学位論文要旨



No 128543
著者(漢字) 新井,元行
著者(英字)
著者(カナ) アライ,モトユキ
標題(和) 開発途上国における電力システムの経済性評価
標題(洋)
報告番号 128543
報告番号 甲28543
学位授与日 2012.06.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7799号
研究科 工学系研究科
専攻 技術経営戦略学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 茂木,源人
 東京大学 教授 元橋,一之
 東京大学 教授 青山,和浩
 東京大学 教授 六川,修一
 東京大学 教授 中野,義昭
内容要旨 要旨を表示する

生産活動の近代化を通して,電力は経済成長にとって必要不可欠な生産要素となった.特に将来的に経済成長が期待され,それに伴う大幅な電力需要が見込まれる開発途上国においては,それらを支える持続的な電力システムを構築することが重要課題となっている.

開発途上国における電力システム構築においては,経済的な効率性と公平性の2つの視点と,それに基づく技術・事業選択が必要となる.効率性の視点とは,産業が競争力を維持するのに充分かつ適正な価格での電力提供,および産業育成を見据えた設備投資を展開し,さらにそれを継続することである.一方で公平性の視点とは,多くの開発途上国が抱える貧困・格差の一要因であるEnergy Poverty(利便性・衛生面で優位にある近代的エネルギーにアクセスできないことにより,経済活動において不当な制約を強いられている状態)の解消を目指し,すべての人々が等しく電力利用機会を享受できるようにすることを指す.そして,これらの方針の下で,自然エネルギーを含むエネルギー技術とシステム・事業形態の組み合わせにより,供給先のニーズ(用途)に合わせた実行可能な技術・事業が選択され,実装される必要がある.

しかしながら,開発途上国での実態としては,上述の方針に基づいて国際援助資金を元に電力系統や分散型電力システムを敷設するまでは良いが,事業者や消費者の経済的破綻により継続利用が頓挫してしまうケースが頻発している.これらの問題は,技術・事業の実装段階において,消費者の購買力を考慮し,国や地域の内生的経済活動や地理的特性を包括的かつ動的に捉える評価ができないことに起因している.そこで,本研究ではこの電力システム構築における評価方法の問題を解決するために,以下を目的として設定した.

主目的1:開発途上国における経済的効率性・公平性の両立を目指し,ニーズに合わせた実行可能な技術・事業による電力システム構築のための経済性評価体系を構築すること.

主目的2:ケーススタディを通して,効率性・公平性の視点から経済成長と電化率向上に対する考察を行い,開発途上国における電力システムの将来に対する示唆を得ること.

また,上記主目的は,以下の副目的を包括する.

副目的1:総括原価方式に基づく電力価格と賦存設備容量からの発電量を考慮し,電力システムへの投資による経済成長と産業活動への影響を評価できること

副目的2:地理的要因,時間的要因を考慮し,自然エネルギーを含む集約型/分散型の電力システムによる電化率向上を包括的かつ動的に評価できること

副目的3:電力システムの持続的運用の達成を目指し,事業者・消費者双方を含む包括的経済を捉えた実効性のある評価できること

副目的4:自然エネルギーを含む集約型/分散型の電力システム構築が,経済成長と産業活動に与える影響を総合的に評価できること

これらの目的達成のため,先行研究での評価モデル構築における成果を踏まえて,本研究では2つの評価モデルを構築し,それらを統合して総合的評価を行う,というアプローチを採った.

ひとつは,電源構成による電力の価格・量の変化が一国の経済活動に与える影響をシミュレートするエネルギー経済モデルである.このモデルは,一国の電源設備への投資方針が経済成長へ与える影響を分析するためのものであり,基本的には8部門から成る応用一般均衡モデルを修正したものである.経済成長から内生的に導かれる電源設備投資の配分(i.e.各電源の資本増分のための投資配分)を操作変数として均衡状態を算出することで,総括原価方式により決定した電力価格をインプットとして与え,GDP成長をシミュレートできる.

もうひとつのモデルは,特定地域における最適電化システムを消費者の購買力および地理的・時間的特性を考慮して選択する電化事業評価モデルである.本モデルでは、最適な電化事業モデルの選択として,事業者・消費者双方のコスト(以降では,それぞれ事業コスト,コミュニティコストと呼び,合計を社会コストと呼ぶ)の現在価値を最小化するものを選ぶ.その際,展開される製品/サービスの購入是非は,対象地域の消費者の購買力を鑑みて決定される.また,当該地域の電化率100%を達成するまでの電化事業の継続性を考慮するため,計算においては個別世帯についての所得とその時系列変化を追う.

さらに,このモデルを広域計算に拡張し,生み出される電力,電化により代替された灯油コスト,必要となるシステム製造,サービス提供を前述のエネルギー経済モデルに受け渡すことで,電化事業が一国全体の経済に及ぼす影響を分析することが可能である.

上記モデルを用いて,開発途上国における電力システムの将来に対する示唆を得るため,上述の目的に沿う形でケーススタディを行った.対象国としては最貧国のひとつであり,かつ農村部における分散型電力システムの事業展開の事例が豊富なバングラデシュを選定した.まず,エネルギー経済モデルを用いて電源構成が一国の経済成長に与える影響を,つぎに電化事業評価モデルを用いて集約型/分散型電力システムの地域最適化と電化率向上の進捗について分析した.さらに国土全域における最適電化事業の展開が一国の経済成長と産業活動に与える影響について分析を行った.その結果,電力システムの評価手法としては以下が可能となった.

構築したエネルギー経済モデルにより,総括原価方式による電力価格決定と賦存設備容量からの発電量を勘案して経済成長をシミュレートすることが可能になった.

構築した電化事業評価モデルにより,消費者の購買力を捉えた実効性の高い電化技術システムの評価ができるようになった.また,電力の持続的運用を目指せば,最低所得者層の購買力が付くまでの事業者の資金繰りにより達成の是非が決まることが分かった.

電化事業評価モデルによる全国土対象の計算結果をエネルギー経済モデルに適用することで,大規模集約型/小規模分散型の電力システムを併用する電化事業の経済成長への寄与を評価することが可能になった.

上記の結果から,本モデルで構築したエネルギー経済モデルと電化事業評価モデルの併用により,開発途上国で効率性・公平性を踏まえて導入すべき電力システムの設計が可能になったと言え,後述の分散型電力システムの主流化の流れを鑑みて,モデルの有用性が確認された.続いて,これらのモデルを用いて行ったケーススタディにより,以下のバングラデシュにおける電力システム構築上の示唆を得た.

電源開発に関わる政府予算のみでは電力需要に応えることが難しく,2030年までは電源設備投資に対する慢性的な資金不足が発生する.また,経済的に最適化された電化事業においても,政府予算では賄えない額の事業資金が必要となる.

各地域に最適電化事業を配置した結果,国土の66.4%(人口の53.2%)は分散型電源による電化が優位となった.また,国土の54.8%(人口の43.5%)で太陽光発電による分散型電力システムの優位性が確認された

太陽光発電による地方電化事業は,対象となる消費者が電力システム購入資金を拠出するため他財への支出を抑えることで,結果的に国の経済成長を押し下げる.その際,電化システムの発電による直接的なGDP浮揚効果は0.1%以下であり,2020年に100%電化を達成しても2030年の総発電量は最大99.8TWh減少することが分かった.

太陽光発電による地方電化事業を推進する際,そのシステム製造の内製率0%(全て輸入)により実施すれば2030年時点のGDPが-22.60%減少するが,一方で,内製率100%で行えば国際収支が改善し-12.42%までGDP減少を抑えることができることが示された.

これらの結果から,その公平性の視点から取り組まれるべき太陽光発電による電化事業は,運用持続性や地方電化という目的から見れば効率的アプローチであるが,効率面から見れば,いたずらに推進することはマクロの経済成長の足かせとなるジレンマを内包すると言える.しかし,このジレンマを軽減する方法として電力システム製造の内製化が有効であることが明らかになったため,太陽光発電による電化事業を推進するに当たっては,システム製造の内製化を進めるよう産業構造が変化することが前提となる.また,2030年までは公平性視点からの地方電化と効率性視点からの産業用電源拡張とで,目的に応じた電力システムの併用が必要であるが,いずれの場合も政府の資金不足から民間資本を活用することが望まれる.現在のバングラデシュの技術力では完全内製化は難しいと考えられるため,政策的方針としては外資企業の生産拠点を誘致し,技術移転を促すことが挙げられる.

本研究により,開発途上国の電力システムは先進諸国のそれとは異なるものになる可能性が示された.つまり,従前の主流であった大規模集約型電力システムが,必ずしも小規模分散型に対して経済的に優位ではないことを示されたことで,地産地消型の電力システムへと移行していく地域が世界で増えていくことが示唆される.しかし一方で,当アプローチによる電化推進が経済成長の観点からは効率的でない場合もある.したがって、今後は地産地消型電源のネットワーク化や,電力価格に差異があるときの取引,等の技術的課題と併せ,先のジレンマを解消する産業政策や経済モデル・統計情報の精緻化についての研究も望まれる.

制約が少ない開発途上国でのリープフロッギング的技術導入は,先進諸国に勝る電力システムの構築を促し,格差解消の加速につながる効果も見込まれる.これらはエネルギー産業を成長戦略に据えるわが国にとっても好機であり,技術力を活かした互恵関係に基づく,効率性と社会性を包括する政府・企業の技術経営戦略について考えるべきである.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,開発途上国における電力システム構築において,経済的な効率性と公平性の2つの視点を考慮した,電化技術及び電化事業の評価手法を提案し,バングラデシュの社会環境下におけるケーススタディを行ったものである.

効率性とは,産業が競争力を維持するのに充分かつ適正な価格での電力提供,および産業育成を見据えた設備投資を展開することを指し,公平性は,すべての人々が等しく電力利用機会を享受できるようにすることを指す.これらの方針の下で,自然エネルギーを含む発電技術とシステム・事業形態の組み合わせにより,供給先のニーズに合わせた実行可能な技術・事業が選択され,実装される必要がある.しかしながら,開発途上国での実態としては,国際援助資金により電力システムを敷設した後,事業者や消費者の経済的破綻により継続利用が頓挫するケースが頻発している.これらの問題は,技術・事業の計画段階において,消費者の購買力,国や地域の経済活動及び地理的特性を包括的かつ動的に捉えた評価ができないことに起因する.

本研究ではこの電力システムの評価方法の問題を解決するため,まず,開発途上国における経済的効率性・公平性の両立を目指し,ニーズに合わせた実行可能な技術・事業による電力システム構築の際の経済性評価体系を構築すること,そしてケーススタディを通して,効率性・公平性の視点から経済成長と電化率向上に対する考察を行い,開発途上国における電力システムの将来に対する示唆を得ることを目的として設定している.

これらの目的達成のため,本研究では2つの評価モデルを開発,それらを統合して総合的評価を行う評価体系を構築している.一つは,電源構成の変化による電力の価格・量の変化が一国の経済活動に与える影響をシミュレートするための,8部門から成る応用一般均衡モデルを修正したエネルギー経済モデルである.もう一方は,特定地域における地域経済コストを最小化する電化システムを,消費者購買力および地理的・時間的条件を考慮して選択する電化事業評価モデルである.さらに,このモデルを広域計算に拡張し,その結果をエネルギー経済モデルに受け渡すことで,電化事業が一国全体の経済に及ぼす影響を分析することを可能としている.

この評価体系を用いて,最貧国のひとつである,バングラデシュにおけるケーススタディを行っている.まず,エネルギー経済モデルを用いて電源構成が一国の経済成長に与える影響を,つぎに電化事業評価モデルを用いて集約型/分散型電力システムの地域最適化と電化率向上の進捗について分析している.さらに国土全域における最適電化事業の展開が一国の経済成長と産業活動に与える影響について分析を行っている.

結果として,本モデルで構築した評価体系により,開発途上国で効率性・公平性を踏まえて導入すべき,大規模集約型/小規模分散型の併用による電力システムの設計が可能になり,その有用性が確認された.また,ケーススタディより,バングラデシュにおいては5割以上の地域で太陽光発電による分散型電力システムを用いた電化事業が推奨され,従前の主流であった大規模集約型電力システムが,必ずしも小規模分散型に対して経済的に優位ではないことが示された.一方で,産業への波及効果を考慮したマクロ経済成長から見れば当電化事業は足かせとなるため,当該事業を進めるには経済成長の押し上げに寄与するシステム製造の内製化を進める産業構造変化が前提となることが明らかとなった.また,2030年までは公平性視点からの地方電化と効率性視点からの産業用電源拡張とで,目的に応じた電力システムの併用が必要であるが,いずれの場合も政府の資金不足から民間資本を活用することが望まれる.しかし,現在のバングラデシュの技術力では完全内製化は難しいと考えられるため,政策的方針としては外資企業の生産拠点を誘致し,技術移転を促すことを提言している.以上のように,本研究により,開発途上国の電力システムは先進諸国のそれとは異なり,開発当初から地産地消型へと移行し,拡張していく可能性が示唆された.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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