがわかった。すなわち、Pt-Co合金触媒と酸素の結合は、比較的弱い結合であることが明らかになった。回転電極測定で求めた比活性と、結合・反結合エネルギー差の間には相関があり、結合・反結合エネルギー差が小さい方が高い活性を示した。酸素還元反応は、酸素吸着、電子供与、生成物脱離のプロセスに分けることができる。今回の実験結果より、Pt-Co合金触媒においては生成物(OH-)の結合が弱いために、脱離を促進することにより反応面積を維持することが可能となり、触媒活性が向上するメカニズムが明らかになった。また、今回のRIXS測定の結果にX線吸収分光で求めた非占有帯の準位とを併せることで、酸素との結合に関与する準位が特定された。Pt-Co合金触媒ではフェルミ準位に近い準位にある電子が酸素と結合しており、電子供与過程においても高活性である可能性が示唆されている。更に、operando測定として電位制御可能な試験装置の開発について述べられている。小型セルを用い、対極に水素を封入し標準水素電極とし、サンプルであるカソード触媒層の電位を制御可能にした。開回路電位状態で測定したところ、結合・反結合エネルギー差が1 eV低い結果が得られた。すなわち、PEFCの発電状態においては、酸素の結合が弱い状態にある可能性が示唆されている。

第4章では、Pt-Co合金触媒の耐久性について検証した結果について述べられている。触媒の劣化を加速するために、小型セルに電位サイクルを10,000サイクル印加した。触媒の劣化に伴うPtの化学状態の変化を、電位サイクル前後のPt 4f軌道の軟X線光電子分光測定によって捉えた。Ptナノ粒子触媒においては、初期にPt(OH)2が多く存在するものの、電位サイクル後には減少している様子を捉えた。一方、Pt-Co合金触媒では、メタリックなPtが主成分であり、電位サイクルによって変化していない。触媒の耐久性とPtの化学状態組成との関係を見ると、初期にPt(OH)2が多い触媒ほど劣化が進行することがわかった。更に、電位サイクル後にはPt(OH)2は減少することから、触媒表面のPtが酸化されるとPt(OH)2が形成され、電位サイクルによってPtの溶出を引き起こすことがわかった。更に、Ptの酸化は保持電位によって決まり、高電位ではPtOおよびPtO2といった酸化物となり、劣化を加速することが明らかになった。酸素結合・反結合エネルギー差が大きい触媒は、酸素との結合が強く、酸化傾向が強いことを意味する。従って、表面の酸化が進行し、耐久性に劣る触媒仕様であることが明らかになった。また、これらの触媒には酸素吸着成分も観察されているが、触媒劣化との関係は見られなかった。酸素濃度を変えた電位サイクル試験において、劣化速度に差が見られなかったことから、吸着成分はPt溶出には関与しないことが明らかになった。

第5章では、PEFCスタックに適用して6700時間の発電を行ったPt-Co合金触媒の電子状態解析について述べられている。6700時間の発電による電池性能低下のうち、触媒活性の低下に起因する分極増加は50%以上を占めた。X線吸収分光によってCoの電子状態を解析したところ、10%のCo(3+)成分の増加が確認された。すなわち、発電によって10%のCoが酸化されていることが明らかになった。また、検出深さの異なる検出法を組み合わせて解析した結果、これらのCo酸化物はカソード触媒層と電解質膜との界面付近に存在していることも明らかになった。入射エネルギーの異なる光電子分光によってPt-Co合金触媒のCoの電子状態を測定した結果、Pt-Co合金触媒の表面にはPtが主成分であるPtスキン層が存在し、Coはコアの部分に合金として存在していることが確認できた。PEFC発電によって、第4章で明らかにしたPt溶出が生じた結果、コア部分のCoも触媒粒子外に溶出し、酸化物として検出されたことを示唆している。Ptナノ粒子触媒の劣化に関する既報によると、発電時に溶出したPtの一部は、触媒粒子上に再析出されずに電解質膜に向かって移動することが示されている。発電によってPtスキン層からPtが溶出し、再析出によってPtスキン層が修復されない場合に、コアのPt-Co合金からCoが溶出していることがわかった。このとき、合金効果による触媒活性の向上効果が減少し、触媒活性の低下につながったことが考えられる。

第6章では、本論文のまとめ及び今後の展開が述べられている。

以上のように、本論文は、共鳴非弾性X線散乱法を用いることで、酸素の存在下におけるPt-Co合金触媒のPtの電子状態を解析し、Pt-Co合金触媒の高活性化および耐久性向上のメカニズムを実験的に示したものである。本研究で得られた知見は、今後PEFCカソード触媒の更なる活性向上および耐久性の向上に対して、重要な指針を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、固体高分子形燃料電池(PEFC)のカソード触媒表面Ptと酸素との結合状態を放射光分光法で解析し、触媒活性向上および触媒劣化のメカニズムに関して述べられたものである。PEFC触媒に適用されるPt量を低減するために、高活性化と耐久性の向上が必要とされている。これまで多くなされてきた触媒Ptの電子状態解析では、始状態の情報は得られるものの、酸素環境下におけるPtと酸素の結合状態を解析することができないという問題があった。本論文では、共鳴非弾性X線散乱をPEFC触媒に初めて適用し、酸素環境下におけるPt-Co合金触媒の表面Ptと酸素との結合状態を調べ、電気化学的手法による触媒活性および耐久性の評価と、放射光分光法を活用した触媒構成元素の電子状態解析の結果と併せてPt-Co合金触媒の高活性化の起源と触媒耐久性について論じている。

第1章では、本研究の背景について述べられている。PEFCシステムは、環境負荷の少ない分散電源として開発が進められている。PEFCのカソード触媒に適用されるPt量を低減するために、高活性化および耐久性の向上が必要とされている。触媒活性には、Ptの占有帯の電子状態密度が関与していることが予想されている。これまでの研究では、始状態の電子状態密度と触媒活性の関係が議論されてきた。しかし、酸素還元反応の活性への影響を知るためには、酸素存在下での測定が不可欠である。

第2章では、実験方法について述べている。

第3章では、共鳴非弾性X線散乱(RIXS)法によって測定したPtと酸素との結合状態と触媒活性の関係に関して述べられている。RIXS法は、元素選択的であり、ガス中でも測定可能な手法であることから、酸素存在下におけるPtの電子状態を測定するために適用した。水素還元した後に、大気中でRIXS測定することにより、Ptと酸素との間に形成される結合・反結合状態のエネルギー差を求めることが可能となった。Ptナノ粒子触媒と比べると、Pt-Co合金触媒の結合・反結合エネルギー差は1 eV小さいことがわかった。すなわち、Pt-Co合金触媒と酸素の結合は、比較的弱い結合であることが明らかになった。酸素還元反応は、酸素吸着、電子供与、生成物脱離のプロセスに分けることができるが、今回の実験結果より、Pt-Co合金触媒においては生成物(OH-)の脱離を促進することにより反応面積を維持することが可能となり、触媒活性が向上することが示唆された。

第4章では、Pt-Co合金触媒の耐久性について検証した結果について述べられている。触媒の劣化を加速するために、小型セルに電位サイクルを10,000サイクル印加し、電位サイクル前後のPtの電子状態を軟X線光電子分光法によって捉えた。触媒の耐久性とPtの化学状態組成との関係を見ると、初期にPt(OH)2が多い触媒仕様ほど劣化が進行することがわかった。更に、電位サイクル後にはPt(OH)2は減少することが確認された。すなわち、触媒表面のPtが酸化されるとPt(OH)2が形成され、電位サイクルによってPtの溶出を引き起こすことがわかった。更に、Ptの酸化は保持電位によって決まり、高電位ではPtOおよびPtO2といった酸化物となり、劣化を加速することが明らかになった。酸素結合・反結合エネルギー差が大きい触媒は、酸素との結合が強く、酸化傾向が強いことを意味する。従って、表面の酸化が進行し、耐久性に劣る触媒仕様であることが明らかになった。

第5章では、PEFCスタックに適用して6700時間の発電を行ったPt-Co合金触媒の電子状態解析について述べられている。6700時間の発電による電池性能低下のうち、触媒活性の低下に起因する分極増加は50%以上を占めた。X線吸収分光によってCoの電子状態を解析したところ、10%のCo(3+)成分の増加が確認された。Co酸化物はカソード触媒層と電解質膜との界面付近に存在していることも明らかになった。PEFC発電によって、第4章で明らかにしたPt溶出が生じた結果、コア部分のCoも触媒粒子外に溶出し、酸化物として検出されたことを示唆している。Coが溶出すると、合金効果による触媒活性の向上効果が減少し、触媒活性の低下につながったことが考えられる。

第6章では、本論文のまとめ及び今後の展開が述べられている。

以上のように、本論文は、共鳴非弾性X線散乱法を用いることで、酸素の存在下におけるPt-Co合金触媒のPtの電子状態を解析し、Pt-Co合金触媒の高活性化および耐久性向上のメカニズムを実験的に示したものである。本研究で得られた知見は、今後PEFCカソード触媒の更なる活性向上および耐久性の向上に対して、重要な指針を与えるものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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