学位論文要旨



No 128576
著者(漢字) 須藤,則広
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,ノリヒロ
標題(和) cerberusとgoosecoid遺伝子のシス制御モジュールへの転写因子群のダイナミックなin vivo結合によるシュペーマン-マンゴールド・オーガナイザーの段階的な形成の解析
標題(洋) Analysis of stepwise formation of the Spemann-Mangold organizer by dynamic in vivo binding of transcription factors to cis-regulatory modules of cerberus and goosecoid
報告番号 128576
報告番号 甲28576
学位授与日 2012.07.23
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5869号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 赤坂,甲治
 東京大学 准教授 越田,澄人
 東京大学 准教授 朴,民根
内容要旨 要旨を表示する

アフリカツメガエル(Xenopus laevis)のSpemann-Mangoldオーガナイザーは初期発生において中心的な役割を果たすことで知られる。予定オーガナイザー領域では、NodalシグナルとWnt/β一cateninシグナルにより種々の転写因子が誘導され、続いて神経誘導や頭部形成に必要な分泌性因子の遺伝子発現が引き起こされる。しかしこれら個々のシグナルや転写因子に関する解析は行われているが、NodalシグナルとWnt/β-cateninシグナルの2つがどのように統合され次の誘導作用に至るのかなど、その遺伝子カスケードにおける転写制御ネットワークの詳細は未だ十分に解析が進んでいない。そこでこれらの点を明らかにするため、私はオーガナイザーに発現する分泌性因子であるcerberus(cer)および転写因子のgoosecoid(9sc)に注目してその転写制御機構について解析を行った。cerは背側の中内胚葉で広く発現し、腹側化または後方化因子であるWnt、Nodals、BMPなどを抑制していると考えられている。また原腸胚期には予定神経外胚葉に働きかけることで,その後の神経誘導や頭部形成を促進すると考えられる。これまでに当研究室の先行研究において、オーガナイザーに発現する転写因子であるホメオドメイン蛋白質のLiml、Siamois(Sia)、Otx2、Mixlが頭部誘導因子であるcerの発現に関わることを、X,laevis胚を用いたDNA顕微注入法によるレポーター解析により示唆されている(Yamamoto et al.,2003,Dev.Biol.257:190)。一方、gscはオーガナイザーで発現するとともに、その後頭部オーガナイザーで転写抑制因子として機能する。gscはNodalシグナルとWnt/β-cateninシグナルが協調してオーガナイザー領域に発現誘導を受けるが、cerとgscが発現を開始する領域は異なる。以上を背景に、初めに私はトランスジェニック法を用いたレポーター解析ならびにX.laevisの近縁種であるX.tropicalisとの比較によりcerの制御に関わる新たな転写因子VegTを見出し、さらにVegTは、Liml、Sia、Otx2、Mixlと共にgscの制御にも関わることを見出した。そこでLiml、Sia、Otx2、Mix1、VegTの5種類の転写因子について、cerおよびgscのシス制御モジュール(CRM)への結合を経時的および空間的に明らかにする為に、ステージを追ったクロマチン免疫沈降-PCR法(ChIP-PCR法)とinsitu hybridizationによるmRNAの発現領域の詳細な比較を行った。その結果、2つの異なる領域が統合される形で、段階的にオーガナイザーが形成されること、およびそれに至る過程で、5つの転写因子の段階的なCRMへの結合を明らかにした。

X.laevisのcerプロモーター近傍のシス制御モジュール(CRM)を含む約2kb領域に対応する配列をX.tropicalisよりクローニングし、比較した。その結果、Liml、Sia、Mixl、Otx2に対して応答するCRMであり、5つのホメオドメイン結合部位をもつABCDEエレメントを含む転写開始部位からその上流-229にかけて高い保存性が見られた。しかし、このABCDEエレメントは完全には保存されていなかった。そこでトランスジェニック法を用いたレポーター解析を行ったところ、X.laevisとX.tropicalis共に上流-229までの配列でオーガナイザーにおけるレポーター遺伝子の発現に十分であることが示されたが、-166領域ではABCDEエレメントを含むにも関わらず十分な活性を示さなかった。この実験から、-229から一166の領域が新たなシス制御領域として見出だされ、そこには両種問で完全に保存されたT-box結合配列が3つ存在したことから、母性因子としてオーガナイザー領域に発現するT-box型転写調節因子VegTによる反応性をDNA顕微注入法によるルシフェラーゼレポーター解析により検討した。その結果、VegT単独では大きな活性化はみられないが、Liml、Sia、Mixl、Otx2と共発現させるとレポーター遺伝子が大きく活性化した。以上の結果は、-229領域に存在するCRM(cer-Ulと命名)が、初期発生過程における3種の主要合図(developmental cues)、すなわち母性因子(VegT)、Nodalシグナル(Liml、Otx2、Mixl)、Wntシグナル(Sia)を統合することでcerの発現を引き起こすことを示唆している。

VegTは、gscの発現を活性化することが報告されていたが、反応エレメントは未だ同定されていなかった。そこで、gscのプロモーター上流の-492領域のCRM(gsc-Ulと命名)の配列解析とDNA顕微注入法によるルシフェラーゼレポーター解析を行った結果、3カ所のT-box結合配列見いだされ、かつVegTへの反応に必要であることが示された。gscは既にLiml、Sia、Otx2、Mixlで活性化されることが報告されているので、これらを総合すると、cerと同様に、gscも1つのCRMであるgsc-Ulを介して、初期発生過程における3種の主要合図を統合することで発現を開始することが示唆された。

以上のように5つの転写因子が1つのCRMを介してオーガナイザー遺伝子の発現を誘導することが、レポーター解析により示されたが、実際にこれらの転写因子が内在性のcerおよびgsc遺伝子のCRMに結合しているかを示すことが、次の重要な課題となった。そこでこの点を検討するため、5つの転写因子(Liml、Sia、Otx2、Mixl、VegT)に対するポリクローナル抗体を作成し、胞胚期、原腸胚期、初期神経胚期におけるchIP-qPcR解析を行った。ChIP-qPCR解析はX.laevisの初期原腸胚のクロマチンを用いた。その結果、VegTおよびSiaは、胞胚後期に両遺伝子のCRMであるcer-Ulとgsc-Ulに結合していること、原腸胚期では5つの転写因子が全て結合していること、さらに神経胚期になるとcer遺伝子では全ての結合が減少または見られなくなるが、gsc遺伝子ではLimlとOtx2の結合のみが維持されていた。これらの経時的な転写因子の結合パターンが、5つの転写因子とその標的遺伝子であるcerとgscの発現パターンの経時的変化と果たして合致するか否かを次に検討した。そのために、cer、gsc、lim1、sia、otx2、mix1、vegt、chordin、sox17b、sox2遺伝子の発現パターンを、in situ hybridization法により、胚発生のステージを細かく追って詳細に比較検討した。その結果、胞胚中期から後期において。lim1、otx2遺伝子はcerの発現が開始する背側内胚葉で発現が始まる一方、sia、gsc、chordin遺伝子は背側動物極側領域(予定中胚葉)で発現が始まることが示された.すなわち、cerとgscは共にオーガナイザーに発現する遺伝子ではあるが、異なる2つの領域において発現を開始する。次いで胞胚後期から原腸胚期にかけては、cerとgscの発現領域はそれぞれ内胚葉から中胚葉、中胚葉から内胚葉へと広がり、原腸胚のオーガナイザー領域で最終的に両者の発現領域はほぼ重なった。

これらの詳細な発現解析の結果とChIP-qPCR解析の結果を統合することで、私はオーガナイザー形成が段階的に進行する以下のモデルを提唱した。すなわち、VegTにより背側内胚葉で発現を開始したcerは、同じ領域で発現を開始するLiml、Otx2、Mixl(Nodalシグナルに応答)とSia(Wntシグナルに応答)により発現が増大維持される。一方、SiaとNodalシグナルにより背側動物極側領域に発現を開始したgscは、原腸胚期に発現を拡大したLiml、Otx2、Mixl、および接合子発現のVegTにより発現が増大維持される。最終的にcerとgscは原腸胚オーガナイザー領域にてLiml、Sia、Otx2、Mixl、VegTと共に、オーガナイザーの形成と機能に関与することになるが、それに至る過程は、2つの異なる領域が別々のシグナルを受けつつ統合されて1つになっていく過程であることが本研究により初めて明らかとなった。これは発生初期における種々のシグナルの統合とそれに基づく領域化の分子メカニズムの範例となるものである。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は一部構成で、要旨、序論、結果、考察、方法、結論、図表、文献からなり、転写因子群による原腸胚オーガナイザーの段階的な形成機構について、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)とネッタイツメガエル(Xenopus/Silurana tropicalis)を用いた詳細な解析を行った結果を述べている。

両生類の原腸胚オーガナイザー、すなわちSpemann-Mangoldオーガナイザーは、初期発生において中心的な役割を果たすことで知られる。オーガナイザーは、NodalシグナルとWnt/β-cateninシグナルによって種々の転写因子が誘導されることで形成され、続いて神経誘導や頭部形成に必要な分泌性因子の遺伝子発現が引き起こされる。オーガナイザーに発現する転写活性化因子としてはLim1、Otx2、Mix1、Siamoisが知られており、Lim1、Otx2、Mix1はNodalシグナルによって誘導され、SiamoisはWnt/β-cateninシグナルによって誘導される。これらの転写因子は、オーガナイザー特異的遺伝子のgoosecoid (gsc)とcerberus (cer)遺伝子の発現に関わることが示唆されている。しかしこれまでの研究のほとんどはin vitroの解析であり、実際にin vivoでNodalシグナルとWnt/β-cateninシグナルの2つがどのように遺伝子発現において統合され、次の誘導作用に至るのかなど、その遺伝子カスケードの詳細は、未だ十分に解析されていなかった。本論文では、まずcer遺伝子に注目してその転写制御機構について、トランスジェニック法を用いて、レポーター解析を行うことで、cer遺伝子の制御に関わる転写因子としてVegTを新たに見出した。次いでVegTは、Lim1、Sia、Otx2、Mix1と協調的にcer遺伝子を活性化し、さらにgscの制御にも関わること見出した。そこでこれら5種の転写因子が実際にin vivoで、内在性のcerとgsc遺伝子のシス制御モジュールに結合しているかをクロマチン免疫沈降-定量PCR(ChIP-qPCR)法で解析し、さらに発現領域の詳細な解析と比較検討した結果、新たなオーガナイザーの形成機構が明らかとなった。これらの研究成果は、発生生物学の一流国際誌上で発表され、本学位審査会でも高く評価された。詳細は以下の通りである。

本研究ではまず、X. laevisとX. tropicalisの約2 kbのプロモーター領域の配列比較とトランスジェニック法を用いたレポーター解析を行ったところ、転写開始部位上流-229から-166の領域が新たなシス制御配列として見出された。そこには保存されたT-box 結合配列が存在したことから、母性因子のT-box型転写調節因子VegTに着目した。VegTは、Lim1、Sia、Mix1、Otx2と協調的にレポーター遺伝子を活性化したことから、この領域を含むシス制御モジュールを新たにcer-U1と命名した。次に、VegTがgsc遺伝子の制御にも関わるかを検討するため、gscの遺伝子のレポーター解析を行った結果、T-box 結合配列を介して、VegTはLim1、Sia、Otx2、Mix1と協調的に活性化することが示された。そこでこのシス制御モジュールをgsc-U1と命名した。これらの結果は、初期発生過程における3種の主要シグナルである母性因子(VegT)、Nodalシグナル(Lim1、Otx2、Mix1)、Wntシグナル(Sia)を統合することで、cerとgsc遺伝子がオーガナイザーで特異的な発現を引き起こすことを示唆しており、本論文の重要な結果の1つである。

以上の結果を基に、内在性のcerおよびgsc遺伝子のシス制御モジュールcer-U1とgsc-U1に実際に転写因子が結合しているかを検討するため、5つの転写因子(Lim1、Sia、Otx2、Mix1、VegT)に対するポリクローナル抗体を作成し、胞胚期、原腸胚期、初期神経胚期におけるChIP-qPCR解析を行った。その結果、胞胚後期ではまずVegTとSiaがcer-U1とgsc-U1に結合し、原腸胚期では5つの転写因子が全てcer-U1とgsc-U1に結合するが、神経胚期になるとcer-U1では全ての結合が減少または見られなくなる一方、gsc-U1ではLim1とOtx2の結合のみが維持されていた。次にこれらの経時的な転写因子の結合パターンが、果たして5つの転写因子とcerとgscの発現領域の経時的変化と合致するか否かをin situ hybridization法により比較検討した。その結果、胞胚中期から後期にcerとgscは異なる2つの領域において発現を開始すること、胞胚後期から原腸胚初期にかけてcerとgscの発現領域はそれぞれ内胚葉から中胚葉、中胚葉から内胚葉へと拡大し、原腸胚中期では両者のオーガナイザー領域での発現領域はほぼ重なった。以上の結果を統合すると、原腸胚期のオーガナイザー領域では、cerとgscはLim1、Sia、Otx2、Mix1、VegTの制御化にあってオーガナイザーの機能に関与するが、オーガナイザーが形成される前は、2つの異なる領域が別々のシグナルを受けつつ分化し、それらが次第に統合されて1つのオーガナイザーになっていくことが、本研究により初めて明らかとなった。この結論は、これまで混沌としていたオーガナイザー形成の過程を明確にした点で高く評価できるものであり、発生初期における種々のシグナルの統合とそれに基づく領域化の分子メカニズムの範例となるものである。

なお、本論文に記載されている解析は全て論文提出者が主体となって分析および検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める

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