学位論文要旨



No 128577
著者(漢字) 松田,出
著者(英字)
著者(カナ) マツダ,イヅル
標題(和) 肝血管構築の評価における逐次近似法による新世代CT画像再構成の臨床的有用性について
標題(洋)
報告番号 128577
報告番号 甲28577
学位授与日 2012.07.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第4000号
研究科 医学系研究科
専攻 生体物理医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 百瀬,敏光
 東京大学 准教授 阿部,裕輔
 東京大学 講師 井垣,浩
 東京大学 教授 上妻,志郎
 東京大学 准教授 篠崎,大
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的:

multi detector- row computed tomography (MDCT) は体軸方向に多数の検出器を有するCT装置で、短時間に広範囲、より薄いスライスでの画像収集が可能である。従前使用されていたsingle detector computed tomographyと比較して飛躍的に撮影速度が高速になり、同時に頭尾方向の空間分解能 (スライス厚) の顕著な改善をもたらした。MDCTによるisovoxelな画像データを利用した高画質な再構成画像や三次元画像は従来よりも画質、診断能に優れ、軸位断画像だけではわかりにくい立体的位置関係や、骨や血管などの特定の組織の抽出、画像化に大きく寄与している。三次元画像再構成の一手法としてvolume rendering (VR) があるが、VR画像ではスライス厚が薄いほど画質が良好であり診断能に優れることが知られている。しかしVR画像の重要な特性として、コントラストが低い、あるいは小さい構造の描出が悪く、ノイズの多い画像では画質が低下してしまう。つまり低コントラスト構造をVR画像に再構成するのは技術的に難しく、できるだけノイズが抑制された元画像を用いて再構成を行うことが望ましい。

線量と画像ノイズの間には次式に表される、相反する関係があり被曝低減の試みは即ちノイズの増加に不可避に結びついている。この基本的な関係は

に表される比例関係である。CT画像再構成法としてはfiltered back projection (FBP) が長い間汎用されてきた。FBPは「2次元画像の全方向からの投影が得られれば、解析的に元の画像を復元できる」というRadonの定理に基づいているが、その計算過程ではX線が被写体を透過し検出器に到達する確率分布、ポアソン分布に基づくデータのばらつきがそのまま画像に反映され上式の関係から逃れられない。

FBPのような解析的なアプローチの他に、CT撮影においてある投影が得られた場合、最も可能性の高い元の画像の濃度分布を見出すという統計的なアプローチが存在する。つまりCT画像のすべてのピクセル値をベクトル 、得られた投影データをベクトル とした場合に、 のもとで となる確率 を最大にするような を求める。

対数をとっても確率の最大値をとる は変化せず、条件付確率を考慮すると

を求めればよいことになる。ここで右辺第一項の近似

を用いると次のような評価が可能になる。ここで は光子カウント数、 は光子カウント数の入射光に対する割合を示す。行列Aは画像を投影に変換するforward projection、Dは を対角成分に並べた行列である。結果として

を評価し、求めることで当初の目的が達成できる。ここでU(x)はlogP(x)を評価する関数である。この関数を各変数に対して最大化するような処理を繰り返して行うことで逐次的に画像を得る手法であり逐次近似法と呼ばれる。逐次近似法では画像データから投影データを推定するforward projectionの過程が必要になる。このforward projection、数式上のAにはX線光子が被写体を通過する過程を考慮して物理的に精密なモデルを採用することができる。しかしこのような光学的モデルに基づいたforward projectionは計算量が多く、iterationが行われるため繰り返し計算により所要時間はさらに増大する。そこでforward projectionでは物理的な過程を省略してiterationにより統計的な解を求めるのみに絞った手法がまず初めに導入され、そのうちの一つとしてadaptive statistical iterative reconstruction (ASIR) がある。また光学的モデルを再現した逐次近似法もごく最近、臨床現場に導入されており、そのうちの一つとしてmodel based iterative reconstruction (MBIR) がある。ASIRやMBIRに代表される逐次近似法は従来法FBPよりもノイズの抑制に優れ、等線量での画質の向上や同等の画質での線量低下が期待されている。

肝臓内の血管解剖を正確に把握することは肝臓外科手術には必須の要件であり、特に腫瘍に対する肝部分切除や生体肝移植のドナー手術においては極めて重要である。特に生体肝移植のドナー手術では肝門脈、肝静脈の分岐構造の画像による把握が重要である。肝血管構築を三次元再構成画像で表示すると一覧性に優れ解剖学的構造の立体的な把握が容易となる。肝門脈の分岐や肝静脈の支配領域のvariationは肝切除の計画に大きな影響を与える事柄であり正確で簡便な評価が望まれる。

本研究の目的は逐次近似法を肝門脈、肝静脈のVR三次元再構成に応用し、その有用性を検討することである。

方法:

基礎的検討として、FBP、ASIR、MBIRの線量-ノイズ関係をファントムを用いて検討した。FBP、ASIR、MBIRの各再構成法を用いたファントム画像上の均一部の画像ノイズを測定した。両対数グラフを利用して線量-ノイズ関係を調べた。

臨床的検討では16例の腹部造影CT画像をFBP、 ASIR、 MBIRでそれぞれ再構成しVR画像を作成した。各再構成群間でVR画像作成時間の比較を行った。また肝門脈、肝静脈、肝実質のCT値と、肝門脈、肝静脈の肝実質に対するcontrast-to-noise ratio (CNR) を測定し、比較した。主観的画質評価は2人の読影者により独立に、門脈、肝静脈の各分枝と肝全体について、それぞれ3段階評価でスコアリングし各郡の比較を行った。

結果:

基礎的検討では画像ノイズはFBP > ASIR > MBIRであった。線量とノイズを両対数グラフで示す(図1)。FBPとASIRではノイズは線量の-1/2乗に比例していたがMBIRでは約-1/4乗に比例していた。この結果MBIRは特に低い線量域で相対的に強いノイズ抑制効果を発揮すると考えられた。通常の撮像で200 mAs前後が使用されることが多く、その程度の線量設定ではMBIRとASIRの客観的画像ノイズの差は小さかった。

臨床的検討ではASIRとMBIRはCT値を変化させずに画像ノイズを低下させ、門脈、静脈のCNRを改善した。VR画像の作成時間はFBPと比べて有意に短縮した。主観的画質評価では の関係が見られASIR、MBIRはFBPと比べて有意に画質が改善した。ASIRとMBIRの比較では、ノイズ低減効果の客観的な指標であるCNRには有意差はなかった。主観的画像評価においても差に有意差は一部を除いて見られなかった。しかし評価の傾向はASIR < MBIRであり実際の画質はMBIRの方が優れている可能性が示唆された。客観的指標であるノイズだけでは捉えられない画質の差が存在すると考えられた。

結論:

ASIR、MBIRの肝門脈、静脈のVR三次元再構成画像への応用を試み、通常線量撮影での肝門脈、静脈のVR画像への逐次近似法の応用の有用性を明らかにした。逐次近似法を肝血管構築の評価へ応用すると、従来のFBPに比して画質改善効果が見られ有用性が高い。MBIRはASIRと比較して画質評価が高い傾向があったが有意差はなかった。

図1:線量に対する画像ノイズの各再構成法での変化。両対数グラフ。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はCT画像再構成法の一つである逐次近似法の肝門脈、肝静脈のvolume rendering (VR) 画像への応用の有用性を基礎的及び臨床的観点から検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.従来法filtered back projection (FBP) 、逐次近似法のadvanced statistical iterative reconstruction (ASIR) とmodel based iterative reconstruction (MBIR) の線量ノイズ関係についてファントムを用いて比較した。画像ノイズはFBP > ASIR > MBIRでありFBPとASIRではノイズは線量の-1/2乗に比例した。MBIRでは約-1/4乗に比例しておりFBPでの線量とノイズのトレードオフ関係とは異なっていた。この結果MBIRは低い線量域で相対的に強いノイズ抑制効果を発揮すると推測された。通常の診療で用いられるような線量域ではASIRとMBIRのノイズ抑制効果に大きな差はないと考えられた。

2.FBP、ASIR、MBIRを用いてそれぞれ肝門脈、肝静脈のVR三次元再構成画像を作成した。ASIRはCT値を変化させずに画像ノイズを低下させ、門脈、静脈の肝実質に対するcontrast noise ratio (CNR) を有意に改善した。この結果VR画像の画質が向上し、作成所要時間も短縮した。VR画像の画質改善は、外科手術における血管構築の把握を容易にすると考えられ、従来法に比し、ASIRを肝門脈、静脈のVR三次元再構成画像に応用することの優位性が示された。

以上、本論文は逐次近似法によるCT画像再構成の線量ノイズ関係を明らかにし、肝血管三次元再構成画像への逐次近似法利用の優位性を示している。本研究は逐次近似法の臨床応用の具体的な意義と優位性を示すことで、今後の外科手術における術前評価や手術計画にとって重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク