学位論文要旨



No 128613
著者(漢字) 岩﨑,聡
著者(英字)
著者(カナ) イワサキ,サトシ
標題(和) 3T3-L1細胞を用いた脂肪細胞分化におけるJhdm1bの影響
標題(洋)
報告番号 128613
報告番号 甲28613
学位授与日 2012.09.13
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7807号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,寿郎
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 特任准教授 田中,十志也
 東京大学 特任教授 小笹,徹
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
内容要旨 要旨を表示する

概要

脂肪細胞分化において,ヒストン修飾によるクロマチン構造の変化は重要な役割を担う.特に,脂肪細胞分化誘導時に惹起されるclonal expansionはその鍵となるステップであり,これに際してヒストンのメチル化,脱メチル化反応の関与が強く示唆されるが,その詳細は不明である.本研究は,ヒストン脱メチル化酵素JmjC-domain-containing histone demethylase 1b (Jhdm1b) に着目し,脂肪細胞分化,特にclonal expansionに対する影響を検討した.

マウス線維芽細胞由来株3T3-L1細胞を用いた脂肪細胞分化誘導時において,Jhdm1bの遺伝子発現がclonal expansionの惹起と同時期に一過的に増加することを見出した.マウスJhdm1bについては,複数のスプライスバリアントが報告されており,ヒストン脱メチル化触媒活性を有するJumonji C (JmjC) ドメインを持つタイプ1と持たないタイプ2が存在する.そこで,脂肪細胞分化誘導時の両スプライスバリアントの遺伝子発現を比較したところ,タイプ2の発現が優位であった.続いて,肥満モデルであるob/obマウスおよび高脂肪食負荷マウスの白色脂肪組織における遺伝子発現を検討したところ,Jhdm1bタイプ1,2ともに遺伝子発現の亢進が認められた.これらより,Jhdm1bは脂肪細胞の分化に関与することを想定した.

そこで,マウスJhdm1bタイプ1,2を強制発現した3T3-L1細胞を作製し,以後の検討を実施した.Jhdm1bタイプ1を強制発現した3T3-L1細胞では,脂肪滴の蓄積が顕著に抑制された.この際,脂肪細胞分化誘導後2日以降のperoxisome proliferator-activated receptor YやCCAAT/enhancer binding protein αといった転写因子や各細胞周期関連タンパク質の遺伝子発現に乱れが生じた.興味深いことに,Jhdm1bの強制発現により,対数増殖に対する影響は認められず,clonal expansion時の細胞増殖のみが抑制された.さらに,脂肪細胞分化時の細胞周期への影響を検討したところ,脂肪細胞分化誘導後2日時点でのS期移行が特異的に障害されることが明らかとなった.以上より,3T3-L1細胞における脂肪細胞分化において,Jhdm1bはclonal expansion時の細胞周期移行および脂肪細胞分化関連遺伝子の発現を介した脂肪滴の蓄積を抑制することを見出した.

続いて,Jhdm1bによる脂肪細胞分化の抑制に関与する機能ドメインの同定を目的として,各ドメイン欠失体を用いた検討を実施した.JmjCドメインを含まないJhdm1bタイプ2を強制発現した3T3-L1細胞では,Jhdm1bタイプ1発現時と同様に,脂肪滴の蓄積およびclonal expansionが抑制された.その一方,F-boxドメインを欠失したJhdm1bを強制発現した3T3-L1細胞ではこの抑制が認められないことから,Jhdm1bによる脂肪細胞分化抑制において,JmjCドメインでなく,両スプライスバリアントに存在するF-boxドメインが重要であることを明らかとなった(図1).

F-boxドメインはタンパク質間相互作用部位であることから,Jhdm1bのF-boxドメインを介して複合体を形成するタンパク質の同定を試みた.プロテオミクス解析結果により得られた複数の候補分子について,RNA干渉法を用いた検討を実施した.その結果より,S-phase kinase-associated protein 1a (Skp1a) に着目した.免疫沈降法をもちいた検討により,Jhdm1bとSkp1aとの複合体形成にF-boxドメインが重要であることが明らかとなった.Skp1aに対するRNA干渉により,Jhdm1b発現3T3-L1細胞における脂肪細胞分化誘導時の脂肪滴蓄積およびclonal expansion時におけるS期移行の抑制は一部解除された(図2).

本研究において,clonal expansionに同調して遺伝子発現が変動し,肥満により白色脂肪組織での遺伝子発現が増加する分子として,Jhdm1bを同定した.Jhdm1bの強制発現により,3T3-L1細胞における脂肪細胞分化時のclonal expansionおよび脂肪滴の蓄積が抑制されることを見出した.また,この抑制作用においてJmjCドメインではなく,F-boxドメインが重要であることを明らかにした.さらにそのメカニズムとして,F-boxドメインを介したSkp1aとの相互作用により,clonal expansion時のS期移行が抑制されることを明らかにした.以上より,Jhdm1bは脂肪細胞分化誘導時のclonal expansionに対する抑制因子であることを明らかにした.

図1. Jhdm1b各スプライスバリアントおよび機能ドメイン欠損体を強制発現した3T3-L1細胞における脂肪滴蓄積およびclonal expansion時の細胞増殖に対する検討.各データは平均±標準誤差で表示した.*p<0.01 ; タイプ1 v.s. Mock, #p<0.01 ; タイプ2 v.s. Mock(n=3)

図2.Skp1aに対するRNA干渉により,Jhdm1b強制発現によるclonal expansion時のS期移行抑制は一部解除される.各データは平均±標準誤差で表示した.*P<0.01(n=3)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「3T3-L1細胞を用いた脂肪細胞分化におけるJhdm1bの影響」と題し,5つの章から構成されている.脂肪細胞研究に多く用いられるマウス線維芽細胞由来株3T3-L1細胞の脂肪細胞分化誘導の初期において,clonal expansionと称する一過的な細胞増殖が誘導され,この時期以降に,脂肪細胞の特異性を規定する転写因子群の発現が認められる.しかし,このclonal expansionが誘導されるメカニズムおよびその意義はまだ明らかとなっていない.本論文では,clonal expansionと同時期に一過的に遺伝子発現が増加する分子として,JmjC-domain-containing histone demethylase 1b(Jhdm1b)に着目し,その過剰発現により,3T3-L1細胞における脂肪細胞分化誘導後の脂肪滴蓄積が抑制されること,およびその機序としてF-boxドメインを介したSkp1aとの複合体形成が,clonal expansionを阻害することを明らかにした.

第一章「序論」では,本研究の背景としてエピゲノムにおけるヒストンメチル化の意義,脂肪細胞の分化過程とclonal expansion,細胞周期および本論文で着目したJhdm1bについて概説した.また,本研究の目的が,3T3-L1細胞の脂肪細胞分化に対するJhdm1bの影響およびその機能ドメインの解明であることを提示した.

第二章「脂肪細胞分化時におけるヒストンメチル化および脱メチル化酵素の遺伝子発現」では肪細胞分化過程において発現変動するヒストン修飾酵素遺伝子の抽出を行った.その結果,clonal expansionと同期して遺伝子発現が変動する分子としてJhdm1bを同定した.また,Jhdm1bの転写バリアントのうち,ヒストン脱メチル化触媒活性を有するJmjCドメインを持たないJhdm1b2の遺伝子発現が優位であり,脂肪細胞分化誘導時や肥満モデルマウスの白色脂肪組織において遺伝子発現を亢進することを明らかにした.これらより,Jhdm1bが脂肪細胞の分化に関与することを想定した.

第三章「Jhdm1bによる脂肪細胞分化および細胞増殖への影響」では,マウスJhdm1b1,2をそれぞれ強制発現した3T3-L1細胞を作製し,Jhdm1bの過剰発現による脂肪細胞分化への影響およびこれに関与する機能ドメインを検討した.Jhdm1b1を強制発現した3T3-L1細胞では,脂肪滴の蓄積が顕著に抑制された.この際,脂肪細胞分化誘導後2日以降のPPARYやC/EBPαといった転写因子や各細胞周期関連タンパク質の遺伝子発現に乱れが生じた.興味深いことに,Jhdm1b1の強制発現により,対数増殖に対する影響は認められず,clonal expansion時の細胞増殖のみが抑制された.さらに,脂肪細胞分化時の細胞周期への影響を検討したところ,脂肪細胞分化誘導後2日時点でのS期移行が特異的に障害されることが明らかとなった.以上より,3T3-L1細胞における脂肪細胞分化において,Jhdm1b1はclonal expansion時の細胞周期移行および脂肪細胞分化関連遺伝子の発現を介した脂肪滴の蓄積を抑制することを見出した.

続いて,Jhdm1bによる脂肪細胞分化の抑制に関与する機能ドメインの同定を目的として,各ドメイン欠失体を用いた検討を実施した.JmjCドメインを含まないJhdm1b2を強制発現した3T3-L1細胞では,Jhdm1b1発現時と同様に,脂肪滴の蓄積およびclonal expansionが抑制された.その一方,F-boxドメインを欠失したJhdm1b1を強制発現した3T3-L1細胞ではこの抑制が認められないことから,Jhdm1bによる脂肪細胞分化抑制において,JmjCドメインでなく,タンパク質間相互作用部位として知られるF-boxドメインが重要であることを明らかとした.

第四章「Jhdm1bによる脂肪細胞分化抑制のメカニズム解析」では,Jhdm1b1のF-boxドメインを介して複合体を形成するタンパク質の同定を試みた.プロテオミクス解析により得られた複数の候補分子について,RNA干渉法を用いた検討を実施した.その結果より,S-phase kinase-associated protein 1a (Skp1a)に着目した.免疫沈降法をもちいた検討により,Jhdm1b1とSkp1aとの複合体形成にF-boxドメインが重要であることが明らかとなった.Skp1aに対するRNA干渉により,Jhdm1b1発現3T3-L1細胞における脂肪細胞分化誘導時の脂肪滴蓄積およびclonal expansion時におけるS期移行の抑制は一部解除された.

最後に,第五章「結論」にて,本研究で得られた知見をまとめ,結論を述べた.

以上を要するに,本論文は脂肪細胞の分化においてJhdm1b1とSkp1aの複合体形成が3T3-L1前駆細胞の分化過程におけるclonal expansionの阻害因子として作用することを明らかにした.本研究内容は,肥満・生活習慣病と脂肪細胞分化の解明に貢献する成果と考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められた.

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