学位論文要旨



No 128620
著者(漢字) 伊澤,敦子
著者(英字)
著者(カナ) イザワ,アツコ
標題(和) Yajurveda文献におけるAgnicayana : 黒Yajurveda SamhitaとSatapatha Brahmanaを中心に
標題(洋)
報告番号 128620
報告番号 甲28620
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第890号
研究科 人文社会系
専攻 アジア文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永ノ尾, 信悟
 東京大学 教授 高橋,孝信
 東京大学 教授 丸井,浩
 東北大学 元教授 後藤,敏文
 京都大学 教授 藤井,正人
内容要旨 要旨を表示する

本論文は序論、本論、結論の三部構成となっている。

序論でまずAgnicayana(火祭壇構築祭)の式次第を記載し、その全体像を示した。この祭式は大規模かつ複雑であり、一度に全てを扱うことは出来ないので、今回は祭火を入れて一年保持する為の器であるukha 作りからレンガ積みまでの主要部分のみ研究対象とする。

次にテキストについてであるが、Agnicayana はYajurveda 学派のテキストによって知ることが出来る。その中でも主要部分が載録されている黒Yajurveda 学派の諸Samhita (Taittiriya Samhita, Kathaka Samhita, Kapisthala-Katha Samhita, Maitrayani Samhita) と白Yajur veda 学派の Satapatha Brahmana を扱うことになるので、Yajurveda 学派とそのテキストについて解説し、更に互いに近い関係にある黒Yajurveda の諸Samhita の相互関係などの従来説を紹介する。

次に研究史を概観し、序論の最後として、Keith によって作成された上記5つのテキストの対応箇所の一覧表を手がかりに内容ごとの段落に分け、その都度テキストを比較対照する研究方法を提示した。

本論は6つの章から成り、それぞれ「ukha 作り」「動物供犠と潔斎」「ukha をめぐる行為」「新しい garhapatya(家長の火)の設置」「新しい ahavaniya (献供用の祭火)の設置準備」「レンガ積み」と名づけられ、章を追うごとに祭式行為の段階を進む構成になっている。各章は更に細かく区分され、区分ごとにテキストとその和訳が示された後に、規定文に対する解釈の比較が行われ、章の最後にその分析結果がまとめられることになる。

第1章「ukha 作り」では、Savitr神への献供からukha を焼く作業までが含まれる。祭式の始まりの部分として重要だが、すでにここで、これ以後一貫して見られるそれぞれのテキストの特徴やテキスト間の関係性が指摘されることになる。

第2章「動物供犠と潔斎」では、レンガ積みの前に置かれるとされている人の頭の清めから、祭主の潔斎までが扱われている。これらの部分は構成に関してテキスト間でかなりの相違が見られ、内容にもばらつきがあるという特徴を挙げることができる。

第3章「ukha をめぐる行為」とは、ukha を熱する行為から、そこから生じた灰を水に投げ入れる行為までを指す。

第4章「新しい garhapatya の設置」は garhapatya の場所を Yamaに請うことから始まり、ukha の中の火と古いgarhapatya の火をレンガを積んで作った新しいgarhapatya に点し、それを敬うことで完了する。

第5章「新しい ahavaniya の設置準備」の新しい ahavaniya とはAgni と呼ばれるレンガで出来た鳥の形をした祭壇のことを指す。実際にレンガを積む前に、様々なことを行うように規定されており、まず祭壇場所を測定し耕すことから始まり、そこに植物の種、土、砂等を撒き、次いで数々の品を置き、動物供犠で得られた動物の頭を置くことによって準備が整う。

そして第6章「レンガ積み」はもちろんこの祭式のクライマックスとして多くの紙数が費やされる。第1層から第5層までにの各層に分け、更にそれを積まれるレンガごとに細分化する。この章では更に層ごとにまとめを付し、比較対照の結果の整理と分析に努めた。特筆すべきは第4層で、諸テキストの相互関係が、他の層と異なりかなり入り組んでおり、Kathaka Samhita は同一の規定を2箇所に収録している場合があり、その文言が一方はTaittiriya Samhitaと一致し、他方は Maitrayani Samhita と一致している。これは第1層からここに至るまでずっと指摘されてきた Kathaka Samhita の特徴―他の両方の Samhitaと共通する部分を多く持つ―が顕著に表れた例として注目される。

結論では、それまでの研究で得られた結果を、1. 黒Yajurveda Samhita の相互関係、2. 黒Yajurveda Samhita における Prajapati、3. Satapatha Brahmana における Prajapati、4. 黒Yajurveda とSatapatha Brahmana の関係、とに分けて論じる。

まず1 で黒Yajurveda Samhita の実際の相互関係の特徴を総括し、従来の説と異なっている点を指摘する。次に、Satapatha Brahmana では常に中心的存在である Prajapati(創造神)が、黒Yajurveda Samhita においても要所要所で言及されることに注目し、2 ではPrajapati が黒Yajurveda Samhita においてどの場面でどの様に言及されているかを挙げ、3 ではSatapatha Brahmana のそれに対応する部分でPrajapati がいかに扱われているかを、他の場面の描写も視野に入れて論じる。以上の2項の分析で得られた結果をもとに、 4 でSatapatha Brahmana において、黒Yajurveda Samhita におけるPrajapati がいかに意識され、その機能や特質がどの様に変化していったかを探り、結論とする。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、1000個以上の焼成レンガを5層に積み上げて、鳥の形の祭火の祭壇を作り上げる、ヴェーダ祭式の中でも規模が大きく、構造が複雑であるアグニチャヤナ(火祭壇構築祭)を扱う。黒ヤジュルヴェーダの3つのサンヒター(T, K, M と略称)と白ヤジュルヴェーダのシャタパタ・ブラーフマナの記述を中心として、式次第にそって克明に分析していく方法をとる。序論と6章からなる本論、結論の3つの部分から構成されている。

序論はアグニチャヤナの式次第の概略、この祭式を記述する3つのサンヒターの関係に関する従来の見解、この祭式そのものの研究史を略述し、本論文の研究方法を提示する。

本論文の中心部分を構成する本論は、この祭式のほぼ全体を6つの部分に分けて分析する。第1章「ukha 作り」は最終的に祭火として用いられる火を1年間維持するための土器(ukha)を焼成するまでの儀礼行為を扱う。第2章「動物供犠と潔斎」は、第6章で扱うレンガ積みの直前に祭場に置かれるヒトの頭の清めと、ウマ、ウシなどの家畜の頭を入手するための動物供犠、それに祭主の潔斎を扱う。第3章「ukha をめぐる行為」は焼成された壺に火を入れる儀礼行為と1年間の維持の方法を扱う。1年間維持した火を、従来の献供のための火と一緒にして新たな家長の火(garhapatya)とし、その火の場所を作り、敬う行為を第4章「新しい garhapatya の設置」は扱う。5層に積み上げられた鳥の形の祭壇そのものが新しい献供のための火(ahavaniya)として機能する。「新しい ahavaniya の設置準備」と題する第5章はその祭壇を積み上げる場所の準備のための様々な儀礼行為の記述に充てられ、ヒトなどの頭をその場所の中央に置く行為で終わる。第6章「レンガ積み」はこの祭式のクライマックスとして多くの紙数が費やされている。第1層から第5層までに分けられ、それぞれの層の分析はそれぞれの層で積まれるさまざまな名称をもつレンガごとに細分化される。この章では層ごとにもまとめが付けられ、比較対照の結果の整理と分析を行っている。

結論として、1.従来はMとKが近い関係にあり、Tは両者と距離があるとされていたが、KはTとも類似する記述を多く伝え、KはMとTの中間的な位置にあることを分析の結果浮かび上がらせた。2.アグニチャヤナの解釈で従来関心の中心であった神格プラジャーパティに対する観念を、3つのサンヒターのレベルとシャタパタ・ブラーフマナのレベルの分析の結果、そして両者の比較をもとに重要な修正点を提起する基礎作業を提示した。

本論文は基本的に文献の訳注研究である。対象とした文献の量と訳の的確さ、分析の精緻さを高く評価することができる。解釈や論の進め方に関して一部指摘された部分もあるが、本論文は確実にアグニチャヤナ研究、ヴェーダ祭式研究に大きな一歩の前進をもたらした。よって、本審査委員会は、本論文が博士(文学)の学位を授与するに相応しいものと判断する。

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