No | 128557 | |
著者(漢字) | 富塚,朋子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | トミヅカ,トモコ | |
標題(和) | 海藻の分類・生態を基礎とした浅海域の環境変動の推定に関する研究 | |
標題(洋) | Study on estimation of environmental changes on shallow seawater based on taxonomy and ecology of seaweeds | |
報告番号 | 128557 | |
報告番号 | 甲28557 | |
学位授与日 | 2012.06.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第814号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 社会文化環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文は、海藻の分類・生態にもとづいて、海藻相から浅海域の海域環境の一要素である年平均海水温の推定方法を確立し、房総半島南部に位置する館山湾において過去95年間(1914~2009)に採集・保管された海藻の分類学的証拠標本から海藻相を復元し、海藻相を用いて海水温を推定するための新しい評価方法を開発して、この方法を適用することにより、時系列に沿った海水温変動を明らかにすることを目的としている。 本論文は6章から成り、海藻相を用いたこれまでの環境評価指数の評価、その評価を補填すべく本論文で提案する新たな環境評価指数の開発、新たな環境評価指数を適用するための房総半島における海藻の生態学的・分類学的特徴、及び適用による館山湾での時系列に沿った海藻相の復元と環境変動の推定が主要部を成している。 第1章では、研究の背景、課題、目的を示し、海藻は、海域の固着性一次生産者であることから、浮遊性或いは移動性の生物群と比較して海洋環境を強く反映し、証拠標本が保存されている短い時間的スケール(数十年から百年レベル)において、温度環境の変動をモニタリングするために有効な指標であり、そして、肉眼で確認できる大きさであることから、微化石種(群)やサンゴの炭酸カルシウム骨格に含まれる酸素同位体比や海洋堆積物中に含まれる有機分子のアルケノンによる海水温の推定などのように、精密で大きな分析機器等を使う必要なく、多様な環境において環境変動を推定できる指標となることなど、海藻を用いることの利点を指摘した。 第2章では、海藻の生態学的・分類学的特徴を概説し、それら海藻の特徴に着目した海域環境の要素としての海水温の評価指数について、これまでに提案された海藻の種数と特定の種による評価指数、海藻の生活史の違いによる評価指数のそれぞれについて検討を加え、評価指数の限界と問題点を摘出した。汎世界的に分布し、海藻の全種数の半数から3分の2を占める種数の多い紅藻が、種及びグループレベルの分布特性と生活史に関する情報が少ないこと、また、分類学的な同定が困難であることなどから、海域の環境を指標する生物として採用されてこなかったこと、それゆえに日本列島周辺海域及び汎世界的な海域など広範囲な海域では有効であるが、半閉鎖性の内湾や地先の海岸などの狭い範囲の海域環境を評価する方法が見出されていなかったことを明らかにした。 そこで、第3章において、海藻、特に紅藻の生活史を再検討し、環境の指標となる生物として紅藻を採用する意義について述べ、その上で、これまでの褐藻と緑藻の種数或いはそれらの特定のグループを指標としてきた評価指数にかわる新しい評価指数[I/H]RCPを提案し、日本列島の14海域において従来の評価指数との比較において新しい評価指数[I/H]RCPが有効であることを示し、特に比較的狭い範囲の海域や都市近郊の海域、内湾、河口海域、干潟などの浅海環境の水温変動を推定するために有効であることが分かった。さらに、14海域の評価指数[I/H]RCPと海水温との関係を示す直線が、ある海域の海藻相の特性を示す評価指数から年平均表面海水温を推定できる検量線として有効であることを示し、緯度的変異と海流の流程を考慮した日本列島の多様な海域の海藻相から求めた評価指数のデータを増やし、近似直線の精度を上げることにより、ある海域の海藻相或いは過去の海藻相を復元して評価指数を求めることにより、海域の過去及び現在の海域環境の要素としての年平均海水温の推定が可能となることを示した。 第4章では、第3章で提案した評価指数[I/H]RCPを用いて海水温の変動を推定する実践にあたり、研究対象地域とした房総半島及び房総半島南部の館山湾について、海藻の生態学的・分類学的な特徴、海藻研究の歴史及び生育環境を詳述し、これをもとに海域環境の違いを反映した海藻植生の違い、生育する種類の違いと分布特性を示した。 第5章では、房総半島南部の館山湾における海藻相の変化から年平均海水温変動としての環境変動の推定結果とその有効性を論じた。館山湾は、過去95年間(1914~2009年)の長期間の連続的な海藻の分類学的証拠標本が豊富で、海藻の生育環境が詳細に捉えることができる好適地であり、館山湾の95年間の表面海水温の動態などの環境変動と館山湾由来の証拠標本の再調査にもとづく海藻相の復元を試みた。再調査の対象になった証拠標本は約1万点にも及び、それらから得られた海藻相を時系列に沿った変化から95年間を5期に分け、評価指数[I/H]RCPを求めた。これらの評価指数と表面海水温の相関を調べ、ピアソンの積率相関係数を求めた結果、95年間に3.73~4.95の範囲で1期から5期へと上昇傾向にあることが明らかになった。すなわち、館山湾の海藻相はしだいに温暖な海藻相へと移行してきたことを示した。 第6章では、本論文の研究成果と意義として、海藻相の海水温環境を推定するための新たな評価指数[I/H]RCPが有効であること、第5章での成果から海藻相を用いた環境変動のモニタリングシステムが構築でききることを述べた。 | |
審査要旨 | 本論文は、海藻の分類・生態にもとづいて、海藻相から浅海域の海域環境の要素としての年平均海水温の推定方法を確立し、房総半島館山湾において過去95年間に採取・保管された海藻の分類学的証拠標本から明らかにされた海藻相をこの新しい方法に適用することにより、時系列に沿った海水温変動を明らかにすることを目的としている。 本論文は6章から成っているが、海藻相を用いたこれまでの環境評価指数の評価、本論文で提案する新たな環境評価指数の開発、新たな環境評価指数を適用するための房総半島における海藻の生態学的・分類学的特徴、および適用による館山湾での時系列に沿った海藻相の復元と環境変動の推定が主要部を成している。 第2章では、まず海藻とはどのような生態学的・分類学的特徴をもっているかが概説され、それら海藻の特徴に着目した海域環境の要素としての海水温の評価指数について、これまでに提案された海藻の種数と特定の種による評価指数、海藻の生活史の違いによる評価指数のそれぞれについて検討を加え、評価指数の限界と問題点を摘出している。ここでは、汎世界的に分布し種数が多い紅藻が、種およびグループレベルの分布特性と生活史に関する情報が少ないこと、また、分類学的な同定が困難であることなどから、海域の環境を指標する生物として採用されてこなかったこと、それゆえに半閉鎖性の内湾や地先の海岸などの狭い範囲の海域環境を評価する方法が見出されていなかったことを明らかにしている。 第3章では、まず、環境を指標する生物として紅藻を採用する意義について海藻の生活史を再検討している。その上で、これまでの褐藻と緑藻の種数あるいはそれらの特定のグループを指標としてきた評価指数にかわる新しい評価指数を導き出している。そして、これまでの評価指数による海水温推定と新しい評価指数によるそれとを比較し、海域の海水温推定の方法として新しい評価指数を用いることがいかに有効かを日本列島の14海域において具体的に示している。さらに、14海域の新しい評価指数と海水温との関係を示す直線が、ある海域の海藻相の特性を示す評価指数から年平均表面海水温を推定できる検量線として有効であることを示している。これにより、緯度的変異と海流の流程を考慮した日本列島の多様な海域の海藻相から求めた評価指数のデータを増やし、近時直線の精度を上げることにより、ある海域の海藻相あるいは過去の海藻相を復元して評価指数を求めることにより、海域の過去および現在の海域環境の要素としての年平均海水温の推定が可能となることを示している。 第4章では、房総半島における海藻の生態学的・分類学的な特徴について詳細な記述がされている。これは、続く第5章で論じられる房総半島南部の館山湾における藻類相の時系列に沿った変化に新しい評価指数を適用して環境変動を推定しようとするためである。海藻研究の歴史、海藻の生育環境が詳細に記述され、これをもとに海域環境の違いを反映した海藻植生の違い、生育する種類の違いと分布特性を示している。 第5章では、房総半島南部の館山湾における海藻相の変化から年平均海水温変動としての環境変動の推定結果とその有効性が論じられている。まず、過去95年間(1914~2009年)におよぶ長期間の連続的な海藻の分類学的証拠標本が豊富で、海藻の生育環境が詳細に捉えることができる房総半島館山湾が好適地であることの理由が述べられる。続いて館山湾の95年間の表面海水温の動態などの環境変動、館山湾由来の証拠標本の再調査にもとづく海藻相の復原が試みられる。再調査の対象になった証拠標本は約1万点にも及んでいる。その結果、海藻相を時系列に沿った変化から95年間を5期に分け、新しい評価指数を求めている。これらの評価指数と表面海水温の相関を調べ、ピアソンの積率相関係数を求めた結果、95年間に3.73~4.95の範囲で1期から5期へと上昇傾向にあることを明らかにしている。すなわち、館山湾の海藻相はしだいに温暖な海藻相へと移行してきたことを示した。 第6章では、本論文の研究成果と意義が述べられている。海藻相の海水温環境を推定するための新たな評価指数が有効であること、第5章での成果から海藻相を用いた環境変動のモニタリングシステムが構築できた意義が述べられている。 以上のように、本論文は、これまでの浅海域における海水温推定のための評価指数を改良し、新しい評価指数を提案したこと、そしてその評価指数を適用して時系列の沿った海水温変動を描き出すことに成功しており、海洋環境の変動を明らかにする方法の有効な一つを確立したことは高く評価される。海水温は海流の変動とも大きくかかわるとみられ、より広い海域において試みられることが望まれる。本論文は館山湾という限られた地点を対象としているため、不満を感じさせる点もなくはないが、けっして本論分の意義を損ねるものではない。むしろ今後の適用による研究を促すものと評価できよう。 従って、本委員会は、博士(環境学)の学位を授与するにふさわしいと認めるものである。 | |
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