学位論文要旨



No 128689
著者(漢字) 藤井,麻樹子
著者(英字)
著者(カナ) フジイ,マキコ
標題(和) 微小材料解析のためのshave-off深さ方向分析法の高精度化に関する研究
標題(洋)
報告番号 128689
報告番号 甲28689
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7863号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾張,真則
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 馬渡,和真
 工学院大学 教授 坂本,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年、電子機器の小型化・高性能化に伴い、使用部品の微小化・高密度実装化が急速に進められている。また、現在推進されている省エネ・低排出機器の開発現場では、これまでに実績のない材料の組み合わせで新しい製品が生み出されている。更に、欧州のRoHS指令等により、環境に配慮した材料・製法の変更等が行われている。これらに共通する問題は、これまで予期しえなかった新たな劣化・故障の可能性である。この流れに伴い、検出感度が高く、異種界面における定量分析が可能で、かつ、高い空間分解能を有する分析手法が、製品開発および故障解析の現場で強く求められている。

ナノビームSIMS装置によるshave-off 深さ方向分析法は、試料表面形状の影響を受け難い・絶対スケールでの深さ情報が取得可能・分析精度が分析深さに依存しない、等の多くの利点を有しており、これまで最先端の薄膜やデバイスの分析に対して様々な成果を挙げてきた。このshave-off走査モードは、一次イオンビームと試料とが非常に特徴的な位置関係にあり、一次イオンビームの指向性に起因する低ダメージや試料形状に依存しない正確な深さ情報の取得等が期待されるが、その反面で、実用化・汎用化に際しては、一次イオンビームの裾部でのスパッタリングによる深さ方向分解能の悪化をはじめとするいくつかの懸念材料に対する検討が不十分であった。

本研究においては、shave-off 条件下でのスパッタリング機構に関する検討、サンプリング・測定・データ解析に係る各条件の最適化、新しい制御システムの導入による高機能化、デコンボリューションを用いた深さ方向分解能の飛躍的な向上等を通して、shave-off 深さ方向分析法の更なる高精度化を達成することを目的とした。

【Shave-off 深さ方向分析法】

申請者らの研究グループで独自に開発したナノビームSIMS装置によるshave-off 深さ方向分析法は、一次イオンビームに収束イオンビーム (Focused Ion Beam : FIB) を用い、試料の深さ方向に対する走査を水平方向に対する走査の約10000分の1程度の非常に遅い速度で行い、試料の一端から他端までをビームの一端で完全にスパッタリングしながら深さ方向へと進んでいく、shave-off 走査を利用した非常にユニークな深さ方向分析法である。

図1にshave-off 深さ方向分析法の概念図を示す。

【Shave-off 条件下でのスパッタリング機構の評価】

Shave-off 深さ方向分析法においては、一次イオンビームと試料とが非常に特徴的な位置関係にあるために、従来のSIMS法で広く用いられるラスター走査とは異なるスパッタリング機構が存在することがこれまでの研究において示唆されている。申請者は、分子動力学シミュレーション及び実験的手法を用いて、shave-off 走査におけるスパッタリング機構に関する検討を行った。

分子動力学シミュレーションは、原子の運動方程式を数値的に解くことにより個々の原子の運動を追跡する分子シミュレーションの一種であり、一次イオンと固体試料との相互作用を解明する目的でSIMSの研究においても広く用いられている。この分子動力学シミュレーションをshave-off 法に適用するにあたっては、shave-off 走査における一次イオンビームと試料表面との特徴的な位置関係を再現するために、表面を2方向に設定する必要がある。それに伴い、系がより不安定になることが予測されるため、充分な初期構造緩和計算が必要となる。

図2に、分子動力学シミュレーション及び実験的手法によって求めた、shave-off 走査およびラスター走査下におけるスパッタ率を示す。各走査におけるスパッタ率の計算値は、実験値と精度良く一致した。Shave-off 走査におけるスパッタ率は、ラスター走査でのスパッタ率に比して高い値が得られた。これは、一次イオンによってスパッタされた粒子の脱出面が2方向に存在することに起因すると考えられる。加えて、一次イオン照射量の増加に伴う、試料構成原子の変位量を算出した。その結果、FIBの高い指向性を反映して、shave-off 条件下での試料構成原子の変位量がラスター条件と比して小さいことが示された。

以上の結果から、shave-off 走査法は、従来広く用いられるラスター走査に比して、高スパッタ率及び低ダメージという特長を併せ持った手法であることが示された。

【ナノビームSIMS装置の高機能化】

従来のナノビームSIMS装置の制御システムにおいては、一次イオンビーム走査系と二次イオン取得系が独立に動作していたため、二次イオン信号を時間の関数として取得し、得られるデプスプロファイルは一次元の深さ情報のみを反映したものであった。そこで申請者らは、一次イオンビーム走査系と二次イオン取得系を同期させた新しい制御システムを開発した。その結果、得られたshave-off デプスプロファイルを水平方向に分割することにより、二次元の元素分布情報を取得するMultilane shave-off 法が実現された。

以下に、Multilane shave-off 法の適用例を示す。試料は深さ方向に対して垂直から約10度、意図的に傾けたアルミニウム板である(図3)。水平方向の情報を全て積算した従来のshave-off プロファイルを図4 (A) に示す。また、これを水平方向に4分割したMultilane shave-off プロファイルを図4 (B) に示す。傾けたアルミニウムの濃度勾配を反映したなだらかな立ち上がり形状が見て取れる。更に、図3中の水平方向に分割した各laneの元素分布情報を反映して、それぞれのlaneの二次イオン信号が順番に立ち上がっている。また、それぞれの立ち上がりの間隔が均等であり、最大二次イオン強度がほぼ等しいことから、極めて高精度に水平方向分割が実現されていることが示された。

以上から、本項においてはナノビームSIMS装置の高機能化を達成し、取得した深さ方向プロファイルを水平方向に分割することが可能となった。取得可能な情報の次元が一つ増えることによって、分析法としての応用範囲が飛躍的に広がったといえる。

【深さ方向分解能の向上】

Shave-off 深さ方向分析によって得られるデプスプロファイルの深さ方向分解能を悪化させる最大の要因は、一次イオンビームの裾部によって試料上端が徐々にスパッタリングされる点である。申請者らの研究グループでは過去に、この影響を軽減する目的で、実験条件の最適化および試料上端への保護膜の付与等を検討してきたところであるが、これらの手法によって一次イオンビームの裾部の影響を完全に取り除くには至っていない。一方、Shave-off深さ方向分析法によって得られるデプスプロファイルは、本質的には、試料に照射される一次イオンビームの強度プロファイルと試料中の目的元素濃度分布のコンボリューションであると考えることが出来る。そこで本研究においては、得られたshave-off デプスプロファイルから一次イオンビームの裾部の影響を計算的に取り除く、デコンボリューションの手法を確立した。

以下に、デコンボリューションの適用例を示す。試料はAl (1μm) / SiO2 (0.8 μm) / Si (Substrate) の多層膜である。走査速度を変化させて取得したSi+のshave-off デプスプロファイルを図5 (A) に示す。同体積の試料をshave-offするために必要な一次イオンの総ドーズ量は一定であるため、走査速度が速いほど一次ビームの中心部に近い部位までを使用してshave-off を行うこととなる。したがって相対的にビームの裾部の影響が軽減され、深さ方向分解能が向上するため、試料の元素濃度分布を反映したシャープな立ち上がり形状のデプスプロファイルが得られる。図5 (B) にデコンボリューションを施したデプスプロファイルを示す。一次イオンビームの裾部の影響が除去され、どちらの走査速度で取得したプロファイルも同様の立ち上がり形状を示している。実験値の深さ方向分解能は、146 nm(走査速度0.97 nm/s)および53 nm(走査速度7.8 nm/s)であったが、デコンボリューション後のプロファイルについてはいずれも18 nm であった。

以上から、デコンボリューションによって一次イオンビーム裾部の影響を取り除くことに成功し、shave-off 深さ方向分析法の深さ方向分解能が飛躍的に向上した。

【微小材料解析への応用】

本研究全体のまとめとして、shave-off 深さ方向分析法の実デバイスへの応用例を示し、併せてこれまで行った高精度化による成果を評価した。

(1)鉛フリー半田バンプ中スズの挙動解析

Shave-off 深さ方向分析法を用い半田バンプ中のスズ原子の挙動を解析することにより、無鉛半田の耐環境性に関するデータ取得を行った。併せて、微量金属の非金属中への拡散という、従来のSIMS法では測定の困難な系に対してshave-off 法を適用することで、shave-off 深さ方向分析法の利点及びその有用性が明示された。

(2)Multilane shave-off 法を用いたビルドアップ回路の故障解析

ビルドアップ回路中の電極構成金属元素の樹脂中への拡散を、Multilane shave-off 法を用いて追跡した。得られたshave-off デプスプロファイルを水平方向に分割することにより、従来のshave-off 法では解明できなかった拡散経路に関する新たな知見が得られた。

(3)デコンボリューションを用いたCMP残渣の分析

高集積デバイス作製工程の一つである化学機械研磨 (CMP) 工程での残渣が絶縁不良を引き起こした可能性のある試料に対してshave-off デプスプロファイルを取得した。電極間距離に対するshave-off 法の深さ方向分解能が充分ではないため有意なデータとならなかった測定結果に対し、デコンボリューションを適用することで残渣の洗浄度合の差異を反映したデプスプロファイルが得られた。

【結言】

本研究においては、shave-off 条件下でのスパッタリング機構に関する検討、サンプリング・測定・データ解析に係る各条件の最適化、新しい制御システムの導入による高機能化、デコンボリューションを用いた深さ方向分解能の向上等を通して、shave-off 深さ方向分析法の高精度化を達成した。その結果、本手法は、今後更なる微小化・高集積化が進展すると見込まれる先端材料の故障解析等に対して大きく貢献し得る分析手法に発展した、と結論付ける。

図1.Shave-off深さ方向分析法の概念図

図2.各走査条件下におけるスパッタ率の計算値および実験値

図3.約10度頃けたA1試料の模式図

図4.得られたA1(+)のshave-offデプスプロファイル (A)従来のプロファイル (B)Multilane shave-offプロファイル

図5.得られたshave-offデプスプロファイルの比較 (A)デコンボリューション前 (B)デコンボリューション後

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年微小化・高集積化の目覚しい先端材料の性能評価・故障解析に資する新規分析手法としての、shave-off 深さ方向分析法に対し、実験・装置改良・シミュレーション・データ解析の面から多角的にアプローチし、その高精度化を図ったものである。具体的な目的として、(1)Shave-off 走査モードの基礎的な優位性を明示すること、(2)取得可能な情報の次元を増やすこと、(3)深さ方向分解能を向上させること、の3点を掲げ、以下のような章立てとしている。

第1章序論

第2章ナノビームSIMS装置

第3章一次イオンビーム強度プロファイル評価

第4章Shave-off スパッタ機構の検討

第5章ナノビームSIMS 装置の高機能化

第6章深さ方向分解能の向上

第7章微小材料解析への応用

第8章結論

以下、各章について簡単に説明する。

第1章では、材料開発や故障解析の現場における新規微小領域分析手法の必要性を詳述するとともに、本研究の目的として、上記の3点の具体的目標を掲げている。

第2章では、本研究で主として用いたナノビームSIMS装置およびshave-off 深さ方向分析法の原理を示し、併せて、shave-off 法の分析手法としての位置付け及び今後の展望についても触れている。

第3章では、走査速度を変化させてshave-off深さ方向分析を行ったときに得られるデプスプロファイルの形状と、その深さ方向分解能の変化についてのシミュレーション計算法を提案している。更に、実際に走査速度を変化させてデプスプロファイルを取得し、走査速度が深さ方向分解能に及ぼす影響について評価し、一次イオンビーム強度プロファイルを概算している。

第4章では、実験的手法及び分子動力学シミュレーションを用いて、shave-off 走査モードに特有のスパッタ機構について、従来広く用いられるラスター走査モードと比較検討している。結果、shave-off 走査モードが、ラスター走査モードと比して、高スパッタ率かつ低ダメージという特長を併せ持った手法であることを示している。

第5章では、一次イオンビーム光学系と二次イオン信号取得系を同期させた新しい装置制御システムを開発している。また、新しい制御システム開発にあたって、ナノビームSIMS装置を用いたshave-off 深さ方向分析の特徴を最大限活かすための複数の新規一次イオンビーム走査モードを組み込み、適宜モデル試料を用いてその性能の評価を行っている。特に、multilane shave-off 法によりshave-off デプスプロファイルを水平方向に分割可能としたことで、2次元的に分布をもつことが一般的である先端材料等に対する分析手法としての有用性を飛躍的に向上している。

第6章では、実験条件の最適化によるshave-off 深さ方向分析法の極限深さ方向分解能に関する検討、及び、第3章で概算した一次イオンビームの強度プロファイルを用いて計算的に一次イオンビーム裾部の影響を取り除いたshave-off デプスプロファイルを取得するためのデコンボリューション法の確立を行っている。デコンボリューションの手法により、shave-off デプスプロファイルの深さ方向分解能が従来の約3倍に飛躍的に向上し、見た目から直接評価することが困難なデプスプロファイルについても、データ解析法を用いて試料の構造パラメータを読み取ることを可能にしている。

第7章では、shave-off 深さ方向分析法を用いて、いくつかの実試料の測定を行っている。また、その結果を・もって、本研究によって達成された高精度化の評価を行っている。結果、本研究においては、shave-off 深さ方向分析法の高精度化を達成し、今後更なる微小化・高集積化の進展が見込まれる先端材料の性能評価・故障解析等に対し、充分に貢献し得る分析手法に発展した、と結論付けている。

第8章では、第1章において掲げた3点の目的と照らし合わせて、これまでの成果をまとめている。また、今後に残る課題として、shave-off 深さ方向分析法の有機物試料への応用、更なる高分解能化のための改良案、定量分析の必要性等について記している。

以上、本論文では、実験・装置改良・シミュレーション・データ解析の面からの多角的アプローチによって、shave-off 深さ方向分析法の高精度化を達成した。本研究はshave-off 深さ方向分析法の応用・普及に際してそのデータの信頼性・有用性を保証する基幹的成果である。これにより本手法は、今後更なる微小化・高集積化の進展が見込まれる先端材料の性能評価・故障解析等に対し、大きく貢献し得る分析手法となることが期待される。また、本研究の成果は、shave-off 法のみならず、一般のイオンビーム強度プロファイル評価や収束イオンビームによる微細加工技術等へも大いに寄与するものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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