学位論文要旨



No 128675
著者(漢字) 石田,繁巳
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,シゲミ
標題(和) 省電力無線通信に向けた多段ウェイクアップ方式に関する研究
標題(洋)
報告番号 128675
報告番号 甲28675
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7849号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森川,博之
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 准教授 中山,雅哉
 東京大学 准教授 池田,誠
 東京大学 准教授 高宮,真
内容要旨 要旨を表示する

本論文では「省電力無線通信に向けた多段ウェイクアップ方式に関する研究」と題し,無線通信の低消費電力化を目的に,省電力無線通信技術について回路設計からIDを用いた通信相手の指定方法までを論ずる.

無線通信の低消費電力化に向けて受信待機電力の削減が重要であることを示し,スリープ状態にある受信機を段階的にウェイクアップさせて通信を行う多段ウェイクアップ通信方式を提案する.また,多段ウェイクアップ方式においては通信相手を指定するIDマッチングが重要となることから,2つのアプリケーションを想定し,それぞれについてIDマッチング方式の検討を行う.本論文は全6章から構成される.

第1章は序論であり,本論文の背景と目的について述べる.無線通信における受信待機電力削減の重要性について述べ,本論文の構成と各章の目的を示す.

第2章では,無線通信の受信待機電力削減に向けてこれまでに報告されている研究を示し,本研究の位置付けを明確にする.受信待機電力の削減に向けた研究について,受信回路を省電力化するアプローチと,回路を間欠動作させるアプローチとに分けて述べる.回路を間欠動作させるアプローチについては,さらに,省電力MACプロトコルと,外部に設けた別の無線通信モジュールからの信号によって主となる無線通信モジュールをウェイクアップさせるウェイクアップ通信方式とに分類する.その上で,受信機を通信時以外スリープ状態とすることが可能なウェイクアップ通信方式に着目する.ウェイクアップ通信方式においては,受信機は,送信機からの信号を受信するウェイクアップ受信モジュールと,従来のデータ通信モジュールとから構成される.ウェイクアップ通信方式を用いた受信待機電力の削減に向けて,ウェイクアップ受信モジュールの平均消費電力削減と,データ通信モジュールの不必要なウェイクアップ削減が重要となることを述べる.

第3章では,第2章で述べたウェイクアップ受信モジュールの平均消費電力削減とデータ通信モジュールの不必要なウェイクアップ削減に向けて,多段ウェイクアップ通信方式を示す.多段ウェイクアップ通信方式では,ウェイクアップ受信モジュールを信号検出回路とID受信・マッチング回路とで構成し,それぞれの回路を段階的にウェイクアップさせる.IDマッチングにより通信相手を指定してウェイクアップさせることで,データ通信モジュールの不必要なウェイクアップを削減する.このような多段ウェイクアップ通信方式の有効性を示すために0.18um CMOSLSIを想定した回路実装と回路シミュレーションを行う.そして,多段ウェイクアップ通信方式の受信待機電力が,電池の自己放電と同程度となることを示す.

第4章と第5章では,アプリケーションを想定して多段ウェイクアップ通信方式におけるIDマッチング方式の検討を行う.多段ウェイクアップ通信方式では,ID受信・マッチング回路の動作時間が平均受信待機電力に大きな影響を及ぼすため,ID長の短縮及びウェイクアップ要求信号の受信回数の削減に向けて,IDマッチング方式の検討が重要となる.

第4章では,携帯型ゲーム機のすれちがい通信への多段ウェイクアップ通信方式適用を想定し,ブルームフィルタを用いたグループ指定のIDマッチングを示す.ブルームフィルタは複数のデータを効率良く表現可能なデータ構造である.ハッシュを利用することでデータ長を短縮し,個々のデータの復元を犠牲にすることで複数のデータを1つのビット列に縮退させることができる.これらの特徴により,すれちがい通信において必要となるグループ指定でのウェイクアップを小規模な回路で実現する.ブルームフィルタはハッシュを用いたデータ構造であるため,データ通信モジュールの誤ウェイクアップによる電力消費を原理的に防止することができない.そこで,データ通信モジュールの誤ウェイクアップの影響も考慮してシミュレーション評価を行い,1台の端末に登録するID数が数個程度と少ない場合に受信待機電力を削減できることを示す.

第5章では,産業用機器・自動車などの機器ワイヤレスハーネスへの多段ウェイクアップ通信方式の適用を想定し,エラー耐性を有する2進MDS-ID(Maximum Distance Separable Identifier)マッチングを示す.本章で対象としているワイヤレスハーネスは,機器内部に設置されたコントロールユニットとセンサノードとを接続するハーネスを無線通信で代替するものであり,小規模な回路で低遅延にエラー対策を行うことが求められる.このようなエラー対策に向けて,2進MDS-IDの持つハミング距離の特性を利用する.2進MDS-IDは,可能な限り短いID長によって各ID間のハミング距離が一定値以上となるように設計されたIDである.2進MDS-IDを用い,ハミング距離に基づいたIDマッチングを行うことで,小規模な回路によりエラー耐性を持ったIDマッチングを実現する.2進MDS-IDマッチングの有効性を示すため,0.18um CMOS LSIを想定した回路実装とシミュレーション評価を行い,受信待機電力,遅延を削減しつつ,小規模な回路によってBCH符号と同程度のウェイクアップ率を実現できることを示す.

第6章では論文全体を総括し,本論文の成果をまとめるとともに,多段ウェイクアップ通信方式を用いた低消費電力無線通信の実現に向けた課題,今後の研究の方向性について述べる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「省電力無線通信に向けた多段ウェイクアップ方式に関する研究」と題し,ウェイクアップ通信方式を用いた無線通信の省電力化に関して論じたものである.無線通信の低消費電力化に向けて受信待機電力の削減が重要であることを示し,受信機を構成する複数の回路ブロックをスリープ状態から順次ウェイクアップさせて通信を行う多段ウェイクアップ通信方式ならびにIDマッチング方式について論じている.

第1章は序論であり,本論文の背景と目的について述べている.無線通信における受信待機電力削減の重要性について述べ,本論文の構成と各章の目的を示している.

第2章では,無線通信の受信待機電力削減に向けてこれまでに報告されている研究を示し,本研究の位置付けを明確にしている.受信待機電力の削減に向けた研究について大きく2つに分類して述べ,同期機構を必要とせずに受信待機電力を削減するウェイクアップ通信方式に着目している.そして,ウェイクアップ通信方式において,省電力なウェイクアップ受信モジュールの実現とともにデータ通信モジュールの不必要なウェイクアップによって消費される電力の影響を考慮する必要があることを述べている.

第3章では,第2章で述べられているウェイクアップ受信モジュールの平均消費電力削減とデータ通信モジュールの不必要なウェイクアップ削減に向けて,多段ウェイクアップ通信方式について述べている.多段ウェイクアップ通信方式では,信号検出回路とID受信・マッチング回路とでウェイクアップ受信モジュールを構成し,それぞれの回路を必要に応じて順次ウェイクアップさせている.多段ウェイクアップ通信方式を用いることで,電池の自己放電と同程度の受信待機電力を実現できることを示すとともに,IDマッチング方式の検討に向けた基本性能の評価を行っている.

第4章と第5章では,アプリケーションを想定して多段ウェイクアップ通信方式におけるIDマッチング方式の検討を行っている.多段ウェイクアップ通信方式では,ID受信・マッチング回路の動作時間が平均受信待機電力に大きな影響を及ぼすため,ID長の短縮及びウェイクアップ要求信号の受信回数の削減に向けて,IDマッチング方式の検討が重要であることを示している.

第4章では,スマートフォンを用いたヘルスモニタリングや携帯型ゲーム機のすれちがい通信への多段ウェイクアップ通信方式の適用を想定し,ブルームフィルタを用いたグループ指定のIDマッチングについて述べている.ブルームフィルタは複数のデータを効率良く表現可能なデータ構造であり,ハッシュを利用することでデータ長を短縮し,個々のデータの復元を犠牲にすることで複数のデータを1つのビット列に縮退させている.ブルームフィルタを用いるIDマッチングについてシミュレーション評価を行い,1台の端末に登録するID数が数個程度と少ない場合に受信待機電力を削減できることを示している.

第5章では,産業用機器・自動車などの機器ワイヤレスハーネスへの多段ウェイクアップ通信方式の適用を想定し,エラー耐性を有する2進MDS-ID(Maximum Distance Separable Identifier)マッチングについて述べている.2進MDS-IDマッチングでは,2進MDS-IDと呼ぶハミング距離の離れたIDを用い,ハミング距離に基づくIDマッチングを行うことでエラー耐性を高め,受信待機電力を削減している.2進MDS-IDマッチングについてシミュレーションと回路実装による評価を行い,受信待機電力・ウェイクアップ遅延を削減しつつ,小規模な回路によってBCH符号と同程度のウェイクアップ率を実現できることを示している.

第6章は論文全体を総括しており,本論文の成果をまとめるとともに,多段ウェイクアップ通信方式を用いた低消費電力無線通信の実現に向けた課題,今後の研究の方向性について述べている.

以上,これを要するに,本論文は無線通信の省電力化に向けたウェイクアップ通信方式において,省電力性を考慮した選択的ウェイクアップを実現するIDマッチング方式とその有効性を検証したものであり,電子情報工学上寄与するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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