学位論文要旨



No 128669
著者(漢字) 井手,和幸
著者(英字)
著者(カナ) イデ,カズユキ
標題(和) 超長梁の衝撃軸圧縮挙動
標題(洋)
報告番号 128669
報告番号 甲28669
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7843号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 教授 小松,敬治
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 准教授 横関,智弘
 日本大学 教授 宮崎,康行
内容要旨 要旨を表示する

宇宙空間において,太陽光発電やソーラーセイル,観測・通信用アンテナ等は特に高性能化のために大面積の受光面やリフレクタを必要とする.これらを実現する方法として,膜面またはメッシュを展開して利用するものや,モジュール化されたユニットを連結し巨大化する構造が考えられており,既にその一部は実証段階にある.膜面形状の維持やモジュール連結構造を保持するためには,梁などの構造部材によってそれらを支持しておくことが必要となるが,この際の梁の圧縮問題が大きな課題の一つとなる.これは,梁が圧縮力を受ける場合,一般に座屈荷重が梁長の二乗に反比例するため,先に挙げた例のように構造物が大規模になるほどこれらを構成する梁は座屈破壊を起こす危険性が大きくなるからである.

そこで本研究では,宇宙の大規模構造物での使用が想定される非常に長い梁(超長梁)の圧縮力伝達方法として,定常的な力の代わりに衝撃力を利用したパルス波を用いる手法を提案した.また,衝撃軸圧縮に対する超長梁の変形挙動についての理論的解析手法を開発し,さらに数値的,実験的に梁の挙動を考察した.

最初に,衝撃軸圧縮に対する梁の変形量解析についてまとめた.通常,圧縮力が梁全体にわたって負荷されるような短い梁についてはPulse buckling理論を適用することで梁に生じる最大変位を求めることができる.ところが,本研究のように発生する圧縮波が梁長に比して極めて短い場合,梁内部では被圧縮区間と非被圧縮区間とが混在し,梁全体を解析対象とすることは困難である.そのため,本研究では超長梁の長手方向に特定長の解析区間を連続的に設け,区間毎に二次元大たわみの梁理論を適用することで梁中の圧縮波伝播の影響を考慮した解析手法を提案した.本手法により,圧縮波長が梁全長より十分短い場合でも梁の変形を理論的に取り扱うことが可能となった.また,梁は様々な形状の梁固有の初期不整を有している.任意の初期不整形状に対応するため,本研究ではフーリエ変換によって初期不整をモード分解し,モード毎の解析結果を示した.これにより,ある圧縮パルス波が梁に与えられた際,特定のモードが非常に大きな変形を引き起こすことが示され,そのモードは入力の圧縮力および力積に依存して変化することが新たに示された.さらに,梁の最大変位量は梁に与えられた力積量が支配的なパラメータとなることが示され,変形量を初期不整の大きさ程度に抑えるための力積量の指標である特定力積量の概念が提案された.この特性力積量は梁のヤング率や密度等の材料特性から表わされ一意に決定されるため,超長梁へ負荷する圧縮力積量の目安を簡易に示す重要な指標となる.

次に,この問題に対して有限要素法による二次元弾性解析を行った.梁に加える圧縮力や圧縮の時間を様々に変化させて超長梁に与え,生じる梁の変形量についてパラメトリック解析を行った.また,多様な初期不整形状を用意し,それぞれに対する解析を行った.その結果,圧縮力や圧縮時間を変化させても与えた力積量が同じ場合,梁は同様の最大変形量を示し,それらは理論解析によって予想された結果によく一致した.また,理論解析により示されていたモードにおいて想定通りの大きな変形が発生したことから,大変形を引き起こすモードの解析についても,その確からしさが示された.ただし,両解析はいずれも弾性範囲内で行われており,たとえば梁に負荷される圧縮力が圧縮降伏応力等の材料強度を超えて大きくなる場合には,座屈以外にこれらの影響を考慮する必要がある.

さらに,実験室レベルでの梁の衝撃軸圧縮問題の実験手法の提案が成された.宇宙大規模構造物への使用が想定される超長梁の問題について地上実験を行うにあたり,次の三点が問題となった.まず一点目は,実験室レベルの実験では取り扱える梁の長さが限られており,座屈荷重がそれ程低くならないという点である.このような梁に対して,加える圧縮力の大きさや圧縮時間を様々に制御しながら,座屈荷重を超える大圧縮を安定的に負荷することは困難である.二点目に,本研究では梁長に対して極めて短い圧縮波を発生させる必要があるが,構造部材に用いられる梁は一般に弾性速度が大きいため,これを達成することが困難となることである.また同時に,梁変形の観測も困難となる.三点目は,梁に加わる重力の影響を排除しなければならないことである.そこで,一,二点目の問題に関しては巨視的な縦弾性率が小さいペーパーハニカムコアを梁の材質に用いることで解決し,三点目は梁を懸架することによって対処した.梁の変形量は高速度カメラで撮影された画像を解析することによって得られた.梁に負荷された圧縮と梁の変形量とを詳細に解析すると,梁の変形量は圧縮力や圧縮時間ではなく与えられた力積量によって支配されることが確認された.また,特定のモードで大きく変形が発生することが示され,これらは理論解析によって得られた結果と同様の傾向を示した.ここで,梁の初期形状は非常に複雑であり,また実験を行う度にその形状は変化することから,任意の初期不整形状に対して,提案された理論結果が有効であることも同時に示された.

本研究では大型構造物への適用を見据えた超長梁の新たな圧縮力伝達方法が提案され,解析並びに実験によってその有効性が明示された.示された概念は従来とは異なる革新的な圧縮力支持法であり,大規模構造物を主とする宇宙利用の拡幅に寄与するものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学) 井手 和幸 提出の論文は「超長梁の衝撃軸圧縮挙動」と題し、6章と付録からなっている。

宇宙空間において、太陽光発電やソーラーセイル等は高性能化のために大面積の受光面やそれを支える構造物を必要とする。これらを実現する方法として、膜面またはメッシュを展開して利用するものや、モジュール化されたユニットを連結し巨大化する構造が考えられている。膜面形状の維持やモジュール連結構造を保持するためには、一般に梁などの構造部材によってそれらを支持しておくことが必要となるが、この際の梁への圧縮問題が大きな課題の一つとなる。これは、梁が圧縮力を受ける場合、一般に圧縮座屈荷重が梁長の二乗に反比例するため、構造物が大規模になるほど、それを構成する梁は座屈による大変形とその結果としての破壊の危険性が高まるからである。本論文では、宇宙の大規模構造物への適用が想定される非常に長い梁(超長梁)の軸圧縮力伝達方法として、定常的な力の代わりに衝撃力を利用したパルス波を用いる手法を提案している。これによって、軸圧縮荷重下での梁の座屈とその後の破壊を防ぐことを狙っている。この着想の有用性を検証するために、衝撃軸圧縮に対する超長梁の変形挙動についての理論的解析手法を開発し、数値的な挙動予測を行うとともに,その実験的な検証を試みて、それらの結果を考察している。

第1章は序論であり、超長梁の概念,超長梁を構造部材として使用する場合に考慮すべき軸圧縮挙動に関する問題点、それらに関連する既存研究を詳細にまとめ、本論文の目的を示している。

第2章は衝撃軸圧縮によるパルス波を利用した超長梁の圧縮力伝達方法の提案で、まず超長梁を使って軸圧縮力を伝達する場合に、従来の定常力を用いる方法で生じ得る横方向大変形の現象を具体的に示し、それを回避して軸圧縮力を伝達するための新たな方法として、荷重を時間的に離散化してパルス化し、繰り返し撃力を用いる手法を提案している。

第3章は梁理論によるモデル化と解析であり、衝撃軸圧縮力を受ける超長梁の挙動について、梁理論に基く解析方法を詳述している。三角関数型の初期不整の存在を仮定して、衝撃力を受けた超長梁に生じやすい高次モードの変形を理論的に求める手法を導出している。この手法に従って、梁に与えられた衝撃力とその作用時間に応じて、発生しやすい梁の横変形形状を求めている。さらに、梁に生じる最大変位量と力積の関係を求めて、梁の変形量を小規模に留め得る力積の指標を導出している。

第4章は有限要素解析による理論解析結果の評価で、第3章で導出した理論解析結果を、有限要素解析を用いて検証している。まず、三角関数で表される単純形状の初期不整を有する超長梁を、梁要素によってモデル化し、これに衝撃軸圧縮力を負荷した場合の梁の横変形量を求め、前章で得られた理論解析結果と比較検討している。さらに、複雑な形状の初期不整を持つ超長梁について、これを三角関数の重ね合わせで表し、同様にモデル化と数値解析を行い、いずれの場合でも計算結果が理論解析結果と合致することを示している。

第5章では実験による理論解析の検証について詳述している。超長梁の衝撃軸圧縮実験を実験室レベルで行うために、まず柔軟なペーパーハニカムを使った供試体の試作結果を示し、その詳細な検討結果を述べている。これを使った実験によって、梁に与えられた軸圧縮力、圧縮持続時間に応じて、励起されやすい梁の変形形状が得られており、これが理論解析結果と定性的に一致していること、また梁に生じる最大の変形量が軸圧縮の力積に依存することを確認している。これらの結果より、実験結果は理論解析結果と極めて良い一致を示すことが示されている。実験で用いられた梁が持つ初期不整は、不規則で複雑な形状を呈していて、これらは実験毎に異なることから、任意の初期不整形状に対して、提案されている理論解析が有効であることが帰納的に示されている。

第6章は研究のまとめと今後の展望で、本論文の成果をまとめるとともに、その利用可能性や実用化の方向性についての著者の見解が述べられている。

以上要するに、本論文は宇宙構造物への適用を見据えて、これまで殆ど考えられていなかった超長梁における圧縮力伝達における問題点を克服するため,動的な荷重を利用した概念を提案し、解析並びに実験でその有効性を確かめたもので、将来の超大型宇宙構造物を効率よく実現するための有用かつ新しい知見が得られており、航空宇宙構造力学に貢献するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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