学位論文要旨



No 128533
著者(漢字) 荒木,章之
著者(英字)
著者(カナ) アラキ,フミユキ
標題(和) シナプス前ジストログリカン-ピカチュリン複合体による網膜視細胞-双極細胞間のシナプス形成メカニズム
標題(洋)
報告番号 128533
報告番号 甲28533
学位授与日 2012.05.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3995号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山岨,達也
 東京大学 講師 蕪城,俊克
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 講師 高澤,豊
 東京大学 教授 辻,省次
内容要旨 要旨を表示する

筋ジストロフィー患者やそのモデルマウスにおいて、網膜電図(以下、ERG)の異常が観察されることが知られている。ジストログリカン(以下、DG)は、主に筋組織、神経組織に発現している細胞膜タンパク質であり、網膜においては視細胞の前シナプスにジストロフィン-糖タンパク質複合体(以下、DGC)を形成している。

Satoらは、以前、細胞外マトリックス蛋白質であるピカチュリンが、適切な視細胞リボンシナプス形成に不可欠であることを報告した。ピカチュリンノックアウトマウスは、他のDGC構成タンパク質の変異マウスと同様、ERGでb波の振幅低下と潜時延長が起こっていた。ピカチュリンはDGと相互作用し、その結合には、DGの糖鎖修飾が不可欠であった。これらの報告から、網膜視細胞リボンシナプスにおいて、DGとピカチュリンの機能的な相互作用が示唆された。しかし、DGCとピカチュリンによる、適切な網膜視細胞リボンシナプス形成の分子メカニズムは明らかにされていなかった。

今回、私は、DG(flox)マウスとCrx-Creマウスの交配により、網膜視細胞特異的DGコンディショナルノックアウトマウス(DG CKOマウス)を作製し、網膜における表現型の解析を行った。

(1)ジストロフィン、DGとピカチュリンは、生後網膜の視細胞シナプス末端にて共局在する

視細胞シナプス発生におけるDGCの細胞内局在を調べるために、視細胞、双極細胞、水平細胞がリボンシナプスを形成する網膜外網状層(outer plexiform layer ; OPL)のピカチュリン、DG、ジストロフィンの免疫染色を行った。生後4日(P4)では、OPLのCtbp2陽性の未熟なシナプスリボンの近くにピカチュリンの弱いシグナルが見られた。P8においては、シナプスリボンの近傍にDGとピカチュリンがはっきりと見られた。P12における視細胞シナプスの馬蹄形のリボンに隣接するDGとピカチュリンは、成体マウス網膜と同様であった。これらの結果により、双極細胞樹状突起が視細胞に陥入する直前のP8からP12の間に視細胞におけるDGCの形成が起こることが分かった。

(2)視細胞特異的DGノックアウトマウスはシナプスにおけるピカチュリンの局在に影響を与える

網膜視細胞リボンシナプスにおけるDGの機能を調べるために、コンディショナルジーンターゲティング法により、視細胞のみでDGの発現を欠損させた。すなわち、DG(flox)マウスと、網膜錐体・杆体細胞においてCreリコンビナーゼを発現するCrx-Creトランスジェニックマウスの交配によりDG(flox/flox) ; Crx-Cre+(DG CKO)マウスを作製した。DG CKOマウス網膜の免疫染色を行ったところ、Ctbp2がOPLに見られたが、DGはOPLにほとんど検出できないレベルであり、視細胞特異的にDGが欠損したことを確認した。

DGの欠損により視細胞シナプスにおけるピカチュリンの局在に影響が出るかどうかを調べるために、DG CKOマウス網膜のピカチュリン免疫染色を行った。対照マウス網膜では、ピカチュリンは、OPLの杆体細胞、錐体細胞両方のシナプスのCtbp2陽性リボンの近傍にのみ斑点状に分布していた。一方、DG CKOマウス網膜では、ピカチュリンがOPLのほぼ全域で明らかに消失しており、DGと同様わずかにOPLに残っているのみであった。この結果は、視細胞におけるDGが、視細胞シナプス末端へのピカチュリンの発現に不可欠であることを示唆している。一方、予想に反して、DG CKOマウス網膜においてもジストロフィン発現には変化がなかった。ジストロフィンは、DG以外のDGC構成要素やアクチン細胞骨格とも相互作用するため、これらとの相互作用により、DGが存在しなくとも視細胞シナプス末端への局在を維持できるのかもしれない。

(3)視細胞におけるDGの欠損により、視細胞から双極細胞へのシナプス伝達が阻害される

視細胞におけるDGの生理的機能を調べるために、DG CKOマウスのERG測定を行った。DG CKOマウスのERGは、暗順応下、明順応下両方において、b波の振幅の低下と潜時の延長を認めた。ERGのb波は、主にON双極細胞の興奮により生じる。これらの結果により、DGは視細胞とON双極細胞の間の生理的結合に不可欠であることが示唆された。さらに、DG CKOマウスとピカチュリンノックアウトマウス(ピカチュリンKOマウス)のERG異常の程度を比較したところ、暗順応下におけるb波の潜時の延長がDG CKOマウスの方がピカチュリンKOマウスと比べて有意差をもって大きかった。加えて、暗順応下、明順応下両方において、b波の振幅がDG CKOマウスの方が有意差をもって小さかった。これらの結果から、DGの欠損により、ピカチュリンの欠損よりも深刻な視細胞と双極細胞間のシナプス結合の異常を来すことが示唆された。

(4)DG CKOマウスの視細胞リボンシナプスの電子顕微鏡による観察

DGの欠損が視細胞シナプスの超微細構造に影響を与えるかどうかを調べるために、3次元電子顕微鏡解析を行った。対照マウス網膜、DG CKO網膜両方において、水平細胞は視細胞リボンシナプスに陥入していた一方、DG CKOマウス網膜では、双極細胞の樹状突起は杆体細胞のリボンシナプスへの陥入が認められなかった。これらの結果から、DGの欠損により、視細胞と双極細胞のシナプス構造が失われることが示唆された。DG CKOマウス網膜におけるリボンシナプス構造の破綻の結果、ERGのb波の減衰が起こったと考えられた。

以上まとめると、今回、視細胞のDGは、視細胞シナプスの形成と、視細胞と双極細胞の機能的なシナプス結合に必須であることを示した。DG欠損により視細胞におけるピカチュリンの発現が大幅に減少し、視細胞シナプスにおけるピカチュリンの欠損によってもDGの発現が阻害されることが分かった。これらの結果から、ピカチュリンは細胞表面のDGの発現に必要であり、同時に、ピカチュリンとDGの機能的結合が視細胞シナプス形成に重要であることが分かった。今回みられたDGとピカチュリンの相互作用における分子メカニズムは、他の組織におけるLGドメインを持つDGリガンドとDGの相互作用と共通であるかもしれない。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脊椎動物網膜のシナプス形成過程において重要な役割を演じていると考えられる遺伝子を明らかにするため、網膜視細胞特異的ジストログリカンコンディショナルノックアウトマウスの作製、解析により、下記の結果を得ている。

1.生後4日(P4)、P8、P12マウス網膜のピカチュリン、DG、ジストロフィンの免疫染色を行い、視細胞シナプス形成過程におけるこれらの発現を調べた。P4では外網状層(OPL)のCtbp2陽性の未熟なシナプスリボンの近くにピカチュリンの弱いシグナルが見られた。P8においては、シナプスリボンの近傍にDGとピカチュリンがはっきりと見られた。P12における視細胞シナプスの馬蹄形のリボンに隣接するDGとピカチュリンは、成体マウス網膜と同様であった。これらの結果により、双極細胞樹状突起が視細胞に陥入する直前のP8からP12の間に視細胞におけるDGCの形成が起こることが示された。

2. コンディショナルジーンターゲティング法により、視細胞のみでDGの発現を欠損させたDG(flox/flox) ; Crx-Cre+(DG CKO)マウスを作製した。DG CKOマウス網膜の免疫染色を行ったところ、Ctbp2がOPLに見られたが、DGはOPLにほとんど検出できないレベルであり、視細胞特異的にDGが欠損したことを確認した。DG CKOマウス網膜では、ピカチュリンがOPLのほぼ全域で明らかに消失しており、DGと同様わずかにOPLに残っているのみであった。この結果、視細胞におけるDGが、視細胞シナプス末端へのピカチュリンの発現に不可欠であることが示された。

3.DG CKOマウスのERG測定を行った結果、暗順応下、明順応下両方において、b波の振幅の低下と潜時の延長を認めた。この結果により、DGは視細胞とON双極細胞の間の生理的結合に不可欠であることが示された。さらに、DG CKOマウスとピカチュリンノックアウトマウス(ピカチュリンKOマウス)のERG異常の程度を比較したところ、暗順応下におけるb波の潜時の延長がDG CKOマウスの方がピカチュリンKOマウスと比べて有意差をもって大きかった。加えて、暗順応下、明順応下両方において、b波の振幅がDG CKOマウスの方が有意差をもって小さかった。これらの結果から、DGの欠損により、ピカチュリンの欠損よりも深刻な視細胞と双極細胞間のシナプス結合の異常を来すことが示された。

4.DG CKOマウスの3次元電子顕微鏡解析を行ったところ、対照マウス網膜、DG CKO網膜両方において、水平細胞は視細胞リボンシナプスに陥入していた一方、DG CKOマウス網膜では、双極細胞の樹状突起は杆体細胞のリボンシナプスへの陥入が認められなかった。この結果から、DGの欠損により、視細胞と双極細胞のシナプス構造が失われることが示唆された。DG CKOマウス網膜におけるリボンシナプス構造の破綻の結果、ERGのb波の減衰が起こったと考えられた。

以上、本論文は網膜視細胞特異的ジストログリカンコンディショナルノックアウトマウスの解析から、視細胞の細胞膜蛋白質ジストログリカンが、視細胞シナプスの形成と、視細胞と双極細胞の機能的なシナプス結合に必須であることを示した。本研究は、これまで未知であった視細胞と双極細胞のシナプス形成の分子メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク