No | 128535 | |
著者(漢字) | 當山,紀子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トウヤマ,ノリコ | |
標題(和) | 母子保健事業を担当している保健師の母乳育児支援の自己効力感とその関連要因に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128535 | |
報告番号 | 甲28535 | |
学位授与日 | 2012.05.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第3997号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景と目的 母乳育児には、母親と乳児にとって、短期的、長期的な利点があり、世界の多くの国で母乳育児の推進が取り組まれている。日本の母乳育児率は、生後1ヶ月から2ヶ月未満児で70.5%(1960年)であったが、10年後に31.7%(1970年)に減少し、それ以来低い傾向が続いている。 2006年に厚生労働省においてまとめられた授乳・離乳の支援ガイドには、医師、助産師、保健師、管理栄養士などの保健医療従事者が、共通の認識で支援するべきポイントがまとめられているが、母乳育児支援において保健師が必ずしも十分に役割を果たせていない可能性が指摘されている。 保健師の母乳育児支援を推進するためには、保健師の母乳育児支援についてその実態と関連要因を明かにすることが必要である。しかしながら、保健師の母乳育児支援行動を直接測定する尺度を用いた研究は見当たらなかった。そのため、母乳育児支援行動の予測因子と位置づけられる母乳育児支援に対する自己効力感が潜在的なサービスの質と量を把握する指標として活用できると考えられた。 保健師における母乳育児支援の自己効力感に関連する可能性のある要因については、 これまでの先行研究の結果から、大規模・都市部の自治体に勤務している保健師及び関東地方、近畿地方に勤務している保健師は、母乳育児支援の自己効力感が高いこと、従来の保健師1年課程で保健師教育を受けている保健師、保健師経験年数が長い保健師、母乳育児経験がある保健師は、母乳育児支援の自己効力感が高いこと、母乳育児支援に関する現任教育、継続学習を行っている保健師は母乳育児支援の自己効力感が高いことが推測されたが、これまでの研究では保健師の母乳育児支援との関連は明らかにされていない。 そこで本研究では、日本全国の自治体を対象として、母子保健事業を担当している保健師(以下、母子保健担当保健師)の母乳育児支援の自己効力感と、保健師が勤務している自治体の規模や地方、保健師教育を受けた学校や保健師経験年数及び母乳育児経験などの母子保健担当保健師の要因、そして母子保健担当保健師の現任教育や継続学習との関連を明らかにすることを目的として研究を行うこととした。 方法 対象は全国の市町村及び東京23区に勤務している保健師の中で、主に母子保健事業を担当しており、助産師免許を持たない者で、保健師経験が5年から15年の者とした。無記名自記式調査票を用い、郵送による調査を行った。調査は、2010年10月下旬から2011年1月初旬に実施した。倫理的配慮について、本研究は東京大学大学院医学系研究科・医学部の倫理委員会の承認を得て実施した。 質問紙内容は、回答する保健師の働く地域、回答者の属性、母乳育児支援に関する現任教育及び継続学習、そして母乳育児支援の自己効力感で構成した。本研究において使用した保健師の母乳育児支援の自己効力感の測定尺度は、先行研究を参考にしながら独自に作成したものである。内容的妥当性を検討の上、14項目について5件法で尋ねた。構成概念妥当性を確認するために本調査で得られたデータを用いて探索的因子分析(主因子法、バリマックス回転)を行った。また、クロンバックαは0.89であったため、信頼性があると判断した。 分析は、地域別回収率、回答者の属性については、記述統計を用いた。保健師の母乳育児支援の自己効力感、現任教育及び継続学習については、自治体ごとの保健師抽出率と都道府県ごとに自治体人口規模別回収率の差を調整するため、重み付けを行った。多変量解析では重み付けを行った上で、母乳育児支援の自己効力感を目的変数とした重回帰分析を行った。モデル1では、地域要因を説明変数とし、モデル2では、地域要因に加え、保健師要因を説明変数とし、モデル3では、モデル2に加え、保健師の現任教育及び継続学習を説明変数として重回帰分析を行った。有意水準はp<0.05(両側検定)とした。統計解析には、SPSS Ver19.0(Windows版)を使用した。 結果 調査票は1750市町村(東京23区を含む)に配布し、831市町村(回収率47.5%)から回答を得た。その内、102件は回答欠損等の理由により分析対象から除外し、有効回答数は729件(41.7%)となった。回答者の99%以上が女性であった。年齢は平均35.6歳(標準偏差±6.2、以下同様)、保健師経験年数は10.7年(±5.5)であった。 地域ごとの保健師抽出率と回収率の差の重み付け調整後、母乳育児支援の自己効力感の平均を比較すると、「母乳の利点について説明することができる(平均値±標準偏差4.0±0.6、以下同様)」、「新生児の発育について説明することができる(4.0±0.6)」、「新生児の生理的な機能について説明することができる(3.9±0.7)」及び「乳房ケアを提供する施設や訪問サービス、医療機関受診などの紹介ができる(3.9±0.7)」の平均値が、他の項目に比べ高かった(表4)。一方、「母乳分泌を促進させる乳房のケアを指導することができる(2.9±1.0)」、「授乳期間中でも、外出しやすく、働きやすい環境づくりを進めることができる(2.8±0.9)」の平均値が他の項目に比べ低かった。 地域ごとの保健師抽出率と回収率の差を重み付けにより調整した重回帰分析では、モデル1の結果、母乳育児支援の自己効力感は、関東地方の母乳育児支援の自己効力感が高く、中国地方、九州沖縄地方において特に母乳育児支援の自己効力感が低かった。人口規模では、規模が大きいほど保健師の母乳育児支援の自己効力感は高いという結果であった。調整済みR2値は0.05であった。モデル2においては、保健師経験年数(β=0.13)、母乳育児経験(β=0.22)において、有意な関連が認められた。モデル2の調整済みR2値は0.14に上昇した。モデル3においては、卒後研修の受講(β=0.14)、授乳・離乳の支援ガイド(β=0.12)において有意な関連が認められた。モデル3の調整済みR2値は0.17に上昇した。 考察 本研究において、大規模・都市部の自治体に勤務している母子保健担当保健師は、母乳育児支援の自己効力感が高かった。自治体規模により保健師の対人支援能力、施策化対応能力、データ整理・分析能力、地区診断能力には差があり、一般的に人口規模の小さい自治体ほどその能力が低いことが知られている。本研究では、この傾向が母乳育児支援の自己効力感についても見られることを明かにした。また、母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感は、近畿地方、中国地方、四国地方、九州・沖縄地方で低く、関東地方で高かった。保健師の教育機会の地方ブロックによる差は、母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感の差にも影響している可能性がある。以上の地域差については、母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感だけでなく、保健師の支援能力の地域差という観点からその背景要因を明確にし、これを是正するための方策を検討する必要がある。 次に、母乳育児経験がある母子保健担当保健師は、母乳育児支援の自己効力感が高く、保健師経験の長い保健師は、母乳育児支援の自己効力感が高かった。これに関しては、先行研究の結果と一致し、本研究では、母乳育児経験と業務経験が日本の母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感についても関連していることを明らかにした。 そして、母乳育児支援に関する現任教育及び継続学習として、卒後研修を受講し、授乳・離乳の支援ガイドを読んでいる範囲の広い母子保健担当保健師ほど、母乳育児支援の自己効力感が高かった。本研究では、回答した保健師の勤務する地域、母乳育児経験や保健師経験、保健師教育を受けた学校を調整した上でも、保健師の現任教育や継続学習と自己効力感の有意な関連が認められた。それは、母子保健担当保健師が、卒後も研修会に参加し、継続学習を行うことによって、新しい知識や情報を得ることで自己効力感が高められている可能性が考えられる。 本研究の限界 本研究は、全国調査であったが、各自治体から回答者を一名ずつとしたため、保健師の抽出率に自治体間で差が生じた。また、回収率が47.5%であり、地方や自治体規模による回収率の差がみられた。その差を調整するため、地域ごとの保健師抽出率と回収率による重み付けを行ったが、回答者が母乳育児支援に関心の高い保健師からの回答が多い可能性は否定できない。また、各自治体からの回答者の選定は、無作為に行われていないため、本研究の結果を一般化することには注意を要すると考えられる。 そして、本研究の母乳育児支援の自己効力感の測定尺度は、基準関連妥当性及び安定性の検討は行われていない。今後、母乳育児支援の自己効力感に関する研究を進めるためには、尺度の精度をより高める必要がある。また、本研究では重回帰分析の寄与率が低かったため、保健師の母乳育児支援に関連する要因を更に検討する必要があると考えられた。 本研究は横断研究であるため、母乳育児支援の自己効力感と関連性を明らかにしたが、因果関係の方向性を特定することはできなかった。また、自記式質問紙調査では、母乳育児支援の自己効力感と、客観的な母乳育児率の上昇との関連の検討ができない。 本研究には、上記のような限界があるものの、日本全国の自治体に勤務する母子保健担当保健師における母乳育児支援の自己効力感の実態と関連要因を明らかにしたことには意義があると考えられた。 結論 本研究では、母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感の実態として、母乳の利点や新生児の生理的な機能、発育について説明、及び乳房ケアを提供する施設や訪問サービス、医療機関受診などの紹介において、自己効力感が高い一方、母乳分泌を促進させる乳房ケアの指導や、授乳期間中でも外出しやすく、働きやすい環境づくりの推進については自己効力感が低いことを明らかにした。 また、母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感は、現任教育として母乳育児支援の卒後研修を受講し、継続学習として授乳・離乳の支援ガイドを読んでいる範囲の広い者ほど高かった。また、母乳育児経験があり、保健師経験年数の長い母子保健担当保健師の母乳育児支援の自己効力感は高いことが明らかとなった。一方、保健師教育を受けた学校においては関連が認められなかった。そして、人口規模が小さい自治体での母子保健担当保健師への支援の必要性や地方別の課題の分析による対応の必要性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は母乳育児支援において重要な役割を担っていると考えられる母子保健事業を担当する保健師の母乳育児支援の自己効力感とその関連要因を調査し、保健師が勤務している自治体の規模や地方、保健師教育を受けた学校や保健師経験年数及び母乳育児経験、そして母子保健担当保健師の現任教育や継続学習との関連を明らかにしたものであり、下記の結果を得ている。 1.分析は、データの欠損があった102名を除いた729件(有効回答率41.7%)を対象に行った。回答者の99%以上が女性であり、年齢は平均35.6歳、保健師経験年数10.7年であった。最終学歴は、専門学校卒業者が52.3%と最も多く、次いで29.5%が大学卒業であった。保健師教育を受けた学校の種別では、専門学校63.6%、大学32.5%、その他3.8%であった。また、本人又はパートナーの母乳育児経験のある者は64.2%であった。 2.地域ごとの保健師抽出率と回収率の差の重み付け調整後、母乳育児支援の自己効力感の平均を比較すると、「母乳の利点について説明することができる」、「新生児の発育について説明することができる」、「新生児の生理的な機能について説明することができる」及び「乳房ケアを提供する施設や訪問サービス、医療機関受診などの紹介ができる」の平均値が、他の項目に比べ高かった。一方、「母乳分泌を促進させる乳房のケアを指導することができる」、「授乳期間中でも、外出しやすく、働きやすい環境づくりを進めることができる」の平均値が他の項目に比べ低かった。 3.地域ごとの保健師抽出率と回収率の差の重み付け調整後、卒後の母乳育児に関する研修受講または勉強会への参加は、ありと回答した者が56.4%であった。「授乳・離乳の支援ガイド」を読んだ程度については、5段階評価で平均3.1±1.3であった。 4.地域ごとの保健師抽出率と回収率の差を重み付けにより調整した重回帰分析では、地域要因を投入したモデル1の結果、母乳育児支援の自己効力感は、東北地方と中部地方を除いて、職場が所在している地方や人口規模と有意な関連が認められた。地方の中では、関東地方の母乳育児支援の自己効力感が高く、中国地方、九州沖縄地方において特に母乳育児支援の自己効力感が低かった。人口規模では、規模が大きいほど保健師の母乳育児支援の自己効力感は高いという結果であった。調整済みR2値は0.05であった。保健師要因を追加して投入したモデル2においては、保健師経験年数、母乳育児経験において、有意な関連が認められた。保健師経験年数が長いほど母乳育児支援の自己効力感は高く、母乳育児経験がある場合にも母乳育児支援の自己効力感が高いという結果であった。モデル2の調整済みR2値は0.14に上昇し、モデル1との差は0.09(p<0.01)であった。母子保健担当保健師の現任教育及び継続学習を追加して投入したモデル3においては、卒後研修の受講、授乳・離乳の支援ガイドにおいて有意な関連が認められた。卒後研修を受講している場合に母乳育児支援の自己効力感は高く、授乳・離乳の支援ガイドを読んでいる範囲の広い保健師ほど母乳育児支援の自己効力感が高いという結果であった。モデル3の調整済みR2値は0.17に上昇し、モデル2との差は0.03(p<0.01)であった。 以上、本論文は、日本全国の自治体に勤務する母子保健担当保健師における母乳育児支援の自己効力感とその関連要因として、現任教育と継続学習、母乳育児経験、保健師経験、保健師教育を受けた学校、そして、人口規模や地方別の関連を明らかにすることで、母乳育児支援を推進するための根拠として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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