学位論文要旨



No 128643
著者(漢字) 楊,登鈞
著者(英字)
著者(カナ) ヤン,テンチュン
標題(和) 塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化と性能低下挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 128643
報告番号 甲28643
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7817号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 腰原,幹雄
 東京大学 講師 北垣,亮馬
 早稲田大学 教授 輿石,直幸
内容要旨 要旨を表示する

過去に遡り、大量生産・消費・廃棄という枯渇性のエネルギー・資源型社会により地球環境に問題が生じることとなった。近年になり、持続的発展可能な環境調和型・資源循環型社会の構築の実現に、更新可能なエネルギー・資源を利用とすると共に、Reduce(発生量の抑制)、Reuse(製品・部品としての再利用)、Recycle(原材料としての再利用)など3Rを徹底的に図る必要がある。しかし、建築物の建設と解体に伴う大量の資源・エネルギー消費や大量の廃棄物が環境に大きく影響していることから建築物の長寿命化が志向されている。平成8年度 建設白書によると、滅失建築物の平均寿命は、米国で44年、英国で75年であるのに対し、日本が26年と比較的短いことから、日本国内でも様々な劣化対策が行われた。さらに2009年に長期優良住宅の普及の促進に関する法律が寿命200年を想定した住宅の長寿命化を目指し施行された。建築物の長寿命化を図るため、耐久設計段階で建築物や部材に影響をもたらす劣化作用に及ぼす周囲環境の気象条件を特定し、生じる劣化現象と建築物が限界状態に至るまでの過程を予測し、要求耐用年数の間に建築部材や材料が限界状態に至らないように仕様を定めることが必要となる。そこで建築材料の劣化に伴う建築物の性能変化を評価する方法の主流として数理モデルに基づくファクターメソッドのように、実建築物の調査に基づいて劣化作用と建築材料の劣化状態と関係付けたり、室内実験結果を材料工学的な視点で整理することにより、劣化評価式として数式化する方法が挙げられる。しかし、この方法で新規に開発された材料、改良された施工仕様、異なる環境での建築物の利用に対して、適用性に乏しい場合がある。例として、促進劣化試験にある促進サイクル数における性能が、自然環境のある年数における性能に一致している場合に、促進劣化試験のサイクル数が実環境の何年と見るかということである。よって、性能が一致しているとしても、影響を受けた劣化状態は異なることとなる。これは、特定材料に対する促進劣化試験における劣化作用の設定を改善するしかないと考えられる。しかし評価方法を改善する前に、対象材料の評価方法によるマクロ的性能評価だけではなく、ミクロ的な構造変化や形態変化なども検討しなければらない。

建築材料では、無機材料である鉄筋コンクリートの劣化過程や劣化現象に関する研究は19世紀から100年以上の歴史を持ち、すでにある程度成熟している。それに対し、20世紀から盛んに用いられるようになった有機材料の場合、塗料(ex. coating, painting)、高分子系材料(ex. plastic polymer)や複合生物材料(ex. wood plastic composite)など、建築部材として使用されており、また建築物の保護する役割をしている。よって、これらの建築部材の限界状態を明らかにすることは、建築物の限界状態を知る上で重要となる。しかし、有機材料の劣化研究は約70年前の英国ゴム協会による天然ゴムや合成高分子の劣化・安定化による物性・構造変化の研究から始まり、日本国内では70年代に有機材料の劣化に注目した委員会を設立したというように、比較的新しい分野でもあり、近年有機材料の劣化に関する研究は非常に盛んになってきている。しかし、建築分野の研究としては、有機材料を物理化学的劣化の観点から見ている研究は限られていて、性能だけを測定し、様々な手法を用いて検討しているのが現状である。原因はここでは語らないが、有機材料の物理化学的劣化は、ほとんどが高分子分野の扱いとなる。また高分子分野で物理化学的劣化と性能低下の挙動の相関性は今日に至っても需要な課題となっている。従って建築物の限界状態としての建築材料や部材の限界状態を知るには、高分子系建築材料や部材の物理化学的劣化と関連づけた性能低下を明らかにしなければならない。建築分野に、高分子系建築材料を物理化学的劣化から性能低下挙動までを包括する一貫した研究は重要な課題であり、今後評価手法の改善に欠かせないと考えられる。

以上の背景を踏まえ、建築物の限界状態を知る前に、建築部材・材料の限界状態を明らかにすることが必要となる。従来のように建築分野で高分子系建築材料に対して要求性能の評価だけを行うだけではなく、本研究では高分子材料の知識と技術を加え、物理化学的劣化から性能低下の挙動との関連性をミクロ(化学的劣化)からマクロ(性能変化)まで明らかにすることを目的とする。また、これらの関連性を明らかした上で屋外暴露試験法による建築材料の劣化による性能評価を行う。これらの目的を達成するため、以下のように研究項目を明らかとすることを目指す。

物理化学的劣化の分析評価

劣化に伴う色変化と性能低下挙動の分析評価

物理化学的劣化から色変化と性能低下挙動の相関性

促進劣化と屋外劣化による物理化学的劣化と性能低下の相関性

本論文は全六章で構成され、各章の概要及び主な内容を下記のようにまとめる。

Chapter 1 序論

本章では、本研究の背景及び目的、本論文の構成を述べる。

Chapter 2 既往研究における文献調査

本章では、既往研究における文献調査により、高分子材料の劣化メカニズムと影響となる物理化学的劣化、色変化と機械的性質、二酸化チタンによる高分子材料の物理化学的劣化と性能低下、外力による破壊メカニズムに関する研究を本研究との関連を中心としてまとめる。

Chapter 3 塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化に関する研究

本章では、塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化(官能基、平均分子量と結晶化度)を測定し、相関性を明らかにする。高分子材料の紫外線による一般的劣化過程はChapter 2の文献調査で述べたように、ラジカルによる連鎖反応と酸素の介入によって劣化が始まる。耐候性試験による高分子の化学的性質の変化は、鎖の切断や架橋が物理的性質に変化をもたらす。しかし建築分野において耐候性試験による高分子系建築材料の性質を化学的側面から物理的側面まで、ミクロからマクロのレベルまで詳細に検討している研究は限られている。そこで、本研究ではまず文献調査から劣化メカニズムの仮説を立て、屋外で使用される添加剤とともに、異なる二酸化チタン含有量の塩化ビニル樹脂の特定劣化環境における物理化学的劣化を測定し検討した。

Chapter 4 塩化ビニル樹脂系外装材の色変化と機械的性質低下に関する研究

本章では、塩化ビニル樹脂系外装材の色変化、劣化した表面の形態状態、機械的性質(引張特性、衝撃強度)低下を測定し、Chapter 3の物理化学的劣化との相関性を検討した。高分子材料の劣化に関する研究では、試験体の製作過程が異なることから、さらに添加剤の種類によっても異なる結果が生じる。また、異なる劣化環境との相乗作用によりさらに複雑化する。材料の要求性能の範囲であっても、特定の劣化環境による特定材料の機械的性能の劣化に関する劣化現象は非常に複雑で、すべての劣化現象を定量的に測定するのは難しいため、物理化学的側面から性能評価の目的として、ミクロからマクロまで検討を加えている研究は限られている。そこで、本章ではChapter 3での塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化に関する研究の結果に基づき、劣化した表面の形態状態、色変化、引張り特性、衝撃強度を測定し結果を検討すると伴に、Chapter 3の物理化学的劣化との相関性を検討した。

Chapter 5 促進劣化試験と17年屋外暴露試験の塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化と性能低下の比較に関する研究

本章では、実際に市販され、使われている塩化ビニル樹脂系外装材を対象に、測定対象の性能を初期要求性能に基く色の均一性(Uniformity of color)と耐衝撃強度(Impact resistance)に絞り、性能低下挙動から物理化学的劣化を目的に合わせて選択した分析方法を用いて検討した。劣化した材料表面の官能基変化をFTIR-ATR、表面の形態状態変化をSEM-EDS、分子構造の状態と弾性率をDMAを用いて測定し検討した。また促進劣化試験により得れた塩化ビニル樹脂系外装材の結果を、屋外暴露試験に17年実際に使われた塩化ビニル樹脂系外装材を用いて比較するとともに相関性を検討し、建築材料としての性能を判断するためにASTMの規格にある塩化ビニル樹脂系外装材の初期要求性能を最低性能基準として用いた。また、Chapter 3とChapter 4の結果に基づき、物理化学的劣化の観点から劣化因子の影響と劣化現象の生成について検討した。

Chapter 6 結論

本論文における総括の結論として論文の全般的なまとめについて述べる。

審査要旨 要旨を表示する

楊登鈞君から提出された「塩化ビニル樹脂系外装材の物理化学的劣化と性能低下挙動に関する研究」は、日本ではあまり使用されていないが、北米を中心として全世界で住宅用外装材として普及している塩化ビニル樹脂系サイディングボードが、紫外線の影響を受けて化学的・物理的に劣化していく過程を材料科学的に明らかにするとともに、建築物に必要とされる機能の一部を担う建築材料として必要とされる各種性能の低下現象についても把握し、化学的・物理的劣化現象と性能低下現象との相関について考察を加え、塩化ビニル樹脂系サイディングボードの高耐久化を図る上で必要となる基礎情報を提示したものである。それにより、より高耐久の塩化ビニル樹脂系サイディングボードの開発に資するだけでなく、当該材料を用いた建築物の適切な維持管理方法の提案にも繋がり、建築物の更なる長寿命化を可能とし、もって持続的発展を可能にする資源循環型社会の形成に資する研究であると言える。

本論文は6章から構成されており、各章の内容については、それぞれ下記のように評価される。

第1章では、本研究の背景・目的および論文の構成が的確に述べられている。

第2章では、本論文に関連する研究の現状、すなわち、紫外線および熱による高分子材料の物理的・化学的劣化メカニズム、劣化した高分子材料の表面形態・色・機械的性質の変化、酸化チタンによる塩化ビニル樹脂の劣化抑制などに関する研究の現状が、「劣化因子」-「分子レベルへの作用」-「建築材料性能への影響」という三者間の関係、特に、「劣化因子」と「分子レベルへの作用」との関係という視点で的確に整理され、本研究で明らかにすべき課題が的確に示されている。

第3章では、塩化ビニル樹脂が紫外線照射を受けた場合の物理的・化学的劣化現象を促進耐候性実験によって把握し、その劣化メカニズムを明らかにしている。すなわち、塩化ビニル樹脂は、紫外線の照射によってカルボニル基とポリエンが生成するとともに、発色団・助色団が増加し、分子鎖の切断に伴う低分子化、架橋による高分子化、再結晶化などが生じることを明らかにしている。そして、酸化チタンの添加によって、カルボニル基とポリエンの生成が抑制されること、分子鎖切断による低分子化は生じるもののその発生は遅延することなどを明らかにしている。

第4章では、塩化ビニル樹脂系サイディングボードが紫外線照射を受けた場合の建築材料としての性能低下現象を促進耐候性実験によって把握し、第3章の物理化学的劣化との相関について考察している。すなわち、紫外線照射を受けた塩化ビニル樹脂系サイディングボードについて、走査型電子顕微鏡による表面形状の変化の観察、動的粘弾性分析による分子状態および弾性率の測定、分光測色計による色変化の測定、ならびに引張強度および衝撃強度の測定を行い、カルボニル基の生成およびポリエンの長さ変化との相関性について検討を試みている。また、酸化チタンの添加による性能低下現象への影響について明らかにしている。さらに、塩化ビニル樹脂の物理化学的劣化と建築材料としての性能低下現象との関係について、より詳細な分析を試み、それらの相関性の度合いについても検討を加えている。

第5章では、塩化ビニル樹脂系サイディングボードを用いて、促進耐候性試験を行った場合と沖縄に17年間暴露した実験の場合における物理化学的劣化および性能低下の比較がなされ、促進耐候性試験による劣化と自然環境下での劣化現象の違いについて分析がなされている。そして、促進耐候性試験における適切な紫外線の照射時間および水の供給方法に対する考察がなされ、自然環境下での塩化ビニル樹脂の劣化現象を忠実に再現できる促進耐候性試験を確立するための一提案がなされている。

第6章では、各章で得られた知見が再整理されるとともに、目的に応じた研究成果が的確に纏められており、また、未解決の研究課題が示され、かつそれに対する解決方策も提案されている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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