学位論文要旨



No 128644
著者(漢字) 孫,錫毅
著者(英字)
著者(カナ) ソン,ソックウィ
標題(和) 生徒のテリトリー形成からみる総合学科高校の建築計画的研究
標題(洋)
報告番号 128644
報告番号 甲28644
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7818号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 教授 大方,潤一郎
内容要旨 要旨を表示する

社会的変化と教育改革の動きの中、生徒の教育的要求に応じて、様々な特色のある学校づくりが推進されている。その中、単位制・総合学科高等学校は、生徒が科目を選択し、個性を生かせる主体的な学習を重視する教育を行っている。一方、移動授業を行っていることから、既存学校における生徒の生活・学習の中心であった自分の席・自教室がなくなり、学習集団もクラスから選択授業単位に変わっている。従って、クラスに対する所属感の低下、生徒や生徒グループの居場所の不安定問題が予想されている。本研究は、総合学科高校における選択制授業にふさわしい校舎環境のあり方を模索するものである。

2010年現在、総合学科高校は340校余りに達している。しかし、各自治体の財政や既存校舎の活用の方針によって、ほとんどが既存校舎を改修した状況である。一方、既存校舎の改修における、建築計画的指針は十分工夫されたとは言えない。さらに、改修された校舎ではホームルーム教室とロッカーは備えているものの、他の共用空間は設けていない学校もある。この場合、生徒はロッカーに私物を置き、他クラスのホームルーム教室で授業を受け、自分のホームルーム教室では他の授業が行われている。従って、生徒たちはロッカー以外の場所においてはお互いの領域を侵し、テリトリー境界が弱くなる。このような状況の中、生徒個人やグループはどこでどのように行われているのだろうか。

本研究では、校舎における生徒の生活空間での行動環境に着眼し、

総合学科高校における校舎環境の実態と校舎整備による物理的特徴を把握し、各居場所における生徒の使われ方、校舎での生徒のテリトリー形成による行為・認識を明らかにし、今後の総合学科高校の校舎環境に対し建築計画のあり方を模索する。

以下、各章の概要を示す。

第1章では、研究の背景・目的・既往研究を述べ、研究の位置付けを示した。

第2章では、全国の総合学科高校を対象し、校舎環境に関する調査を行った。総合学科実施における校舎整備に関して、既存校舎を増改築、改補修したものが全体の8割を占め、建築計画的に考慮された新築校舎は全体の2割に満たない。校舎の改修においては、一般教室や実習室、ロッカー等に集中し、生徒の生活場所であるHB・共用空間を整備することは教室数が限られている既存校舎において困難であることが考えられる。HBを設置する学校が全体の約1割、ラウンジは約4割であり、ロッカーは約9割の学校で設けられることが分かる。ラウンジの設置は総合学科初期に未設置の学校が多いことから、設置学校数が増加することが分かる。ロッカーは総合学科初期の学校では、教室内に配置される事例が多かったが、以降は教室から離れる傾向が見られる。ロッカー室や教室から離れた場所に配置される割合が僅かであるが高まってきており、ラウンジでも同様に、その位置関係は少しずつ工夫され変化している。

ラウンジの配置における、新築校舎は生徒の生活領域内の配置される傾向があるが、改修校舎では、昇降口、増築棟等にラウンジが設置され、学習・管理領域や独立の形式が多く見られ、既存校舎のラウンジ整備における空間的制約があることが考えられる。

第3章では、2章で行った校舎環境類型による、5つの学校を選定し、視察調査を行った。ベース空間の形式は、新築校舎の中、クラスHB(Y校)、学年単位のHB(M校)、HR教室(I校)の学校と改修校舎の中、ロッカーが教室前に配置(S校)、別のスペースに配置(A校)を選定し、共用スペースの配置はベース空間に対する引接(Y校、M校)、引接・独立型(S校)、独立型(A校)である。

生徒の居場所における、学年HBやクラスHB、HR教室等、計画された生活拠点における生徒の滞在を教員側が認識している一方、空き教室、ロッカー周り、屋外空間、死角となるベンチ等、生徒が自発的に居着くスペースが存在することが観察され、計画的生活拠点と生徒の使いこなす場所が混在していることが分かる。

第4章では、視察調査結果を基づき、生徒への「校舎における活動場所と行為、場所への評価などに関するアンケート調査」を行い、 生徒個人やグループの活動場所の分布、各空間における選択行為の特徴を把握し、室・スペースにの機能による他者との交流の程度の視点を踏まえ、生徒がどのように室・スペースを活用し他者と関わり合いを持ているのかに関する分析を行った。

生徒グループの活動場所は、いずれの調査対象の学校でも、ベース空間が生徒のグループの場所選択が集中している反面、設けられた共用空間の特徴によるベース空間から、場所選択が移動することが見られた。ベース空間以外の場所選択の特徴が見られた場所では、生徒グループの場所として、男女の棲み分けが現われ、男生徒は狭い空間、女生徒はオープンされた場所を選ぶ傾向があると考えられる。

生徒の活動内容は「食事」、「話し」、「集合」、「勉強」、「部活」、「購買」、「私物管理」に8個に分類できた。活動場所内での行為を把握することにより、ベース空間で行われる活動内容は、個人的なもの、集合するもの等、各々異なる行為と集団が形成される。他の室・スペースに対する利用の占有度も異なること、そして食事場所がラウンジや一般教室などの場へ展開する事例のように、他の室・スペースに多数展開し使われていることが明らかになった。

第5章では、生徒グループにおけるベース空間の利用を中心とし、「ベース中心」、「ベース拠点」、「ベース外拠点」に分類し、各特徴を明らかにする。新築校舎であるY校は学年と性別により、M校は学年により、I校は性別により、類型の偏りが現わる。ラウンジなどが仮設されたものの、旧校舎であるS校では生徒属性によるグループの場所選択の特徴は見られなく、それぞれの空間構成の特徴を持つ新築校舎では、場所選択パターンによる属性構成の特徴が現れる。特に、女生徒によるベース空間に引接されている共用スペースの利用が多く見られることから、性別の場所選択パターンの違いが現れると思われる。

全ての場所パターンにおける、ベース空間での選択行為は類似な傾向が見られるが、ベース以外では、属性による場所選択や選択行為における様々な特徴が現われる。

Y校のラウンジの利用は主に女生徒の利用が見られ、1年生の男と2年生の女生徒はラウンジの利用は現れない特徴がある。選択行為は「食事」、「話し」、「勉強」、「部活」などの行為が行われるが、1・2年生は主に「食事」の行為であり、3年生はラウンジが「食事」、「話し」、「勉強」の場所として、1・2年生より多様な目的で使われていることが分かる。

M校は、一般教室にて1年生と3年生の一般教室の活動が多数見られる。3年生の男生徒はHBに近い外国語教室の利用が目立ち、1・2年生の女生徒はHBから離れている1階と3階の一般教室での「食事」等の行為が見られる。廊下等の共用空間における、1・2年生の男生徒は玄関、トイレ、更衣室前などを選択しており、この場所はHBから離れ、狭く、視覚的に開放されない特徴があり、一般教室を占有する3年生と異なる場所選択の傾向が見られる。

I校は、1・3年生の女生徒のロッカーコーナーの選択が多いことが分かり、私物管理より「話し」の行為がもっと多いことが分かる。2年生は他の学年に比べ、ロッカーコーナーでの利用が少ない反面、他クラスのHR教室で「食事」や「話し」の行為が行われている。廊下での女生徒の行為が見られ、他のクラスの人との話す場所や「集合」の行為が現れる。

S校は1階に配置されているラウンジでは、ほとんどが女生徒の利用であり、活動は「食事」、「話し」、「購買」の行為が行われるが、1・2年生は「購買」のみが見られ、滞留する行為は3年生が行っていることが分かる。渡り廊下での休憩コーナーではHR教室と近い2年生が「食事」の場所として利用している。その以外の廊下では、わずかであるが、1・2年の女生徒の利用が見られる。

第6章では、生徒の活動場所の中、校舎環境によるお気に入り場所の形成状況を把握するとともに、そこで行われる活動内容、選択理由の回答による、生徒の場に対する認識を明らかにすることを目的とする。

ベース空間に対するお気に入り場所の認識がある生徒が、より交流が生じる行為を行うことが分かる。M校の学年HBにおける「集合」の割合が高いのは、他の学校の共用空間での他クラスの交流と同様な意味を持つと思われ、ベース空間にも他者との交流が認識に影響を及ぼすと考えられる。

ベース空間内にお気に入り場所を形成する生徒の満足度は、いぞれの学校にもベース空間をお気に入り場所と認知する生徒の生活満足度が高いことが分かる。ベース空間外にお気に入り場所形成する生徒と校舎では形成しない生徒間の満足度の顕著な差は見られない。しかし、M校とS校では、ベース空間内にお気に入り場所を形成する生徒とその以外生徒間に満足度の格差が著しいことが分かる。

生徒グループの活動領域内にお気に入り場所を形成する生徒の満足度は、活動領域内をお気に入り場所と認知する生徒の生活満足度が高いことが分かる。特にM校とS校では、領域内にお気に入り場所を形成する生徒と、その以外の集団間に満足度の平均値の差がY校・I校より著しいことが分かる。

本研究の結論である第7章では、上記の調査の成果をまとめ、生徒のテリトリー形成からみた総合学科高校の建築計画的に寄与する可能性を考察する。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、総合学科高校における生活空間での行動環境に着眼し、校舎環境整備による物理的特徴を把握し、各居場所における生徒の使い方、校舎でのテリトリー形成による行為・認識を明らかにし、生徒のテリトリー形成に影響を及ぼす要素を究明することを目的とする。これによって、今後の総合学科高校の校舎環境に対し建築計画のあり方を模索するものである。

単位制・総合学科高等学校は、生徒が科目を選択し、個性を生かせる主体的な学習を重視する教育を行っている。一方、移動授業を行っていることから、従来の学校における生徒の生活・学習の中心であった自分の席・自教室がなくなり、学習集団もクラスから選択授業単位へと変わっている。従って、クラスに対する帰属意識が低下し、生徒個人やグループの居場所が不安定になるという問題が予想されることが背景になっている。

本論文は全6章で構成される。

第1章では、本研究の背景、目的、位置づけを明らかにし、研究の構成を示している。

第2章では、 全国における総合学科を実施している高等学校を対象とし、郵送アンケートを行い、校舎や室・スペースの整備状況を明らかにした。さらに校舎の図面分析を通し、校舎棟の配置、校舎整備による「HB・HR教室」、「ロッカー」、「ラウンジ」等の空間構成の特徴を把握し、次章での校舎の空間的特性による生徒の実際の使われ方等に関する調査における、調査対象校の選定の基準をつくっている。

第3章では、 第2章で示した校舎環境の特徴から、校舎の整備や、HB・HR、共用スペースの構成等における特徴による5つの学校を選定し、視察調査を行い、総合学科の運営における課題と空間的工夫、学習および生活空間での物理的な状況や家具の設え、生徒の利用特性などについて記述した。

第4章と第5章では、視察調査の結果を踏まえ、「校舎利用に関する生徒へのアンケート調査」を行い、生徒の活動場所と行為のデータに基づいて分析を行っている。

第4章では、各校舎環境の特徴による生徒の場所選択の分布と、各室・スペースにおける選択行為の傾向、ベース空間の選択利用を中心とするパターンによる空間利用上の特性を明らかにした。

生徒は自分の縄張りと認識しているベース空間を利用することによって、ベース空間内にグループのテリトリーを形成するに加え、他の場所でも交流行為を行っており、帰属集団とその以外の集団との交流の場所が求められる。しかし、クラスHBでは一部生徒の占有が現れ、他の生徒は個人利用のみ行っている。ベース以外では、ベース空間から近い共用空間や空き教室等への場所利用が行われる。ここでは異集団に対する排他的な場所選択の傾向が見られ、特に男子生徒は高学年の利用場所を避け、グループの場所を選択する。さらに、男子生徒は視覚的に隠れている狭い場所、相対的に女子生徒は広くオープンな場所を選び、男女間の棲み分けが現れる傾向が明らかになった。

第5章では、生徒の活動場所の中、校舎環境によるお気に入り場所の形成状況を把握すると共に、そこで行われる活動内容、選択理由の回答による、生徒のテリトリー形成に対する認識を把握した。

ベース空間では同学年やクラス内の交流が行われ、お気に入り場所へ認識されると考えられる。しかし、クラスHBとHR教室を個人でしか利用しない生徒の認知率は非常に低いことから、ベース空間での交流がお気に入り場所への認識に繋がることが考えられる。ベース空間以外においても生徒は同集団間での交流場への良い認識を形成していることが分かる。しかし、空き教室は授業等の利用制限があり、ラウンジ等は異集団の雑居等があり、ベース空間以外をお気に入り場所として認識しても、それが生活満足度に影響を及ぼしていないことが明らかになった。

本研究の結論である第6章では、上記の分析の結果をまとめ、本調査から得られた総合学科高校の建築計画的あり方への知見、今後の課題についてまとめた。

以上のように本論文は、総合学科高校における生徒のテリトリー形成状況を明らかにし、生徒の居場所形成に影響を与える要素を示した。今後の学校の計画に、特に総合学科高校のように自分の席・教室をもたない学校が多くなる中で、重要な知見を提示するものであり、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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