学位論文要旨



No 128585
著者(漢字) 小栗,秀悟
著者(英字)
著者(カナ) オグリ,シュウゴ
標題(和) 保障措置のためのプラスチックシンチレータを用いた原子炉ニュートリノモニタリング
標題(洋) Reactor neutrino monitoring with a plastic scintillator array as a new safeguards method
報告番号 128585
報告番号 甲28585
学位授与日 2012.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5870号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 岸本,康宏
 東京大学 准教授 早戸,良成
 東京大学 准教授 吉越,貴紀
 東京大学 教授 梶田,隆章
 東京大学 准教授 松尾,泰
内容要旨 要旨を表示する

IAEA は保障措置のために各国の原子炉をモニタリングしているが、その新たなる手法として、原子炉ニュートリノを用いたモニタリング装置の開発を推奨している。透過性が高く代替物も用意しにくいニュートリノの利用は、原子炉のモニタリングにおいて革新的技術である。IAEA は5~8年程度の中期的な目標として、地上かつ少ない遮蔽物で運用可能な可搬性の高い検出器の開発を掲げている。しかし、地上での運用は、宇宙線起源の高速中性子バックグラウンドが非常に多くなってしまうため、現状ではIAEA の条件に合致するニュートリノ検出器は開発されていない。

我々のグループの最終目標は、1t クラスの検出器でIAEA の条件に合致する物を開発することである。具体的には、原子炉建屋外での測定で、原子炉のON/OFFの状態変化を一週間以内に3σ以上の精度で検出することを目標にしている。高速中性子バックグラウンドへの対策として、検出器を10cm×10cm×100cm の柱状のモジュール100 本に細分化し、各イベントのより詳細な様子を把握できるようにしたことが大きな特徴である。また、他の実験の多くが液体シンチレータを使用しているのに対し、本検出器にはプラスチックシンチレータを採用することで可搬性の向上を図っているのも、特色の一つである。

IAEA の条件に合致するニュートリノ検出器が開発できた暁には、この技術を学術的な課題に応用したいと考えている。その候補の一つとして、近年話題となっているReactor Anomaly を視野にいれている。Reactor Anomary は原子炉ニュートリノフラックスの理論と実験の不一致がsterile ニュートリノによるものではないかとされている問題であるが、これを正確に検証するためには、正確なエネルギースペクトルを距離を変えて測定する必要がある。これは我々の検出器の得意とするところであり、将来この分野に大きな役割をはたせると考えている。

1t クラスの検出器の開発の前段階として、我々のグループでは、360kg のプラスチックシンチレータを用いて、原子炉建家の外での原子炉ニュートリノ測定を行った。ニュートリノの検出は逆ベータ崩壊を用いて行う。反応で生じた陽電子と中性子は別々に検出され、測定時にイベントごとに付与された時刻データをもとに、解析の段階でディレイドコインシデンスがとられる。中性子は電荷を持たないため、直接検出することは難しい。そこで検出器にガドリニウムを追加することで中性子をガドリニウムに捕獲させ、その際に生じる複数のガンマ線を通じて中性子を検出する。我々の検出器の特徴は柱上に分割されたプラスチックシンチレータを用いている点である(Fig. 1)。その他の実験ではほとんどの場合液体シンチレータが用いられているが、液体シンチレータを検出器に封入した状態で持ち運ぶことは難しいため、可燃性の液体を原子炉の近くで導入する必要がある。これは、保障措置としては大きなデメリットである。固体検出器の場合、ガドリニウムを混ぜるのが一番の問題になるが、我々は柱上に分割することで解決した。棒状のモジュールに分けて一本一本をガドリニウムの塗布したシートで巻くことで、ガドリニウムを混入させた場合と同じ効果を得ることができた。また、小さく分割したことにより、検出器全体でのイベントの様子がより細かくわかるようになり、バックグラウンドのカットが容易になった。特に陽電子イベントで生じる対消滅γ線によるエネルギー損失に着目したセレクションでは、効率よくバックグラウンドが除去できることが確認された。

この検出器を用いて、関西電力の大飯発電所にて原子炉ニュートリノの測定実験を行った。この測定実験の目標は、二つある。一つ目は、原子炉屋外に駐車したトラック内で、原子炉のON とOFF の期間、それぞれ一ヶ月ずつ測定を行い、そのニュートリノの変化を検出することである。結果として、ニュートリノ由来の変動は2σ程度であり原子炉のON/OFF を検出したとは言えないが、屋外測定でかろうじて差が見えたのは世界初であり、この功績は大きい。一方で、今回の測定では環境の変化に由来する高速中性子の変動も観測された。地上の測定では周りの環境の変化がつきものだが、ニュートリノ検出器がそのような変化に弱いことは、今回新たに得られた知見である。さらに、セグメント化された検出器の特徴を生かして、ニュートリノの変動と高速中性子の変動を独立に測定する手法も開発した。

もう一つの目標は、屋外測定のバックグラウンドを詳細に解析し、将来の1tクラスの検出器への展望を示すことである。PANDA36 の原子炉OFF 時のデータを解析した結果、バックグラウンドの大半は、宇宙線起源の高速中性子による陽子反跳{中性子捕獲" イベント、複数の中性子が同時に検出器内入ることによって引き起こされる中性子捕獲{中性子捕獲" イベント、アクシデンタルイベントの三種類から構成されることがわかった。これらのバックグラウンドをPANDA100に適用した結果、PANDA100 は1 週間の測定で5.5σの精度で原子炉のON/OFFを判断する能力を持っていることがわかった。これに加え、ニュートリノセレクション条件をPANDA100 用に最適化することで、さらなるS/N 比向上が期待される。PANDA100 はIAEA が中期的に定める目標を達成できると考えられる。

Figure 1: PANDA36 検出器

審査要旨 要旨を表示する

本論文は10章からなる。第1章は序論であり、本論文の目的が書かれている。ニュートリノは、西暦1956年に原子炉を用いた実験により発見されたが、その後約半世紀を経て、ニュートリノを原子炉の運転状況をモニターするためのツールとして応用する研究が盛んに行われている。ニュートリノは貫通力が強く,原子炉の外から非破壊的に原子炉内をモニターすることが出来る。更には、ニュートリノのスペクトルを詳細に観測することで、原子炉内の核物質の組成までを測定することが可能である。ニュートリノのこのような特性は、特に国際原子力機関(IAEA)が中心となって実施している、核の保障措置(核物質の量と使用が国際公約の通りか否か)を、これまでの方法とは完全に独立に調査する目的に応用することが可能であるため、IAEAでは、ニュートリノによる原子炉モニターの開発を推進している。殊に、12m長の標準サイズのコンテナに収納可能な小型で、且つ地上でニュートリノによる原子炉モニタリング可能な測定器を5~8年で建設することが求められている(2008年の]AEA報告)。このように、原子炉モニタリングを目的とした地上での測定器が強く求められている一方で、この章で述べられているように、これまでの研究では、地上でのニュートリノ観測は、宇宙線を起源とするバックグランドに阻まれ、成功していなかった。本研究では、このバックグランドを抑制し、地上での原子炉モニターを完成すべく、プロトタイプ(PANDA36)を、福井県の大飯原子力発電所2号機(熱出力3.4GW)の外、原子炉中心から35.9mの位置に設置して測定を行い、ニュートリノを測定し、更にその結果に基づいて将来の原子炉モニターの可能性を論じた研究である。本研究の主眼は、原子炉モニターの開発研究であるのだが,本研究の更にその先には、原子炉ニュートリノアノマリーと呼ばれる問題、即ち、原子炉からのニュートリノのフラックスが理論的に予測された値から約6%欠損しているという問題を解くための測定器の開発という側面を持ち、非常に興味深い研究である。

第2から4章では、原子炉からのニュートリノの特性と本研究で用いたニュートリノ測定の原理と測定装置の説明である。ここでは、論文提出者が中心となって構築した検出器のトリガDAQシステム,インターネットを用いたモニタリングシステムの詳細が記述されており、装置の開発研究,製作における論文提出者の寄与が非常に大きいものと高く評価された。第5章はDAQとデータの較正について述べたもので、続く第6、7章で、ニュートリノを主なバックグランドである中性子から抽出するための事象の選択の方法の詳細とその系統誤差が述べられている。この第6章は本論文で最も重要な章であり、論文提出者は、ニュートリノ事象、バックグランド事象の特徴と検出器の特性の双方を理解した上で、主にモンテカルロシミュレーションに基づいて、事象弁別の手法を確立した。この事象弁別の過程で特に重要なポイントは、本プロトタイプ検出器が、6×6個にセグメント化されている点であり、これを最大限利用することで、ニュートリノを含んだ事象のグループとニュートリノを含まない事象,即ちバックグランド事象のグループに分離することが可能となっている。第7章では、これらの弁別の方法の系統誤差が、較正線源を用いた実験とモンテカルロシミュレーションによる数値実験を用いて詳細に見積もられている。過去に行われた研究ではこのような事象の分離が不可能であり、本研究によって初めてニュートリノ事象をバックグランドから抽出可能であることが実証された。このことは、バックグランドを抑制し、地上で原子炉モニターを実現する上で非常に大きな一歩であり、この部分のほとんど全てが論文提出者によって研究されたものであることは、特筆すべき事柄である。第8章では、最終的なニュートリノ事象数が計算され、原子炉が稼働中と休止中を比較して、理論的な予測値18.1±6.5事象1日と無矛盾な22.9±11.7事象1日を原子炉稼動中に観測したと結論付けた。更に9章では、このプロトタイプ検出器の結果に基づいたモンテカルロシミュレーションによって、本研究のプロトタイプを単純に拡張すること(PANDA100)で、地上での原子炉モニターの実現性を具体的に提示した。このように、本論文では、ニュートリノの応用として、地上での原子炉モニターの実現に向けた非常に大きな第一歩が記されている。

なお、本論文は、PANNDA実験グループとしての共同研究の一部であるが、上述の様に、検出器のトリガDAQシステム,モニタリングシステムからデータ解析と結果の導出まで、ほとんど全ての研究は、論文提出者が中心となって実施されていると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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