No | 128591 | |
著者(漢字) | 辻,英樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツジ,ヒデキ | |
標題(和) | 台地畑流域の降雨流出機構と洪水緩和機能 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128591 | |
報告番号 | 甲28591 | |
学位授与日 | 2012.09.07 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3855号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生物・環境工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに 農地の多面的機能の一つに洪水緩和機能がある. ここで洪水緩和機能とは, 大きな降雨を一時的に流域に貯留し, 時間をかけて下流に流出させることで, 流域からのピーク流出流量を低減する機能として定義する. この機能は水田において注目されている場合が多いが, 我が国の農地面積の約4割を占める畑地の洪水緩和機能についての科学的実証的研究はこれまでに見られない. 特に我が国に多い台地畑流域は不飽和層が厚く, 表層の浸透能が高い場合が多いため, 洪水緩和機能は大きいと予想される. そこで本研究では, 台地畑流域の降雨流出機構を解明し, 台地畑流域の洪水緩和機能を定量的に評価することを目的とした. まず降雨流出機構の解明のために, 千葉県銚子市赤塚町の台地畑流域において降雨量・流域流出流量ならびに流域の不飽和層・飽和層の貯水量変化を実測した. 次に, 流域の流出特性を表す数値計算モデルを構築し, 研究対象流域の洪水緩和機能を他の流域のものと比較した. さらに数値実験により地形条件や表層の浸透能と洪水緩和機能の関係を明らかにし, 台地畑流域における洪水緩和機能の定量評価を行った. 2.台地畑流域における降雨量と流出流量変化(第2章)・タンクモデルによる洪水流出の再現と洪水緩和機能の流域間比較 (第3章) 本研究の対象流域の平面図・断面模式図をFig.1に示す. 流域面積は約1.6 ha, 流域の最大高低差は約10 mである. 標高は北西側が高く, 南東方向に平均勾配約0.1で下っている. 圃場の表層は黒ボク土で, 階段状に造成された畑では, 主にキャベツやとうもろこしが栽培されている. 流域の中腹には不透水層が存在し, 流域に降った雨は土壌中を鉛直に浸透して地下水面に達し, 水平地下水流を経て承水路に流れ込む. 複数の承水路に集まった水は幅30 cm, 高さ30 cmの一本のコンクリート製U字溝排水路に集水されて流域外へ流出される. 流域においては, 転倒桝式雨量計によって降雨量を, 排水路内に設置した四角堰・パーシャルフリュームによって流出流量を実測した. Fig.2に降雨量と流出比流量変化の実測例を示す. 流出比流量は2 mm / 10 minを超えた時に急激に変化した. この比流量は約8 mm / 10 min 以上の降雨強度の観測時に生じていたことから, このとき降雨強度が流域表面の浸透能を超えて表面流出が生じたと推察した. 表面流出が生じたと思われる降雨イベントにおいては, ピーク降雨強度に対するピーク流出比流量の割合は10~272%であった. 降雨強度を超える流出比流量が観測された原因は, 1) 測定時間平均より強い降雨が一時的に発生した2) 地下水の集水域に比べて地表面流の集水域が広い, の2つであると考えた. 一方, 表面流出が生じなかったと思われる降雨イベントにおいては, ピーク降雨強度に対するピーク流出比流量の割合は5~46%に低減され, 大きな洪水緩和機能の発現が観測された. 次に, 降雨流出の実測データをもとに本台地畑流域の流出特性を表すタンクモデルを構築した. 計算比流量変化と実測比流量変化の二乗誤差が最小になるようにパラメータを同定した結果, Fig.3のタンクモデルが得られた. ただし, 1段目タンクへ入力される比流量に上限値(8 mm/10 min)を設け, この値を超えた降雨分は即座に流出されるものとした. また, 1段目タンクの下穴のパラメータb1を2段目タンクの流域貯水量S2の関数とした. Fig.2に比流量の実測値と計算値を示す. ピーク比流量が2 mm /10 min以下の降雨イベントでは比流量変化の再現性は良好であったが, 2 mm /10 minを超えるイベントにおいてはピーク比流量の再現性が悪かった. この原因は, 降雨強度を超える流出比流量が観測された原因と同じであると考えた. 次に, 流域の洪水緩和機能の定量指標であるピーク流量緩和時間τ50 (塩沢, 2008)をタンクモデルから計算した. 計算手順は, まず流域モデルにおいて年間の平均流出流量程度の降雨を連続的に与えて, 流出比流量が降雨と等しくなるような貯水状態を計算する. 次に, この初期状態に50 mmの瞬間的な貯留量増加を1段目タンクに与えてこれに対するピーク流量を求める. ここで降雨前の定常流流量からの増分をΔQmax,50として, τ50 は 50 /ΔQmax,50によって定義される. 本モデルは流出比流量が降雨強度に依存する構造を含むが, ここでは降雨強度が閾値を超えないという仮定のもとで計算を行った. その結果, 本台地畑流域ではτ50 = 6.4 hとなった. この値と水田および樹園地・植林地における流出解析モデル(浜口ら, 2008; 田中丸ら,1994)から計算した値との比較により, 本流域の洪水緩和機能は灌漑期の水田流域や樹園地流域より大きく, 非灌漑期の水田流域や森林流域より小さいという結果が得られた. 3.台地畑流域における降雨流出機構と流域貯水量分布(第4章) 研究対象流域の分水嶺付近と思われる地点(Well-1)と, その地点より地表面標高が3.18 m低い台地の麓(Well-2)において地下水位を連続的に測定した. Fig.4に降雨量と地下水位変化の実測例を示す. 2009年8月30日の降雨によって, Well-2では地下水位が地表面付近まで上昇し, この地点の下流側で地下水位が地表面まで達して表面流出が発生した. 一方, 同時点のWell-1では地下水位が深いため, 浸潤前線が地下水面に到達せず, 地下水位はほとんど上昇しなかった. この時, 降雨のほとんどは不飽和層に貯留されたと考えた. 次に, 流域上部の休耕圃場内の4地点においてシリンダーインテークレート試験を行って流域表層の浸透能を求めた. 最終浸透能の平均値は1.0×10-2 cm/s(=360 mm/h)であり, 通常観測される規模の降雨は全て圃場内に浸透可能であることを確認した. したがって, 流出量変化から推定した, 表面流出が生じ始める降雨強度(48 mm/h)は, 畝間や砂利の農道といった表層の硬い地点における浸透能を表していると考えた. 次に, 流域の水収支式から流域貯水量変化を求めた. Table 2に流域の最大貯水量変化を示す. 本流域の最大貯水量変化は330 mmとなった. この値は他の土地利用を有する流域の最大貯水量変化(堀野ら, 2001; 大西ら, 2004)に比べて大きな値であった. これは, 台地畑流域が厚い不飽和層を有するという特徴を持つためである, と考えた. 4.物理モデルによる豪雨時の貯水分布の再現(第5章)・地形条件や初期貯水量と洪水緩和機能の関係(第6章) 台地畑流域の降雨流出のメカニズムをもとに, 土壌中の流れの物理則に基づく数値計算モデルの構築を行った. 本研究では鉛直不飽和流と水平地下水流を連立した準二次元流数値計算モデルのアルゴリズム(入江ら, 1999)を用いた. ここで, 現場土壌の水分特性を加圧板法によって作成し, モデル内に組み込んだ. このモデルによって, 流域における実測期間である2005年11月~2011年12月の地下水位分布と流量変化をよく再現することができた. 次に, 構築した数値計算モデルを用いた数値実験によって, 表層の浸透能の大きさや流域のスケールとピーク流出流量の大きさの関係を明らかにした. その結果, ピーク流出比流量は表層の浸透能の大きさによって決定されることが示された. また流域スケールの拡大にともなってピーク比流量は低減した. これは, スケールが大きいほど, 地下水位が地表面に達する面積の占める割合が小さいためであると考えた. 5.結論(第7章) 台地畑流域からの流出流量は表面流出の発生によって大きく上昇し, 表面流出の流量は表層の浸透能によって決定される. 本研究対象地における表層の浸透能は48~360 mm/hであり, この大きさは林地の浸透能に匹敵する規模であったが, 実際に降雨強度が浸透能を超えたことによる表面流出の発生が何度か観測された. しかし, 台地畑流域表層の浸透能は圃場の管理状態に依存するため, 耕起などによって表層の浸透能を高く維持する圃場管理を行えば, 大きな表面流出の発生を防ぐことができる. 表面流出の発生が抑制されれば, 台地畑流域の洪水緩和機能の大きさはピーク流量緩和時間τ50の値によって定量評価される. したがって, 台地畑流域は表層の圃場管理次第では灌漑期水田に比べて大きな洪水緩和機能を有すると言える. Fig.1 研究対象流域の位置・平面図(a)と断面模式図(b) Fig.2 実測比流量・タンクモデルによる計算比流量と降雨量.TPは総降雨量,TDは総比流量、RMSEは実測比流量と計算比流量の二乗平均平方根誤差. Fig.3 構築したタンクモデル Table 1 τ50の値の流域間比較 Fig.4 地下水位変化と降雨量 Table 2 流域の最大貯留量変化 | |
審査要旨 | 農地の多面的機能の一つに洪水緩和機能がある。洪水緩和機能とは、大きな降雨を一時的に流域に貯留し、時間をかけて下流に流出させることにより流域からのピーク流出流量を低減させる機能である。これまで、農地の洪水緩和機能に関する研究は主に水田を対象として行われてきたが、我が国の農地面積の約4割を占める畑地の洪水緩和機能についての科学的実証的研究はこれまでに行われていなかった。特に我が国に多い台地畑流域は不飽和層が厚く、表層の浸透能が高い場合が多いため、台地畑は水田に比べて洪水緩和機能は大きいと予想される。 そこで本研究では千葉県銚子市にある流域面積1.60 haの台地畑流域を事例として、台地畑流域の降雨流出機構を解明し洪水緩和機能を定量的に評価したものである。 第1章では、既往の洪水緩和研究と台地畑の洪水緩和機能に関する仮説について述べた。 第2章では、現地における降雨量と流出流量の測定結果を示し、流域の降雨流出特性を明らかにした。測定の結果、降雨強度が8 mm / 10 minを超えた時に降雨強度が流域の浸透能を超えて表面流出が生じたと推察され、降雨強度がこれを下回った場合は、ピーク降雨強度に対するピーク流出高の比は8~46%に軽減されることを明らかにした。 第3章では、降雨量と流出流量の測定結果を基に、流域の流出特性を表すタンクモデルを作成し、流域流出が降雨強度と流域内貯水量の両方に依存することを示した。つぎにこのモデルを用いて、本流域の洪水緩和特性をピーク流量緩和時間τ50(50mmの瞬間降雨に対するピーク流出量増分の降雨量に対する比)によって定量評価した。ピーク降雨強度が流域の浸透能を超えない降雨に対しては、本流域におけるτ50の値は6.4 hとなり、既往のタンクモデルが作られている水田流域の灌漑期(τ50 = 5.1 h) と樹園地流域(τ50 = 4.5 h)より大きく、非灌漑期の水田流域(τ50 = 8.4 h)や森林流域(τ50 = 10.9 h)より小さい結果になった。 第4章では地下水位分布と土壌水分量の実測結果と圃場の飽和透水係数分布と地表面の浸透能から、不飽和浸透流・水平地下水流の実態と流域の水文地質特性を明らかにした。この結果より、本流域では降雨のほとんどは地表面から地中に浸透して地下水を経由して流出すること、台地上部では降雨の不飽和土壌水としての貯留が大きいこと、台地下部では地下水位が地表面まで上昇して表面流出が発生することが明らかになった。 第5章では、不飽和鉛直浸透流と飽和地下水水平流の物理則に基づく数値計算モデルを構築し、流出流量変化・地下水位変化の実測と比較した。その結果、表面流出が生じない降雨イベントに対してはピーク流量をよく再現することができ、また、流域分水嶺付近の地下水位変化も概ね再現することができた。 第6章では、第5章で構築した数値計算モデルを用いて、流域のスケール・表層の浸透能・帯水層の飽和透水係数を変えてピーク流出流量を計算し、これらの地形・地質条件の影響を調べた。その結果、ピーク流出流量は地表面の浸透能の低下によって著しく上昇することを示した。また、浸透能が十分に大きく、不飽和層が十分に厚ければ、流域スケールが大きいほど、または帯水層の飽和透水係数が小さいほど流域の洪水緩和機能は大きくなることを示した。 第7章では、現地測定と数値解析の結果に基づき、台地畑の洪水緩和機能についてのより一般的な考察を行った。 以上のように、本研究は台地畑流域の洪水緩和機能の大きさを対象流域における現地測定と流出モデルで評価するとともに、流れの物理モデルに基づく数値解析によって、台地の大きさ、地下水の深さ、帯水層の透水係数がピーク流出流量に与える影響を、一般的・定量的に明らかにし、流域水文学に新たな知見をもたらした。よって審査委員一同は本論文を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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