学位論文要旨



No 128631
著者(漢字) 木下,武也
著者(英字)
著者(カナ) キノシタ,タケナリ
標題(和) 準地衡流系及びプリミティブ方程式系における3次元残差流と波活動度フラックスの定式化
標題(洋) A formulation of three-dimensional residual mean flow and wave activity flux on the primitive and quasi-geostrophic equation systems
報告番号 128631
報告番号 甲28631
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5881号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,尚
 東京大学 教授 高橋,正明
 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 佐藤 ,薫
 東京大学 准教授 伊賀,啓太
 海洋研究開発機構 主任研究員 高谷,康太郎
内容要旨 要旨を表示する

中層大気における大気大循環は、様々なスケールの波により駆動されている。これまで緯度高度断面における変形オイラー平均 (Transformed Eulerian-Mean : TEM) 系を用いた2 次元循環の解析により、成層圏のブリュワ・ドブソン循環はプラネタリー波・傾圧波・大気重力波、中間圏の夏極から冬極に流れる子午面循環は主に大気重力波によって駆動されていることがわかっている。しかしながら、上記の循環を含む空気塊の経度方向の流れや、子午面循環の経度依存性については、まだ解明されていないことが多い。また近年、観測技術やモデル分解能の向上により、今まで以上に高精度な大気現象の理解が進んでいる。その結果として、これまでの東西平均を用いる解析では見られなかった、局所的に物質輸送や擾乱活動の大きい領域が存在することがわかってきた。そこで、TEM 系を3 次元に拡張する研究がこれまでいくつか行われてきた。しかし、準地衡流系においてはロスビー波、プリミティブ方程式系においては重力波というように、限られた擾乱に適用できるものであった。以上を踏まえ、本研究では、大気微量成分の3 次元輸送を評価するために、ロスビー波と重力波を含む全ての大気内部の擾乱に適用可能なTEM 系の3 次元への拡張をプリミティブ方程式系において行うことを目的とした。

TEM 系の残差流は、ゆっくりと変化する背景場の下で小振幅擾乱を仮定するとオイラー平均流とストークスドリフトの和となり、近似的に空気塊の平均的な輸送を表わすラグランジュ平均流に一致する。まず、プリミティブ方程式系における3 次元ストークスドリフト (PRSD) を、その定義から式変形を行うことで定式化した。また同様の手法で準地衡流系における3 次元ストークスドリフト (QGSD) を得た。PRSD は、ロスビー数が小さい仮定の下でQGSD に一致し、f 平面仮定の下で重力波の分散関係式を用いるとMiyahara やKinoshita 他が導出した重力波に伴うストークスドリフトに一致する。従って、PRSD は重力波とロスビー波両者に適用可能である。このPRSD をERA-Interim 再解析データに適用し、上部対流圏における擾乱に伴う3 次元残差流を調べた結果、ストームトラックの上流と下流域で、それぞれ擾乱の構造の違いによる特徴的な流れが存在することが明らかになった。

次に、PRSD を時間平均した水平方向の運動方程式に代入することで、背景場への波強制に対応する3 次元波活動度フラックス(3D-flux-M) を定式化した。PRSD と3D-flux-Mを重力波パラメタリゼーションを用いず重力波を陽に再現できる高分解能大循環モデルデータに適用した。7 月におけるアンデス山脈付近における重力波に伴う物質輸送を調べた結果、1hPa より上部 (中間圏) では、重力波の砕波に伴う南極向きの流れが存在し、1hPa より下部(成層圏) ではアンデス山脈の西(東) 側で、南極(赤道) 向きの流れが存在することが明らかになった。これはアンデス山脈で発生した地形性重力波がほぼ真上に伝播し、エネルギー分布が地形に固定されているためと考えられる。

続いて、波の伝播を記述する3 次元波活動度フラックス(3D-flux-W) を3D-flux-M を用いて導出した。まず、3D-flux-W と群速度を関係づけるために得るために、ロスビー波と重力波の両方を含む分散関係式を導出し、これを用いて修正した波活動度密度を導出した。また、得られた3D-flux-W が、ロスビー数の小さい仮定の下ではPlumb が導出したロスビー波の伝播を記述する3 次元波活動度フラックスに一致し、f 平面仮定の下で、重力波の分散関係式を用いると、Miyahara が導出した重力波の3 次元波活動度フラックスに一致することを示した。従って、3D-flux-W はロスビー波と慣性重力波両者の伝播を統一的に記述できるものである。

ここで重要な点は、3D-flux-M と3D-flux-W が異なる形をしていることである。ERA-Interim 再解析データを用いてストームトラック領域における擾乱に伴う3 次元残差流と波活動度フラックスの収束発散の分布を調べたところ、3D-flux-M の収束発散は擾乱に伴う3 次元残差流とほぼ一致するのに対し、3D-flux-W とはストームトラックの上流と下流域において若干異なるのがわかった。一方、3 次元波活動度フラックスの向きと大きさを調べた結果、3D-flux-W はPlumb のロスビー波の特性を基に導かれた3 次元波活動度フラックスとほぼ一致するのに対し、3D-flux-M は、ストームトラック領域全体で異なっていた。これは3D-flux-M が波の作る平均流に着目して導出されたフラックスであり、波そのものの性質を用いて導出されたものではないため、特に東西成分に対して群速度に比例しないことが原因と考えられる。以上の結果は、擾乱に伴う3 次元物質輸送の解析には3D-flux-M を、波の伝播を記述する際は3D-flux-W というように、目的に応じて異なる3 次元波活動度フラックスを用いる必要があることを意味する。

赤道中層大気には、東西風が約準2 年で振動する現象(QBO) や半年周期で振動する現象(SAO) が存在する。これまでの研究から、QBO の駆動メカニズムには、内部重力波の他、赤道ケルビン波、混合ロスビー重力波等の赤道捕捉波(赤道波) が関わっていることがわかっている。内部重力波の伝播や砕波を表わす3 次元波活動度フラックスはMiyaharaやKinoshita et al. によって導出されているが、赤道波に適用可能な3 次元波活動度フラックスとストークスドリフトは未導出である。そこで、本研究では、時間平均を用いて、赤道ベータ面における上記二つの定式化を行った。得られた3 次元波活動度フラックスは、その収束発散が背景場に対して3 次元の波強制を与えること、そして南北方向に積分したフラックスが赤道波の群速度と南北方向に積分した波活動度密度の積に一致することがわかった。赤道波の群速度に比例するのが、フラックスそのものではなく南北に積分したものであることは、TEM 系の赤道波に伴う2次元のEliassen-Palm フラックスの鉛直成分において示されているが、本研究では新たに3次元の波活動度フラックスの東西成分について成り立つことを示したことになる。

以上の定式では、擾乱の位相を消すために時間平均を用いてきたため、準停滞性擾乱には適用できない問題がある。そこで本研究では、最後に、準停滞性ロスビー波に適用可能な3 次元Stokes drift を反対称渦拡散テンソルを用いて導出した。

本研究で導出した定式には、いくつか制約が残されている。一つはコリオリパラメータを分母に含むため、赤道では適用できないこと、二つめは振幅が急激に変化する擾乱に伴う物質輸送を表現できないことである。それでもなお、得られた3 次元残差流と波活動度フラックスは、上記の問題を除いて、観測やモデルの高解像度化、高分解能化が進む中で、3 次元の物質輸送や擾乱活動を詳細に解析できるものである。これらを用いた解析を進めることで、より高精度な気候全体の予測が進むと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から成る。第1章は導入部で、対流圏起源の多様な時空間規模の波動に駆動される中層大気(成層圏・中間圏)大循環の力学的研究が、「変形オイラー平均 (Transformed Eulerian-Mean:TEM) 系」の導入により1970年代後半以降急速に発展した経緯が概観されている。同時に、従来のTEM系の2次元性に起因する限界、即ち、波動が重畳する背景場の東西一様性を仮定し、波動が駆動する残差流を子午面内で表現したために、波動振幅や残差流による物質輸送の経度依存性が扱えないという問題点が近年の観測研究を参照しつつ論じられている。さらに、現在まで試みられてきた3次元TEM系の定式化が、準地衡流系においてはロスビー波、プリミティブ方程式系では大気重力波と、個別の種類の波動に限定されていたことが指摘されるとともに、プリミティブ方程式系に基づきロスビー波や重力波を含む全ての大気波動擾乱に適用可能な3次元TEM系を定式化するという本研究の目的が掲げられている。

第2章では、「緩やかに変化する背景場に重畳する小振幅擾乱については、TEM系の残差流がオイラー平均流とストークスドリフトの和となり、空気塊の平均的輸送を表わすラグランジュ平均流に近似的に等しい」という基本に立ち返り、3次元ストークスドリフトのプリミティブ方程式系における表式(PRSD)と準地衡流系における表式(QGSD)が各定義に基づき導出された。PRSDがロスビー数の小さい場合にはQGSDに、コリオリ因子の緯度依存を無視したf平面仮定の下で大気重力波の分散関係を適用するとそれに伴うストークスドリフトにそれぞれ一致することから、PRSDが大気重力波・ロスビー波双方に適用可能なことが確認された。さらに、時間平均の背景場を記述する水平方向の運動方程式にPRSDを代入し、背景場への3次元の波強制に対応する波活動度フラックス(3D-flux-M)を定式化した。そして、大気重力波を陽に表現できる高分解能大気大循環モデルの出力データへの応用から、アンデス山脈により強制され上方伝播する大気重力波がもたらす残差流が、中間圏では極向き、その下方の成層圏では山脈の西側で極向き、東側で赤道向きであることを見出した。また、全球大気再解析データへの適用から、総観規模擾乱が活発なストームトラック領域の上流側と下流側での擾乱構造の差異を反映し、上部対流圏で3次元残差流が特徴的な東西分布を示すことを見出した。

第3章では、擾乱の波束伝播を記述する波活動度フラックスが導出された。適切な仮定の下、プリミティブ方程式系でロスビー波・大気重力波双方を含む波動擾乱の分散関係式をまず導出した。そこから得られる3次元群速度ベクトルに、求めるべき波活動度フラックスが平行となるよう3D-flux-Mを修正し、それに矛盾の無いよう波活動度密度を定義した。こうして得られた波活動度密度とそのフラックス(3D-flux-W)にて、ロスビー波や大気重力波の3次元伝播をも統一的に記述し得ることが確認された。なお、2つのフラックスは表式がわずかに異なり、3D-flux-Mの東西成分は群速度のそれに比例しない。波動擾乱に伴う3次元物質輸送の解析には3D-flux-M、擾乱の伝播の記述には3D-flux-Wと、利用目的に応じて2つの表式を適切に使い分ける必要性が強調されている。

上記の発展として、第4章では赤道捕捉波(赤道波)に適した3次元波活動度フラックスとストークスドリフトが初めて定式化され、南北方向に積分するとフラックスが波活動度密度と赤道波の群速度の積に一致することが示された。さらに第5章では、前章までとは異なり、時間平均操作では位相構造を消去できない停滞性ロスビー波について、付随する3次元ストークスドリフトを初めて定式化し、既出の残差流の表式に物理的な裏付けを与えた。

上記の研究成果の気象力学的意義に関する包括的な議論が、今後の研究発展の方向性も含め、第6章にてなされている。本研究は、波動に伴うストークスドリフトと残差流との基本的関係に基づき、背景場への3次元的波強制に対応する波活動度フラックスの定式化を経て、3次元波動伝播を表す波活動度フラックスの定式化に至るという独創的な着想から、ロスビー波や大気重力波を含む全ての大気波動擾乱に適用可能な3次元TEM系の定式化に初めて成功した。この特筆すべき成果は、応用範囲が極めて広く、今後の大気力学研究の発展に大きく寄与し得る画期的なものと認められる。

なお、本論文の第2章から5章にかけては 指導教員である 佐藤 薫 教授との共同研究に基づくが、いずれも論文提出者が主体となって定式化やデータ解析を行ったもので、論文提出者の寄与は十分と判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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