学位論文要旨



No 128556
著者(漢字) 長谷部,雅伸
著者(英字)
著者(カナ) ハセベ,マサノブ
標題(和) 浅水場を対象とした流動モデルにおける静水圧近似の適用性に関する研究
標題(洋)
報告番号 128556
報告番号 甲28556
学位授与日 2012.06.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第813号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 教授 徳永,朋祥
 東京大学 准教授 早稲田,卓爾
内容要旨 要旨を表示する

本研究では,浅水場(主に長波が卓越する沿岸域など)を対象とした流動モデルについて,(1)静水圧近似の適用条件に関する理論検討,(2)解の状況に応じて静水圧近似モデル/非静水圧モデルを自動的に使い分けることが可能な新たな数値モデルの開発,(3)様々な流動問題を対象とした数値シミュレーションによる本モデルの基本的性質の把握,(4)静水圧近似の具体的な適用基準値の提案,を行った.以下に概要と主要な結論を示す.

第1章 緒言:静水圧近似モデルの発展と最近の活用例,静水圧近似モデルの課題および静水圧近似の適用性に関する既往研究をまとめ,本研究での目的を本要旨冒頭のように設定した.

第2章大規模深層水放流の拡散シミュレーション:深層水利用施設からの利用済み深層水放流を想定した拡散シミュレーションを行った.冬季および夏季の成層状態,海域の流れの強さの違いによって,放流された深層水の拡散の様相は様々に変化する(図1).本解析例では,放流深層水は場の流れに直行する噴流となり,この二つの流れが干渉しあうことで放水口のごく近傍に逆回転の渦対が発生し(図2),渦対自体が放流水とともに場の流れに従って移動することで,遠方域の拡散場が変化しうることがわかった.さらに条件によっては放流水が分岐状に拡散する場合もあることがわかった(図1,右).こうした放流深層水の特徴的な挙動は,従来の静水圧近似モデルを用いた解析例では見られなかったものであり,本研究を進める強い動機づけとなった.

第3章 静水圧近似の適用性判定に関する検討:潮流など主に長波によって駆動される自然現象としての流れと,局所的・人為的な流れが混在する浅水場を対象として,支配方程式の無次元化により静水圧近似が適用可能となる条件を理論的に検討した.具体的には,静水圧パラメータδ,εをそれぞれ代表長さスケール(L,H)および代表流速スケール(U,W)の水平鉛直比によって定義し,これらパラメータを用いて支配方程式を無次元化した.その結果,δεおよびε(2)が十分に微小である場合には静水圧近似が適用できることが示された.

第4章 数値モデルの構築:第3章の知見を元に,静水圧領域と非静水圧領域の接続手法のひとつとして,解析結果に合わせ時々刻々と接続境界が変化する解適合型接続法(図3)を新たに提案した.既往しばしば用いられる固定型の接続境界を用いた手法は定常性,周期性のある問題など空間スケールや流速の代表値が予め推定可能な場合に適している.これに対し非定常性が強く流れ場の様相を事前に予測することが困難である場合には,解適合型接続手法の適用が有用と考えられる.また,作成した計算プログラムについては,閉鎖性水域での副振動問題や密度流問題の一つとして知られるLock-Exchange問題(図4,図5)を対象とした基本検証を行った.特にLock-Exchange問題では,密度フロントの進行速度について既往のいくつかの研究例と整合する結果が得られ,本モデルの妥当性が確認された(図6).圧力の非静水圧成分に関しては,本数値モデルの特性上,鉛直方向の流速成分が卓越する部分でのみ考慮されることになる.しかし,鉛直流速が大きな部分において圧力の非静水圧成分pnhを考慮することは,浮力によって駆動される水塊の挙動を精度良く予測する上で有用であることがわかった.

第5章 鉛直密度噴流問題への適用:潮汐を模擬した振動流の作用下における鉛直密度噴流を対象としたシミュレーションを行った(図7).噴流近傍域における解析結果の一例を図8に示す.計算領域全体を静水圧近似モデルとした場合,噴流近傍の解析結果は明らかに現象を再現せず,遠方域での拡散場も非静水圧モデルとは異なる結果となる.固定境界型接続モデルおよび解適合型接続モデルを用いたケースでは非静水圧モデルを用いたケースと非常に近い解析結果が得られるが,非静水圧モデルとの一致度は固定境界型接続モデルの方が良い.これは解適合型接続モデルのケースでは,流れの状況によっては噴流のごく近傍にも静水圧近似が適用されることに起因するものと考えられる.各ケースの計算時間の比較を行ったところ,固定境界型接続モデルでは非静水圧モデルの概ね半分程度であったのに対し,解適合型接続モデルではケースA3で非静水圧モデルの計算時間を上まわった.解適合型接続モデルでは非静水圧領域が時間的に変化することで解くべき変数が増減するため,その都度方程式の係数行列を再構築する処理が必要となり,さらに係数行列の構成の変化により反復解法の収束性が低下することがあるためである.

第6章 津波伝搬解析への適用:既往の水理模型実験の再現計算を行った(図9).実験結果との比較を図10に示すが,非静水圧モデルによる解析結果と良好な一致が確認できる.また,水平方向格子間隔Δxを様々に変えたところ,Δxを水深の0.6倍以下とした場合に第一波の分裂地点・分裂後の最大波高を概ね再現しうることが確認された(図11).一方,静水圧近似モデルによる解析結果は,相対的に波形が前傾化し早い段階で分裂が発生する.これは静水圧近似においては,理論上運動量の鉛直成分が空間的に輸送されないことに起因するものである.また,水平方向格子間隔Δxが水深の1.5倍以上のケースでは,非静水圧モデルを用いたとしても静水圧近似モデルと同様の結果となることが確認された(図12).解適合型接続モデルによる解析では,静水圧近似を適用する基準による解析結果の差異は,水面波の分裂が発生しつつある時刻および位置から顕著に表れる(図13).静水圧近似の適用基準値を変えることで非静水圧モデルが用いられる領域は変化するが,一連の分裂現象を精度よく再現するためには,少なくとも波峰の前後に渡る領域で非静水圧モデルを用いる必要があることがわかった(図14).これら数値シミュレーションに加え,静水圧パラメータδ,aについて,波動理論との比較による理論考察を行った.分散性については非線形長波理論,非線形性については本章のシミュレーション結果を踏まえ孤立波理論(クノイド波理論における波長無限大の極限)との対応を整理したところ,δ,εはそれぞれ波の分散性・非線形性を表わすパラメータであることが示された.さらに各波動理論の適用限界から,δε<0.0087かつε2(2)<0.03という具体的な静水圧近似の適用範囲を適用し,数値解析により妥当性を確認した.

第7章 結言:本論の主要な結論をまとめ,今後の課題として(1)三次元問題への適用,(2)定式化および数値解析手法の改良と発展,(3)接続モデルの適用範囲についてのより一般的な検証,(4)例えば構造物に作用する津波荷重など現象の分散性・非線形性の影響,および計算格子の大きさが算定精度に強く表れる問題への拡張,を挙げた.

図1放流深層水の拡散状況(左:夏期,右:冬季)

図2 放水口近傍の流れ場

図3解適合型接続モデルの概要

図4 Lock-Exchange問題の解析条件

図5 解適合型接続モデルによる解析例

(上:密度場,下:非静水圧モデルの領域)

図6 密度フロントの進行速度による検証

図7 解析領域と解析条件

図8解析結果の一例(時刻t=1,800sでの流速,密度場)

図9 解析条件

図10 実験との比較(非静水圧モデル,Δx=0.4h)

図11 Δxによる解析結果の差異(非静水圧モデル)

図12 非静水圧/静水圧近似モデルの比較

図13 解適合型接続モデルを用いた解析

(左図は第一波の最大波高と周期の空間分布,周期が不連続な位置で波が分裂.右表は解析条件.)

図14 非静水圧モデルの適用範囲(上)と,圧力の非静水圧成分(下):時刻t=32s

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、7章から構成されている。

第1章では、静水圧近似モデルの発展と最近の活用例、静水圧近似モデルの課題および適用性に関する既往研究についてのレビューがなされている。それらを踏まえた上で、本研究の目的を、浅水場(主に長波が卓越する沿岸域など)を対象とした流動モデルについて、(1)静水圧近似の適用条件に関する理論検討、(2)解の状況に応じて静水圧近似モデルと非静水圧モデルを自動的に使い分けることが可能な新たな数値モデルの開発、(3)様々な流動問題を対象とした数値シミュレーションによる本モデルの基本的性質の把握、(4)静水圧近似の具体的な適用基準値の提案、と設定している。

第2章は、大規模深層水放流の拡散シミュレーションについて述べられている。ここでは、深層水利用施設からの利用済み深層水放流を想定した拡散シミュレーションが行われ、成層状態や海域の流れの強さの違いによって、放流された深層水の拡散の様相が様々に変化することを見いだしている。本解析の条件下では、放流深層水は場の流れに直行する噴流となり、この二つの流れが干渉しあうことで放水口のごく近傍に逆回転の渦対が発生し、渦対自体が放流水とともに場の流れに従って移動することで遠方域の拡散場が変化しうること、また条件によっては放流水が分岐状に拡散する場合もあることを示している。こうした放流深層水の挙動は、従来の静水圧近似モデルを用いた解析では再現不可能であり、本研究を進める強い動機づけとなっている。

第3章では、静水圧近似の適用性判定に関する検討がなされている。潮流など主に長波によって駆動される自然現象としての流れと、局所的・人為的な流れが混在する浅水場を対象として、支配方程式の無次元化により静水圧近似が適用可能となる条件が理論的に検討されている。具体的には、静水圧パラメータδ、εをそれぞれ代表長さスケールおよび代表流速スケールの水平鉛直比によって定義し、これらパラメータを用いて支配方程式を無次元化した結果、δεおよびε2が十分に微小である場合には静水圧近似が適用できることを示している。

第4章では、第3章の知見をもとに、解析結果に合わせ時々刻々と静水圧領域と非静水圧領域の接続境界が変化する解適合型接続法が新たに提案されている。従来しばしば用いられる固定型の接続境界を用いた手法は定常性、周期性のある問題など空間スケールや流速の代表値が予め推定可能な場合に適しているのに対し、解適合型接続手法は、非定常性が強く流れ場の様相を事前に予測することが困難である場合に有用であることが特徴である。また、開発したモデルについて閉鎖性水域での密度流問題の一つとして知られるLock-Exchange問題を対象とした検証が行われており、密度フロントの進行速度について既往のいくつかの研究例と整合する結果が得られることを示し、本モデルの妥当性を確認している。

第5章では、開発した手法を用いて、潮汐を模擬した振動流の作用下における鉛直密度噴流を対象としたシミュレーションが行われている。計算領域全体を静水圧近似モデルとした場合、噴流近傍の解析結果は明らかに現象を再現せず、遠方域での拡散場も非静水圧モデルとは異なる結果となるが、固定境界型接続モデルおよび解適合型接続モデルを用いたケースでは非静水圧モデルを用いたケースと非常に近い解析結果が得られることを示している。

第6章では、開発した手法が津波伝搬解析に適用され、既往の水理模型実験との比較による考察がなされている。具体的には、水平方向格子間隔Δxを水深の0.6倍以下とした場合に第一波の分裂地点・分裂後の最大波高を概ね再現しうること、Δxが水深の1.5倍以上のケースでは、非静水圧モデルを用いたとしても静水圧近似モデルと同様の結果となること、解適合型接続モデルによって波の分裂現象を精度よく再現するためには、少なくとも波峰の前後にわたる領域で非静水圧モデルを用いる必要があること、などを示している。また、静水圧パラメータδ、εについて、波動理論との比較による理論考察により、δ、εはそれぞれ波の分散性、非線形性を表わすパラメータであることが示された。さらに各波動理論の適用限界から、δε<0.0087かつε2<0.03という具体的な静水圧近似の適用範囲を示し、数値解析によりその妥当性を確認している。

第7章は結言であり、本論文の主要な結論と今後の課題がまとめられている。

なお、本論文第2章は大山巧、第3~6章は多部田茂との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上のように、本論文は沿岸海域環境などの解析手法に関して新規かつ有用な知見をもたらすものである。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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