学位論文要旨



No 128537
著者(漢字) 三浦,理絵
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,リエ
標題(和) 近傍渦巻銀河M33の巨大分子雲における高密度ガスと大質量星形成
標題(洋) Dense Gas and Massive Star Formation within Giant Molecular Clouds in the Nearby Spiral Galaxy M33
報告番号 128537
報告番号 甲28537
学位授与日 2012.05.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5865号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 水野,範和
 東京大学 教授 土居,守
 東京大学 准教授 宮田,隆志
 東京大学 准教授 本原,顕太郎
 国立天文台 准教授 中村,文隆
内容要旨 要旨を表示する

我々は,近傍渦巻銀河M33における高密度分子ガスの物理特性やその大質量星形成との関係について研究を行った.本研究はアタカマサブミリ波望遠鏡実験(ASTE),野辺山45m望遠鏡,および野辺山ミリ波干渉計を用いたミリ波サブミリ波観測と,可視光・赤外線のアーカイブデータに基づく.大質量星は巨大分子雲(GMC)内の高密度分子ガスの中で生まれ,その後もまわりのガスと密接に相互作用し合うため,高密度分子ガスについて調査することは大質量星形成を理解する上で重要な鍵となる.本論文の主な最終目標はGMC内で形成される高密度分子ガスの物理特性とその中で起こる大質量星形成のプロセスを詳細に明らかにすることである.本論文では,星形成の直接の母体である高密度分子ガスについて,下記のように3つの主な研究を行った.その観測対象は,銀河の1kpc以上のスケールから,GMCの100pcスケール,さらに分子雲の10pcスケールにまで及ぶ.

第一に,高密度分子ガスの大局的な分布や物理特性,それらと星形成率(SFR)との関連をGMCスケールで調べるために,我々はM33の分子ガスディスク(121arcmin2~7.29kpc2)に対して,ASTEを用いた高感度(16-32mK),且つ,高分解能(~100pc)のCO(J=3-2)マッピング観測を行った(図1).これはM33分子ガスディスク全域における,初めてのCO(J=3-2)大規模サーベイである.CO(J=3-2)放射はディスク全体に滑らかに広がっており,Tosakietal.(2011)によるCO(J=1-0)放射分布と類似しているが,多くの場合,2つのCO放射のピークの間にはオフセットがあることが分かった.CO(J=1-0)に対するCO(J=3-2)の積分強度比(R(3-2/1-0))は0.1から1.4の範囲であり,そのうち,比較的高い値は巨大Hll領域(GHR),銀河中心近傍で見つかった.100pcのスケールでCO(J=3-2)と星形成率(SFR)の空間分布はよい一致を示し,星形成則(CO(J=3-2)放射強度とSFRとの相関)においては良い相関を示した.星形成則における,べき乗の指数は1.04±0.04であった.これは,他の銀河で見つかっている値(~1)と同じである.我々は,CO(J=1-0)とは異なり,CO(J=3-2)での星形成則が100pcスケールでも強い相関を示すことを追認した(図2).

さらに我々は,ディスク内での4つの異なる領域(銀河半径1kpc内,北側/南側渦巻腕,GHR)によって,星形成則が違った振る舞いを示すかを調べたところ.他のディスク領域に比べて,GHRでは約1桁高いSFRを示すことが分かった.星形成効率(SFE:SFRを分子ガス質量で規格化したもの)とR(3-2)/(1-0)との関係は正の相関を示した(図3).特筆すべき点はGHRで両数値は他のディスク領域に比べて超過(SFEで4-7倍,R(3-2/1-0)で1.5倍の差)が見られた.このようなGHRでの高いSFE(2-3×10(-9)yr(-1))やR(3-2/1-0)の値(平均~0.6)は,遠方のスターバースト銀河のそれに匹敵する程である.これは,GHRが大規模なスターバーストを構成する要素の一つである可能性を示唆する.我々は,3つの指標(1)CO光度質量変換係数,(2)初期質量関数(IMF)や(3)R(3-2)/(1-0)でトレースされる高密度分子ガスの割合の違いをGHRと他の領域に対して調べた.結果,CO光度質量変換係数の違いではなく,"top-heavy(優位的に大質量星が生まれる)"なIMF,且つ,高密度分子ガスの割合が高い場合に,GHRでの高いSFEが説明できうることを示した.GMCや星団を分解できるスケールで求められたCO光度質量変換係数,高密度分子ガスの割合やIMFを銀河の各領域に対して比較できるのは近傍銀河だけであり,SFEの違いの原因をこれほど定量的に議論したのは本研究が初めてである.

第二に,我々は,GMC進化の観点から,高密度分子ガスと星形成領域の空間的な相関を調べることを目的に,初めてCO(J=3-2)データから71個のGMCを同定した.また,可視光のアーカイブデータを用いて,星の数密度分布の超過(これまでの視覚的な方法より客観的な手法である;図4参照)から75個の星団を同定した.さらに,星の進化モデルを用いて,これら星団の年齢を見積もった.我々は,GMCと若い星団,Hll領域との空間的な重なりによって(図5上参照),GMCを5つのタイプに分類した:タイプAは大質量星形成の兆候がない,タイプBは比較的小さなHll領域のみ付随する,タイプCはHll領域と若い(<10Myr)星団の両方が付随する,タイプDはHll領域と比較的若い(10-20Myr)星団が付随する,タイプEはHll領域と比較的古い(>20Myr)星団が付随するGMCである.観測領域の端に位置するGMCを除く64個のGMCのうち,5つのタイプに分類されたGMCの数はそれぞれ1(2%),12(19%),34(53%),11(17%),6(9%)個であった.一っの渦巻銀河内で星団の年齢を使って定量的にGMCの分類を行った例は初めてである.我々はこれらタイプ分けがGMCの進化系列に相当すると解釈する.個数比から各進化段階のタイムスケールを見積もると,それぞれ1Myr,6-10Myr,10-16Myr,10-17Myr,5-8Myrであり,質量105Mo以上のGMCの寿命は30-50Myrと推定された.これは,これまでにLMCで報告された寿命よりやや長いが,その違いは対象とする分子雲の大きさや分子雲のトレーサーの違いで説明できうる.年齢が10-30Myrの星団と寿命がく10MyrとされるHll領域の両方がGMCに付随しているということは,GMC内ではこのタイムスケールで継続的に大質量星が形成されていることを示唆する.また,R(3-2)/(1-0)でトレースされる高密度分子ガスの割合が大質量星形成領域の周りで高くなっていることが分かった(図5下).これらの結果から,前の世代の星団の周りで高密度分子ガスが形成され,そこで次の世代の星が生まれるように,GMC内部で星形成の伝搬が起こっていると考えられる.

第三に,我々はGMC内部の詳細構造と星形成の関係から星形成の伝搬をより詳細に明らかにするために,M33で最も明るいGHRであるNGC604に対して,NMAを用いた高分解能(~10pc)のCO(J=1-0),HCN(J=1-0),89GHz連続波観測を行った.COデータから10個の分子雲(質量(0.8-7.4)x105Mo,サイズ5-29pc)を同定した.これらは典型的な銀河内のGMCのサイズと同程度である.さらに,最も大きな分子雲2箇所ではHCN放射を,また"Hαシェル"の淵で89GHz連続波を初めて検出した(図6).HCNと89GHz連続波のピークはCOのそれとはオフセットがあり,中心の星団の方向に分布する(図6).10個のうち3つの分子雲は,空間的にも速度的にもHαシェルと良く相関しており,分子ガスが膨張するHll領域と相互作用していることが示唆される.さらに,89GHz連続波,HαとSρitzer24μmデータから求めた星形成効率が,中心の星団からの距離に対して,減少傾向にあることが分かった(図7).これは,星団からの距離に従って分子雲の進化段階が変化していることを示唆する.高空間分解能のデータによって我々はこれまでにTosakietal.(2007)により提案されていた,等方的に膨張するHll領域がまわりのガスを外側へ押し出し,そこで高密度分子ガスが形成され星形成が促されるというシナリオをさらに支持する結果を得た.

銀河スケールからGMC内部の分子雲のスケールにまで及ぶ,これら3つの研究を組み合わせることによって,(1)星形成則とGMCの進化の関係,(2)GHRで高いSFEをもたらす星形成プロセスの原因を調査した.同定されたGMCで星形成則をプロットするとTypeC,DやEは,これまでに求められた相関の傾き(~1)の周りに分布しているのに対し,TypeAやBはそれらよりオフセットがあることが分かった.すなわち,これまで経験則として多く使われてきた星形成則における分散がGMCの進化にともなう密度変化の違いに起因する可能性を示す.これは,これまでの遠方銀河における研究では,分解能の不足や観測対象が明るい天体に偏っているために,明らかにできなったことである.また,GHRと,それと同程度の年齢で同程度のガス量を含む"普通"のHll領域での星形成のプロセスの違いを調べた.両者について,中心の星団から放射される光子数を比較したところ,GHRでは後者より10-30倍大きいこと,さらに,電離されたHll領域の膨張によって掃き集められるガスの量は,約10-30倍大きいことが見積もられた.すなわち,より大きな星形成領域ほど,先にできた星団の周りに,より効率的にガスが集められ、そこで次の世代の星が形成される.したがって,GHRでは星形成の材料である分子ガスがより短いタイムスケールでより多量に集められた結果,GHRのSFEが高くなると考えられる.

図1.M33のCO(J=3-2)積分強度図.背景はHα放射.実線で囲われた領域はCO(J=3-2)で観測された領域.

図2.CO(J=3-2)(左)とCO(J=1-0)(右)それぞれに対する星形成則.縦軸星形成率,横軸分子ガス質量.実線は近似直線で,傾きはそれぞれ1.04と0.67.

図3.CO(J=1-0)(左)とCO(J=3-2)(右)それぞれから求めたSFEとR(3-2)/(1-0)の相関関係.赤い等高線はGHR,青はそれ以外.

図4.100Myrより若い星の数密度分布.ラベルされているのは比較的明るい星団.

図5.TypeDに分類されたGMC-16のCO(J=3-2)(上)とR(3-2)/(1-0)(下)の分布.青い等高線は比較的若い星の数密度分布(図4と同じ).CL-XXは同定された星団.赤と燈の+はHII領域,緑の▲は24μmのソース.R(3-2)/(1-0)は星団の側で高くなる.

図6.NGC604におけるCO(J=1-0)(シアン),HCN(赤),89GHz連続波(黄)の高分解能マップ.背景はHα画像で灰色の等高線はHII領域の広がりを示す.0は干渉計の視野でHCN,連続波を観測した領域を示す.ガスはHII領域の中心から南東方向に多く存在する.

図7.NGC604の中心(図6中ピンクの点)からの距離に対する,一つの銀河からGMC内部の分子雲のスケールにまで及ぶ各分子雲におけるSFEの変化.SFEは中心から減少傾向にある.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ミリ波サブミリ波観測と、可視光・赤外線のアーカイブデータに基づいて、近傍渦巻銀河M33の巨大分子雲における高密度分子ガスと大質量星形成の関係を研究したものである。これまでの系外銀河のサブミリ波の分子輝線観測は、銀河全体をカバーしていても巨大分子雲を分離して捉えるのに十分な空間分解能がない一方、高い空間分解能(10-100 pc)での観測は、特定の星形成領域を中心とした局所的な範囲のみであり、銀河全体をカバーするような観測はなかった。本研究では、高密度分子ガスをトレースする分子輝線であるCO(J=3-2)を用いて巨大分子雲スケール(100pc)の空間分解能で銀河全体の広い範囲をカバーしている。これにより、局所的な星形成活動から銀河スケールの大局的な活動まで、定量的に精度よく考察することができている。

第1章では、巨大分子雲と大質量星形成の研究に関する現状が概観された後、銀河スケールの星形成率とガスの密度との間にべき乗則の相関があるという経験則(ケニカット・シュミット則:星形成則)についての説明が行われている。次に、巨大分子雲スケールでの星形成の母体となる高密度ガスと大質量星形成に関わる研究の未解決問題として、巨大分子雲の進化過程と、銀河スケールの経験的な星形成則を星形成物理過程として理解することの重要性が指摘される。その後、本研究の目的として、これら未解決問題を解明すること、具体的にはミリ波サブミリ波の高感度、高空間分解能観測を通して、巨大分子雲スケールでの高密度分子ガスの分布、運動、物理量を銀河全体にわたって明らかにすることが示されている。そして、これを若い星団や電離水素領域(活発な大質量星形成領域)の分布、星形成の活発度と定量的に比較研究をすすめることで、新しい知見を得ることが述べられる。この研究の対象として、渦巻ディスクを正面から見ている渦巻銀河としては我々から最も近傍に位置するM33が選定されている。

第2章では、まず、ASTE望遠鏡を用いたサブミリ波観測とデータ処理について述べられている。これはM33のディスク全域に対して行われた初めてのCO(J=3-2)輝線での大規模サーベイ観測である。巨大分子雲スケールでのCO(J=3-2)から導かれる分子ガス質量と星形成率との関係(星形成則)はよい相関(ベキ指数1.04±0.04)を示し、これまで銀河スケールで他の銀河で求まっているベキ指数(~1)と同様の値を持つことを示している。

第3章では、第2章の結果をもとにディスク内の4つの異なる領域で星形成則の比較を行い、巨大電離水素領域において星形成率が、他の領域と比較して約一桁高いことを明らかにしている。

第4章では、ASTE望遠鏡のCO(J=3-2)のデータから71個の巨大分子雲を同定、カタログ化している。また、可視光のアーカイブデータを用いて、星の数密度分布の超過から75個の星団を新たに同定、さらに星の進化モデルをもとにこれらの星団の年齢も推定しカタログ化している。これら巨大分子雲、星団、電離水素領域の空間分布の比較から、M33の巨大分子雲を5つのタイプに分類している。そして、これらタイプの違いは、巨大分子雲の進化段階の違いであると解釈し、星団の年齢と各タイプの個数の統計的な比較から巨大分子雲の形成と散逸が1千万年程度のタイムスケールで起きていると推定した。1つの渦巻銀河において巨大分子雲を進化段階ごとに分類し、その進化のタイムスケールを定量的に考察したのは、本研究が初めてである。

第5章では、まず野辺山45m望遠鏡を使った(13)CO(J=1-0)の観測と結果が示される。これを2章、4章で議論されたCO(J=1-0), CO(J=3-2)の観測データとあわせて解析し、M33の46個の巨大分子雲の物理量(温度、密度)を導出している。

第6章では、野辺山ミリ波干渉計を用いたM33で最も巨大な電離水素領域であるNGC604領域の高分解能観測と結果が示されている。

第7章では、第4章で分類した巨大分子雲の進化段階ごとに星形成則を求めている。すでに大規模な大質量星形成が起きている巨大分子雲が従来の経験則である銀河スケールでの星形成則と同様の相関(ベキ指数~1)を示すのに対し、大規模な大質量星形成の兆候が見られない巨大分子雲は、ずれた相関を示すことを明らかにしている。これは、巨大分子雲の星形成活動度や進化段階の違いが、銀河スケールで測定された星形成則にみられる分散を説明できる可能性を初めて示唆したものである。

以上の結果は、M33という近傍の渦巻銀河において初めて、巨大分子雲のスケールで星形成の直接の母体である高密度ガスの全容を明らかにし、その物理的特性とその中で起こる大質量星形成のプロセスを詳細に考察したものである。特に、これまで銀河スケールで導かれていた経験的な星形成則を局所的な星形成活動をもとに定量的に精度よく考察した点で、これまでにない知見を与えるものである。なお、本論文中のASTE望遠鏡、野辺山ミリ波干渉計を用いた研究(第2、3、4、5、6章)は、論文提出者を主研究者とし、奥村幸子他との共同研究として推進されたものであるが、論文提出者が中心となって観測、解析、考察を行ったものであり、その寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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