学位論文要旨



No 128646
著者(漢字) 李,宗旼
著者(英字)
著者(カナ) イ,ゾンミン
標題(和) 街路空間と人間行動の相互関係に関する研究
標題(洋)
報告番号 128646
報告番号 甲28646
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7820号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 浅見,泰司
内容要旨 要旨を表示する

都市の街路空間は市民の生活の場で、街路とその周辺環境と人々がお互いに係り合う空間である。日本は従来の街路の活気を取り戻すため、中心市街地での街路環境の整備が全国的に広がってきた。1990年後半から街路や広場などの歩行者空間の魅力を再発見することを目的とし、欧米で見られるオープンカフェやイベントなどが大都市を中心に試験的に展開されたようになった。特に、アクティビティフロアや中間領域などの新たな設計概念が適用され、街路の賑わいを生み出す試み行われ、更に、その街路の活性化に基づいて、地域の再生を図る事業も行われた。しかしこのような様々な試みにもかかわらず、街路空間の利用率が低く、その利用目的が通過だけの場合がよく見られている。街路は公共的な性格が強く、その社会的な役割が重要であり、その役割を十分に果たしていないと考えられる。人間の利用するものの実態からみると、街路環境の整備の目的は十分に達成されていないのが現状である。

本研究では、街路空間の空間的な範囲を「街路につながっている建物の内部空間まで」とし、街路の構成要素や空間特性と人間行動との関係に対して考察する。なお、GIS(Geographic Information System, 地理情報システム)を用いた分析を通じて、街路における人々の活動を活性化させる方法を提案することを目指す。本研究では、次の3つの関係性に着目する。(1)街路の物理的な環境間の関係、(2)物理的な環境と利用行動の関係、(3)行動同士の関係を踏まえ、街路の賑わいに影響を及ぼす関係性の組み合わせを導き出すことを目的とする。

更に、GISを用い、物理的な要素のデータと共に、街路空間での人間行動のデータを蓄積する。これらのデータに基づき、街路の利用行動を、人々の空間選択の観点から考察し、街路環境と利用行動の相互関係を明らかにし、人間の空間選択を予測する。最後に、上述した関係性と空間選択に基づき、街路の活性化のため、建築・都市計画および管理の側面から、街路の活性化のための方法を提案することを目的とする。

本論文は、7章で構成している。各章の要点は、以下である。

第1章では、本論文の背景として、街路環境の意義と現状を把握した。また、研究の目的とそれに関連した既往研究を述べ、本研究の位置づけを示した。

第2章では、調査の方法を示した。そして調査対象地の街路空間の特徴に関し、街路と建物の関係に着目したアクティビティフロアを中心に、その現状を把握した。

3章では、動観察調査により、街路空間での滞留行動の特性を示した。特に、3章では関係性に着目し、建物の業種、建物と街路の関係(空間的関係・視覚的関係)、他の行動との関係に基づいて滞留行動の特性を把握した。

まず、街路空間での滞留行動は、「形態電話操作型」、「休憩・熱中型」、「休憩私物管理型」、「社会的食事型」、「立ち話型」、「立ち商品物色型」、「世話・遊び領域型」、「立ち世話・遊び型」、「世話・遊び型」とし、計9種類の行動類型に分けられた。行動類型に踏まえ、建物との関係と行動同士の関係に対し、GISを用いて分析行った。その結果、「世話・遊び型」、「休憩・私物管理型」、そして「社会的食事型」が建物の業種・プログラムに係りあう行動として現れた。更に、それらの行動類型は、他の行動と関係がある行動として現れ、三つの行動類型は建物との密接な関係があることと行動同士の関係もあることから、「Triangulation」を形成することがわかった。この三つの行動類型の関係から、他の行動類型の頻度に影響を与える行動が存在すると判断できた。したがって、本研究では、このような行動を「キーアクティビティ」と定義し、「世話・遊び型」がキーアクティビティとして見られた。次に、GISを用い、各物理的な要素からの距離範囲により、大多数の行動類型を分析した。その結果、上述した三つの行動類型が、他の行動と比べ、大多数の行動類型として現われた。以上の結果から、街路空間の物理的な要素との密接な関係があり、街路の賑わいを生み出すことに重要な役割を果たしていることが示唆された。

街路空間を20メートルのグリッドを単位空間として、各単位空間での行動類型の頻度を変数として因子分析を行った。その結果、三つの因子が抽出され、「座り行動因子」、「立ち行動因子」、「遊び行動因子」である。各単位空間を行動によって区別するため、三つの因子の因子得点を算出し、因子得点に基づいてRGBメソッドを用いて、GIS上に各単位空間に色を付けた。その結果、行動的な特性を踏まえ、単位空間の視覚化が可能になり、一目で行動特性の分布を確認できた。そして、その単位空間での行動類型別の行動件数を高さ(Z軸)として、3次元に表現した。本研究では、これを「コンテンツ・スケープ」と定義し、環境行動学の観点から、街路の賑わいを視覚化した。

4章では、3章の結果を踏まえ、街路の物理的な要素のうち、行動に影響を及ぼす要素を抽出するため、単回帰分析手法を用い、探索的な分析を行った。街路のぶつ知的な要素は、大きく、(1)建物の業種、(2)ファサードから見えるもの、(3)街路施設物(自然要素を含む)に分けた。しかし、街路は多様な要素が複合的に作用している空間であり、単回帰分析の限界と重回帰分析の難点を明らかにし、6章で扱う離散選択モデルを用いる根拠を提示した。

5章では、調査対象地で見られた空間的な変化に伴い、行動の変化を究明するための分析を行った。調査対象地では環境変化が行われ、ベンチの除去が行われた2箇所、新しい建物を立てた所が1箇所、空地が工事中に変わって壁が設けられた所が1箇所である。このような空間的な変化に着目し、その変化が人間行動に与える影響を分析した。さらに、空間的な変化以前と以後の行動件数の差を比較し、変化以後に行動類型別の空間的な分布が異なっているのかに対し、対応のあるt検証を行った。

その結果、街路空間の変化による行動類型の変化は、大きく二つの傾向が見られた。二つの傾向は、(1)行動依存の傾向、(2)空間依存の傾向である。行動依存の傾向は、ある空間での行動の資源としての物理的な要素に依存し、その要素の変化により、行動がなくなる場合とその件数が少なくなる場合、そして他の単位空間で行動が起こる場合を意味する。空間依存の傾向は、空間での変化が起こった場合、更に変化以前に利用した資源に変化があった場合にも、その空間で変化以前に用いた資源の代わりに、似通っている役割を果たす他の資源を用いて同じ行動を行う場合を意味する。

行動依存の傾向が見られた行動類型とは、「立ち話型」、「休憩・私物管理型」、「休憩・熱中型」、「社会的食事型」であり、街路の空間的な変化以後に、それらの空間的な分布が異なっていることが分かった。その反面、「世話・遊び型」の行動類型は、街路の空間的な変化以後にも、その空間的な分布が異ならなくなって、空間依存の傾向が見られた。

6章では、3章、4章、5章の結果に基づき、人々の空間利用を空間選択の問題に転換し、多様な要素(建物要素、街路要素、他者の行動要素)の複合作用を踏まえ、離散選択モデルを用いて分析を行った。各要素の相関係数に基づき、各要素の弾力性を算出し、各要素の値を変更したシナリオを作成して、人々の空間選択の確率を計算した。

その結果、ベンチの面積が最も弾力的な変数として現れた。しかし、選択肢別にその大きさは異なり、空地隣接の街路空間で一番強い弾力性が見られ、他の選択肢に比べ、建物との関係が少ない空間ではベンチが滞留行動に大きい影響を与えることが分かった。そして緑地面積も、空地隣接の街路空間での弾力性が一番強くなり、建物との関係が少ない空間での滞留行動は、街路施設物の影響を大きく受けることが示唆された。

各変数の弾力性に基づき、3つのシナリオを作成して、人々の空間選択の確率を算出した。ナリオ1では、緑地面積が150%増加に伴い、選択肢の高層商業・業務街路空間の選択確率では、最も大きい変化が見られ、選択確率が6.6%増加した。、低層文化街路空間の選択確率では、2番目の大きい変化が見られている反面、その符号がマイナスであり、選択確率が5.5%減少した。低層の文化施設に接している街路空間では、その周辺には水空間が設けられ、緑地などの自然要素の面的の増加による効果は、意外に逆効果を現わす可能性もあると考える。

シナリオ2では、ベンチ面積が150%増加に伴い、低層文化街路空間の選択確率で最も大きい変化が見られ、選択確率が23.2%増加した。、低層文化街路空間の選択確率の急激な変化に伴い、他の類型では全て選択確率が減少する傾向が見られている。シナリオ2からみると、ある街路空間の選択確率を高めるため、ある環境要素を変化すれば、他の街路空間の選択確率が低くなることが分かった。

シナリオ3では、低層文化街路空間の選択確率で最も大きい変化が見られる。緑地とベンチの面積増やし150%により、低層文化街路空間の選択確率が11.5%増加した。高層商業・業務街路空間でも選択確率の増加が見られているが、その差が0.9%であり、選択確率の変化がほとんど見られなかった。他の選択肢の選択確率では、全て減少する傾向が見られた。しかし、選択確率の変動値が、シナリオ1とシナリオ2に比べ、小さくなり、低層文化街路空間の選択確率を高めるため、緑地とベンチの面積を共に増加することが重要と考えられる。

第7章では、各章をまとめ、1章で提示した本研究の目的である街路空間と人間行動の相互関係を考察し、街路の賑わいを生み出すことに寄与する可能性を総合的に探り結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、活性化するために多様な試みが行われた街路において、人間行動の物理的な環境とのかかわりおよび行動同士の関係を場所利用の観点から明らかにすることを試みるものである。このとき、行動同士の関係の中でも他の行動に影響を与えている行動をキーアクティビティと定義し、多様な利用者の多様な行動類型が行われている公共空間としての街路空間の場所利用の実態から、その役割と特性を明らかにする。そして、行動と街路環境の関係および行動同士の関係を踏まえ、人間の街路空間の選択を定量的に分析し、予測することに寄与する可能性を試みる。

本論文は全7章で構成されている。

第1章では、本論文の背景、研究の目的、位置付け、構成を示している。

第2章では、調査対象地の街路空間に関し、街路の活性化のための物理的な特徴を示し、調査概要およびデータの構築方法について説明している。

第3章では、行動観察調査により、街路空間での滞留行動の特性について説明している。特に、関係性に着目し、建物と街路の関係、行動同士の関係に分け、その関係性から滞留行動の特性について考察している。そして、連続的な街路の分析単位とし、20メートルのグリッドの単位空間を提案し、各単位空間の行動的な特性を視覚化する方法についても考察している。

街路空間での滞留行動を9種類の行動類型に分け、建物との関係と行動同士の関係については子供の遊びを含んでいる行動類型が密接な関係があること、特に子供の遊びを含んでいる行動類型は他の行動の発生に影響を与えていることを示した。さらに、子供の遊びを含んでいる行動類型を「キーアクティビティ」と定義し、街路の賑わいを生み出すことに重要な役割を果たしていることを示唆した。

街路空間の分析単位としての20メートルのグリッドの単位空間に対して、行動類型の頻度を変数として因子分析を行った。3つの因子の因子得点を算出し、RGBメソッドを用いてGIS上に各単位空間に行動的な特性を色で表現した。その結果、単位空間での行動的な特性を視覚化が可能になり、一目で行動特性の分布を確認できた。そして、その単位空間での行動類型別の行動件数を高さ(Z軸)として、3次元に表現し、「コンテンツ・スケープ」と定義し、その役割および意義を示した。

第4章では、街路の物理的な要素のうち、行動の発生率に影響を与えている要素を抽出し、人間行動と物理的な要素の関係について考察している。

行動の発生率に影響を与えている物理的な要素は、行動類型によって異なり、それを行動類型別にまとめた。行動の発生率と関係がある物理的な要素の個数、それらの種類、そして行動同士の関係を基準とし、街路での滞留行動を再分類した。

特に、「キーアクティビティ」は多数の環境要素の影響を受けていること、そして建物および外部空間の物理的な要素からの影響を共に受けていることを示した。特に、キーアクティビティの発生率は、建物の業種の「飲食店」と「物販」、ファサードの類型の「壁」、そして街路施設物の「ベンチ」からの距離との関係がみられ、それらに近くなるほど、キーアクティビティの発生率は高くなることが明らかになった。したがって、キーアクティビティに対し、街路環境の物理的な構成要素の役割とそれらの組み合わせが重要であることを指摘した。

第5章では、調査対象地で見られた空間的な変化に伴い、行動の変化について考察している。

街路空間の変化による行動の変化とは、行動類型別に異なっており、大きく、(1)特定要素依存の傾向、(2)空間位置依存の傾向が見られたことを示した。特に、「世話・遊び型」は、街路の活性化のためのキーアクティビティであり、キーアクティビティで「空間位置依存」の傾向が見られたことは非常に重要であることを指摘した。

第6章では、3、4、5章の結果に基づき、人々の空間利用を空間選択の問題に転換し、確率的に人々の空間選択を予測する可能性について考察している。

離散選択モデルを用いて選択確率を計算し、環境変化に対する3つのシナリオにより、選択確率の変化を予測したものを示した。街路は連続的な空間であり、お互いに影響を与えることから、1つの要素を変化すること(シナリオ1とシナリオ2)により、複数の要素を共に変化することがその影響が最小限になっていることを示した。したがって、ある街路空間の選択確率を高めることに伴い、他の街路空間の選択確率は低くなっており、その影響を最小限にする物理的な要素の組み合わせを究明することが重要であることを指摘した。

第7章では、各章を総括し、本研究で得られた知見をまとめ、街路の活性化のためにキーアクティビティの持つ意味と人々の空間選択の予測の可能性を示している。

以上のように本論文は、街路空間と人間行動の相互関係を定性的・定量的に分析し、それが街路の活性化に寄与する可能性を示している。

今後の街路空間の計画に重要な知見を与えるもので、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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