学位論文要旨



No 128558
著者(漢字) 河内山,晶子
著者(英字)
著者(カナ) コウチヤマ,アキコ
標題(和) 日本人英語学習者の自律的学習モデルの構築とその展望 : 学習者の特徴により学習プロセスにはどのような違いがあるか
標題(洋) Creating Autonomous Learning Models of Japanese Learners of English and Their Development : What Differences Do Learners' Characteristics Make in Their Learning Processes?
報告番号 128558
報告番号 甲28558
学位授与日 2012.06.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1160号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,安月子
 東京大学 教授 鈴木,英夫
 東京大学 准教授 トム,ガリー
 目白大学 教授 岡,秀夫
 鶴見大学 准教授 石村,貞夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究が扱うテーマ「自律的学習」は研究者にとっても教育者にとっても、関心の高いテーマである。やる気を明確に持った学習者は少なく、たとえやる気があったとしても、それが成果につながるまでの手立てが分からず、せっかくのやる気が空回りするという現象は多々見られる。教師は自律的学習の重要性について認識はしているものの、実際にどのように伸ばしていけばいいのかについては明確に理解していないことが多い。そのような中、方略指導に力点が置かれがちであるが、このような教え込むことに偏重した指導こそむしろ他律的であるといえ、学習者内部に潜在する自律を引き出し、伸ばしていくという観点こそが望まれよう。つまり、学習者自身の持つ動機などの因子の中に、方略開発の原動力を見て取り、育んでいくといったアプローチである。

そのためには、動機や方略というような学習者因子を単独で捉えた研究ではなく、動機、方略、その他の学習者因子の因果関係までも視野に入れた研究が必要である。そのことの重要性を主張したのが、Pintrich and De Groot (1990)である。彼らは様々な自律的学習者要因を動機づけ的要因群と方略的要因群に二大別して整理し、両者の間の相関関係を指摘した上で、学習において成功するためには、"will(意志)"と"skill(技能)"の両方を持つ必要があると説いた。そして、この両者が統合された、しかも諸要因間の因果関係を明らかにした学習モデルが構築される必要があると主張した。

そのような、要因間のインターラクションまで扱った学習モデルを、日本での「外国語としての英語学習」という文脈で構築した研究は少ない上、それらにも補うべき課題は多い。まずあげられる課題としては、モデルにメタ認知方略と情意の要因が考慮さていない点で、本研究では、それらを含めたモデルを構築した。メタ認知方略は、自分を客観的に捉える認知で、動機づけや情意といった極めて情動的な要因と、学習方略という極めて認知的な要因との間に介在する要因として位置づけた。また自信や不安といった情意要因は動機づけと離して考えるべきでないとしてともに一層内に位置づけた。また、先行研究での日本人のためのモデルは、学習者全般に一様に当てはめたモデルであって、学習者の持つ多様な能力、多様な自律的学習要因に対応したものではないため、本研究では、それらの違いが、学習プロセスにおける違いとなって浮き彫りになるようなモデルを目指した。

モデルの構造の仮定にあたっては、Kochiyama(2001)および河内山(1994)を基に、上記のメタ認知方略と情意を加え、「動機づけ・情意→メタ認知方略→方略→能力」という「5要因4層」の枠組みとした。この枠組みの全体像は、Pintrich他で言及された要因群の概念に依拠し、「メタ認知方略→方略」という流れは、Chamot(1990)、Oxford (1990)、Wenden(1991)に依拠するものである。

実験は、大学1年生英語学習者804名を対象に実施された。動機づけ、情意、メタ認知方略、方略の4要因は、Pintrich他(1990)で使用されたMSLQ質問紙を日本人に適合させた質問紙によって測定され、能力要因は語彙、作文、読解、聴解の4領域別に測定できる標準テストによって測定された。

実験により得られた学習者要因を因子分析したところ、16の因子が抽出された。この16因子に能力因子の4因子を加えた20因子を、仮定した構造に入れ、それらすべての因子を結ぶ関係線を引き、この中からモデルに使う関係線を選定することとした。本モデルは、特徴ある学習者において、学習プロセスにどのような違いがあるかを浮き彫りにして、教育実践に役立てることを目的としているため、モデルに残すべき関係線の選定基準を次のようにした。まず有意な関係線であること、習熟度別に有意差のある関係線であること、成績変化別に有意差のある関係線であることである。その結果、27本の関係線が選定され、本研究が目指す自律的学習モデルが構築された。

次に、この構築されたモデルを使って、様々な特徴を持つ学習者の学習プロセスの違いを分析した。様々な特徴の学習者とは、ある因子の上位・下位の別で群分けした学習者のことである。能力の4因子による群分けに、英語総合力、成績変化での群分けを加えた6通りの分析と、学習者因子16因子での群分けにより、総計22通りの分析となった。

この分析結果を基に、考察が三つの観点から展開された。基本モデルでの考察と、分析一覧表を縦断的にマクロの観点で見た考察と、横断的にマクロの観点で見た考察である。

まず構築された基本モデルにより、学習者全般の特徴と成績上位群の特徴はどのように違うかが考察された。最も違う点は方略と能力をつなぐ関係線が上位群では強いことで、上位群では方略が適切に使われ、成果につながっていることがわかった。両者のこのような差の原因は何かついては、縦断的考察で明らかにされた。縦断的考察では、因子、要因、要因群と枝分かれする際の観点ごとに次々に比較していった。すると、動機づけ的要因の強い学習者と、方略的要因群の強い学習者で比較した際に、際立った違いが認められた。前者はメタ認知方略から方略への関係線が強く、後者ではそれの関係線が弱いことが明らかとなったのである。後者は方略をよく使う学習者であるにもかかわらず、動機→メタ認知方略→方略というように、「関係の中で得られた方略」が存在していないということは、彼らが使っている方略は、外から得たものであることになる。一方、成績上位群は内的動機づけや効力感が高いという特徴はすでに検証されており、このことから、前者である、動機づけ要因群の高い学習者には成績上位群が多いということが考えられる。このように、上位者は自分の動機から発して、メタ認知方略を使い、工夫して得た方略を使いこなしているということが認められた。

このことから、方略は外から得た知識注入型の方略よりも、自分の動機づけから生まれ、自分の持つ状況に照らして工夫され、モニタリングしながら編み出された方略のほうが成功しやすいということが明らかとなった。因子だけがピンポイントで外から強化されるよりも、学習プロセスの中でインターラクションの効果で相乗的に強化されていくような「関係性の中で」強められた方略のほうが、成果を上げていることが明らかとなったのである。

そこで「関係性の中で強化された因子は重要である」という知見を得た次の段階として、モデルにおける27本の関係線の中で、どの関係線が特に注目に値する関係線かについて、横断的に考察した。なるべく多くの局面において、その因子の上位群・下位群を差異化している関係線を見たところ、7本が抽出された。そのうち特に強いものは4本であった。上位群において強い関係線としては、「訓練思考動機→モニタリング」「モニタリング→理解方略」があがり、下位群において強い関係線としては「相対的効力感→モニタリング」「モニタリング→統合方略」があがった。それらを本研究が構築した自律的学習モデルの中で位置づけると、図1のようになる。

このように、16の因子の中でもモニタリングを要にしたこれら5因子が重要であること、51の因果関係線の中でも4つの関係線が重要であることが明らかになった。

以上の分析と考察を踏まえた教育的示唆としては、「学習は能力の活性化になる」ということを意識した訓練志向動機や、できることで1つずつ達成感を重ねて「自分にはできる」という相対的効力感を持つことで、モニタリングを活性化させ、それにより理解方略や統合方略が促進されることに重点を置いた指導がなされることである。このように、理解方略や統合方略の養成にあたっては、「動機と自信という基盤」のもとに育成されることが重要で、努力も単なる努力ではなく、「モニタリングを伴った努力」により、自ら工夫して方略を編み出していくことが望まれる。またこのような総論的知見のみならず、詳細な各論的知見もすべて実践に活かされるように、分析結果を「上位群下位群の特徴とその指導法」としてまとめ、それを基に実践用に教師用カルテと学習者用シートが作られた。

今後の研究課題としては、動機づけ・情意を支え活性化するものは何か、また動機づけ・情意の間の支えあいについてさらなる研究が求められる。またモニタリングを適正に測るための質問紙の改善も必要である。本研究では、成果はどのように方略によって違ってくるのかを考えるだけでなく、方略はメタ認知方略によってどのように活性化され、そのメタ認知方略は動機づけ・情意によってどのように活性化されるのかを見ていくという、視野をプロセス全体に広げた展開をした。5要因が4つの層でこのようにつながったところで、「ではその影響の発動源である動機・情意は、何によって影響を受けるのか」についても今後さらなる研究が必要である。その際、Zimmerman(1998)の学習サイクル理論を参考にしながら研究を展開し、螺旋上昇する循環的学習としての仮定をして研究を続けたいと考えている。

図1重要な5つの因子と4つの関係線

審査要旨 要旨を表示する

本論文「日本人英語学習者の自律的学習モデルの構築とその展望―学習者の特徴により学習プロセスにはどのような違いがあるか―」は、日本語母語の英語学習者に潜在する、情意を含む動機、メタ認知方略、認知方略、語学力との関係をモデル化し、自律した学習者育成を目指して英語教育現場への応用も視野に入れた研究である。

論文は全9章から成る。第1章「本研究の位置づけおよび概要」では、英語学習の動機づけに関する第二言語習得研究において本研究がどのような位置を占めるかを論じ、自律学習を促す要因の解明の意義を論じた上で、本研究の概要を述べている。

第2章「本研究の背景」では、現在の英語教育の社会的背景とともに、本研究のきっかけとなった先行研究、具体的には河内山(2001)の研究成果と残された課題を論じ、それが本研究へと発展した経緯を述べている。

第3章「先行研究」では、学習者の自律の定義と関連する先行研究を概観し、学習者自律の構成要因として「方略的」要因群と「動機づけ的」要因群とを区別し、方略的要因群を「認知方略」と「メタ認知方略」に、また動機づけ要因群を「動機づけの要因」と「情意要因」とに分け、それぞれの先行研究を概観した。特に、本研究の研究目的である、動機づけ的要因群と方略的要因群との関係の解明に関する先行研究としてPintrich他(1990、1996)、堀野他(1997)、Inagaki(2009)を取り上げ、その研究の詳細と結果、及び問題点を論じている。

第4章「本研究の枠組みと目的」では、第3章で論じた先行研究の成果をふまえ、本研究の枠組みとして、動機づけ、情意、メタ認知方略、認知方略、能力を関連づける自律学習モデルの大枠を仮定した。本研究の目的を(1)自律的学習モデルの構築と(2)自律的学習者要因の能力別の差異化の検討とし、目的(1)のために、自律学習モデルの因子に関して、研究課題(以下RQ(リサーチクエスチョン)と記述する)を3つ提示している。それらは、RQ1:「認知方略」と「英語能力」の間で特徴的な関係はどれか。RQ2:「メタ認知方略」と「認知方略」の間で特徴的な関係はどれか、RQ3:「動機づけ・情意要因」と「メタ認知方略」の間で特徴的な関係はどれか、である。また、目的(2)のために、RQ4:学習者要因が個々の学習者の英語学習プロセスをどのように差異化するか、を設定した。

第5章「実験」では、実験方法を詳述している。学習者の英語能力を英検の能力判定テストで判定し、学習者要因を質問紙で測定した。また、調査対象者は関東地区の私立大学1年804名、その英語能力水準は主に英検準2級・3級・4級で、実施期間は平成21年4月からの1年間であった。

第6章「自律的学習モデルの構築」では、収集したデータの因子分析の結果をもとに因子を抽出した。まず、学習者の能力要因を語彙、作文、読解、聴解別に測定し、因子も語彙力、作文力、読解力、聴解力の4因子とした。学習者要因については、動機づけ要因からは7因子、情意要因からは3因子、メタ認知方略から3因子、認知方略から3因子、合計16因子を特定した。RQ1からRQ3の解明のために、これらの因子間を結ぶ関係線(パス)51本ついて、特徴あるパスを選ぶために、共分散構造分析を用いた結果、学習モデルの大枠の中で、27本のパスが選択され、本研究の学習モデルが構築された。

第7章「構築したモデルによる様々な分析」では、第6章で得られたモデルを使ってRQ4、すなわち学習者の特徴により学習プロセスにどのような違いがあるか、を分析した。習熟度別に英語総合力、語彙力、作文力、読解力、聴解力を当てはめ、次に成績変化別に上昇群・下降群を当てはめて、その違いを分析した。さらに、学習者要因の16因子を中心に、学習者を、上位群、中位群・下位群別に分けて、学習プロセスの特徴の違いを分析した。

第8章「考察」では、第6章と第7章の研究結果の考察と結論、及び、今後の展望が論じられている。研究結果の考察には、統計処理に基づく量的な分析だけでなく、質問紙による質的データの分析も行っている。今後の展望としては、特に本研究の結果が教育実践にどのように結び付けられるかについて、教師によるカルテシートの活用、個人面接指導案の提示、ポートフォリオとしての利用など、具体的な教授法の提案がなされている。

以上が本論文の概要である。本研究の学術的意義については、以下の審査結果が得られた。

第一に、第二言語習得、とりわけ、日本語母語の英語学習者に求められる自律学習に関して、学習者要因の詳細な分析に基づいた自律学習モデルの提案を試みた研究は少なく、その意味で、本研究の当該研究領域への貢献と学問的意義は大きいこと。

第二に、構築した自律学習モデルによって、学習者の言語能力別による差だけでなく、言語能力に関わらず、実験を行った1年の間に成積が上昇した学習者群と下降した学習者群の差異化が可能であることを示したこと。

第三に、学習者要因に応じた学習プロセスの差異化が実際の教育現場で応用可能であることを具体的に論じたこと。

これらの点は、委員会委員より高く評価された。今後、著者の教育実践をもとにした研究成果が大いに期待される。

とはいえ、改善の余地がないわけではない。審査では、いくつかの指摘がなされた。まず、学習モデルの精密な記述と教育現場での実用化の議論にはまだ隔たりがあること、教育現場での応用を考えるには、提示された学習モデルの簡略化が必要となるのではないかということ、また、教育現場では、学習者要因だけでなく、教師の信念(teacher belief)も考慮に入れる必要があること、さらに、本研究が提示した自律学習モデルは、学習一般についても適用可能なのではないか、そうだとすると、このモデルが英語学習に特化した部分はどの部分か、などである。しかし,これらの指摘は,本研究の根幹を左右するようなものではなく,また多くは著者の将来の研鑽に期すべきことがらであり,本論文の大きな学術的貢献をいささかも損なうものではない。

以上の理由により,本審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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