学位論文要旨



No 128615
著者(漢字) 岡本,直樹
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,ナオキ
標題(和) ヒトグアニル酸シクラーゼB受容体並びにその細胞外ドメインの大量生産と生化学的解析
標題(洋) Large-scale production and characterization of human guanylyl cyclase-B receptor and of the extracellular domain
報告番号 128615
報告番号 甲28615
学位授与日 2012.09.18
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5874号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 豊島,近
内容要旨 要旨を表示する

グアニル酸シクラーゼB受容体(GC-B)はグアニル酸シクラーゼ(GCase)受容体ファミリーに属する分子量約120Kの膜一回貫通型受容体である。GCase受容体は細胞外にリガンド結合部位を、細胞内にATPによって制御を受けるキナーゼ様ドメイン及びGCaseドメインを持ち、ホモダイマーとして機能する。細胞外ドメイン(ECD)にリガンドが結合すると、細胞内のGCaseドメインが活性化され、GTPを細胞内セカンドメッセンジャーcGMPへと変換する。

GCase受容体ファミリーのメンバーの内、GC-AとGC-Bはナトリウム利尿ペプチド受容体としても知られている(図1)。GC-Bは軟骨、血管内皮細胞、脳、肺、子宮など広範な組織で発現しており、C型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)が結合することによって軟骨形成、血管平滑筋細胞弛緩や線維芽細胞増殖抑制などの生理活性が引き起こされる。ヒトの場合、マロトー型遠位中間肢異形成症と呼ばれる先天性の骨系統疾患の原因がGC-Bの遺伝子異常であることが明らかにされている。骨の形成に異常をきたすと重篤な運動障害を引き起こすため、生活の質が著しく低下するが、未だ有効な治療法はない。近年、軟骨無形成症モデルマウスにおいてCNPの過剰発現または静脈投与によって骨伸長が促進されたという報告があり、CNPは骨系統疾患の治療薬として注目されている。そのような医学・薬学的重要性にも関わらず、GC-Bの大量生産・精製例は皆無であり、キネティックス等生化学知見はほとんど得られていないため、研究は同属のGC-Aに比べてかなり遅れている。

本研究では、ナトリウム利尿ペプチド受容体のリガンド認識機構やシグナル伝達機構の解明を目指し、ヒトGC-B並びにそのECD(451アミノ酸残基)の大量生産系を確立し、生化学的解析を行った。

GC-Bは天然には豊富に存在しないため、はじめに、HEK293T細胞を用いた大量生産系の構築を行った。GC-B全長またはECDを蛍光蛋白質と共発現するような発現コンストラクトを作製し、HEK293T細胞に遺伝子導入した。抗生物質による選択培養後、細胞が持つ蛍光強度を指標に、fluorescence-activated cell sorting(FACS)を利用した高発現細胞株の選別を行った。選択培養とFACSによる選別を5回以上繰り返し行うことによってGC-B全長またはECDの安定発現細胞株を樹立することに成功した。

ECDに関しては十分な蛋白質量を得ることができたので、リガンドアフィニティーカラムを作製し、精製を行った。その際、アガロースレジンとのアミノカップリング反応がリガンドN末端でのみ起きるように、CNPに存在する二個のLys残基(Lys4とLys10)をArg-ArgまたはGln-Argに替えた二種類の改変CNP(それぞれCNP-RRまたはCNP-QR)を用いた(図2A)。これらのアフィニティーカラムを利用し、培養液1 Lあたり1.0 mgの精製蛋白質を得ることに成功した。アミノ酸配列から予想されるECDの分子量は48Kであるが、SDSゲル上では分子量60~90Kの幅広いバンドとして検出されたことから、ECDはヘテロな糖鎖修飾を受けていることが示唆された(図2B)。

大量生産・精製の成功により、GC-Bの詳細な生化学的解析が可能になった。まず、全長を大量発現させた膜画分及び精製ECDを用いて、これまで発見されている心房性・脳性・C型の三種類のナトリウム利尿ペプチド(それぞれANP, BNP, CNPと略す)に対する結合親和性(IC(50))及びGCase活性(EC(50))を測定した(表1)。全長のANP, BNP, CNPに対するIC(50)は59, 110, 2.9 nMであり、精製ECDのANP, BNP, CNPに対するIC(50)は280, 760, 7.5 nMであった。これまでの報告どおり、GC-B全長及びECDは予想されたリガンド選択性(CNP >> ANP > BNP)を示した。また、GC-B全長のそれぞれのリガンドに対するEC(50)はCNPに対しては78 nM、GC-Aの特異的リガンドであるANPやBNPに対しては10 μM以上であり、期待通りCNPがGC-BのGCase活性を最も活性化した。GC-Bに対するANPのIC(50)はCNPの20~40倍程度であるのに対し(表1)、GC-Aに対するCNPのIC(50)はANPの300倍以上であるとの報告がある。すなわち、GC-AはANPとBNPに存在しCNPには存在しないC末端尾部(図1)を結合に利用することでCNPを排除していると考えられる。一方、GC-Bではナトリウム利尿ペプチドにC末端尾部が存在すると阻害されるような構造変化をGCase活性の発現のために必要とすることで、ANPとBNPを排除していると考えられる。さらに、GC-A ECDの結晶構造解析から、ANP結合によって引き起こされる単量体自体の構造変化は小さく、二量体の位置関係が変わることが見出されている。したがって、GC-AとGC-Bでは二量体インターフェイスが異なっていることがリガンド選択性の本質であると考えられる。

GC-AにおいてAsp71, Trp74, Phe96, His99は二量体化及びGCase活性の制御に関与することが示されているが、Trp74以外はGC-Bと共通である。ヒトGC-BではTrp74はLeu67に相当し、このLeuは全てのGC-Bで保存されている(図3)。GC-B ECDのLeu67をTrpに替えた変異体では、CNP結合活性が野生型の7.4%にまで低下していた。このことは、GC-BはGC-Aとは異なる二量体インターフェイスを持っていることを示唆している。

また、CNP-RRとCNP-QRに対する精製ECDのIC50を測定したところ、それぞれ60, 160 nMであった。すなわち、CNP-RR, CNP-QRに対する精製ECDの親和性は、それぞれ野生型の13%, 4.7%にまで低下したことになる。CNPのLys10をArgに替えた変異体に対するGC-BのGCase活性は、野生型の約70%であったという報告を考慮すると、このことは、CNPのLys4がGC-Bとの結合に関与することを示唆するものである。

次に、Cl-濃度がCNP結合活性に与える影響について解析した。結晶構造解析からGC-A ECDにはCl-結合サイトが存在し(図1)、Cl-濃度依存的にANP結合活性を変化させることが明らかにされている。GC-AにおいてCl-結合サイトを形成するアミノ酸残基はGC-Bでも高度に保存されている。実際、精製ECD のCNP結合活性はCl-濃度依存的に増加した(EC50 = 5.2 mM)。さらに、GC-BにおいてCl-結合サイトを形成すると予想されるアミノ酸残基の内、Ser47をAla, Thr, Aspに変えた変異体では、CNP結合活性が野生型に比べてそれぞれ3.2, 57, 92%にまで低下した。

続いて、CNP結合活性に果たす糖鎖の役割を調べた。精製ECD をPNGase F処理したところ、37°Cでは変性処理したECDを用いた場合と同様の切断パターンを示し、糖鎖が完全に除去された産物が主に得られたが(図4A, 矢尻)、CNP結合活性はほぼ完全に失われていた。一方、sialidase A処理したところ、分子量60~70Kと、未処理のECDに比べて均質な試料が得られ、CNP結合活性はほぼ完全に保たれていた。すなわち、GC-Bにおいて糖鎖はCNP結合あるいはECDの構造安定化に寄与することが示唆された。

そこでCNP存在下で精製ECDをPNGase F処理した。SDS-PAGEの結果、6本の明瞭なバンドが検出されたことから(図4B)、ECDには少なくとも5か所の糖鎖修飾部位があり、CNPが結合することで、それら全ての糖鎖のPNGase Fによる切断が阻害されることがわかった。また、この産物のCNP結合活性は完全に保たれていたことから、ECDのCNP結合活性には少なくとも1つの糖鎖修飾が必須であると考えられる。実際に、GC-Bにおいて潜在的な糖鎖修飾部位のAsnに変異を入れた結果、唯一Asn2の糖鎖修飾が構造の安定化に重要であるとの報告がある。

GC-Aの結晶構造を鋳型に作製したGC-Bのホモロジーモデル(図3)において、Asn2はECDの二量体化部位の近くにあり、その周辺にはArgやAsp(二量体化に関与すると予想されるAsp64を含む)などの電荷を持つアミノ酸残基が複数存在している。Asn2に結合している糖鎖はそれらのアミノ酸残基が正しく相互作用するようにガイドすることで、二量体化の安定化に寄与しているのかもしれない。一方、完全に脱糖鎖したGC-AはANP結合活性を保っていたという報告がある。以上のことから、GC-AとGC-Bでは糖鎖の果たす役割は異なっており、GC-Bにおいて糖鎖はECD二量体の構造安定化に寄与していることが示唆された。

図1 ナトリウム利尿ペプチドの受容体選択性

図2 ECDの精製(A)CNPのトポロジー(B)精製ECDのSDS-PAGE像

表1 GC-Bに対する各リガンドのIC(50)とEC(50)

図3 GC-B ECDダイマーのホモロジーモデル(CNP結合型)二量体化部位におけるLeu67の相互作用様式及び糖鎖修飾されていると予想されるAsn残基を示す。

図4 精製ECDの糖鎖切断実験(A)グリコシダーゼ処理(24時間)による精製ECDの糖鎖切断パターン(B)CNP存在下でのグリコシダーゼ処理(24時間、37°C)による精製ECD(10 μM)の糖鎖切断パターン

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、ナトリウム利尿ペプチド受容体ファミリーのメンバーであるヒトのグアニル酸シクラーゼB受容体(GC-B)の大量生産と生化学的解析に関して記述したものであり、5章から構成される。

第1章は、序論であり、本研究に関連する最新の知見を含めた背景や研究意義について述べられている。

第2章は、本研究に用いた材料及び実験方法に関する記述である。

第3章は、本研究で得られた結果の記述であり、以下にその内容の要点を纏める。第1節では、GC-Bの全長と細胞外ドメインの大量生産系の確立について述べられている。HEK293T細胞を発現系として用い、目的蛋白質と共発現させたGFPの蛍光強度を指標にして、FACSを利用することによって高発現細胞株を選別している。第2節では、GC-Bの細胞外ドメインの精製について述べられている。GC-Bの特異的リガンドであるC型ナトリウム利尿ペプチド(CNP)を改変したペプチドを利用したアフィニティークロマトグラフィーによって、高純度の精製蛋白質を得ることに成功している。第3節では、GC-Bの生化学的な解析について述べられている。GC-B全長を含む膜画分と精製した細胞外ドメインを用いて、これまで発見されている3種のナトリウム利尿ペプチドに対する結合親和性とグアニル酸シクラーゼ活性の測定を行っている。また、GC-Bの二量体インターフェイスに着目し、二量体化に関与すると考えられるLeuをTrpに置換した変異体では、CNP結合活性が顕著に低下するという結果を得ている。GC-Bは、同属のGC-Aと同様に、二量体インターフェイス付近でCl-結合部位を形成することによって、CNP結合活性がCl-濃度依存的に制御されることを示している。さらに、精製した細胞外ドメインを用いて酵素による脱糖鎖実験を行うことによって、GC-BのCNP結合活性には、少なくとも1つの糖鎖修飾が必要であることを見出している。

第4章は、考察であり、以上の結果を踏まえた総括的な議論が行われ、今後の展望について述べられている。GC-BとGC-Aは、リガンド間の構造や二量体インターフェイスの違いを利用するによって、異なるリガンド選択機構を持つことが論じられている。また、糖鎖がGC-B二量体構造の安定化に寄与する可能性についても議論されている。これらの議論にあたっては、GC-Aの結晶構造を鋳型にして構築されたGC-Bのホモロジーモデルが用いられている。

第5章は、結論であり、本研究で得られた新たな知見について纏められている。

以上のように、本論文において、論文提出者はGC-Bの大量生産、特に細胞外ドメインの大量精製に成功することによって、GC-Bの詳細な生化学的解析を行うことを可能にし、GC-Bは複数の点でGC-Aとは異なる生化学的特徴を持つことを明らかにした。これらの研究成果は、GC-Bの薬理学的及び構造生物学的研究への発展に大きく貢献できると考えられ、ナトリウム利尿ペプチド受容体のリガンド選択機構やシグナル伝達機構の本質的な理解に進歩をもたらすものであると判断される。よって審査委員一同は、本研究を博士の学位論文として価値あるものと評価した。

なお、本論文は東京大学分子細胞生物学研究所の豊島近教授及び小川治夫准教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の立案とその遂行、データの分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

本審査委員会はまた論文提出者に対し、平成23年1月18日、本論文の内容及び関連事項に関する口頭試験を行った。その結果、論文提出者は博士(理学)の学位を受けるにふさわしい十分な学識を有するものと認め、審査委員全員により合格と判定した。

以上、論文審査と口頭試験の結果、学位申請者は博士(理学)の学位を授与できると認める。

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