学位論文要旨



No 128629
著者(漢字) 福士,比奈子
著者(英字)
著者(カナ) フクシ,ヒナコ
標題(和) 低金属量環境下における質量放出AGB星の研究
標題(洋) The mass-losing AGB stars in the low metallicity environments
報告番号 128629
報告番号 甲28629
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5879号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,秀行
 東京大学 准教授 田中,培生
 東京大学 准教授 小林,尚人
 東京大学 教授 小林,行泰
 日本女子大学 教授 奥村,幸子
内容要旨 要旨を表示する

本研究の目的は,低金属量環境下での中小質量星からの質量放出現象について,その性質を定量的に見積ることである.そのために低金属量の恒星系として近傍矮小銀河を対象とし,赤外線天文衛星「あかり」を用いて質量放出星の探査を行った.また,輻射輸送計算コードDUSTY を用いて,ダストシェルを持った星からのスペクトルエネルギー分布(SED) のモデルを作成し,観測から得られた質量放出星のSED とフィットさせることで,個々の天体について質量放出率を決定した.この質量放出率を銀河ごとに比較することで,星が属する銀河環境の金属量と質量放出率についての関係を調べた.

中小質量星(1 ~ 8M) はその進化の末期に漸近巨星枝星(Asymptotic Giant Branchstars: AGB stars) へと進化をする.このAGB 期に星はその大気を脈動させることで,自らの質量を宇宙空間へと還元する.これを質量放出現象と呼んでいる.質量放出によって放出されたガスやダストは,新たな世代の星を形成するための材料となる.このように質量放出現象は宇宙の物質循環,さらには銀河の化学進化に対して重要な役割を担っていると考えられている.さらに,このような質量放出星は赤方偏移z = 6:4 のクエーサーで見つかっている大量のダストの起源とも考えられている.このような宇宙初期における物質還元について知るには,低金属量の環境における星の進化を考えなければならない.この論文の目的は,AGB 星の質量放出が恒星が属する環境によってどのように異なるのかを,定性的,定量的に評価することである.

そのために我々は比較的近い低金属量の環境として,近傍矮小銀河と球状星団をターゲットとし,それらの中での質量放出星のサーベイを行った(AKARI Mission Project: AGBGA).質量放出星の星周で形成されるダストシェルは,赤外線の領域で最も強い放射を行う.これを検出するために我々は赤外線天文衛星「あかり」に搭載された赤外線カメラ(IRC) を用いて,3.4,4.1,7.0,11,15,24 μm での撮像観測を行った.また文献から可視,近赤外のデータを加え,個々の質量放出星についてSED を作成した.さらに輻射輸送コードDUSTY を用いて,星周ダストを持った星からのSED を作成し,フィットすることによって個々の天体について質量放出率を求めた.

本論文では観測された天体の中で私が解析を行ったろ座矮小楕円体銀河(Fornax dSph,[Fe/H]mean = -1:7),矮小楕円銀河NGC 147 ([Fe/H]mean = -1:0), NGC 185 ([Fe/H]mean =-1:2) についての結果と,共同研究者の田辺俊彦氏が解析を行った矮小不規則銀河WLM([Fe/H]mean = -1:4) のデータを用いた議論を行う.さらに,低金属量の環境下では炭素星が中小質量星からの質量放出のほとんどを担っているために,主に炭素星に焦点をあてて質量放出率を見積もった.

恒星の進化段階を表す指標として光度L をとり,それに対して質量放出率_M がどのように変化するのかを各銀河に対してプロットした(Figure 1).この図の中には年齢と金属量の効果が現れている.各銀河の最も明るい炭素星の光度の違いは,それぞれの銀河の炭素星の年齢の違いを表している.それに対し金属量の効果は,同じ光度で見た場合の質量放出率の違いとなって現れていると考えることができる.

それぞれの銀河における質量放出率の分布の違いを表すために,基準となるライン(Fig1 における灰色の破線.log _Mf = 3=4 log L - 8:0) を設定し,そこからどれだけずれているのかを見ることで,各銀河の質量放出率の分布の違いをはかった(Fig 2).これにより,金属量が高い銀河の炭素星ほど,質量放出率が大きいという結果が得られた.これは今まで理論から予測されていた,炭素星の質量放出率は金属量によって変化しない,という予想と異なっている.

さらに,大小マゼラン雲の炭素星の質量放出率にも本研究と同様の傾向が存在しており,金属量が高い大マゼラン雲の方が小マゼラン雲よりも質量放出率が高い傾向にあることが確認出来ている(本文Chapter 7, Fig 7.3 参照).

以上のように,本研究で私は矮小銀河の炭素星の質量放出率の傾向に金属量の効果が存在することを示し,金属量が高いほど質量放出率が高くなることがわかった.この関係をさらに定量的に調べるためには,より様々な金属量の恒星系を観測的に調べる必要がある.これには銀河系やマゼラン雲の球状星団の質量放出星の解析が大変適しており,現在解析が進められている.

Figure 1: 各矮小銀河における炭素星の質量放出率と光度の関係(赤: Fornax, 青: NGC 185,緑: NGC 147,黄: WLM).白抜きの丸は,質量放出率の上限値のみが求められた天体を表している.赤,青,黄の破線はそれぞれ,Fornax dSph,NGC 185 とNGC 147,WLM の質量放出率の最大ラインを表している.さらに,灰色の先は基準ライン(log M = 3=4 log L-8:0)を表している.(本文Chapter 7 より,Figure 7.2)

Figure 2: Fig 1 において,基準ライン(灰色破線:log M = 3=4 log L - 8:0) からの縦軸方向のずれをヒストグラムにしたもの.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、赤外線天文衛星「あかり」のデータを用いて、金属量の小さい4つの矮小銀河に存在する漸近巨星枝星(AGB)の質量放出率を求め、これが星の光度のみならず金属量にも依存する可能性があることを初めて示した。

本論文は、8章からなる。 第1章は序章である。この論文の目的は、漸近巨星枝星(AGB)の金属量が質量放出に及ぼす影響を観測的に調べることである。0.8~8太陽質量の星は、主系列星から赤色巨星(RG)を経てAGB星になり、質量放出を活発に始める。この質量放出が関与する銀河の化学進化を解明するために、AGB星の質量放出に大きく寄与する要素を観測的に明らかにすることの重要性が述べられている。まず、主系列星からRG星、AGB星、Post-AGB星、惑星状星雲を経て、最終的に白色矮星になる進化モデルが概観されている。AGB星の質量放出率は、経験的には星の明るさと大きさに比例していることが知られている。AGB星からの質量放出は、まず星周ダストが形成され、星からの輻射圧によってそのダストが加速され、ガスがそのダストに引きずられて放出されるというメカニズムが考えられている。また、AGB星の観測においては、エネルギースペクトルのピークが中間赤外線領域にくるため、衛星からの観測が有効であることが述べられている。

第2章では、赤外線天文衛星「あかり」による観測とデータ解析、および、質量放出率を求めるモデル(輻射輸送コードDUSTY)について記述されている。2006年にISASによって打ち上げられた赤外線天文衛星「あかり」に搭載された赤外線カメラ(IRC) を用いて,3.4,4.1,7.0,11,15,24 μm での撮像観測を行った。観測対象として、赤色巨星(TRGB)などによって距離が求められていること、鉄と水素の比率による銀河の金属量が分かっていることなどを基準に、Fornax矮小楕円銀河、NGC185矮小楕円銀河、NGC147矮小楕円銀河、およびWLM楕円特異銀河の4つの銀河を選定した。観測データに、文献から可視光・近赤外線のデータを加え、個々の質量放出星についてエネルギー分布スペクトル(SED) を作成した。さらに、輻射輸送コードDUSTY を用いて星周ダストを持った星からのSED をフィットすることによって、個々の天体について質量放出率を求めた。観測誤差の最も大きな要素は星の光度であり、この不確定性から質量放出率の誤差を30%と見積もった。

第3章から第6章は、それぞれ、Fornax、NGC185、NGC147、WLMについての観測結果が記述されている。それぞれの銀河についての過去の研究を概括し、全体の金属量およびその分布、また炭素星として同定されている星に関して「あかり」衛星の観測結果から、39個(Fornax)、20個(NGC185)、51個(NGC147)、18個(WLM)の星について星周ダスト量および質量放出率を求めた結果が示されている。

第7章は、各銀河の比較による議論である。各銀河の炭素星(AGB星)について、光度と質量放出率の関係をプロットすると、下記の2点が示された。

・各銀河における、光度に対する質量放出率の関数のべき乗の傾きはほぼ同じであり、分布において、すでに他の銀河で指摘されているような光度に対する質量放出量の上限値が存在すること。

・各銀河間における光度と質量放出率の関係で、同じ光度の星に対する質量放出率が銀河によって異なり、特に低光度の星しか存在しないFornax銀河においては、質量放出率が小さい。

特に2つ目の結果については、4つの銀河全体のデータから求めた平均的な光度、質量放出率曲線と、各銀河におけるそれらとの差異を示し、有意に異なることを検証している。これらについての解釈としては、Fornax銀河が古い年代の星を多く有していることから、光度分布の違いは各銀河の年齢に依り、さらに分布のべき乗線における質量放出率の違いは、Fornax 銀河の金属量が他の銀河に比べて小さいことから、銀河全体の金属量環境によるものであると考えることができると記述されている。

第8章は、結論と論文全体のまとめである。

本論文は、金属量の異なる4つの矮小銀河の炭素型AGB星について、赤外線天文観測衛星「あかり」の均質なデータの詳細な解析を行い、質量放出率が銀河の金属量によって異なることを観測的に始めて示したものであり、これらの結果は、銀河の化学進化を解明する上で極めて重要な知見であり、学位論文として十分な価値が認められる。

本研究は、有本信雄・田辺俊彦・植田稔也・山村一誠・泉浦秀行・松永典之・松浦美香子・三戸洋之・板由房らとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって、観測データの解析、既存データの収集解析、議論全体を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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