学位論文要旨



No 128659
著者(漢字) 斎藤,季
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,トキ
標題(和) 術中における断片画像群を用いた多次元生体情報復元に関する研究
標題(洋)
報告番号 128659
報告番号 甲28659
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7833号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 中島,義和
 東京大学 教授 牛田,多加志
 東京大学 教授 佐久間,一郎
 東京大学 准教授 割澤,伸一
 東京大学 准教授 杉田,直彦
内容要旨 要旨を表示する

1.背景・目的

現在,医療の分野においてX線CT画像撮影をはじめとする3次元計測技術の発展により,患者の体内情報を高精細に取得できるようになっている.このような3次元の高精細な情報は高精度な手術に貢献してきた.一方で,手術室の制限などによって手術中に得られる画像は断片的な画像に限られ,また,患者の被曝量や医療従事者の日常の被曝量を抑える必要がある.このような背景から,手術中の断片的な情報と手術前に取得可能な高精細な情報を統合することで術中に患者の3次元情報を復元し利用する研究が行われている.これに対する最も基本的な研究として2-D/3-Dレジストレーションが挙げられる.この手法では術前にX線CT画像撮影装置などを用いて患者の臓器の3-D形状を取得し,術中の2次元X線画像内に映る患者臓器の輪郭情報に対し幾何的に位置合わせすることでX線画像に対する臓器の位置姿勢を推定する.通常,適用対象は術前および術中で変形が無いと仮定した単数の骨であるが,関節を挟んだ複数の骨間の相対位置姿勢を推定する手法も提案されている.

2-D/3-Dレジストレーションは患者に接触せずに臓器の位置姿勢を推定することができる優れた手法であるが,3-D形状を取得するために用いるX線CT画像撮影の被曝量や撮影画像からの臓器の抽出コストが高いという問題点がある.そこで,患者への侵襲性を低減するためにX線CT画像を用いずに臓器の形状を取得し,用いる2-D/3-Dレジストレーション手法が提案されている.最も基本的な方法として,臓器の形状を単純な幾何形状と仮定することで複数枚の2次元X線画像から臓器の形状と位置姿勢を推定する手法が提案された.この手法はX線画像に映る脊椎の輪郭線を空間上に投影し,輪郭線に囲まれる領域に円柱を当てはめることで脊椎の位置姿勢を推定する.しかし,実際の脊椎の形状は円柱とは異なり,また,X線画像上の輪郭線には臓器の凹部形状に関する情報が含まれないため,臓器の凹凸部を考慮した推定を行うことができなかった.次に,この問題を解決する手法として提案されたのが臓器の統計形状モデルを使用する手法である.この手法では,臓器の3次元形状を統計的に記述した統計形状モデルを作成し,そこに患者の術中X線画像情報に加えることでX線画像内に写る臓器の形状および位置姿勢を推定する.単純幾何形状を仮定する場合と異なり,臓器の凹部を含めた形状全体を統計的に推定することができる.この手法を応用し,複数臓器の形状および位置姿勢推定や,外力による臓器変形に対応した2-D/3-Dレジストレーションが実現できると期待されている.これらの統計形状モデルを用いたシステムの適用が期待される症例として骨折があげられる.骨折は日常的に発生する症例であり,骨折の治療においてX線CT画像を取得することはX線の被曝量を鑑みると好ましくないためである.しかし,統計形状モデルが記述可能な変形はトポロジーが変化しない変形であるため,骨折をはじめとする臓器形状にトポロジー変化が起きる症例に対し統計形状モデルを適用する手法はまだ提案されていない.そのため,臓器形状がトポロジカルに変化する事例への対応手法を提案する必要がある.そこで,本研究では,従来では成し得なかった臓器形状がトポロジカルに変化する事例への対応を課題とし,それを解決する手法を提案・実装し,実現可能であることを示す.またこの時,本研究では提案する手法の適用対象として特に形状のトポロジーが変化する骨の破断すなわち骨折症例を対象とした.

2.手法

提案する手法は以下の二つのステップで構成される.:(1)局所特徴量を用いた対応点設定による統計形状モデルの高精度化,(2) トポロジー変化に対応可能な統計形状モデルの変形アルゴリズムを用いた骨折骨の形状および位置姿勢推定.統計形状モデルを用いた推定計算は統計形状モデルを初期値とした非線形計算であるため,ステップ1により高精度な統計形状モデルを作成し,それを用いてステップ2で推定計算を行う.詳細を以下に述べる.

2.1 統計形状モデルの高精度化

統計形状モデルの作成には同一種類の臓器モデル間で対応関係を取得し,固有値計算を行う必要がある.そのため,統計形状モデルを高精度化するために新たな対応点設定手法を提案する.医療分野における臓器間の対応点設定においては,類似の形状的特徴をもった局所的な領域の対応と対応点間の順序構造の維持が必要である.一般に表面形状モデル間でこれらを満たすのは困難である.これは直接的な3次元形状の対応付けには形状及びスケールの違いと位置姿勢を考慮する必要があるためである.提案手法では,骨形状モデルをトポロジー的に同一の単純な基本形状(本論文では球)に変換し,同時に変形前の形状の曲率分布情報を基本形状上にマッピングする.そしてマッピングされた曲率分布を用いてテンプレートマッチングを行い,変形前の局所特徴領域間の対応関係を取得する.曲率分布のマッチングにより形状のマッチングを行えることから,形状モデル間の対応点設定を行うことができる.また,曲率値が小さくテンプレートマッチングが行えない領域は曲率情報を用いて設定された対応点情報を補間することで対応点を設定する.以上をまとめると,テンプレートマッチングにより局所特徴領域間の対応を実現し,補間により対応点間の順序構造の維持を実現する.

2.2 統計形状モデルの骨折への応用

統計形状モデルは複数の健常骨形状より作成され,個人間における骨の平均形状と平均的な変形を数学的に記述したものである.そのため統計形状モデルはトポロジー変化を伴う骨折骨形状を記述できない.しかし,骨折とは骨片間に相対位置姿勢変化が生じている状態であり,骨片を整復した骨の形状は統計形状モデルを用いて表現可能である.そこで提案手法では以下の3つの手順を用いて対応する.(i)統計形状モデルの平均形状を使用して, X線画像内に写る骨折骨片ごとに位置姿勢推定を行う.(ii)統計形状モデルの形状の最適化を行う.この時,(i)において推定された骨片ごとの位置姿勢情報を用いることで骨折前の骨の輪郭情報を推定し,推定された骨の輪郭情報にマッチングするように形状を最適化する.(iii)凸射影法を用いて(i),(ii)を再帰的に繰り返すことで位置姿勢および形状の最適化を行う.以上の手順により,骨折症例における骨の3次元情報を復元する.

3. 実験

3.1 統計形状モデルの検証実験

2.1節において提案した対応点設定手法を用いて対応点設定を行い,統計形状モデルを作成し,その精度を検証した.検証項目として,対応点設定結果の定性的な確認,統計形状モデルを用いて骨形状を推定した際の距離誤差及び体積推定誤差,さらに解剖学的特徴点位置の推定誤差を検証した.対応点設定では,凸部などの局所的特徴領域が適切に対応しているのが確認され,さらに対応点間の順序構造が維持されていることも確認できた.また,骨形状推定精度及び特徴点推定精度においても従来法により作成した統計形状モデルと比べすべてにおいて精度が高くなり,有意差が認められた.舟状骨を用いた場合,平均誤差0.1 mm,最大形状推定誤差が0.5 mm となり,最大誤差でも形状モデル作成に使用したX線CT画像の解像度と同等の精度を達成することが出来た.これにより提案手法を用いることで従来よりも高精度な統計形状モデルを作成することが確認できた.

3.2 骨折骨への適用実験

2.2節において提案した手法を用いて骨折骨の位置姿勢推定精度と形状推定精度を検証した.実験はシミュレーション実験と骨折整復ロボットシステムへの適用実験の2つについて行った.

3.2.1 シミュレーション実験

対象とする症例は舟状骨骨折とした.また,転移が発生する代表的な症例として骨折の種類は腰部骨折とした.骨片間の相対位置姿勢を6自由度のそれぞれの成分に対し変更することで,相対位置姿勢に応じた舟状骨腰部骨折症例を仮想的に作成し,提案手法を適用して精度を検証した.相対位置姿勢に関して,並進は各軸-5 mm~5 mmまでを想定し,回転は各軸-60°~ 60°を想定した.また,その際に用いた座標系は健常時の舟状骨を固有値解析することで取得した. 評価項目として位置姿勢推定誤差と形状推定誤差を用い,比較対象として,骨折症例を考慮していない従来の統計形状モデルを用いた2-D/3-Dレジストレーションを比較対象とした.その結果,提案手法を用いた場合,骨片間の相対位置姿勢と精度に依存関係がないことが確認された.これに対し,従来手法では骨片間の位置姿勢変化が大きくなるにつれ推定誤差は大きくなり,精度は提案手法を下回った.以上により提案手法の効果が確認できた.

3.2.2 骨折整復ロボットシステムへの適用実験

2.2節において提案した手法を用いることで骨片間の相対位置姿勢行列を求めることが出来る.そのため,整復動作における整復位置を自動的に生成することが出来る.本実験ではそれを利用して,提案手法により求まった整復位置に骨折整復ロボットシステムを誘導し,その際に得られる整復誤差を評価した.症例は大腿骨骨幹部骨折とし,Sawbones社製の大腿骨モデルを用いて骨幹部骨折を模したモデルボーンを作成・使用した.その結果,並進誤差1.9 mm, 角度誤差0.8°とり,医療において求められる2 mm,3°の精度を満たすことができた.これにより骨折症例に対する統計形状モデルを用いた手術支援システムの実現が可能であることが示された.

4 結論

本研究では高精度な統計形状モデル作成手法の提案と骨折骨症例への応用について示した.本研究では高精度な統計形状モデルの作成のために,表面モデル間の新たな対応付け手法の提案を行った.この手法ではトポロジー的に同一位相の基本的な形状に変換することで,形状の対応付けを球面の曲率画像間のテンプレートマッチングへと変換した.これにより,局所的な特徴領域の対応付けと,対応関係における順序構造の維持を両立した.この手法により作成された統計形状モデルは舟状骨の場合,平均誤差0.1 mm,最大誤差0.5 mmの精度を示し,高精度な形状推定が可能となった.

次に,統計モデルの骨折骨への応用手法を提案した.この手法では,骨折骨片ごとの位置姿勢と骨折前の形状を推定が可能となった.検証実験より提案手法は骨折骨片の位置によらず安定しておりかつ精度が高いことを示した.さらに本手法を骨折整復ロボットシステムに適用し実空間における適用可能性を検討した.その結果.並進誤差1.9 mm, 角度誤差0.8°の誤差で骨の整復を行うことができ,臨床における必要精度を満たすことができた.骨折症例に対する統計形状モデルを用いた手術支援システムの実現が可能であることが示された.

以上で統計形状モデルの高精度化とそれを用いた骨折骨への応用手法を提案し検証を行った.本研究における提案手法は以下の点で優位と言える.

・表面形状モデルの形状に依存しない対応設定が可能である.

・形状の特徴部分が対応付けられるため,高精度な統計形状モデルが作成できる.

・断片的な骨折画像から,骨片の形状及び位置姿勢と健常時の骨形状が復元できる.

・骨折整復の整復位置が自動的に算出される.

これらにより,断片画像群から多次元的な生体情報復元が行えたことを確認した.

審査要旨 要旨を表示する

現在,医療の分野においてX線CT画像撮影をはじめとする3次元計測技術の発展により,患者の体内情報を高精細に取得できるようになっている.このような3次元の高精細な情報は高精度な手術に貢献してきた.一方で,手術室の制限などによって手術中に得られる画像は断片的な画像に限られ,また,患者の被曝量や医療従事者の日常の被曝量を抑える必要がある.このような背景から,手術中の断片的な情報と手術前に取得可能な高精細な情報を統合することで術中に患者の3次元情報を復元し利用する研究が行われている.

この研究への取り組みとして,術前術中で変形のない剛体を仮定した一つの臓器への対応から始まり,関節を挟んだ複数の骨や,臓器自体が変形するものに対しての対応が検討されてきた.本研究では,さらに,従来では成し得なかった臓器形状がトポロジカルに変化する事例への対応を課題とし,それを解決する手法を提案・実装し,実現可能であることを示した.

第1章では,既存の手術支援システムを紹介するとともに従来の3次元情報復元手法であるX線画像と統計形状モデルを用いた2-D/3-Dレジストレーションの限界について説明し,本研究の必要性を述べている.本研究では提案する手法の適用対象として特に形状のトポロジーが変化する骨の破断すなわち骨折症例を対象とした.

第2章では,患者の骨の3次元情報の復元に用いる統計形状モデルの高精度化手法を提案している.統計形状モデルの作成には同一種類の骨間において形状の対応関係を取得する必要がある.本研究では形状の対応関係取得に使用する局所特徴量として局所曲率の分布を使用する.さらにこの時,各対応関係における順序構造を維持するために,骨形状とその局所曲率分布をトポロジー的に同一である単純形状に射影し,射影された曲率分布間で非線形マッチングを行うことで対応関係を設定する.これにより,骨間において類似した形状特徴量を持つ領域間の対応とその際の順序構造の維持,さらには骨のスケールと位置姿勢に依存しない対応設定が実現される.実験において,得られた対応関係を用いて作成された統計形状モデルが従来の統計形状モデルに比べ高精度な形状復元能力を持つことが確認された.

第3章では骨折症例における骨の3次元情報を復元するために,骨折骨を撮影した術中X線画像と統計形状モデルを用いて骨折骨片の位置姿勢および形状を再帰的に推定する凸射影法を用いた復元手法を提案している.統計形状モデルは複数の健常骨形状より作成され,個人間における骨の平均形状と平均的な変形を数学的に記述したものである.そのため統計形状モデルはトポロジー変化を伴う骨折骨形状を記述できない.しかし,骨折とは骨片間に相対位置姿勢変化が生じている状態であり,骨片を整復した骨の形状は統計形状モデルを用いて表現可能である.そこで提案手法では以下の3つの手順を用いて対応する.(i)統計形状モデルの平均形状を使用して, X線画像内に写る骨折骨片ごとに位置姿勢推定を行う.(ii)統計形状モデルの形状の最適化を行う.この時,(i)において推定された骨片ごとの位置姿勢情報を用いることで骨折前の骨の輪郭情報を推定し,推定された骨の輪郭情報にマッチングするように形状を最適化する.(iii)凸射影法を用いて(i),(ii)を再帰的に繰り返すことで位置姿勢および形状の最適化を行う.以上の手順により,骨折症例における骨の3次元情報を復元する.実験において舟状骨骨折および大腿骨骨折に対し手法を適用し,提案手法による推定が骨片間の位置姿勢によらず安定であることを示した.さらに大腿骨骨幹部骨折を想定したプラスチック骨ファントムを用いて大腿骨骨折整復システムに提案手法を適用した結果,並進誤差1.9 mm, 角度誤差0.8°となることが確認された.この誤差は手術支援システムの目標精度である2mm,2°を満たしているため,要求精度を満たしていることが確認された.

第4章では第2章および第3章において提案された手法に対する総合的な考察を述べ,また将来展望について述べている.

第5章では,本研究の結論が述べられている.

以上をまとめると,本研究は,従来では成し得なかった骨形状のトポロジー変化に対応した形状復元および位置姿勢復元手法とその際に必要となる高精度な統計形状モデルの作成手法を提案した.また骨折を対象とした手術支援システムに本手法を適用し,十分な精度が得られることを示した.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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