学位論文要旨



No 128545
著者(漢字) 松本,卓也
著者(英字)
著者(カナ) マツモト,タクヤ
標題(和) CTを用いた有限要素法解析による骨強度の予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 128545
報告番号 甲28545
学位授与日 2012.06.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3998号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 芳賀,信彦
 東京大学 准教授 馬淵,昭彦
 東京大学 特任准教授 林,直人
 東京大学 講師 門野,夕峰
 東京大学 講師 小笠原,徹
内容要旨 要旨を表示する

支持器官としての骨は、代謝により環境に適した強度が維持されるが骨量は20-30歳代をピークに加齢とともに生理的減少が起きる。高齢者では骨量減少に伴い骨粗鬆症となり、立位からの転倒など軽微な外力で発生する脆弱性骨折を罹患する。脊椎椎体骨折と大腿骨近位部骨折は骨粗鬆症と関連が深い骨折であり、骨折が生じると疼痛だけでなく、筋力低下や下肢神経症状も引き起こすことがあり、活動性が低下し、寝たきりの原因となり、有意な死亡率と関連している重篤な疾患である。骨粗鬆症治療の第一の目的は骨折の予防であり、骨折予防のためにも骨強度を精度高く定量的に評価する手法の開発が必要である。現在行われている骨強度評価は、主に骨密度測定だが、骨密度だけでは骨の強度を十分に評価できない。また、臨床において求められるものは、日常生活動作や転倒などで掛かる荷重に対する荷重許容量だけでなく、過荷重となった場合の予測骨折部位がある。この骨折荷重と骨折部位を予測する有効な手法の一つが構造物の数値解析法である有限要素法である。Imaiら、Besshoらが新鮮死体標本を用いて椎体と大腿骨のCT DICOMデータを使用し有限要素法を用いた骨強度解析を行い、椎体と大腿骨の力学試験による圧縮試験と解析結果において骨折荷重・骨折部位ともに高精度で評価できることを示した。本解析法を用いることにより臨床において非侵襲的に外力の作用部位や方向による強度や骨折部位の相違についての評価することができる。しかし、有限要素法の解析には骨の材料特性、特に骨密度と剛性および強度の関係、が必要不可欠である。Imaiら、 Besshoらが使用した骨の材料特性は健常の新鮮死体標本を用いて算出された先行研究を利用しており、骨の病的状態については考慮されていない。骨粗鬆症は『骨強度の低下を特徴とし、骨折のリスクが増大しやすくなる骨格疾患』と定義されている。骨強度には骨密度だけでなく骨微細損傷、石灰化度、骨基質、代謝回転などの骨質も骨強度に関与することが認識されるようになってきており、骨粗鬆症およびこれに対する薬物治療により、骨の材料特性が変化した場合には、既存の有限要素法では精度高く骨強度を評価できないという限界がある。

本研究は臨床研究と基礎研究の2つからなる。

臨床研究では、骨粗鬆症に起因する多くの椎体骨折は緩徐に発症し、臨床的に発見されにくいことから、骨粗鬆症患者では日常生活動作中に過負荷が掛かることによって発症するものと考えられているという背景と、CT/有限要素法を用いた骨強度解析は骨形態を加味した上で様々な荷重条件下での骨折荷重と骨折部位を予測できるという特徴を利用し、原発性骨粗鬆症患者の椎体において日常生活動作における前屈位、立位荷重条件を模擬した荷重条件と単軸圧縮との予測骨折荷重ならびに予測骨折部位の比較検討を行うということを目的とした。

基礎研究では骨粗鬆症に対する薬物治療、特に骨吸収抑制剤、により骨の材料特性が変化する可能性があることと、骨粗鬆症モデルの実験動物としてラットが広く用いられていることから、ラットにおけるCT/有限要素法モデルを開発するために、健常のラットにおける骨の材料特性を明らかにすること、そして、その材料特性を用いてラット大腿骨有限要素モデルを構築し、精度を検証することを目的とした。

臨床研究では、未治療の原発性骨粗鬆症女性患者41名を対象とし、で第2腰椎のQCT撮影を行い、CTデータより有限要素法による強度解析を行った。

撮影したQCTデータをコンピュータに入力し開心領域の抽出を行い、有限要素モデルを作成した。荷重条件・拘束条件は、椎体の上面を垂直圧縮、椎体下面の完全拘束をした、単軸圧縮と椎体の上面に掛かる荷重分布を傾斜荷重とし立位条件では椎体の前方1/3:中央1/3:後方1/3を19:31:41に、前屈条件では59:48:38に分配した。x軸を単軸圧縮の予測骨折荷重、y軸を立位または前屈位荷重の予測骨折荷重とした回帰直線は、立位条件ではy = 0.8912x + 19.332相関係数は0.9522、前屈位条件ではy = 0.7033x + 55.071 相関係数0.8342であった。3条件間における予測骨折荷重について分散分析では骨折荷重には有意差があることが示され(P=0.0004547)と、Bonferroniの方法による下位検定で単軸と前屈位の条件間にP=0.0014と有意差があることが示された。予測骨折部位は、前屈位条件では最も多い予測骨折部位は76%の症例でみられた頭側前方でRyanの多重比較を用いて有意に多かった(P<0.005)。 同様に単軸圧縮条件では頭側中央が有意に多く(P<0.005)、立位条件では頭側中央と中央後方が(P<0.005)多かった。よって、前屈位条件の予測骨折荷重は単軸圧縮より低いという結果から、日常生活動作における骨折リスクをより精細に評価するためには前屈位荷重条件での評価を行うべきであるという結果が得られた。

基礎研究ではまず、健常のラットにおいて海綿骨と皮質骨の骨密度-材料特性の関係性を明らかにするために15匹の12週齢のSDメスラットから脛骨を摘出し、1.8mm角の海綿骨立方体標本30個と全長2mmの皮質骨ダンベル型標本10本を作製した。μCT撮影を行い、骨密度を算出。海綿骨は圧縮試験、皮質骨は引張試験を行った。試験結果より応力-ひずみ曲線を作成し、ヤング率・臨界応力を計測した。骨密度値とあわせて下記表のごとく骨密度-材料特性の回帰方程式を算出した。

この骨密度‐材料特性の結果を用い、ラット大腿骨近位部の圧縮強度・骨折部位を力学試験と有限要素法解析で比較した。同様のSDメスラットから左大腿骨を摘出。大腿骨骨軸を垂直にジグに設置した。μCTを撮影ののち力学試験機による単軸圧縮荷重試験を行った。有限要素法解析では、要素サイズを0.1mm、0.2mm、0.3mmの3種類を作製。圧縮条件を模擬した荷重拘束条件を使い、解析をおこなった。骨折荷重・骨折部位の対比および適切なモデルサイズの検討を行った。骨折荷重については、x軸を力学試験破壊荷重、y軸を有限要素解析での破壊荷重とした回帰直線は、有限要素モデルのサイズが

0.1mmでは y = 0.8652x + 0.1774、相関係数0.892

0.2mmでは y = 0.5508x + 28.197 相関係数0.880

0.3mmでは y = 0.4526x + 37.045 相関係数0.794

であった。骨折部位については、本研究の力学試験におけるすべての骨折は大腿骨頚部頭側から小転子にかけて広がったもので、有限要素解析でもほぼ同様の結果となっている。ラットにおいても精度高く骨折荷重、骨折部位が予測できる有限要素モデルは要素サイズが0.1mmのものが最良であった。

今後の展望としてラットにおいて、骨粗鬆症モデル、骨粗鬆症+投薬モデルで同様の試験を行い、各モデルにおける骨密度と材料特性の関係および、有限要素法解析の解析値と力学試験の測定値を評価することにより、臨床におけるヒトの骨粗鬆症に対する薬剤効果判定に応用することができる。

また、糖尿病においても骨脆弱性があることが指摘されており、骨粗鬆症以外の骨脆弱性をきたす疾患に対しても骨の材料特性の変化を明らかにすることにより、より正確な骨強度、予測骨折部位の評価ができると考える。

ヤング率

臨界応力

審査要旨 要旨を表示する

本研究は構造物の解析法である有限要素法を骨バイオメカニクスに応用し、生体における骨強度評価を試みたものである。臨床研究では、原発性骨粗鬆症患者の日常生活動作における椎体の脆弱性の評価すること、基礎研究ではラットを用いて動物実験における有限要素法解析のモデルの開発を目的とし、臨床研究、基礎研究で各々下記の結果を得ている。

臨床研究

原発性骨粗鬆症患者41例の第2腰椎椎体を単軸圧縮、前屈位、立位の3条件で有限要素法解析を行い

1.予測骨折荷重は単軸圧縮条件に比べ前屈位条件の方が有意に低い値であることが示された。

2.予測骨折部位の出現頻度は単軸圧縮条件では頭側中央が最も多く40%の症例でみられた。同様に立位条件で出現頻度が最も多い部位は頭側中央で出現頻度は31%であった。一方、前屈位条件では最も多い予測骨折部位は76 %の症例でみられ、前屈位では頭側前方が他の全ての部位に比べて有意に出現頻度が高いことが示された。

3.各症例において最小の骨折荷重となる荷重条件は前屈位条件が最も多く、このときに出現する予測骨折部位は、頭側前方が最も多かった。

4.解析によって予想される椎体の変形は前屈位では前方頭側が陥凹した楔状変形となるが、単軸圧縮・立位の条件下では頭側中央から後方が陥凹した。

基礎研究

ラット脛骨から海綿骨・皮質骨の力学試験標本を作製、各々骨密度測定後に力学試験を行い、応力-ひずみ曲線を作成し、ヤング率・臨界応力を計測し

1.骨密度値とあわせて下記表のごとく骨密度-材料特性の回帰方程式を算出した。

基礎研究

ラット脛骨から海綿骨・皮質骨の力学試験標本を作製、各々骨密度測定後に力学試験を行い、応力-ひずみ曲線を作成、ヤング率・臨界応力を計測し

2.骨密度値とあわせて下記表のごとく骨密度-材料特性の回帰方程式を算出した。

ラット大腿骨を力学試験機による圧縮試験を行い、上記の骨密度-材料特性を用いた有限要素解析による骨折強度、骨折部位を解析し、予測解析の精度を検証し

3.x軸を力学試験破壊荷重、y軸を有限要素解析での破壊荷重とした回帰直線は、y = 0.8652x + 0.1774、相関係数は0.892、P<0.005と有限要素法解析は精度高く力学試験の骨折荷重を予測できることが示された。

4.力学試験終了後に撮影したμCTデータを3次元再構成した画像と有限要素モデルの解析結果の重ね合わせによりほぼ全例で実験による骨折部と有限要素法解析での予測骨折部位が一致する傾向にあった。

以上、本論文はCTを用いた有限要素法解析により、臨床研究では日常生活動作における椎体の強度は単軸の圧縮で評価される以上に脆弱であり、楔状変形を来しやすいことを明らかにし、骨粗鬆症の非外傷性椎体骨折に関する重要な知見を得たと考えられる。基礎研究ではラットに骨の材料特性を明らかにし、大腿骨近位部の有限要素法解析のモデルを確立させたことにより、骨粗鬆症や糖尿病など骨脆弱性をきたす疾患モデルなどへの応用が期待できる重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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