学位論文要旨



No 128651
著者(漢字) 李,呟俶
著者(英字)
著者(カナ) イ,ヒョンスク
標題(和) 環境配慮行動促進に向けた情報提供のもたらす効果
標題(洋)
報告番号 128651
報告番号 甲28651
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7825号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 准教授 片山,浩之
 東京大学 准教授 福士,謙介
 東京大学 講師 栗栖,聖
 国立環境研究所 室長 青柳,みどり
内容要旨 要旨を表示する

人々の環境配慮行動を促進し,個人の生活から環境負荷を減らしていくことが必要である.そのひとつの手段として,環境配慮行動に関わる情報の提供が考えられる.しかし,現在自治体等から提供されている様々な情報に対して,人々が十分に認知しているのか疑問であり,さらにその提供情報が人々の行動にまで繋がっていない状況が散見される.

ひとつには,提供している情報の内容が,人々の行動意図の喚起や行動促進に有効ではないのではないか,と考えられる.もうひとつには,情報を提供するメディアに,人々が積極的にアクセスできていない状態が原因ではないかとも思われる.そこで,本研究では,このような現状を改善し人々の環境配慮行動を促進するため,情報提供が環境配慮行動意図および実際の行動にどのように影響を与えるかに着目し,「現在の環境配慮行動の実施状況および行動実施の有無に対する理由は何か」,「誰にどのような情報を提供すると有効であるのか」,「人々がアクセスしうるメディアは何であるのか」,「実際にそのようなメディアを通じて,有効と考えられる情報を提供した場合に,人々はどのように反応するのか」を明らかにすることを目的とする.

研究の一段階として,現在の環境配慮行動の現状を把握する必要がある.本研究では,ソウル市と東京都の人々を対象にして両地域の実状に合わせた多様な環境配慮行動を用いて,両都市の人々が環境配慮行動をどれ位実施しているのか(実施率)を把握し,両地域の実施率に差はあるのか,ある場合にはその理由について考察した.その結果,行動実施率が50%以上となる行動はソウルの場合,対象とした56行動のうち42行動,東京の場合,52行動のうち37行動があり,両地域共に人々は環境配慮行動を行うと回答した.両地域とも実施率が最も大きい行動は,「B24:ごみ(ルール)」であり,行政がルールと定めた行動については高い実施率が見られた.「B29:生ごみ堆肥化」,「B46 :詰め替え商品」のように同じ行動であっても,44行動で両地域から統計的に有意な差があった.このように,実施率の差が見られる原因として,政策や社会整備環境の違い,個人の考え方による違い,個人属性による違いから要因すると考えられ検討した.両地域での政策や社会整備環境の違いから差が出る行動としては,「B29:生ごみ(堆肥化)」「B26:リサイクル(古着)」「B39:自転車・徒歩」「B40:公共交通」「B51:My Bag」といった行動が挙げられた.個人の持つ考え方の違いがどれ程実施率に差をもたらす影響および地域差をみるため,実施および非実施理由により行動を類型化した.実施理由を基にしたクラスターはソウル,東京共に,多くの行動が,「くせ」および「節約」を理由とするクラスター1に入り,非実施理由のクラスターは多くの行動が「手間」や「忘れる」「不便」を主な理由とするクラスターに類別された.最後に,両地域共に女性より男性の方の実施率が低く,総じて年齢が高くなるほど実施率が高くなる傾向が見られた.性別による地域差が見られなかったが,年齢による地域差が見られる行動は「B8:電源(テレビ)」「B32:再利用(紙)」であり,東京では若い人が,ソウルでは高年齢層の実施率が高かった.

次に,以上の現状把握の結果から,情報の影響を把握するため,実施率が60%以下,簡単に出来る行動,情報不足が非実施の原因となる行動,と基準を立て,ソウルにおいて簡単に出来る行動として,「B27:My Cup」(日常的に行う行動)と「B3:冷蔵庫温度設定」(一回だけ行えば良い行動)を,情報不足が原因となる行動として,情報不足を主理由とするクラスターから「B48:Carbon Cashbag」を選定した.

提供した情報としては,既往の研究から人の行動意図や実行動を誘発できる心理因子,リスク喚起,有効性認知,記述規範(他の人がどれ位実施しているのか)に働き掛けた情報を提供した.情報不足が原因となった行動について,一般情報としてCarbon Cashbagという制度についての説明を加えた.その結果,「My Cup」の「行動意図」においては,「情報提供なし」グループに比べ,全般的に情報を提供することで行動意図が上がる傾向が見られた.その中で,「リスク喚起+ごみ量」情報の示した行動意図が最も高かった.多重比較の結果からも,「情報提供なし」グループと「リスク喚起+ごみ量」の間には有意差が見られた.「実行動」においては,「情報を提供なし」グループより実行動得点が低いグループも見られ,実行動得点は大きくばらついており,統計的有意差は見られなかった.「リスク喚起+ごみ量」の得点が比較的高かったのは行動意図と同様であった

情報不足が非実施の主原因であった「Carbon Cashbag」の「行動意図」は,「一般情報」のみでも高い行動意図が見られた.他の提供情報グループとの行動意図得点の差も極めて小さく,追加的情報の影響が相対的に小さかったことが推察された.その中でも,「リスク喚起+製品+記述規範」や「リスク喚起+手続き+製品+記述規範」が比較的大きな値を示したか,統計的には有意差が見られなった.「実行動」においては,行動意図が高い割に,実行動得点は高くなく,情報グループ間にも統計的に有意な差は見られなかった.

簡単に出来る行動で一度だけ行えば良い行動として選択した「冷蔵庫(温度設定)」行動では,現在の設定が「強または中」である回答者における「行動意図」は,情報グループ間に有意な差が見られたものの,ほとんどの情報グループが「情報提供なし」グループの得点を下回り,「提供なし」グループより大きいグループは「記述規範」を単独で提供するグループのみであったが,その差は有意に無かった.「実行動」においても,「行動意図」と同様に,「情報提供なし」に比べて,情報を提供した際にむしろ「実行動」が下がり,有意差も見られなかった.設定温度が「弱」にしている人における,「行動意図」は「強または中」である人とは違って,「情報提供なし」グループと比べ,情報を提供することで全般的に増加する傾向が見られたが,統計的に有意とまではならなかった.「実行動」においても,情報間の有意差は全く見られなかった.

東京においては,ソウルとの比較に主眼を置き,「B27:My Cup」のみを対象行動として取りあげて解析した.その結果,「行動意図」においては,「情報提供なし」グループに比べ,全般的に情報を提供することで行動意図が上がる傾向が見られた.その中で,「リスク喚起+ごみ量+記述規範」「リスク喚起+割引+記述規範」「リスク喚起+ごみ量+割引+記述規範」情報の示した行動意図が高かった.多重比較の結果からも,「情報提供なし」グループと3つ情報グループの間には有意差が見られた.「実行動」においては,「情報を提供なし」グループより実行動得点が低いグループ1つ見られたが,ほとんどのグループで情報提供グループの実効同得点が高かった.しかし,実行動得点は大きくばらついており,統計的有意差は見られなかった.「リスク喚起+割引+記述規範」の得点が比較的高かったのは行動意図と同様であった.

「My Cup」のソウルと東京の行動意図と実行動の平均値を比較した結果,東京よりソウルの意図得点及び実行動得点が有意に高いことが分かった.それは,元々「My Cup」の実施率がソウルの方が高いことから要因したと考えられる.また,情報別の効果を見ると,ソウルの場合は「記述規範」情報を加えて提供する場合,記述規範情報の効果が少なかったが,東京の場合は,比較的に効果がある結果がでた.これは,「My Cup」の実施・非実施の理由から考えられる.クラスター分析の結果でソウルの場合,「環境・節約」のため実施し,「手間」が非実施の理由となることに対して,東京の場合は「他人」がするから実施し,「他の人もしない」が非実施の主理由となるクラスターに分類さらた.この理由で東京の場合記述規範の効果が少ないが見られた可能性が考えられる.

以上の結果より,「My Cup」の場合「リスク喚起+ごみ量」の情報,「Carbon Cashbag」において「一般情報+製品+記述規範」情報を用いて,実際の媒体を通じて情報を提供する際人の反応を分かるための社会実験をソウルで行った.実際の媒体は,人がよく接続する媒体の調査からFree Paper媒体として選定した.その結果,「My Cup」の「行動意図」においては,社会実験とオンラインアンケートの行動意図得点の間に有意差が見られ,社会実験の行動意図得点が有意に高かった.どの情報が意図を高めることに有意であったかの検定から「ごみ量」情報で正の効果が見られた.「実行動」においては,社会実験とオンラインアンケートの実行動得点の間に有意差は見られないが,オンラインアンケートの行動得点より社会実験の行動得点が若干高い傾向は見られた.

「Carbon Cashbag」の「行動意図」においては,社会実験とオンラインアンケートの行動意図得点の間に有意差が見られなけれども,オンラインアンケートの「一般情報」のみ提供したグループの意図得点より高くなる傾向が見られた.どの情報が意図を高めることに有意であったかの検定から「一般情報」で正の効果が見られた.「実行動」においても,行動意図と同様に社会実験とオンラインアンケートの実行動得点の間に有意差は見られなかった.しかし,一般情報のみ提供した場合の行動得点と有意確立1%で有意差が見られ,オンラインアンケートの行動得点より社会実験の行動得点が若干高くなる傾向が見られた.

本研究の結果から,各行動において,有効と考えられる情報の内容が異なり,社会実験の結果からは,「My Cup」の場合行動意図はオンラインアンケートの結果より有意に高くなること,実際に「ごみ量」情報を人々が有効と思ったこと,「Carbon Cashbag」においては,オンラインアンケートの同情報グループとの有意差は見られないが,オンラインアンケートの結果で情報グループ間に有意差が見られなかったの社会実験の意図得点が高いとも考えられる.また,多重回帰の結果から一般情報が行動意図に正の効果を与えたこと,実行動得点においては,一般情報のみ提供したオンラインアンケート得点間に有意確立1%で有意差が見られたことから,今後の環境教育や制度整備においても重要な知見を得られるものと考えられ,情報提供の媒体としてローカルメディアの可能性が示されたと言える.

審査要旨 要旨を表示する

地球環境問題、資源循環型社会形成など、今日の環境問題においては、消費者である市民の環境配慮行動が問題の解決に不可欠なものが多く、これらの行動の促進が大きな課題となっている。本研究は、「環境配慮行動促進に向けた情報提供のもたらす影響」と題し、社会調査を通じてさまざまな環境配慮行動の実施、あるいは不実施の理由を明らかにし、異なる種類の情報の提供が環境配慮行動の実行意図と実行動に与える効果を明らかにし、さらに韓国において情報提供の効果に関する社会実験を行った結果をまとめたものである。

第1章は「序論」である。

第2章は「既往の研究」で、環境配慮行動を始めとした既往の関連研究を整理している。

第3章は「環境配慮行動の現状把握及び行動の抽出」である。ソウル市民および東京都民を対象に58の環境配慮行動に対してそれぞれ2,400名、2,200名程度の数のアンケート調査を行い統計的解析を実施した。その結果、共通で問うた50の行動のうち、44行動で両都市の間で実施度に有意な差が見られた。これらの環境配慮行動を実施する場合のその理由、一方実施しない場合のその理由のそれぞれ第一位と第二位を元にして行動のクラスター分析を行った。その結果、両都市の間で同様のクラスターに属する行動もあるが、そうでない行動もあり、個人の考え方の相違による両都市の差異が見られた。個人の属性については、女性の方が実施率が有意に高い行動が多数見られ、また高齢者の方が実施率が高い行動も多く見られた。これらの調査結果を基にして、実施率が低く、情報不足が非実施の理由となっており、比較的簡単に始められる行動を抽出し、第4章の解析の対象としている。

一方、環境配慮行動に関する情報を提供する媒体を選定するための調査をソウルにて行い、ローカルメディアが有効であることを推定し、社会実験における情報媒体としてフリーペーパーを用いることの根拠を得ている。

これら両都市を対象にした系統的な調査はこれまでに例を見ないものであり、緻密な解析から興味ある結果を多く導き出している。

第4章は「情報が行動意図及び実行動に及ぼす影響」である。第3章の解析の結果選択した3つの環境配慮行動(マイカップ、冷蔵庫の温度設定、二酸化炭素削減製品の購入によってポイントが貯まるソウルのCarbon Cashbag)に対して、リスク喚起情報、手続き・有効性認知情報、記述規範の3種の情報を単独で、あるいは組み合わせて提供することによって行動意図及び実行動がどの程度生起するかを、社会調査によって調べた。この調査では、被験者をグループ分けし、異なる情報を提供し、それによる行動意図得点の変化を把握し、さらに同一被験者に対して、実行したかどうかを後日尋ねている。

マイカップの場合には、リスク喚起情報の提供により行動意図が上昇することが分かったが、記述規範情報の提供の効果は小さいこと、また実行動に対しては情報提供が有意な差をもたらさないことを明らかにしている。情報不足が非実施の原因になっていたCarbon Cashbagについては、一般情報のみでも行動意図が高まったものの、実行動には必ずしもつながったとは言えないことが示されている。

冷蔵庫の温度設定については、必ずしも情報提供の効果が行動意図の上昇につながるとは言えない。

このように、情報の種類によって環境配慮行動に対してもたらされる効果が異なること、行動意図に対しては情報提供の効果があるものの、実行動促進の効果は有意ではなかったこと、またソウルと東京の両都市の間では相違があることを明らかにしている。これら情報提供による効果については、従来にない緻密な比較検討がなされている点は高く評価できる。

第5章は、「社会実験」である。前章までの結果からマイカップとCarbon Cashbagを対象行動として抽出し、ソウルにて多数配付されるフリーペーパーの紙面にて情報提供を行い、その効果を検証した。マイカップの場合はリスク喚起情報とごみ量を、Carbon Cashbagの場合には一般情報と、対象製品、記述規範を情報としてイラスト付で提供し、併せて紙面で調査協力の依頼を行った。このうちマイカップについては、第4章の調査に比較して行動意図得点が有意に高くなった。

第6章は「結論」であり、本研究によって明らかになった点をまとめている。同じ行動でも、ソウルと東京では実施率と実施理由が異なること、非実施の理由が情報不足である場合には、行動に対する一般情報が有効であること、新たなフリーペーパーを用いた社会実験では、従来環境配慮行動の実施が低い男性若年層を中心に効果をもたらしたことを示している。

これらの研究においては、多様な環境配慮行動を扱いつつも、実施や非実施の理由を始めとした個別の行動の特性と市民側の属性を考慮しながら解析を行い、その結果から異なるタイプの情報提供の有効性についての解析を進め、更にそれを社会実験として実践している。この点は緻密な中にも実社会における応用を目指した研究として高く評価される。

以上、本研究において得られた成果には大きなものがある。本論文は環境工学の発展に大きく寄与するものであり、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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