学位論文要旨



No 128664
著者(漢字) 蛯原,雅之
著者(英字)
著者(カナ) エビハラ,マサユキ
標題(和) 統合的な都市水管理のための地表・地下・管路網流れ連成モデルの研究
標題(洋)
報告番号 128664
報告番号 甲28664
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7838号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 教授 粟飯原,周二
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 准教授 白山,晋
 東京大学 准教授 北澤,大輔
内容要旨 要旨を表示する

昨今,集中豪雨(ゲリラ豪雨)やヒートアイランド現象などの都市問題等を背景に「水循環健全化」の必要性が改めて認識されている.都市域を含む水循環系全体における地域主体の流域づくりや問題解決の糸口を示すものとして平成15年に『健全健全な水循環系構築のための計画づくりに向けて』(健全な水循環系構築に関する関係省庁連絡会議)が公表され,また,平成18年には『第三次環境基本計画』の重点分野政策プログラム(10 分野)の一つとして『環境保全上健全な水循環の確保に向けた取組』が位置づけられた.

また,平成19年には『健全な地下水の保全・利用に向けて』(今後の地下水利用のあり方に関する懇談会)により,公水として位置づけられていない地下水についても適正な利用・保全のあり方が示され,更に近年は「水循環基本法」に関する議論が活発化するなど,水循環に関わる様々な議論がなされている.

本研究で対象とする都市域の水循環は「自然的な水の流れ」と「人工的な水の流れ」に分けて捉えられており,観測・調査・解析あるいは事業計画等の行政上の対応についても,自然系と人工系を切り離し,更には行政分野毎に分けて議論されてきた.このため,水制御・水管理に関する数理モデリング技術も,河川・下水道・地下水環境・水循環等の各分野ごと,また検討目的ごとに開発され,数理的検討において分野間の相互作用やトレードオフを十分考慮せずに部分最適の施策が展開されてきた結果,水循環全体としてのバランスの悪化や不整合を招き,近年,統合的な水マネジメントの必要性が指摘されている.

しかし,統合的な水マネジメントが広く理解されつつある一方,具体的な施策や事業への反映を議論するための,「水循環全体を一体的・統合的に解析できる技術」は未整備である.例えば,流域や都市域における水収支を捉えるための水循環モデルは幾つか提案されているが,それらは,「自然系水循環を物理モデル(地表地下水モデル等)として解きつつも人工系の水は境界条件(流出入境界等)」としたり,逆に「人工系水循環を物理モデル(下水管路網モデル等)として解きつつも自然系の水の挙動を境界条件(水位境界等)」とするなど,時間スケールや空間スケールの解像度の異なる自然系流動と人工系流動の相互作用は必ずしも実態通りに考慮されていない.

そこで本研究では,自然系流動と人工系流動の非定常現象を統合的に取り扱い,より合理的な都市の水制御・水管理に資するための数理モデルを開発することを目的として,自然系水循環を構成する地表水・地下水流動と,都市域の人工系水循環を構成する主要要素である管路網流動を,同一の方程式系・離散化格子系で一体的に取り扱う統合モデルの開発を行った.また,開発モデルの妥当性を検証するため,三次元格子化モデルとして離散化した本開発コードの管路網モデルと実務における汎用モデルとの比較計算,人孔蓋密閉箇所の封入空気圧変動の算出機能確認,及び管路網流動と自然系流動との相互作用や実スケール問題への適用に関する検討を行っている.

研究の具体的な内容・成果については以下のようにまとめられる.

(1)統合モデルの開発にあたり,既存モデルのレビュー及び実務で用いられる主要モデルの比較を行い,開発モデルに求められるニーズと開発仕様の整理を行った.

本開発モデルは以下の水循環プロセスを統合的に連成して解くことが可能である.

・地表水及び地下水の流動

・地盤中の間隙空気の流動

・管路網(又は空洞)内の水及び空気の流動

・管路網(又は空洞)内外の水及び空気の流出入

また,以下の流動系/媒体を同一モデル内で構築することが可能である.

・地表水,地下水流動系/地形・地質構成

・管路網流動/人孔・管路の形状・配置等

・上記流動系間の相互流動

(2)上記プロセスにおける水の挙動を統合的に取り扱うため,(1)気相圧力,(2)水相飽和度を解析対象とし,地表水流動及び管路網流動における水深・水深勾配を圧力・圧力勾配に置き換えた形式で開水路運動方程式を導入し,一般化ダルシー式と同形式の陰的差分展開による離散化を行った.

開水路運動方程式の圧力単位系への変換及び導入に当たっては,水深勾配を圧力勾配に反映するための擬似毛管圧力,空間格子(自由水面格子)から周辺地盤格子への流動において非現実的な水の挙動(上部地盤格子への水の吸い上げ)等の不具合を回避するための調整係数の導入等を行っている.

(3)統合モデルは,自然系流動を取り扱う「(1)地表・地下水流動気液2相系・3次元モデル」,人工系流動を取り扱う「(2)管路網流動・気液2相・三次元モデル」,及び(2)を(1)に統合できる三次元格子構造モデルに変換するための「(3)管路網離散化手法」と出力用の「(4)ポストプログラム」から構成される.

(4)特に,管路網離散化手法による管路網情報の三次元格子化は,「地表水・地下水流動モデル」や「水循環モデル」等との統合解析を可能とすることにより,下記の応用分野への適用性を高めるものである.

・豪雨時の「下水管路網流れ」「溢水の地表流動,湛水,浸透」「人孔再集水」等を一体的 に解析することにより,内水氾濫状況の解析精度を向上させる.

・浸水対策や流出負荷対策として雨水を地下浸透処理する際の実質的効果量の予測精度を高めるとともに,地下水流動や地下水汚染への副次的影響も評価できる.

・浸透由来の下水道不明水や豪雨時の下水道管路網から周辺地盤への流出入について定量的に評価し,要因箇所の逆解析評価,対策や流出汚濁物質の挙動解析を可能とする.

・都市域の水循環システムにおける水収支分析精度を向上させる

(5)開発したシミュレーションモデルの「管路網解析」機能の動作確認のため,「汎用ソフトとの比較による管路網三次元化モデルの検証」及び「管路内水位上昇時の人孔内空気圧の算出」を行い,流動状況全体としては妥当な計算結果(水位変化・圧力変化)が得られることを確認した.ただし、流出入境界条件の設定等、実用化に向けて改善すべき点も明らかとなった.

また,「地下空洞内流動解析」機能の検証として,ダルシー式のみによる従来型の浸透流解析計算との数値実験による比較,および室内模型実験結果との比較検討を行った.

(6)自然系と人工系の連成計算(カップリング)の動作確認のため「平常時における管路内への地下水浸透(不明水)」及び「豪雨時における管路から周辺地盤への流出入」の試算を行い,管路網流動量・地盤透水性・地下水位等の条件組合せにより流出入水量が変化するなど、異なる流動系を一体モデル上で解析できることを確認した.

(7)実スケール問題への適用検討として,「河川堤防内構造物周辺の空洞化問題への適用」及び「豪雨時における管路網及び地表水・地下水流動の一体解析」を行っている.

前者の検討では,河川堤防の樋門下部空洞を数値シミュレーションモデルに考慮することにより,河川水位上昇時に空洞がバイパス管となって河川水が流入する状況,及び遮水対策工により樋門上下流隣接堤防内の浸潤面を上昇させる状況を試算した.

後者においては,豪雨時に人孔から溢水した水の地表流出挙動および下流側人孔における再流入の状況について,地盤の湿潤状況・透水性やその分布に応じた地下浸透流動・地下水流動等を考慮した一体解析を行った.

(8)最後に,工学部4号館屋上への降雨を対象に雨水採水・水質試験を行い,都心部における雨水水質に関する基礎調査,及び事前晴天日数に応じた負荷流出累積量の考察を行った.これは,本研究で開発したシミュレーションモデルに,将来的に物質移動解析の機能を付加することを念頭に置き,物質循環を考慮した汚染解析や水利用解析における境界条件設定のための基礎データを取得したものである.

以上により,本研究で開発した地表・地下・管路網流れ連成モデルの基本的機能の妥当性と有用性が示されたと考えられる.対象領域が局所的であれば現段階でも現場への適用が可能であるが、より広域(例えば河川流域規模)あるいは起伏の大きな地域への適用性や管路網モデルの精度向上を図るため、実運用の中で以下の改善を図りたい.

・管路網モデルにおける人孔内鉛直流動の定式化、流出入境界条件の自由度向上

・複雑な管路網モデル化への対応、管路網計算結果の空間的な表現など、入出力プログラムの機能向上

・一般座標系の導入による格子構造の自由度向上 など

また、今後の展望としては、以下のような問題への適用を目指していきたい.

・雨水,地下水,再生水等を量的及び質的に考慮した都市水利用・水制御マネジメント

・空洞化問題(特に空洞拡大プロセス等の数理モデル化)への応用

・アジア、東北復興等における水インフラ統合管理への寄与

審査要旨 要旨を表示する

近年,集中豪雨(ゲリラ豪雨)による洪水やヒートアイランド現象などの都市問題等を背景に「水循環健全化」の必要性が改めて認識され,河川・下水道・地表水・地下水環境全体をつなぐ統合的な水管理の必要性が広く認識されつつある.しかし,従来,分野毎に対象となる水の動きを解析し計画・設計をすることが多く,分野間の水の相互作用については十分考慮されてこなかったのが実状であり,これは,空間・時間スケールの異なる自然系流動と人工系流動の両方を取り扱う技術が未開発であったことが一つの大きな理由と考えられる.

そこで,本研究は,降雨,地表流出,地下浸透,地下水流動,河川流出等の自然系水システムと,河川・水路,下水道管路,貯留浸透施設等の人工系水システムを物理的に包含できる先駆的モデルとして『都市の地表・地下・管路網流れを連成した統合解析モデル』の開発を行った.本研究の具体的な内容・成果および開発モデルによる主な改善点は次のようにまとめられる.

(1) 統合モデルの開発

本研究では,下水管路網流動,地表流動,地下水流動等の各流動をモデル化すると共に,相互作用を一体的に考慮できる統合モデルを開発した.このモデルには以下の諸点が考慮されている.

・自然系の水挙動に関して,地下水流動には気液2相一般化ダルシー流れ式,地表水流動に開水路運動方程式の拡散波近似モデルを適用した.

・異なる構成則による流動を統合するため,開水路(管路)と地盤の接続部はダルシー則を適用し,擬似的な方向別相対浸透率,擬似毛管圧による流れの制御を行い滑らかな連続性を確保した.

・人工系の管路網に関しては,従来,一次元管路モデルを多数連結して上流側から陽的に解く方法が下水道分野等の実務で使われているが,本研究では開水路および圧力管流れを自然系流動と同様に2相流れとして,完全陰的に解く手法を採用した.

・連成系の基本データを作成するため,管路網情報処理プログラムの開発を行った.これは,管路網情報として与えられる人孔情報(形状・管底高・地盤高・接続管路),管路情報(断面形・粗度・接続人孔・接続高(又は勾配)・管路長)から,人孔・管路の3次元差分型離散化格子モデルを自動生成するプログラムである.また,可視化処理プログラムの開発も行った.

(2) 動作確認及び検証

開発された統合モデルの動作確認・検証および実問題への適用検討を行った.その内容は以下のようにまとめられる.

・河川構造物の一つである樋門下部の空洞生成を想定した数値実験を行い,従来のダルシー則のみによる評価方法と比較し一意性の点で優位な再現性を確認した.

・堤防断面を模した室内模型実験により,空洞の有無による地盤中の水圧分布の計測を行った.計測結果は開発したモデルにより整合的に再現された.

・模擬的に3次元的な管路網を設定し,下水道管路網解析汎用ソフトとほぼ同じ条件下での動作比較を行った結果,開発したモデルにより同様の計算結果が得られることを確認した.

・自然系と人工系の連成計算の動作確認のため,管路の亀裂を想定し,管路内への地下水浸透(不明水),及び豪雨時における管路から周辺地盤への流出入の試算を行った.その結果,管路網流動状況・地盤透水性・地下水位等に応じて流出入水量が算出され,異なる流動系の一体解析が可能である点を確認した.

(3) フィールドスケールへの適用検討

・堤防安全性検討の一つとして,樋門下部の空洞化問題を取り上げ,三次元的なモデル化を行った.従来は堤防一般部を対象に断面二次元浸透流解析による検討が行われているが,空洞内連通の考慮と縦断方向を含めた三次元的なモデル化により,浸透破壊対策として講じられる止水工周辺で起こる水の回り込みのため上下流隣接堤防では浸潤面が上昇し,安全性が低下する可能性が指摘された.

・都市域の実際の下水道管路網情報,及び地形・地質情報を利用して,主要枝管(径600mm以上)まで考慮した管路網と地表水・地下水流動の統合モデルを構築し,相互影響の解析可能性を検討した.ケース設定として,豪雨時に高所の人孔から流入した大量の水が低地人孔から溢水・地表流出し,透水性に応じて地盤浸透する状況,下流側人孔へ再流入する状況を追跡した.このような計算により,複雑な管路網流れ,地盤透水性の面的分布に応じた実質地下浸透量を考慮した管路網への再集水等の一体解析が可能であることを確認した.

(4) 都市域の雨水水質に関する現地データ取得および解析

都市型洪水対策においては地下浸透施設による流出抑制も重要となるが,降水が降下した屋根面・地表面で様々な沈着物質を溶存するため地下水汚染の懸念が生じる.本研究では,工学部4号館屋上への降雨を事前晴天日数(降雨までの日数)毎に採水し,水質分析を行った.この結果,初期雨水の含有成分12項目の負荷流出特性グラフ,及び事前晴天日数と累積降雨量に対するBOD・全窒素の流出負荷量非線形回帰式が導かれた.この成果は,将来的な統合モデルによる物質移動解析の基本情報となる.

以上より,本研究で開発された統合モデルは,都市域の自然系・人工系の流れを統合的に考慮した水マネジメントシステムの定量評価,特に,内水氾濫状況の解析精度向上,雨水浸透施設や地下水涵養施設の実質的効果量の予測,下水道不明水対策,豪雨時の下水道管渠からの水の流出入評価,人孔蓋の噴出予測,都市の水循環システムにおける水収支分析精度の向上,などに今後の寄与が大いに期待される.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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