学位論文要旨



No 128650
著者(漢字) 何,仲禹
著者(英字)
著者(カナ) ヘ,ゾンギュ
標題(和) 中国の都市再開発における土地収用に伴う補償に関する研究 : 北京市を事例として
標題(洋) Research on compensation for land expropriation in urban redevelopment in China : A case study of Beijing
報告番号 128650
報告番号 甲28650
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7824号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 准教授 貞廣,幸雄
 東京大学 准教授 羽藤,英二
 東京大学 教授 高橋,孝明
 東京大学 准教授 石川,徹
内容要旨 要旨を表示する

2011年、中国では史上はじめて都市人口が農村人口を超え、この急速な都市化現象は今後も続くと見られている。新たな移住者を住まわせ、経済成長に見合った都市環境への需要を満たすことは、中国の都市成長において大きな課題となっており、とりわけ土地収用が大きな問題となっている。土地収用問題は、改革後の中国の社会的、経済的そして文化的な変質の典型的な問題である。それは、特異な土地の所有制度に起因し、住宅価格の高騰と冨の階層化の進展によって、より問題が深刻化している。中国の原稿の法制度のもとでは社会的な弱者に対する対策が弱く、政治的な民主化、市場経済化、価値体系の多様化が進み、大衆における自己利益に対するかつてない大きな関心事となっている。住宅所有者は自分の権利をより強く認識し、その権利を主張するようになってきている。そのため、土地収用の補償に関する議論が社会問題となり、現在の都市開発の大きな障害となりつつある。

本研究は、その過程における居住者の視点から中国の土地収用問題を分析しようというものである。法律上は、現金補償と現物補償の2つの正式な補償方法がある。両者について実証および理論分析を行い、特に前者については詳細に分析する。対象地域として、土地収用時における対立が激しい中国の典型的な大都市である北京をとりあげる。データとしては、330世帯に対するアンケート調査と住宅市場、年鑑、政府統計などを用いる。都市経済学上の手法を用いて、重回帰分析や離散選択モデルであるロジットモデル、条件付きロジットモデルなど計量経済学的なモデルにより分析する。

論文では以下の問題を解明している。第一に、世帯の補償要求が何か、そしてその動機はどのようなものかを解明する。第二に新たな規範による補償基準およびケーススタディーを通じて具体的にどのような補償額を住民に支払うべきかを求める。第三に、北京の住宅市場および都市構造より補償体系に影響の大きい要因を分析する。最後に、2つの補償方法の比較から補償問題に関する政策決定の最適戦略について述べる。

第一章では、研究の背景を述べる。中国の遷移時期における住宅開発の歴史を振り返った後、急速な都市化、中国都市の大規模中心地再開発の現状、それによって生じる都市収用問題について述べる。土地収用に関する既存文献をレビューし、土地収用権や私的契約の議論だけでは中国の問題を解決するには不十分であることを示す。最後に、目的、手法、研究の構成をまとめている。

第二章では、対象地域の北京についてその後の章の基礎となる紹介をする。実験計画と標本について述べている。フィールドスタディでは、伝統的な四合院(CH)および集合住宅(CA)という都市の2つの住宅タイプを対象とする。アンケート対象の世帯は、所得階層は中程度、住宅は古く、老朽密集状態にあり、住宅の立地は良好である。

第三章および第四章では、現金補償について分析する。第三章では、表明選好および顕示選好手法を組み合わせて、北京における住民の住宅選好を定量的に分析する。両方の手法はどちらも財の価値を推定するためによく使われる方法であるが、手法には長短がある。顕示選好手法は市場行動を分析するのにより信頼性が高く、表明選好手法は市場条件、住宅の入手可能性に左右されにくく市場では把握できない選好についても分析できる点が強みである。両者の長所を活かして、顕示選好手法で市場価格推計に、表明選好手法を世帯の効用変化を評価するのに用い、次章での現金補償の算定に利用する。特に、表明選好手法では選択実験(CE)法を用い、条件付きロジットモデルで分析する。また、顕示選好手法としては重回帰分析によるヘドニック価格法で分析する。

第四章では、条件固定式の反復入札型の仮想市場評価法(CVM)により土地収用における住民の受取意思額(WTA)を推定する。CH地区では157,000元/m2、CA地区では62,000元/m2という受取意思額となったが、対応する支払意思額(WTP)(それぞれ、28,000元/m2および24,000元/m2)を著しく超えるのみならず、二地区の住宅の市場価格をも大きく上回る値となる。仮説検定の結果、このWTA/WTPの違いは住民の便乗型の行動の結果と言える。WTAは補償基準としては望ましくないため、収用の前後における世帯の住宅に対する効用が維持されるよう補償額を決めることを提案する。この枠組みに基づけば、理論的な補償額を求めることができ、CA地区では41,500元/m2、CH地区では48,500元/m2となる。さらに、北京の200以上の現実のコミュニティでの住宅取得可能性を考慮すると、新たな補償額はそれぞれ34,800元/m2、59,300元/m2と算定される。最後に、職場の立地が補償水準に影響があるかどうかを検証する。均等分布パターンと(現実の北京の場合のような)中心偏在型パターンの二つの雇用パターンを比較する。均等分布パターンの方が、ほぼ全てのコミュニティで補償額が減少することが確認できる。

第五章では、現物補償が支給される場合の補償方法を分析する。移住に際しては住宅立地が最も重要な要素であり、建物の階数はさほど重視されないことがわかる。都市経済の古典的理論と整合して、住宅規模と住宅立地のトレードオフがある。分析では、都心から9km 離れる「亜運村」と20km離れる「回滝観」という住宅地に移住すると厚生の損失を補うために住宅の規模をそれぞれ2.5倍、3.5倍にしなければならないことが判明した。インタビューした低中所得層の世帯では、都心に居住することの強い選好が見られた。

最後の章は研究全体のまとめである。補償に際しては2つの要因が重要である。一つは住宅の規模である。都市内に適切な住宅の取得が難しいことがより大きな集合住宅に移転を余儀なくされ、補償額もその分嵩んでしまう。住宅市場ではより多様な規模の住宅、特に50m2未満の小さな集合住宅が取得できることが必要である。もう一つは都市の開発形態における中心偏在型の空間構成がある。北京では、雇用密度は都心部から周辺部に向かって減少していく。そのため、都市郊外に移住する世帯は長い通勤時間により大きな非効用を受けることとなる。計画的に多心型の都市構造に導き、郊外居住の問題を緩和することが望まれる。現状を勘案すれば、本研究の結果、現金及び現物の両方の補償スキームを混合することが良い。混合型補償スキームとしては、多様な規模の公共福祉型住宅を都心部、郊外部の両方に供給し、代替案として金銭的補償としてCH地区では66,000元/m2、CA地区では約37,000元/m2を提示することが望ましい。

審査要旨 要旨を表示する

2011年、中国では史上はじめて都市人口が農村人口を超え、この急速な都市化現象は今後も続くと見られている。新たな移住者を住まわせ、経済成長に見合った都市環境への需要を満たすことは、中国の都市成長において大きな課題となっており、とりわけ土地収用が大きな問題となっている。土地収用問題は、改革後の中国の社会的、経済的そして文化的な変質の典型的な問題である。それは、特異な土地の所有制度に起因し、住宅価格の高騰と冨の階層化の進展によって、より問題が深刻化している。中国の原稿の法制度のもとでは社会的な弱者に対する対策が弱く、政治的な民主化、市場経済化、価値体系の多様化が進み、大衆における自己利益に対するかつてない大きな関心事となっている。住宅所有者は自分の権利をより強く認識し、その権利を主張するようになってきている。そのため、土地収用の補償に関する議論が社会問題となり、現在の都市開発の大きな障害となりつつある。

本研究は、まさにその過程における居住者の視点から中国の土地収用問題を分析しようというものである。法律上は、現金補償と現物補償の2つの正式な補償方法がある。両者について実証および理論分析を行い、特に前者については詳細に分析している。対象地域として、土地収用時における対立が激しい中国の典型的な大都市である北京をとりあげた。データとしては、330世帯に対するアンケート調査と住宅市場、年鑑、政府統計などを用いている。都市経済学上の手法を用いて、重回帰分析や離散選択モデルであるロジットモデル、条件付きロジットモデルなど計量経済学的なモデルにより分析した。

論文では以下の問題を解明している。第一に、世帯の補償要求が何か、そしてその動機はどのようなものか。第二に新たな規範による補償基準およびケーススタディーを通じて具体的にどのような補償額を住民に支払うべきか。第三に、北京の住宅市場および都市構造より補償体系に影響の大きい要因は何か。最後に、2つの補償方法の比較から補償問題に関する政策決定の最適戦略について述べている。

第一章では、研究の背景を述べている。中国の遷移時期における住宅開発の歴史を振り返った後、急速な都市化、中国都市の大規模中心地再開発の現状、それによって生じる都市収用問題について述べた。土地収用に関する既存文献をレビューし、土地収用権や私的契約の議論だけでは中国の問題を解決するには不十分であることを示した。最後に、目的、手法、研究の構成をまとめている。

第二章では、対象地域の北京についてその後の章の基礎となる紹介をする。実験計画と標本について述べている。フィールドスタディでは、伝統的な四合院(CH)および集合住宅(CA)という都市の2つの住宅タイプを対象とする。アンケート対象の世帯は、所得階層は中程度、住宅は古く、老朽密集状態にあるが、住宅の立地は良好である。

第三章および第四章では、現金補償について分析している。第三章では、表明選好および顕示選好手法を組み合わせて、北京における住民の住宅選好を定量的に分析した。両方の手法はどちらも財の価値を推定するためによく使われる方法であるが、手法には長短がある。顕示選好手法は市場行動を分析するのにより信頼性が高く、表明選好手法は市場条件、住宅の入手可能性に左右されにくく市場では把握できない選好についても分析できる点が強みである。両者の長所を活かして、顕示選好手法で市場価格推計に、表明選好手法を世帯の効用変化を評価するのに用い、次章での現金補償の算定に利用した。特に、表明選好手法では選択実験(CE)法を用い、条件付きロジットモデルで分析し、また、顕示選好手法としては重回帰分析によるヘドニック価格法で分析した。

第四章では、条件固定式の反復入札型の仮想市場評価法(CVM)により土地収用における住民の受取意思額(WTA)を推定する。CH地区では157,000元/m2、CA地区では62,000元/m2という受取意思額となったが、対応する支払意思額(WTP)(それぞれ、28,000元/m2および24,000元/m2)を著しく超えるのみならず、二地区の住宅の市場価格をも大きく上回る値となっている。仮説検定の結果、このWTA/WTPの違いは住民の便乗型の行動となった。WTAは補償基準としては望ましくないため、収用の前後における世帯の住宅に対する効用が維持されるよう補償額を決めることを提案している。この枠組みに基づけば、理論的な補償額を求めることができ、CA地区では41,500元/m2、CH地区では48,500元/m2となる。さらに、北京の200以上の現実のコミュニティでの住宅取得可能性を考慮すると、新たな補償額はそれぞれ34,800元/m2、59,300元/m2と算定される。最後に、職場の立地が補償水準に影響があるかどうかを検証した。均等分布パターンと(現実の北京の場合のような)中心偏在型パターンの二つの雇用パターンを比較した。その結果、均等分布パターンの方が、ほぼ全てのコミュニティで補償額が減少することが確認できる。

第五章では、現物補償が支給される場合の補償方法を分析している。移住に際しては住宅立地が最も重要な要素であり、建物の階数はさほど重視されない。都市経済の古典的理論と整合して、住宅規模と住宅立地のトレードオフがある。分析では、都心から9km離れる「亜運村」と20km離れる「回滝観」という住宅地に移住すると厚生の損失を補うために住宅の規模をそれぞれ2.5倍、3.5倍にしなければならないことが判明した。インタビューした低中所得層の世帯では、都心に居住することの強い選好が見られた。

最後の章は研究全体のまとめである。補償に際しては2つの要因が重要である。一つは住宅の規模である。都市内に適切な住宅の取得が難しいことがより大きな集合住宅に移転を余儀なくされ、補償額もその分嵩んでしまう。住宅市場ではより多様な規模の住宅、特に50m2未満の小さな集合住宅が取得できることが必要である。もう一つは都市の開発形態における中心偏在型の空間構成がある。北京では、雇用密度は都心部から周辺部に向かって減少していく。そのため、都市郊外に移住する世帯は長い通勤時間により大きな非効用を受けることとなる。計画的に多心型の都市構造に導き、郊外居住の問題を緩和することが望まれる。現状を勘案すれば、本研究の結果、現金及び現物の両方の補償スキームを混合することが良い。混合型補償スキームとしては、多様な規模の公共福祉型住宅を都心部、郊外部の両方に供給し、代替案として金銭的補償としてCH地区では66,000元/m2、CA地区では約37,000元/m2を提示することが望ましい。

本研究は、中国の都市開発において不可避的に大きな課題となっている適切な補償スキームのあり方を理論、実証の分析を通して示した意欲的な研究であり、学術的のみならず、実務的にも極めて貴重な結果を得ている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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