学位論文要旨



No 128550
著者(漢字) 中条,裕子
著者(英字)
著者(カナ) チュウジョウ,ユウコ
標題(和) DNAヘリカーゼUvrDの機能単位の蛍光1分子イメージング
標題(洋)
報告番号 128550
報告番号 甲28550
学位授与日 2012.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第807号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 正井,久雄
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 准教授 佐藤,均
 東京大学 教授 田口,英樹
内容要旨 要旨を表示する

序論

DNA ヘリカーゼは原核生物や真核生物のみならず,バクテリオファージやウィルスまで高度に保存された酵素であり,DNA 複製,修復,組換え,接合伝達,転写伸長過程などに関与し,ゲノム情報の安定維持に関与している.研究対象であるDNA ヘリカーゼ UvrD はDNA 損傷時のヌクレオチド除去修復,ミスマッチ修復,SOS 修復などで重要な役割を果たす酵素であり,ATP 加水分解のエネルギーを利用し,3' → 5'方向に二本鎖DNA を一本鎖DNA に巻き戻す活性を持つ.UvrD は,これまでの生化学実験の結果から二量体以上の多量体でDNA を巻き戻すと考えられていたが,2006 年に報告されたX線結晶構造解析の結果では単量体でも巻き戻し活性がある可能性が示唆されている.また,生化学実験ではUvrD のステップサイズ (ATP 1 分子の加水分解エネルギーで巻き戻すことのできるDNA 塩基数) は4-6 bp と推測されているのに対し,X 線結晶構造解析の構造からは1 bp であることが示唆されている.この2 つの報告の差異は,生化学的方法ではアボガドロ数オーダーの分子の平均値を,X 線結晶構造解析の結果は動的に動き回るタンパク質のスナップショットから推定される反応過程を推測しているものであり,生体内で起こっている一連の反応過程をみているわけではないことに起因すると考えられる.本論文では,平均化されていない単一分子のダイナミクスを理解することができる蛍光1 分子イメージングによりDNA に結合している蛍光色素標識UvrD を1 分子のレベルで直接観察し,蛍光色素の褪色の過程を解析することでUvrD の機能単位を明らかにすることを目的とした.

結果と考察

1. 部位特異的蛍光色素標識UvrD の作製

本論文では,UvrD に蛍光色素1 分子を高い標識率で特異的に標識し,その褪色の過程を観察することで,UvrD の機能単位の解明を試みることとした.タンパク質を特異的に蛍光標識するには,GFPなどの蛍光タンパク質と遺伝子工学を用いて融合させるのが確実である.しかし,蛍光タンパク質は様々な改良が行われているものの,1 分子観察を行うには暗く,また分子量が大きいために立体障害がおき,活性の低下を招いたり他の分子との相互作用ができなくなる可能性もある.そこで,本研究ではUvrD の蛍光標識にはCys 残基のSH 基に選択的に反応するマレイミド基を持つ低分子蛍光色素を利用することにした.

N 末端側に6 個のHis を付加したUvrD (82kDa) を精製し,蛍光色素を適当なモル比で混合して蛍光色素標識を行った.その結果,Tetramethylrhodamine- 5-maleimide (TMR,MW= 481.51)とDye: Protein (D:P) =3:1, 5:1 で混合した場合にそれぞれ標識率43-50 %,65-90 %のTMR- UvrD を,Cy5-Mono- ReactiveDye (Cy5, MW=791.99)とD:P = 3:1, 5:1 で混合した場合にそれぞれ標識率89-105 %,101-120 %のCy5-UvrD を得た.蛍光色素標識UvrD の巻き戻し活性を一本鎖突出DNAを基質に用いて確認したところ,すべての蛍光色素標識UvrD において活性が保持されていることが分かった (図1).

次に,UvrD 中に6 個存在するCys 残基 (図2) のうち,蛍光色素標識される部位を同定するために,TMR-UvrD(D:P = 5:1),Cy5-UvrD(D:P = 5:1)をエンドプロテイナーゼAsp-Nで消化し,Tricine-SDS-PAGE で解析した結果,約10 kDa のペプチドに蛍光色素標識されたCys 残基が含まれていることが分かった(図3-a)-1,2; 3-b)-1,2).TMR-UvrD のAsp-N 消化産物をサンプルとし,HPLC でペプチドマッピングを行い,TMR 由来の吸収が観察されるペプチドのN末端アミノ酸配列を決定した結果, UvrD において蛍光色素で標識されるCys 残基は主にCys 52 とCys 640 の2 つの残基であることを同定した.

単一Cys 残基特異的蛍光色素標識を実現するために,Cys52 とCys640 をAla 残基に置換したC52A, C640A, C52A/C640A 各変異体を作製した.図1 に示したのと同様の方法で巻き戻し活性があることを確認したのち,TMRおよびCy5 を用いて蛍光色素標識を行った.各変異体の蛍光色素標識率を表1 に示した.得られた蛍光色素標識変異体をAsp-N 処理しTricine -SDS-PAGE により解析したところ,TMR 標識変異体においてはTMR-C52A でCys640 が,TMR-C640A ではCys52 が含まれると考えられるペプチドがそれぞれTMR 標識され,TMR-C52/C640A ではTMR ではほぼ標識されないことが示された (図3).一方,Cy5 標識変異体においては,Cy5-C52A はCy5-C52A/C640A と同程度の低い標識率のCy5 標識変異体しか得ることが出来なかった.各蛍光色素標識変異体の巻き戻し活性を調べたところ,TMR-C52A は巻き戻し活性を失っていることが分かった.これは,蛍光色素で標識されるCys640 が活性中心近傍に位置しているため,この部位が蛍光色素標識されることで活性の低下を招いていると考えられる.一方,TMR-C640A および Cy5-C640A では巻き戻し活性が確認された.以上の結果から,TMR-C640A および Cy5-C640Aは,巻き戻し活性を保持しながら,Cys52 に部位特異的にTMR あるいはCy5 が標識されていることを確認した.蛍光1 分子イメージングには標識率が高く,より特異的に標識されていると考えられるCy5-C640A を用いることにした.

2. UvrD の機能単位の蛍光1 分子イメージング

蛍光1 分子イメージングを可能にするためには,水のラマン散乱やガラス表面以外の蛍光や散乱光などの背景光を可能な限り除去する必要がある.このため,低バックグラウンド照明が可能な全反射型蛍光顕微鏡を用いたエバネッセント照明により,1 分子観察を行うことにした.エバネッセント場は境界面からの距離 z に対して指数関数的に減衰するため,ガラス表面のわずか数100 nm のみを照明することができ,非常にコントラストの良い蛍光画像を取得することができる.この全反射型蛍光顕微鏡下で石英基板上に組み立てたDNA/Cy5-C640A 複合体の褪色過程を観察することで,UvrD の機能単位を明らかにすることにした.蛍光色素が1 分子の場合は褪色が1 段階,2 分子の場合は2 段階と,蛍光色素の数に応じた褪色が起きるので,DNA上のCy5-C640A の会合状態を識別することが可能である.

まず,観察に使用するタンパク質濃度を決定するために,片側のDNA 鎖の末端をCy3 で標識した一本鎖突出DNA を石英基板に固定し,Cy5-C640A とATP の両者が存在する観察溶液で蛍光1 分子イメージングを行った.この条件下では,DNA が完全に巻き戻されればCy3 標識されたDNA 鎖が石英基板から外れて溶液中に拡散し,蛍光が観察されなくなるため,観察に必要なタンパク質濃度を検討することができる.その結果,0.5 nM Cy5-C640A とATP の観察溶液ではCy3 の蛍光が残っていたが,2 nM Cy5-C640A とATP の存在する観察溶液ではCy3 の蛍光がバックグラウンドレベルまで下がったことから,蛍光1 分子イメージングを行うタンパク質濃度を2nM と決定した.

Lohman らの研究により,UvrD はDNA の一本鎖突出部分が12nt 以下になると巻き戻し活性が顕著に低下することが分かっている.また,一本鎖部位を長くしていくと徐々に巻き戻し活性が上昇し,40nt 以上になるとわずかながら活性が低下することも報告されていることから,12 nt,20 nt, 40ntの一本鎖突出DNA を用いて蛍光1 分子イメージングを行うことにした. 2nM Cy5-C640A 溶液を満たした状態で一本鎖突出末端DNA との結合状態の蛍光1 分子イメージングを行い,それぞれの輝点の蛍光強度の時間変化を解析した.一本鎖DNA および平滑末端を用いた場合は,DNA のない状態と同程度のごく少数の非特異的に吸着したCy5-C640A の輝点しか認められなかった(図4-b).一本鎖突出を持つDNA を用いた場合は,1 段階,2 段階,3 段階以上の多段階褪色を示す数多くの輝点が認められた(図4-c).褪色段階数の比率(図5-b)は,一本鎖突出部分の長さにかかわらず,蛍光色素標識率から求めたCy5-C640A が二量体で存在していると仮定した場合の理論値とほぼ一致した.ATP-γS 存在下で同様の観察を行ったところ,一本鎖突出部分の長さに応じて2 段階以上の褪色を示す輝点の数が多くなることが分かった (図5-c).この結果はATP-γS 存在下ではDNA に結合しているCy5-C640A の数が増えていることを示唆し,生化学実験から得られたUvrD の機能単位は二量体かそれ以上の多量体であるという結果と一致する. ATP-γS を加えることによるCy5-C640A の結合数の増加は,Cy5-C640A 分子にATP が結合することで何らかの構造変化がおこり, 他のCy5-C640A 分子と結合しやすくなっていると考えられる.T4 ファージのDNAヘリカーゼであるT4 phage 41 gene は,NTP-γS 非存在下では単量体か二量体で存在するが,NTP-γS 存在下で多量体を形成することが報告されており,UvrDにおいて同様の現象が起こっている可能性が考えられる.

総括と展望

本論文では,単一の蛍光色素で部位特異的に標識されるUvrD 変異体C640A を作製し,蛍光1 分子イメージング技術を用いてUvrD がDNA を巻き戻す機能単位の解析を行った.その結果,UvrD は二量体でDNA に結合すること,ATP-γS 存在下の擬似的にDNA を巻き戻ししている状態では,おそらく二量体以上の多量体を形成していることが示された.このように,蛍光 1 分子イメージング技術は,X 線結晶構造解析や生化学実験だけでは完全に解明することのできない生体分子の反応機構を,タンパク質が機能している現場を直接観察することで,1 分子レベルで検証することが可能である.現在,UvrD のDNA への結合解離とDNA の形態変化などを同時計測できるようなシステムを開発中である.この計測システムを用いることで,DNA 複製・修復・組み換えの機構を1 分子レベルで解明することも可能になると考えられる.

図1. 蛍光色素標識 UvrD のヘリカーゼ活性の確認

a) ヘリカーゼ活性測定の模式図.20nt の一本鎖突出を持つ基質 DNA と UvrD を混合し,37℃,10 分保温した後 ATP を加え, 37℃,2 分反応させる.DNA の巻き戻しを10 % TBE ポリアクリルアミドゲルを用いて電気泳動することで確認する.b)電気泳動によるUvrD と蛍光色素標識UvrD の巻き戻し活性の確認

図2. UvrD の立体構造と Cys 残基の位置

PDB No. 2IS1 より作成.Cys 残基の位置を矢印で示した.

図3. 蛍光色素標識UvrD のAsp-N 消化産物の解析

a) TMR 標識UvrD の消化パターン.1;TMR-UvrD のAspN 消化産物のCBB 染色像,2; 1 の蛍光像, 3; TMR-C52A の蛍光像, 4; TMR-C640A の蛍光像, 5; TMR-C52A/C640A の蛍光像b) Cy5 標識UvrD の消化パターン.1;Cy5-UvrD のAspN 消化産物のCBB 染色像,2; 1 の蛍光像, 3; Cy5-C52A の蛍光像, 4; Cy5-C640A の蛍光像, 5; Cy5-C52A/C640A の蛍光像

図4. 蛍光1 分子イメージング

a) 観察の模式図.上図に示すように,ビオチン-ストレプトアビジンの結合を利用して,オリゴの末端をビオチンで標識した基質DNA を石英基板上に固定する.その後,褪色防止剤を添加したCy5-C640A 溶液を満たして蛍光1 分子イメージングを行う.レーザー光を石英基板と水溶液の界面で全反射させると,ガラス面から数100 nm の厚みでエバネッセント場が生じる.この領域にCy5-C640A が存在するとCy5 が励起されて蛍光を発するが,溶液中にフリーで存在しているCy5-C640A はブラウン運動をしているため輝点として観察できない.しかし,Cy5-C640A がDNA に結合してブラウン運動が停止すると1 個の輝点として観察することが可能となる.b) DNA を固定せず,Cy5-C640A のみが存在する場合の蛍光像 (15 フレーム(0.5 秒)平均像).溶液中のCy5-C640A はブラウン運動をしているため輝点は非特異的に石英基板に吸着している場合以外は観察されない. c)DNA/Cy5-C640A の蛍光像 (15 フレーム(0.5 秒)平均像)

図5. DNA/Cy5-C640A の計測

a) 1 段階,2 段階,3 段階褪色の例. b) DNA/Cy5-C640A の褪色過程の比率. c) b)に1mM ATP-γS を添加した場合の褪色過程の比率 b) c) ともにすべての条件で500-1000 個の輝点を解析した.グラフ下部の12 nt, 20 nt, 40 ntはそれぞれ用いたDNA の一本鎖突出部分の長さを示す.

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、蛍光1分子イメージング技術によりDNAに結合している蛍光色素標識DNAヘリカーゼUvrDを1分子のレベルで直接観察し、蛍光色素の褪色の過程を解析することでUvrDの機能単位の解明を試みている。

UvrDは、これまで生化学実験の結果から二量体かそれ以上の多量体で機能していると考えられていたが、近年解かれたX線結晶構造解析の結果からは単量体で機能することが示されている。この問題に決着をつけるために、単一蛍光標識したUvrD変異体の褪色過程をモニターすることにより、UvrDが単量体で機能するのか、二量体以上の多量体で機能するのかを明らかにすることにした。

タンパク質を特異的に単一蛍光標識するには、GFPなどの蛍光タンパク質と遺伝子工学を用いて融合させるのが確実であるが、蛍光タンパク質は1分子観察を行うには暗く、また分子量が大きいために立体障害がおきやすい問題点がある。そこで、本研究ではUvrDの蛍光標識にCys残基のSH基に選択的に反応するマレイミド基を持つ低分子蛍光色素を選択した。UvrDにはのCys残基が6ケ所存在するが、その中でマレイミド基をもつ低分子蛍光色素によって標識されるCys残基を、ペプチドマッピングにより同定した。この結果を基に、UvrD 1分子に対し蛍光色素1分子が標識されるようにCys残基を一部欠損させたUvrD変異体を作成した。この UvrD変異体のCy5蛍光標識を試みた結果、活性を有したまま約75 %の蛍光標識に成功した。

このCy5-UvrDを用い、蛍光1分子イメージングにより、石英基板上に組み立てたDNA/Cy5-C640A複合体の褪色過程を観察することで、UvrDの機能単位の解明を試みた。蛍光色素が1分子の場合は褪色が1段階、2分子の場合は2段階と、蛍光色素の数に応じた褪色が起きるのでDNA上のCy5-C640Aの会合状態を識別することが可能である。UvrDの基質である一本鎖突出を持つDNAを用いた場合は、1段階、2段階、3段階以上の多段階褪色を示す数多くの輝点が認められた。褪色段階数の比率を求めたところ、一本鎖突出部分の長さにかかわらず、蛍光色素標識率から求めたCy5-C640Aが二量体で存在していると仮定した場合の理論値とほぼ一致した。ATP-γS存在下で同様の観察を行ったところ、一本鎖突出部分の長さに応じて2段階以上の褪色を示す輝点の数が多くなることが分かった。この結果は、UvrDは二量体でDNAに結合すること、ATP-γS存在下の擬似的にDNAを巻き戻ししている状態では、おそらく二量体以上の多量体を形成していることを示している。このように、蛍光 1 分子イメージング技術は、 X線結晶構造解析や生化学実験だけでは完全に解明することのできない生体分子の反応機構を、タンパク質が機能している現場を直接観察することで、1分子レベルで検証することが可能であることを示した。

蛍光1分子イメージングによって、DNAと相互作用する蛍光標識したタンパク質の動きを見た例は少なく、本研究の成果は今後のDNA-タンパク質相互作用の1分子蛍光イメージングの研究の発展に大きく寄与することが期待される。したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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