学位論文要旨



No 128531
著者(漢字) 田中,水緒
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ミオ
標題(和) 尿中VMAおよびHVAを用いた生後6ヶ月乳児に対するマススクリーニングにより発見された神経芽腫に対する経過観察プログラムの臨床病理学的検討
標題(洋)
報告番号 128531
報告番号 甲28531
学位授与日 2012.05.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3993号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 准教授 金森,豊
 東京大学 准教授 井田,孔明
 東京大学 講師 滝田,順子
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

神経芽腫(NB)は小児に発症する固形腫瘍の中で脳腫瘍に次いで多い。従来、乳児期に発症した症例の治療成績が良好であるのに対して、1歳以降に発症する症例に進行例が多く予後不良であること、また、NBの診断に尿中のカテコールアミン代謝産物であるバニリルマンデル酸(VMA)およびホモバニール酸(HVA)が有用であることが知られていた。そこで、NBを早期発見し治療成績を向上させる目的で、尿中VMAおよびHVAをマーカーとしてスクーリングを乳児期に行う試みが始まった。生後6ヵ月の乳児に対する本邦のマススクリーニング検査(mass screening for 6-month-infant,MS6M)は1973年より一部の地方で試行され、1985年より国家事業として全国で施行された。

MS6Mの全国的な事業開始後、予想をはるかに上回る症例が発見され、その圧倒的多数は発見時無症状であり、治療後無病生存で経過した。そのため、MS6M開始以前は発症せず診断に至っていなかった症例を過剰に診断しているのではないかという指摘がなされるようになった。実際MS6Mで発見され切除された多くのNBが生物学的にも良好な性質を示すことが明らかにされ、さらにこうして発見に至った一部の腫瘍が自然退縮することも報告された。その中で、MS6M発見症例で治療関連の合併症が少なからず報告され、少数ながら死に至る症例もみられた。一方、予後不良な年長児のNBの発症数、死亡率の明らかな減少はみられなかった。MS6M発見症例に対する過剰診療と治療関連合併症が問題となり、年長児の進行例の治療は依然難渋し、MS6Mの継続に疑問が出るようになった。しかし、MS6Mにより早期治療開始の機会を得られ、救命された症例も皆無ではなく、MS6Mはその是非が議論されながら継続された。

そのような状況下、MS6M発見症例の治療を最小限に留めようという試みが国内のいくつかの施設で始められた。まず、MS6M発見のNBから、診断時の腫瘍の大きさ、腫瘍マーカー(尿中VMAやHVA)の値、画像診断による腫瘍の進展の範囲、および推測されるstagingにより、予後良好が予想される症例が選択された。これらの症例に対しては積極的な治療を行わず、腫瘍の画像検査と腫瘍マーカー値の計測を一定期間行った。そして、自然退縮傾向を示すものはそのまま慎重な経過観察を、経過中に増大傾向にあるものは腫瘍切除を行い、組織像と生物学的予後不良因子を確認のうえ、術後化学療法を考慮するといった戦略が試みられた。神奈川県立こども医療センター(KCMC)でも、腫瘍マーカー値や腫瘍サイズなど一定の基準を満たした本症に対する経過観察プログラムが1993年に開始された。本報告では、このプログラムに参加した症例を中心にMS6M発見のNB症例の臨床病理学的検討を行い、プログラム参加症例の現状を報告し、乳児に発見されたNB症例に対する経過観察という選択肢の評価を行う。

【対象と方法】

1993年から2003年に、MS6MによってNBが発見されKCMCを受診した101症例のうちの53例(52.5%)が経過観察プログラムに参加した。プログラム参加基準は以下の通りである:(1)腫瘍サイズの最大直径が5cm未満である、(2)尿中VMAとHVAの値が50 μg/mgクレアチニン以下である、(3)Evans分類のIまたはII、(4)脊柱管への腫瘍浸潤がない、(5)大血管の腫瘍浸潤がない、(6)患児の保護者からインフォームドコンセントが得られている。参加症例は、腫瘍マーカー値の測定、主に超音波を用いた画像診断による腫瘍サイズの計測が行われた。腫瘍サイズが短期間で増大(3ヵ月で約2倍の容量増大)を示した症例では速やかに、また、徐々に増大する症例では、適当な時期に切除術が施行された。全ての症例の経過観察期間、予後を検討し、手術に至った症例では、その組織像と生物学的悪性因子の有無(MYCNの増幅およびDNA ploidy)を検討した。

【結果】

症例は尿中VMAおよびHVAの値と腫瘍サイズの経時的変化によって、A群、B群、C群、D群の4つの群に分けられた。尿中VMAおよびHVA値が正常化し、腫瘍が画像検査上消失した症例をA群とした。尿中VMAおよびHVA値は正常化したが、腫瘍が画像検査で検出可能な症例をB群とした。VMAおよびHVA値が不変か若干増加し、腫瘍サイズが徐々に増大した症例をC群とした。VMAおよびHVA値が上昇し、腫瘍サイズが短期間で増大した症例をD群とした。A群に相当する症例が17例、B群が22例、C群が7例、D群が6例であった。A群およびB群の経過観察期間はそれぞれ、48-129ヶ月(中央値、84ヵ月)と2-141ヶ月(中央値、76ヵ月)であった。これらの他に、同時多発性に腫瘍を認めるstage 1M(International Neuroblastoma Staging System, INSS)と推定された1例があった。

追跡可能であったA群の全ての症例と手術が施行されなかったB群で腫瘍の再発・転移はみとめていない。C群とD群のすべての腫瘍(1例の再発した腫瘍を含む)、転居などの都合によりプログラムを中断したB群の切除に至った4例の腫瘍、およびINSS stage 1M 症例4ヵ所中1ヶ所の腫瘍は切除された。また、D群の1例で局所再発を認め切除術が施行された。摘出された腫瘍(1例の再発腫瘍を含む)は、手術時年齢が生後18ヵ月未満の症例では、neuroblastma, poorly differentiated (NBL-P)、もしくはneuroblastoma, differentiating (NBL-D)、18ヵ月以上の症例では、ganglioneuroblastoma, intermixed (GNBL-I) もしくはganglioneuroma (GN)の組織像を示した。全ての腫瘍で生物学的予後不良因子は認められなかった。

無治療経過観察のプログラムの基準を満たさなかった47例のINSSによる分類は、8例がstage 1、21例がstage 2、11例がstage 3、5例がstage 4 、2例がstage 4Sであった。全ての症例が組織像を確認の後、相応の加療が行われた。手術による合併症は8例であり、化学療法に関連した合併症は3例であった。生物学的予後不良因子を示したのは、MYCN増幅とtetraploidyを有した腫瘍が1例、MYCN増幅はなく diploidyを示した腫瘍が8例あった。47例中stage 4の1例が腫瘍死し、他の46例は再発または転移の兆候なしで生存している。

【考察】

本研究は症例数と経過観察期間において最多かつ最長のMS6M 発見NBの経過観察プログラムである。腫瘍マーカー値(尿中VMAおよびHVA)、腫瘍サイズ、および浸潤の程度のプログラム基準を満たした70%以上の症例が切除を含む治療を一切行わず経過観察可能であることを示した。他の国内3施設(埼玉県立小児医療センター、さいたま市;大阪府立母子保健総合医療センター、和泉市;静岡県立こども病院、静岡市)より報告されている同様のプログラムの結果を合わせて検討したところ期間の長短はあるが同程度の傾向がみられた。

摘出された腫瘍の組織は、診断後短期間(生後12ヵ月未満)で切除された症例ではNBL-P、生後12ヶ月を過ぎるとNBL-Pに加えてNBL-D もみられるようになり、さらに18ヵ月以上では、GNBL-I もしくはGN、と年長児になるほど、分化の進んだ像を示した。KCMCにおける臨床発見のNB症例のうち、腫瘍がGNBL-Iと診断されたのは生後約36ヵ月以降の症例であり、さらにGNと診断されたのは48ヵ月以降のみとさらに年長であった(小児外科2008;40:981-985)。予後良好のNBの自然歴を示していると思われるこの月齢に応じた組織像の分化と今回の結果は合致した。

その後、MS6Mは本邦のほとんどの地域で中止されたが、1985年より18年にわたり継続されたMS6Mにより発見された症例の蓄積は、NBの多様性の解明の手がかりとなり、とくに予後良好なNBの自然歴を明らかにし、その治療戦略に経過観察という選択肢をもたらした。現時点ではMS6Mが休止されたため、プログラム新規参加者はない。無治療経過観察の対象となりうる症例として、例えば他の疾患や外傷などで偶発的に発見された腫瘍が考えられる。KCMCでは奇形症候群の2例で、経過観察中にNBが発見され、合併したさらに重症な疾患の治療を優先するため、腫瘍に対しては無治療経過観察を行った経験がある(Pediatr Radiol 2000;30:432-3、こども医療センター医誌 2003;32:169-74)。今後、NBの経過観察は、慎重に症例を選択することで、治療の選択肢の1つとしていくことが可能と考える。

審査要旨 要旨を表示する

神経芽腫(NB)を早期発見し治療成績を向上させる目的で1985年より施行された6ヵ月乳児対象マススクリーニング(MS6M)により、臨床症状を示さず自然分化・退縮すると予想されるNBが多数発見された。MS6Mで発見されたNBの過剰治療を防ぐ目的で、発見時の腫瘍サイズや腫瘍マーカー値、病期等の基準を満たし、予後良好が特に期待できる症例で無治療経過観察を行った。無治療経過観察を行った症例を中心にMS6M発見のNB症例の臨床病理学的検討を行い、下記の結果を得た。

1.MS6MによってNBが発見された101症例のうちの53例(52.5%)が基準を満たし、無治療経過観察された。本研究は、症例数と経過観察期間において本邦における最多かつ最長のMS6M 発見NBの経過観察研究である。

2.経過観察中に腫瘍マーカー値が正常化し、腫瘍が画像検査上消失した症例が17例、腫瘍マーカー値は正常化したが、腫瘍が画像検査で検出可能な症例が22例あった。これらのうち、都合により経過観察を中断し切除に至った4例を除いた35例で治療を一切行わず経過観察が可能であった。切除術後に追加加療は行われず、追跡可能であった全ての症例で腫瘍の再発・転移は認めていない。経過観察基準を満たした症例の70%以上が切除を含む治療を一切行わず経過観察可能であることが示された。国内他施設より報告されている同様の研究結果を合わせて検討したところ同程度の傾向がみられた。

3.腫瘍マーカー値が不変か若干増加し、腫瘍サイズが徐々に増大した症例が7例、腫瘍マーカー値が上昇し、腫瘍サイズが短期間で増大した症例が6例あった。これらの症例は全て適切な時期に切除術を行われ、また、1例で局所再発を認め切除術が施行された。これらの他に、同時多発性に腫瘍を認めた1例があり、同症例の1つの腫瘍が増大を認め切除された。再発例を含み、切除術後に追加加療は行われず、追跡可能であった全ての症例でその後の腫瘍の再発・転移は認めていない。

4.摘出された腫瘍(1例の再発腫瘍を含む)の組織は、診断後短期間(生後12ヵ月未満)で切除された症例ではneuroblastma, poorly differentiated (NBL-P)、生後12ヶ月を過ぎるとNBL-Pに加えてneuroblastoma, differentiating (NBL-D) もみられるようになり、さらに18ヵ月以上では、ganglioneuroblastoma, intermixed (GNBL-I) もしくはganglioneuroma (GN)と月齢に応じた組織像の分化を示し、予後良好のNBの自然歴を示唆していると考えられた。

5.無治療経過観察の基準を満たさなかった47例全ての症例が組織像を確認の後、相応の加療が行われた。手術による合併症は8例であり、化学療法に関連した合併症は3例であった。MYCNの増幅の有無およびDNA ploidy patternの検討で生物学的予後不良因子を示したのは、9例あった。47例中stage 4の1例が腫瘍死し、他の46例は再発または転移の兆候なしで生存している。基準を満たさなかった症例の中には後方視的に無治療経過観察可能であった症例が少なからず含まれていると考えられた。

6.現時点ではMS6Mが休止されたため、無治療経過観察の対象となりうる症例として、他の疾患や外傷などで偶発的に発見された腫瘍が考えられる。今回の研究対象症例が安全に経過していること、その経過が生物学的に予後良好のNBであること示唆していることより、安全に経過観察するという観点において、基準は妥当であったと考える。今後NBの経過観察は、慎重に症例を選択することで、治療の選択肢の1つとしていくことが可能であり、その際の一定の基準を本研究では示した。

MS6M発見のNB症例の長期間のフォローアップの臨床情報と組織学的裏付けをもったデータを出すことは今後の神経芽腫の加療の方針やこれから取り組むべき研究の方向性を定めるのに有意義と考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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