学位論文要旨



No 128575
著者(漢字) 千賀,一德
著者(英字)
著者(カナ) センガ,カズノリ
標題(和) 胆管形成におけるGrainyhead family転写因子Grhl2の機能解析
標題(洋) Functional analysis of a Grainyhead family transcription factor, Grhl2, in the bile duct formation
報告番号 128575
報告番号 甲28575
学位授与日 2012.07.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5868号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京医科歯科大学 教授 仁科,博史
 東京大学 特任教授 渡邉,すみ子
 東京大学 教授 宮島,篤
内容要旨 要旨を表示する

肝臓は生体内おける最大の臓器であり、代謝、解毒作用、消化吸収促進、糖の貯蓄等、様々な機能を有しており、生命の恒常性の維持に必須な臓器である。肝発生において、肝重量の殆どを占め、肝臓の主要な働きをする肝細胞は肝芽細胞から分化し、同じく肝芽細胞より胆管上皮細胞が分化する。この胆管上皮細胞によって形成される胆管は管状構造で、肝細胞から排出された胆汁を十二指腸へと運ぶことにより、肝機能を維持する生理的に重要な組織構造である。

マウス発生において、胎生後期に肝芽細胞より分化した胆管上皮細胞は門脈を囲むように層状に位置し、ductal plateと呼ばれる細胞層を形成する。やがて出生前後にductal plateがリモデリングを起こし、管腔を伴った胆管を形成する。この胆管の形成過程と分化成熟過程を制御する分子機構はまだ十分に明らかにはなっていない。胆管形成に関与するいくつかのシグナルや遺伝子が報告されている。そのなかの一つであるNocthシグナルでは、シグナル伝達分子に変異がある場合、アラジール症候群を引き起こす。また胆管形成に関わるPkhd遺伝子の変異によって、多嚢包性肝疾患が起こることがわかっている。このように胆管形成に関わる分子機構の解明は疾患の原因究明に必要である。

先行研究で、胆管形成時期において胆管上皮細胞に特異的に発現する遺伝子を同定すべく、胎児肝臓から肝芽細胞を、胆管形成期である新生児肝臓から胆管上皮細胞をそれぞれ分離し、microarrayによって網羅的な遺伝子発現解析を行った。胆管形成が行われる新生児期に胆管で発現上昇する遺伝子群には、胆管の形態形成や機能獲得に関与するものが存在すると考え、複数の候補遺伝子を選択した。その中でも本研究では転写因子に注目し、Sry-box 9(Sox9), POU domain class 2 associating factor 1(Pou2af1), Grainyhead like 2(Grhl2)の解析を行なった。

同定した3遺伝子を定量PCR法によって、肝芽細胞と各発生段階の胆管上皮細胞における発現解析を行い、3遺伝子とも胆管発生時期の胆管上皮細胞で発現上昇が認められた。さらに免疫組織化学染色を用いて肝発生での発現を解析したところ、Pou2af1は胆管上皮細胞だけではなく、肝細胞にも発現していることがわかった。また、Sox9は胆管形成期以前からの胆管上皮細胞でも発現が観察された。Grhl2は胆管形成期以降の胆管上皮細胞にて発現が認められ、胆管形成において機能していることが期待された。

遺伝子の詳細な機能解析を行うために、本研究では胆管形成のモデルとして、肝前駆細胞株(HPPL)の3次元培養系を用いた。この培養ではHPPLは胆管上皮細胞として分化する他、細胞極性や分泌機能を獲得し、管腔を持ったシストを形成する。ここでは肝細胞にも発現が見られたPou2af1を解析対象から除外し、Sox9とGrhl2のcDNAのみをレトロウィルスベクターによってHPPLに導入し、3次元培養を行った。その結果、Sox9の導入ではほとんど変化は見られなかったが、Grhl2の導入によってシストの管腔拡大が観察された。また、成体マウスの肝臓から単離した胆管上皮細胞を3次元培養した場合にも、HPPLが形成するものに較べて大きな管腔を持ったシストを形成することから、Grhl2を導入することで、より分化成熟した胆管上皮細胞の形質がHPPLに獲得されたものと考えられる。

Grhl2が属するGrh familyは、上皮や上皮細胞の分化促進能を、種間を越えて持っているため、上皮の分化に伴い変化する上皮バリア機能に着目した。HPPLの単層培養において、デキストランの透過性によってバリア機能を評価し、Grhl2を導入することでデキストランの透過性が減少したので、Grhl2はバリア機能を亢進する機能があることが示唆された。バリア機能は密着結合に依存し、その主要な構成分子であるClaudin familyのうち、胆管上皮細胞で発現するものの発現を解析した。結果、Grhl2を導入することでClaudin3とClaudin4の発現上昇が、mRNAとタンパク質レベルでそれぞれrealtime PCRとウェスタンブロッティングによって認められた。両遺伝子をレトロウィルスベクターによってHPPLに強制発現させて、三次元培養を行ったところ、Claudin4では大きな変化は認められなかったが、Claudin3では管腔の拡大が観察された。また、上皮バリア機能を評価したところ、ここでもClaudin-4の過剰発現では有意な差異は認められなかったが、Claudin3によって有意に透過性が減少していることがわかった。これらのことからGrhl2はClaudin4とClaudin-3の発現制御を介して上皮バリア機能を亢進し、HPPLの上皮成熟を促していることが示唆された。また、一方、Claudin3とClaudin4を共発現させても、Grhl2導入時の管腔の大きさには及ばず、他の標的遺伝子がGrhl2の機能に必要と考えた。

Grhl2の標的遺伝子の同定するために、HPPLの3次元培養にてGrhl2を導入することで発現上昇する遺伝子と、新生児期の胆管上皮細胞で発現上昇してくる遺伝子をマイクロアレイ解析によって抽出した。さらにIn silicoでGrhl2のコンセンサス配列に基づいた網羅的プロモーター解析を組み合わせ、その中から上皮の形成や分化に関わる因子に絞って解析を進めた。その結果、低分子量Small GTP結合タンパク質、Rab25遺伝子を同定した。Rab25遺伝子をHPPLにレトロウィルスを用いて導入し、3次元培養を行ったところ、Grhl2と同様にシストの管腔拡大を引き起こすことがわかった。またそこで、Claudin-4のタンパク発現量が上昇していることがウェスタンブロッティング法によってわかった。さらに、HPPLの単層培養においてRab25を導入することでDextranの透過性が減少し、バリア機能を制御することが示唆された。Rab25がGrhl2の機能に必要であるのかを検証するために、Rab25のGTPase活性部位に変異を入れたRab25ドミナントネガティブ変異体(Rab25DN)の発現ベクターを作製した。Grhl2を強制発現させたHPPLにRab25DNをレトロウィルスベクターを用いて安定的に発現させて、三次元培養を行ったところ、Grhl2によって誘導されるシストの管腔拡大は有意に抑制された。これらの結果より、Rab25はGrhl2のシストの管腔拡大に必須で、Grhl2の機能の一部を担っていることが示唆された。

以上の結果より、胆管形成においてGrhl2は、Claudin-3とClaudin-4、Rab25の発現制御を介し、バリア機能を亢進することによって胆管上皮細胞の分化成熟を促進することが示唆された。この働きは、胆管の形成だけではなく、細胞傷害性の胆汁を漏洩すること無く運搬する管状組織の機能を形成し、肝臓の機能恒常性に重要であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は5つの章からなる。第一章での序論に続き、第二章では材料と方法、第三章は研究結果が、第四章では考察、第五章では結論が記述されている

肝臓において肝細胞から排出された胆汁は胆管を通り、十二指腸へと排出される。胆汁は強い界面活性作用を有し、細胞傷害性作用も持つので、胆管からの胆汁の流出による肝障害を防止するために、胆管を構成する胆管上皮細胞間には強いシーリング機構がある。この胆管形成の分子機構は未だ充分に解明されていない。そこで、申請者の所属研究室の先行研究により同定されていた胆管に発現する転写因子Sox9及びGrhl2の胆管形成における機能解析を行った。まず、肝発生過程での発現様式を解析し、Sox9は胆管上皮細胞への分化初期段階から、Grhl2は胆管形成期以降で発現することを明らかにした。これらの遺伝子の機能を解析するために、申請者の所属研究室において確立された肝前駆細胞株HPPLをマトリゲルを含む培地中で3次元培養を行なう胆管分化培養系を用いた。この培養系では、HPPLは胆管上皮細胞として分化し、細胞極性を有する細胞層の中に管腔を伴ったシストを形成し、胆管組織の一部を再構築する。また、HPPLにはレトロウィルスベクターを用いた遺伝子操作が可能であるので、申請者はこの培養系を用いて胆管形成過程における遺伝子の機能解析を行った。HPPLにSox9を強制発現してもシストの形態に大きな変化はなかったが、Grhl2の強制発現ではシストの管腔が著しく拡大した。生体から分離した胆管上皮細胞を3次元培養によりシストを形成させた場合も、コントロールのHPPLに比べて、大きな管腔を形成することから、Grhl2を発現することでHPPLの胆管上皮細胞としての分化成熟が促進されたことが示唆された。また、上皮の分化成熟に伴って変化するバリア機能を評価したところ、Grhl2の強制発現によりHPPLのバリア機能が強化されることが示唆された。そこで、申請者は管腔拡大の要因としてバリア機能に着目した。バリア機能はタイトジャンクション(TJ)に依存し、その主たる構成分子Claudin(Cldn)ファミリーの発現変化を解析すると、HPPLではGrhl2の発現により3次元培養でCldn3とCldn4の発現が上昇していた。興味深いことに、Cldn3を強制発現するとシストの管腔拡大が誘導されたが、Cldn4では観察されなかった。これと連動して、Cldn3は強制発現によりTJへの局在が観察されたが、Cldn4の単独発現では、TJへの局在が観察されなかった。また、Cldn3とCldn4を共発現させてもGrhl2の発現による管腔の大きさには及ばないことから、他のGrhl2標的遺伝子が管腔拡大に関与していることが示唆された。そこで申請者は、マイクロアレイ解析と網羅的なプロモーター解析を用いたGrhl2の標的遺伝子探索を行い、small Gタンパク質であるRab25を同定した。Rab25をHPPLに過剰発現させると、Grhl2と同様にバリア機能を促進し、管腔拡大を引き起こすとともに、Cldn4のタンパク質レベルでの発現上昇とTJへの局在を促進させた。以上の結果より、胆管形成時にGrhl2はCldn3とCldn4、Rab25を介してバリア機能を制御し、胆管上皮細胞の分化成熟を促進することが示された。この一連の研究によって、胆管形成に必要な細胞間のシーリング形成機構の一端が解明され、Rab25によるCldnの新らたな細胞内局在機構の存在が示唆された。このように本研究は、管腔形成という臓器形成における基本的な機構の理解を深め、器官形成の分子細胞生物学の発展に貢献するものである。

なお、本論文は谷水直樹、三高俊広、Keith E. Mostov、宮島篤との共同研究であるが、申請者が主体となって実験及び考察を行なったものであり、申請者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク