学位論文要旨



No 128574
著者(漢字) 岡部,篤史
著者(英字)
著者(カナ) オカベ,アツシ
標題(和) p53結合領域におけるヒストン修飾パターン並びにクロマチン相互作用の網羅的解析
標題(洋)
報告番号 128574
報告番号 甲28574
学位授与日 2012.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7802号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 酒井,寿郎
 東京大学 教授 白髭,克彦
 東京大学 准教授 金田,篤志
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

TP53(以下p53)は癌抑制遺伝子の一つとして知られる転写制御因子で、ゲノムに損傷が入るようなストレスが加わると活性化し、ゲノムに結合することでDNA修復や細胞周期停止、アポトーシスなどの機構に関わる遺伝子を制御し、ゲノムを損傷から守っている。近年の次世代シーケンサーを用いた解析から、p53は遺伝子から離れた領域にも多く結合することが知られているが、このようなp53結合領域の役割については十分には明らかになっていない。

本研究の目的は、癌抑制因子として知られるp53を用いて、転写因子の結合によるダイナミクスと転写制御との関係を理解することである。特にゲノム上に結合しているp53結合領域が全て転写制御に関与しているのか明らかにすると共に、遺伝子から離れた領域に存在する結合領域がどのように転写制御に関わっているのかを明らかにすることを目的とした。そのために、p53正常株であるHCT116細胞において抗悪性腫瘍剤5-フルオロウラシル(5-FU)を375 μM、9時間添加することでp53を活性化させ、ChIP-seq法によりp53の結合領域を全ゲノムで同定すると共に、活性化ポリメラーゼであるリン酸化RNAポリメラーゼII(ph RNAPII)の結合領域と、H3K4me3、H3K4me1、H3K27acの修飾領域を全ゲノムに亘り検出し、転写制御に関わるp53結合領域を同定した。また、RNA-seq法による近傍遺伝子の発現解析から標的遺伝子を明らかにした。クロマチン相互作用から、遺伝子から離れたエンハンサー領域におけるクロマチンダイナミクスを明らかにするため、全ゲノムでのクロマチン相互作用解析を検出する手法であるChIA-PET(chromatin interaction analysis using paired-end tag sequence)法を行い、相互作用領域におけるヒストン修飾変化を解析した。

【結果と考察】

p53のChIP-seq解析により、10002か所のp53結合領域を検出することができた。トリメチル化H3K4(H3K4me3)は遺伝子のプロモーター領域に、モノメチル化H3K4(H3K4me1)はエンハンサー領域に多く局在していることが報告されていることから、これらのヒストン修飾との共局在を見ることにより、p53結合領域の分類を行った。H3K4me3が入っているp53結合領域(以後、K4me3タイプp53と呼ぶ)は、1625か所あり、H3K4me1のみが入っているp53結合領域(以後、K4me1タイプp53と呼ぶ)は3779か所存在した。これらのp53結合領域の遺伝子からの距離の分布を解析すると、K4me3タイプp53は転写開始点から1 kb以内の領域に67%が存在しており、それに対してK4me1タイプp53は84%が転写開始点から1 kb以上離れた領域に存在していた。K4me3タイプ、K4me1タイプのp53結合領域が実際に遺伝子発現を制御しているのかを確認するため、U133 plus2 expression arrayにより5FU刺激後の遺伝子発現を調べた。遺伝子の発現変化と各タイプのp53結合領域の有無を調べることにより、発現が上昇している遺伝子の転写開始点の1 kb以内にはK4me3タイプp53の結合が有意に高頻度に出現していることがわかった。また、発現上昇遺伝子から10 kb以内の領域においてK4me1タイプのp53結合が有意に高頻度に出現していることが確認された。

各タイプのp53結合領域の中で、5-FU刺激によって活性化する領域を同定するため、K4me3タイプp53結合領域をH3K27acの変化によって4つに分類を行った。H3K27acのChIP signalが1.5倍以上に上昇し、5-FU刺激後に20以上になる領域をclass Iプロモーター領域、H3K27acの値が1.5倍以上に上昇するものの、5-FU刺激後でも20以下である領域をclass IIプロモーター領域、5-FU刺激前からH3K27acシグナルが高い状態で変化していない領域をclass IIIプロモーター領域、H3K27acが刺激前より低い状態であり、変化していない領域をclass IVプロモーター領域とした。また、K4me1タイプp53結合領域も同様の方法で4つに分類を行い、それぞれclass Vエンハンサー領域、class VIエンハンサー領域、class VIIエンハンサー領域、class VIIIエンハンサー領域とした。

K4me3タイプp53結合領域について詳細に解析を行うと、class I、class II領域におけるH3K27acの上昇はp53依存的なものであることが示された。更に、これらの領域にはp53依存的にph RNAPIIの誘導されていることがわかった。近傍の遺伝子の発現との関連を見ると、class I、class II領域は他のクラスと比較して、5-FU刺激により発現上昇する遺伝子の近傍に、有意に高い頻度で存在することがわかった。このことから、H3K27acが上昇するK4me3タイプp53結合領域はプロモーターとして転写を活性化していることが示唆された。

次にK4me1タイプについて詳細に解析を行うと、class V、class VI領域におけるH3K27acの上昇はp53依存的なものであることがわかった。また、この領域ではp53依存的なph RNAPIIの誘導が観察されると共に、活性化エンハンサー領域で転写が確認されるエンハンサーRNAの転写が確認された。また、近傍の遺伝子の発現との関連を見ると、class V、class VI領域は他のクラスと比較して、5-FU刺激により発現上昇する遺伝子の近傍に、有意に高い頻度で存在することがわかった。このことから、H3K27acが上昇するK4me1タイプp53結合領域はエンハンサーとして転写を活性化していることが示唆された。

これまでの結果から、転写制御に関与している、H3K27acが上昇するp53結合領域について、標的遺伝子の探索を行った。H3K27acが1.5倍以上上昇するK4me3タイプp53結合領域(class I、class II)から3 kb以内に存在し、発現がRPKMで2倍以上上昇する遺伝子をK4me3タイプp53結合領域の標的とした。また、H3K27acが1.5倍以上上昇するK4me1タイプp53結合領域(class V、class VI)から100 kb以内に存在し、発現がRPKMで2倍以上上昇する遺伝子をK4me1タイプp53結合領域の標的とした。近傍にK4me3タイプのp53結合領域のみが確認される活性化遺伝子は51個同定され、K4me3タイプ、K4me1タイプ共に確認される活性化遺伝子は29個同定された。プロモーター領域にK4me3タイプの結合が確認できる80個の標的候補遺伝子のうち、46個は既知のp53標的遺伝子であった。K4me1タイプのp53結合領域のみが確認される活性化遺伝子は129個同定された。これらのK4me1タイプのp53結合領域が近傍に見られる標的遺伝子では、発現解析からp53依存的な発現変化が報告されている遺伝子も含まれていたが、その多くはp53標的として未報告の遺伝子であった。今回の解析により同定された標的候補遺伝子の機能を明らかにするため、DAVIDを用いてGene Ontology解析を行った。標的候補全体ではアポトーシスや細胞周期制御、DNA損傷応答の遺伝子群が有意に濃縮していた。K4me1タイプのp53結合のみによって制御されていると考えられる標的候補についても同様の傾向を示していた。

今回エンハンサー領域として同定を行ったK4me1タイプp53結合領域が標的遺伝子に直接作用していることを証明するため、ChIA-PET法を行い、全ゲノムでクロマチン相互作用を検出した。今回の解析により、K4me1タイプp53結合領域とH3K4me3領域(転写プロモーター領域)との相互作用を93個検出することができた。相互作用が確認されたK4me1タイプp53結合領域においては、p53+/+の細胞でのみH3K27のアセチル化とph RNAPIIの結合が確認された。また、eRNAの転写が認められた。p53-/-細胞ではH3K27のアセチル化もph RNAPIIの結合も認められなかった。一方、K4me1タイプp53結合領域との相互作用が確認されたH3K4me3領域では、p53が結合している領域ではp53+/+細胞のみでH3K27のアセチル化とph RNAPIIの結合上昇が認められたが、p53が結合していない場合、ph RNAPIIのシグナル上昇は確認できるものの、H3K27のアセチル化はp53-/-細胞でより強い傾向が認められた。

93個のK4me1タイプp53結合領域とH3K4me3領域間の相互作用から、p53結合エンハンサー領域と相互作用している遺伝子を同定した。TSSにp53の結合が認められる相互作用遺伝子を20個、TSSにp53の結合がない相互作用遺伝子を22個同定した。発現が2倍以上上昇している遺伝子は10個認められ、このうち8個は3章においてChIP-seq解析から同定されたp53標的遺伝子であった。各クラスに分類を行ったp53結合領域が、どの程度相互作用と関連しているのか明らかにするため、ChIA-PETで検出された相互作用領域との重なる割合を調べた。特に、class V、class VIIが相互作用領域と重なる割合が20 %以上と他のクラスと比較して高いことがわかった。このことから、エンハンサー領域における相互作用とH3K27acは相関していることが示唆された。

今回ChIA-PET法によって検出されたクロマチン相互作用領域について、3C(chromosomeconformation capture)法によって相互作用の確認を行った。CDKN1A、PTPRE遺伝子領域において、5-FU刺激後に相互作用が強くなっていることが確認された。さらに、ChIA-PETによる相互作用のうち19領域において3C法による確認を行い、14か所において相互作用を確認した。以上の結果から、今回ChIA-PET法により検出できたp53による相互作用は、得られた数は少なかったものの、有意な結果であったと考えられる。今後、クロマチン相互作用を検出することにより、ChIP-seq解析だけでは見つからないp53の標的を探索するだけでなく、転写機構を明らかにすることができると期待される。

【結論】

本研究により、H3K27アセチル化の変化によって転写制御に関わるp53結合領域を同定することができ、H3K4のメチル化状態と組み合わせることで、p53結合プロモーター領域を700か所、p53結合エンハンサー領域を3029か所同定することができた。 また、p53の標的遺伝子として209個を同定し、そのうち158個はp53結合エンハンサー領域の標的遺伝子として同定した。さらに、その中から新規のp53標的遺伝子を141個同定した。 さらに、p53結合エンハンサー領域が標的遺伝子の転写開始点とループ構造をとることで標的の転写を制御していることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、p53結合領域におけるクロマチンダイナミクスを全ゲノムで解析することにより、転写制御に関与するp53結合領域を同定し、特に遺伝子から離れたp53結合領域における変化を統合的に解析した論文である。

p53は癌抑制遺伝子の一つとして知られる転写制御因子で、DNA修復や細胞周期停止、アポトーシスなどの機構を制御することによってゲノム上に損傷が蓄積することを防いでいる。近年の次世代シーケンサーの発展に伴い、全ゲノムでのp53結合領域について研究されてきているが、遺伝子から離れた領域に結合するp53の転写制御における役割は十分にわかっていない。p53は特に半数以上の悪性腫瘍で変異が認められることが知られており、p53結合領域の機能を知ることは、癌の発生原因を知るためだけでなく、癌の治療に応用するためにも意義のある研究である。

本論文では、p53結合領域をヒストンH3K4のメチル化状態によって分類することにより、遺伝子の転写開始点近傍で機能する領域(プロモーター領域)と、遺伝子から離れた領域から転写を活性化させる領域(エンハンサー領域)を分類することができた。更に、H3K27のアセチル化状態の変化によって分類することで、H3K27acが上昇する領域が転写制御領域として活性化していることを示し、転写制御に関わるp53結合プロモーター領域とp53結合エンハンサー領域を同定している。

p53結合領域を全ゲノムで解析した研究は既に報告されているが、ヒストン修飾状態によって分類することで、各p53結合領域の機能を予測した報告は未だ成されていない。また、他の転写因子についても全ゲノムでの結合領域についての解析が進められているが、全ての結合領域が転写制御において機能しているかどうかは十分にわかっていない。本論文では、ヒストンH3K27のアセチル化状態の変化を観察することにより、転写制御に関わる領域のみを同定できており、今後のゲノムワイドな転写研究において、クロマチン修飾を併せて解析することが有意義であることを示したものである。

さらに本論文では、転写に関わるp53結合領域の近傍遺伝子の発現変化を解析することにより、209個の遺伝子を5-FU刺激によって活性化するp53標的遺伝子として同定している。このうち、158個はp53結合エンハンサー領域の標的と考えられる。また、そのうち129個は転写開始点においてp53の結合が認められなかったことから、今までの解析ではp53の標的として同定するのが困難であった遺伝子である。実際に79個は新規のp53標的遺伝子であり、p53結合エンハンサー領域に注目した今回の解析によって、既知の方法では同定できなかった標的遺伝子を同定できたと考えられる。

また、本論文では、ChIA-PET(Chromatin interaction analysis using Paired-End Tag sequence)法を用いることでp53を介したクロマチン相互作用を網羅的に解析し、一部の領域では3C(Chromatin Conformation Capture)法による相互作用の確認を行い、エンハンサー領域におけるクロマチンダイナミクスに迫っている。標的遺伝子と相互作用しているp53結合エンハンサー領域を93個同定し、p53結合エンハンサー領域においてp53依存的なH3K27のアセチル化とRNAポリメラーゼIIの結合が起きていることを示した。この解析により、ChIP-seq法によって同定を行った標的遺伝子が実際にp53結合エンハンサー領域と相互作用していることを示しており、ChIP-seq法による標的遺伝子の同定法が確かな方法であることを示すと共に、p53結合エンハンサー領域がループ構造をとることで標的を制御していることを示している。

ChIA-PET法はクロマチン相互作用を網羅的に検出する新しい手法であり、ERαやRNAポリメラーゼII、CTCFなど一部のタンパク質を介した相互作用が報告されているが、p53による相互作用を解析した報告は本論文が初めてである。検出感度に改良の余地はあるものの、ChIA-PET法を成功させ、p53結合領域における相互作用を検出したことはp53による転写制御機構を知る上でも大きな成果であると考えられる。

以上のように、本論文は、p53結合領域におけるヒストン修飾状態とクロマチン相互作用をゲノムワイドに解析することにより、転写制御に関わるp53結合領域3729か所と、その標的遺伝子209個を同定すると共に、p53結合エンハンサー領域がループ構造を取ることにより近傍遺伝子の発現を制御していることを示すことに成功している。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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