学位論文要旨



No 128579
著者(漢字) 李,光輝
著者(英字)
著者(カナ) イ,カンヒ
標題(和) 日本語と韓国語における引用構文由来の文末表現について
標題(洋)
報告番号 128579
報告番号 甲28579
学位授与日 2012.07.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1163号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生越,直樹
 東京大学 教授 近藤,安月子
 東京大学 教授 大堀,壽夫
 東京大学 准教授 福井,玲
 麗澤大学 教授 井上,優
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、引用構文に由来する日本語と韓国語の文末表現をとりあげ、対照的な観点から分析を行ったが、各章ごとにまとめると以下のようになる。

第2章では、先行研究をまとめ、理論的な背景と本論文の立場について述べた。この際、日本語と韓国語の引用構文を対照的な観点からまとめたが、日本語と韓国語の引用構文は、二つの点で大きく異なる。

一つ目は、日本語に比べ韓国語では、直接引用構文と間接引用構文が形態的・統語的に明確に区別されるという点である。つまり日本語では直接・間接の区別なく引用助詞「と」が使われるのに対し、韓国語では直接引用構文の場合「-라고(i)lako」、間接引用構文の場合「-고ko」が使われる。また、韓国語では間接引用構文における被引用文のムード語形が、文のタイプにより平叙の場合「-다」、疑問の場合「-냐」、命令の場合「-라」、勧誘の場合「-자ca」のように決まっており、特徴的である。

二つ目は、日本語では引用助詞「と」が必須で不可欠なものであるのに対し、韓国語では「-(이)라고(i)lako」「-고ko」の省略が可能であるという点である。さらに間接引用構文において「-고ko」と形式動詞の「하(다)ha(ta)(言う)」の省略は頻繁に行われる。

以上は、本論文における文末表現の特徴でもあるが、以上の点を前提に、第3章から第5章では具体的な文末表現の分析を行った。

まず、第3章では、文末の「って」と対応する韓国語について見た。この際、元話者または情報源が誰か、つまり話し手自身、聞き手、第三者のうち誰かという観点から大きく三つに分類し、分析を行っている。これは、本論文でとりあげている文末表現の意味機能は、このような観点から大きく三つに分類されると考えられるためである。

たとえば、聞き手の元発話の場合、その元発話に対する話し手の認知上の状態が表現されるのだと考えられ、第三者の場合、それが第三者からの情報ゆえに、結果的に伝聞のような意味機能をもつようになると考えられる。また、話し手自身の場合は、話し手の発話時現在における心的態度が表れると考えられる。

このような観点から、「って」と対応する韓国語の文末表現との対照を行った結果、韓国語の場合、意味機能による形態的・統語的な区別があることがわかった。このような韓国語を手がかりに、第3章では、「って」の意味機能の再分類を試みた。

具体的には、元話者が聞き手の、先取りして聞くような場合や聞き返すような場合(「(単純)確認質問」)、韓国語の「-다고 tako」に対応することから、これらの意味機能の共通点を分析し、「(単純)確認質問」の下位カテゴリとして「先取り確認質問」を設けた。また、問い返すような場合(「真意確認質問」)や言いさすような場合(「真意受容保留」)、韓国語の「다니 tani」に対応することから、これらの意味機能の共通点や相違点について考察した。

元話者が話し手の場合は、「再述強調」「疑似再述強調」の意味機能について考察し、また韓国語と対応できない「って」については、それが直接引用に基づく用法のものであると述べた。

また、元話者または情報源が第三者の場合、対応する韓国語は間接引用構文になるが、特定の第三者か不特定の第三者かにより形態的・統語的に区別されることから、特定の第三者と不特定の第三者を区別する妥当性について触れた。

以上の考察から、第3章では、意味機能による形態的な区別のある韓国語に比べ、文末の「って」の意味機能は、文脈に依存する語用論的なものであると指摘した。

第4章では、文末において確認質問の意味をもつ韓国語の「-다면서 tamyense」をとりあげ、語彙的な対応を見せない日本語との対照を手がかりに、元話者が聞き手の場合(タイプI)と第三者の場合(タイプII)を区別する必要を指摘し、両者の形態的・統語的・意味機能的な違いについて考察した。

このとき、文末の「-면서 myense」に特有な意味機能(聞き手の文脈的な矛盾)があることを指摘し、これがタイプIにパラレル(聞き手の元発話との文脈的な矛盾)であることを述べ、タイプIを「矛盾確認質問」と呼ぶことにした。

また、「-다면서 tamyense」「-라면서 lamyense」「-자면서 camyense」の形態が現れるタイプIに比べ、タイプIIでは「-다면서 tamyense」のみが可能であることを指摘し、その意味を「伝聞確認質問」と呼ぶことにした。

さらに、タイプIIの「-다면서 tamyense」は、日本語の「そうだね」「んだって?」に対応することから、これらの表現の対照を行った。その結果、日本語が場面により「そうだね」「んだって?」を使い分けるのに対し、韓国語ではそのような区別はなく、またタイプIIの「-다면서 tamyense」に対応する「んだって?」は真偽疑問文に限ると指摘した。

第5章では、文末において類似した意味機能を表す「ってば」「ったら」「-다니까 tanikka」をとりあげ、これらの表現の相違点を明らかにした。対応を見せない「ってば」「ったら」と「-다니까 tanikka」に関しては、「といえば」「といったら」からの転とされる「ってば」「ったら」では、直接引用と間接引用に区別なく使われる引用助詞「と」の特徴が現れており、間接引用構文に基づく「-다니까 tanikka」などでは、間接引用構文の形態・統語的な特徴が現れているためであると指摘した。

さらに、「ってば」「ったら」「-다니까 tanikka」に関して、「-다니까 tanikka」は、「-다(고 하)니까 (왜) 이래/그래 ta(ko ha)nikka (way) ilay/kulay」という、話し手が自分の発話などを旧情報の確定的な条件としてとりあげ、それを聞かない聞き手に「なぜそうなのか」と問いかけるような構文に基づくものであるのに対し、「ってば」「ったら」は「Pといえば/といったらP」のような仮定により成り立つ当為的な事柄を提示する表現に由来するものであると考えられると述べ、これらの表現における両言語の発想の違いについて述べた。

第6章、以上の文末表現の文法化について、共時的な観点から、引用構文の性質をどれくらい保持・喪失しているか(形態的な復元性、主語の表示可能性、引用の意味機能の保持性)、新しい機能を獲得しているか(新たな統語機能の獲得、新たな意味の獲得)という基準のもと、分析を行った。

この際、語用論的な意味と意味論的な意味の区別を計り、文脈によりさまざまな語用論的な意味をもつと考えられる「って」については、意味機能ごとの文法化の判断は行っていない。これに対し、特化した意味をもつと考えられる「ってば」「ったら」や「-다고 tako」「-다니 tani」「-다면서 tamyense」「-다니까 tanikka」に関しては個別的かつ対照的に考察を行った。

第6章の分析の結果、平叙の形態のみが認められる「-다고IItako」「-다면서II tamyense」「-다니까II tanikka」は、文法化の度合いが高く、特に、他の表現と違い、連結語尾のような接続の仕方を見せる「-다니II tani」は、もっとも文法化の度合いが高いと判断される。また「って」に比べ、話し手の「再述強調」に特化した意味をもつ「ってば」「ったら」は文法化の度合いが高いと考えられる。

また、第6章では、それぞれの形態の意味論的な意味について考えたが、「って」「-다고 tako」については接続する内容を引用されたものとして解釈するよう聞き手の推論を促すものと見た。

これに比べ、「-다니 tani」は、聞き手の元発話の真意に関する言及であり(イントネーションにより「真意確認質問」「真意受容保留」)、「-다면서 tamyense」「-라면서 lamyense」「-자면서 camyense」は聞き手の矛盾を指摘しつつ確認をもとめるという意味(「矛盾確認質問」)、「-다면서II tamyense」は伝聞情報の確認質問(「伝聞確認質問」)が意味論的な意味として認められると述べた。「ってば」「ったら」「-다니까 tanikka」に関しては、話し手の元発話の「再述強調」という意味を意味論的な意味として認めることができるが、「-다니까II tanikka」においては「疑似再述強調」の意味へと広がりを見せると指摘した。

意味論的な意味と関連し、「って」「んだって」「ってば」「ったら」や「-다고 tako」「-다니 tani」「-다면서 tamyense」「-다니까 tanikka」などに含まれる接続助詞・連結語尾に注目した考察から、「て」「ば」「たら」「-고 ko」「-니 ni」「-면서 myense」「-니까 nikka」などは、聞き手の推論を促す機能をもつものと指摘した。

以上のような語用論的な意味と意味論的な意味の区別や、「って」「-다고 tako」などに含まれる接続助詞・連結語尾の意味機能に関する分析は、従来の研究にはあまり見られないものであるが、このような分析の仕方は、本論文でとりあげている文末表現をふくめ、両言語の引用構文由来の文末表現の考察に有用な手立てであると考えられる。

以上、本論文における分析をまとめたが、結論として、日本語に比べ韓国語のほうが、さまざまな意味に特化した引用構文由来の文末表現(終結語尾)の文法化が進んでいると言えよう。

たとえば、「確認質問」について見ると、韓国語の場合、「単純確認質問」「真意確認質問」「矛盾確認質問」「伝聞確認質問」により、それぞれ異なる形態になる。

これは、従来からの、日本語は一つの形式に複数の意味を対応させる多様性・多機能性の傾向が韓国語より顕著に見られるという指摘を裏付けるような結果でもあり、興味深い。

審査要旨 要旨を表示する

李光輝氏の博士論文「日本語と韓国語における引用構文由来の文末表現について」の審査結果について報告する。

本論文は、現代日本語と現代韓国語における引用構文由来の文末表現を対象に、対照言語学的な観点から、両言語の類似点や相違点について考察しつつ、各表現の意味機能の詳細な分析を行ったものである。従来、日本語韓国語とも引用構文由来の文末表現について総合的な分析は少なく、日韓両語の対照研究はほとんどない状況にある。本論文では、日韓両語の表現を対照し、対応形態の違いや意味の広がりの違いから、日本語と韓国語の諸表現が持つ特徴の違いや文法化の程度を明らかにしようとしたものである。

本論文は7章からなっており、第1章では、具体的な例で日韓両語の対応関係のずれを示しながら、本論文のねらいと考察の対象とする表現の範囲について述べている。

第2章では、これまでの先行研究をまとめ、理論的な背景と本論文の立場について述べた。その際、日本語と韓国語の引用構文は二つの点で大きく異なることを指摘した。一つは、日本語と異なり、韓国語では直接引用構文と間接引用構文が形態的・統語的に明確に区別されるという点、もう一つは、日本語では引用助詞「と」が必須で不可欠なものであるのに対し、韓国語では引用助詞「- (i)lako」「-ko」の省略が可能であり、さらに、間接引用構文において形式動詞「 ha(ta)(言う)」の省略も頻繁に行われる点である。

第3章では、日本語の文末表現「って」とそれに対応する韓国語について分析を行っている。分析に際しては、本論文で取り上げる引用構文由来の表現では、元話者または情報源が誰か、つまり話し手自身、聞き手、第三者のうちの誰かという観点が意味機能の分析において非常に重要であることを指摘している。つまり、聞き手が元話者の場合、その元発話に対する話し手の認知上の状態が表現されるのだと考えられ、第三者が元話者の場合、元発話が第三者からの情報ゆえに、結果的に伝聞のような意味機能をもつようになると考えられる。さらに、話し手自身が元話者の場合は、発話時現在における話し手の心的態度が表れると考えられる。

このような観点から、日本語「って」と対応する韓国語の文末表現との対照を行った結果、韓国語の場合、意味機能による形態的・統語的な区別があることが明らかになった。具体的には、元話者が聞き手のとき、聞き返すような場合((単純)確認質問)や先取りして聞くような場合(先取り確認質問)では、韓国語は「-tako」が対応し、問い返すような場合(真意確認質問)や言いさすような場合(真意受容保留)には、韓国語の「-tani」が対応することを指摘している。また、元話者が話し手のときは、対応する韓国語の使われ方から「再述強調」「疑似再述強調」の2つの意味機能があることを述べ、韓国語で特定の表現が対応しない「って」については、それが直接引用に基づく用法のものであることを明らかにした。さらに、元話者または情報源が第三者のとき、対応する韓国語は特定の第三者か不特定の第三者かにより形態的・統語的に区別されることを指摘した。以上の考察から、日本語「って」に対して韓国語では元話者の違いなどによって異なる形態が用いられること、その対応の状況から「って」の意味機能は、文脈に依存する語用論的なものであると指摘している。

第4章では、文末において確認質問の意味をもつ韓国語の「-tamyense」をとりあげ、語彙的な対応を見せない日本語との対照を手がかりに、元話者が聞き手の場合(タイプI)と第三者の場合(タイプII)を区別する必要を指摘しつつ、タイプI・IIの形態的・統語的・意味機能的な違いについて考察を行っている。まず、文末で使われる表現「-myense」に特有な意味機能(聞き手の文脈的な矛盾)があることを述べた後、これが「-tamyense」のタイプIとパラレル(聞き手の元発話との文脈的な矛盾)であることを指摘し、タイプIを「矛盾確認質問」と名付けた。次に、タイプIが「-tamyense」以外の形態でも使われるのに対し、タイプIIでは「- tamyense」の形態のみが可能であること、日本語の「そうだね」「んだって?」に対応することからその意味を「伝聞確認質問」と名付けた。さらに、タイプIIの「-tamyense」と日本語の「そうだね」「んだって?」の対応についても、詳しい分析を行い、場面や文の種類によって対応関係が変わることを明らかにしている。

第5章では、文末において類似した意味機能を表す「ってば」「ったら」「-tanikka」をとりあげ、これらの表現の相違点を明らかにしている。まず、「ってば」「ったら」と「-tanikka」が対応しない場合を分析し、対応しない要因として、「ってば」「ったら」では直接引用・間接引用の区別なしに使われる引用助詞「と」の特徴、さらに、間接引用構文の形態である「-tanikka」の形態・統語的な特徴が関係していると指摘している。

さらに、「- tanikka」が「- ta(ko ha)nikka (way) ilay/kulay」という、話し手が自分の発話などを旧情報の確定的な条件としてとりあげ、それを受け入れない聞き手に「なぜそうなのか」と問いかけるような構文に基づくものであるのに対し、「ってば」「ったら」は「Pといえば/といったらP」のような仮定により成り立つ当為的な事柄を提示する表現に由来するものであると考えられるとし、それがこれらの表現の違いを生んでいると述べている。

第6章では、これまで取り上げた文末表現の文法化について論じている。共時的な観点から、引用構文の性質をどれくらい保持・喪失しているか(形態的な復元性、主語の表示可能性、引用の意味機能の保持性)、新しい機能を獲得しているか(新たな統語機能の獲得、新たな意味の獲得)という基準のもとで分析を行っている。分析の結果、平叙の形態のみが認められる「-takoII」「-tamyenseII」「-tanikkaII」は文法化の度合いが高く、特に、連結語尾のような接続の仕方を見せる「-taniII」はもっとも文法化の度合いが高いと判断している。また、「って」に比べ、話し手の「再述強調」に特化した意味をもつ「ってば」「ったら」は文法化の度合いが高いと見ている。さらに、各形態の意味機能について考察を行い、引用構文由来の文末表現の分析においては、語用論的な意味と意味論的な意味の区別が必要なこと、さらに「って」「-tako」などに含まれる接続助詞・連結語尾の意味機能に関する分析も必要なことを指摘した。

最後の7章では、これまでの考察をまとめ、結論として、日本語に比べ韓国語のほうが、さまざまな意味に特化した引用構文由来の文末表現が存在し、その文法化が進んでいるとし、このことは、従来からの、日本語は一つの形式に複数の意味を対応させる多様性・多機能性の傾向が韓国語より顕著に見られるという指摘を裏付けるものであると述べている。

本論文の特徴は、従来、日本語でも韓国語でも個別に論じられてきた両言語の引用構文由来の文末表現を日韓対照研究の手法で分析し、その意味機能を総合的に捉えようとしている点にある。極めて複雑な表現の分析に取り組み、日韓の違いとその背景についていくつか新たな点を明らかにしたことは、本論文の大きな成果だと言えよう。特に、韓国語については、引用構文由来の諸形態の意味機能をより包括的な形で捉えることができている。その成果は、日本語学、韓国語学だけでなく言語学や日本語教育、韓国語教育においても有用なものである。

審査においては、個々の形態についての意味記述をより詳細に行う必要があること、その際には形態を区別する基準で不十分なところがあるので注意するべきであること、意味機能とそれぞれの形態の関係がわかりにくいので、きちんと整理する必要があることが指摘されたほか、日韓の訳文の比較に重点が置かれる傾向があり、日韓の現象の比較を心がける必要があること、日韓の違いについて、その一般化に努力してほしいなど、今後検討すべき様々な課題も指摘されたが、それらが本論文の価値を損ねるほどのものではないことが確認された。

したがって、本審査委員会は本論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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