学位論文要旨



No 128690
著者(漢字) 張,話明
著者(英字)
著者(カナ) ジャン,ファミョン
標題(和) ナノシートプロセスを用いた蓄電デバイス用電極材料の構造・特性制御
標題(洋)
報告番号 128690
報告番号 甲28690
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7864号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 山田,淳夫
 東京大学 准教授 山口,和也
 東京大学 上席研究員 日比野,光宏
内容要旨 要旨を表示する

ナノシートは数ナノメートルの厚さを有する二次元のナノ粒子であり、溶液中に分散した懸濁液として得られるため、多様な液相プロセスの設計により、材料の微細構造制御が可能である。高い反応性を持つナノ粒子でありながらも、微細構造の制御が比較的容易であるナノシートは、蓄電デバイス分野への応用が期待されている。特に電気化学キャパシタやリチウムイオン電池分野は、電極の微細構造によりデバイスの特性が大きく左右されるため、目的に適した微細構造の制御が必須である。本研究では、蓄電デバイス用電極材料へナノシートプロセスを適用し、用途に適したナノシート電極の微細構造及び特性の制御のための指針を得ることを目的として、水溶液を電解質に用いる電気化学キャパシタ用MnO2電極、リチウムイオン電池用TiO2(B)電極を対象に微細構造と電極特性およびその相関を調べた。

第1章では、蓄電デバイスである電気化学キャパシタとリチウムイオン電池の特徴およびナノシートプロセスによる微細構造の制御について概説し、研究目的と方針について述べた。

第2章では、水系電気化学キャパシタ用電極材料として有望なMnO2を研究対象とし、電極特性における粒子サイズや細孔分布などの微細構造の影響を明らかにするため、二次粒子サイズや微細構造が異なる二種類のMnO2ナノシート再積層電極およびMnO2バルク電極を作製し、それらの電極特性を調べた。

電気化学キャパシタは、活物質表面近傍での酸化還元反応に伴うファラディック反応を利用するため、二次電池よりも高い出力特性と電気二重層キャパシタよりも高いエネルギー密度の両立が実現できる。層状構造を持つMnO2は、中性条件において電極表面付近でのイオン吸着やイオン拡散によりエネルギーを蓄える。より活性かつ高出力なMnO2電極材料を作製するためには、電極微細構造の制御が必要となる。層剥離により得られたMnO2ナノシートは厚さ2 nmと横幅 2 μmを有する板状の形状を持っていた。マイナスに帯電したMnO2ナノシートをK+と反応させることにより、MnO2ナノシート再積層体(NS-MnO2)を得た。NS-MnO2はナノシートプロセスを経てないバルク状のMnO2(Bulk-MnO2)と同じ積層構造を持っていたが、Bulk-MnO2(粒径:1-2 μm)に比べて、粒径が5-10 μmと大きな凝集体として得られた。NS-MnO2を微粒子化したもの(Fine-NS-MnO2)は1-3 μm程度の粒子サイズを持っており、ボールミル処理を加えることによりナノシート再積層体の凝集が解けたと考えられる。メソポア体積と比表面積は、Fine-NS-MnO2において最大の値を示し、以下NS-MnO2、Bulk-MnO2の順に小さくなった。放電容量の電流密度依存性(出力特性)を調べた結果、Fine-NS-MnO2はNS-MnO2やBulk-MnO2に比べて良好な出力特性を示した。また、いずれの電極も繰り返し充放電を行っても容量が変わらない安定したサイクル特性を示した。交流インピーダンス測定の結果、NS-MnO2は大きな電荷移動反応抵抗とイオン拡散抵抗を示したが、Fine-NS-MnO2は小さい電荷移動反応抵抗とイオン拡散抵抗を示した。微粒子化により、イオンの固体内での拡散抵抗が低減し、またメソポアを導入したことにより、表面での電荷移動反応抵抗が小さくなったと考えられる。これより、Fine-NS-MnO2では、ナノシートプロセスに加えて微粒子化を行うことにより、有効的な比表面積やメソポアなどが増加し、電極表面での反応が促進され、良子な電極特性を示したと考えられる。

第3章では、様々なゲストイオンを導入したMnO2ナノシート再積層体を作製し、塩基性条件下においてゲストイオンの種類による電極安定性への影響を調べた。

塩基性条件において層状構造を持つMnO2は、2電子反応(Mn2+⇔Mn4+)により大きな酸化還元容量が期待される。しかし、Mnイオンの還元に伴うイオン半径の増加やH+の挿入による体積の増加などにより、層状構造が不安定となり、より安定なスピネル構造を持つMn3O4へ相変化が起きる。それによる容量減少が問題となる。ゲストイオンとしてLi+, Na+, K+, Cs+, Mg(2+), Ca(2+), そしてBa2+を用いたMnO2ナノシート再積層電極においては、電極安定性の向上は見られなかったが、Cu(2+)をゲストイオンとしたMnO2ナノシート再積層電極は比較的安定な電極特性を示した。Cu(2+)イオンは層状構造を持つMnO2系電極材料においてMn3O4への相変化を抑制する何らかの効果を持っていると考えられる。

第4章では、Cu(2+)をゲストイオンとするMnO2ナノシート再積層電極を作製し、MnO2系電極におけるCu(2+)イオンの安定化効果を調べた。

定電流充放電測定の結果、K+をゲストイオンとしたMnO2ナノシート再積層電極(K-NS-MnO2)は、初期のサイクルにおいて急激な容量低下を示したが、Cu(2+)をゲストイオンとするMnO2ナノシート再積層電極(Cu-NS-MnO2)は比較的良好なサイクル特性を示した。またX線による構造分析の結果、当初の層状構造を維持しており、比較的Mn3O4への相変化が遅いことが分かった。充放電を繰り返した後、K-NS-MnO2とCu-NS-MnO2のMn-L吸収端とCu-L吸収端においてエックス線吸収端近傍構造(XANES)分析を行った結果、K-NS-MnO2では、初期の放電によりMnの平均酸化数がMn3O4相の平均酸化数と同じ値まで還元された。その後の充放電では、Mnの平均酸化数はほとんど変化しなかった。K-NS-MnO2では、Mn3O4への相変化が初期のサイクル後に起きていたと考えられる。それに対してCu-NS-MnO2では、平均酸化数が充放電により増減し、10サイクル目でも明確な酸化還元が維持されていることを確認した。Cuの平均酸化数も充放電によりMnと同方向の変化を示した。Mnイオンの酸化還元反応において、Cuイオンも可逆的に酸化還元することにより、MnO2がMn3O4まで還元することを抑制し、Mn3O4への相変化反応を緩和していたと考えられる。これより、MnO2系電極において初めて、Mn3O4への相変化を抑制するCuイオンの緩和効果が確認された。

第5章では、結晶内にリチウムイオンの拡散が可能なパスを持つ二酸化チタンの準安定相であるTiO2(B)を研究対象とし、ナノシートプロセスをTiO2(B)合成に適用することにより、微細構造を制御したTiO2(B)電極材料を作製し特性を評価した。

層状構造を持つ四チタン酸カリウム(K2Ti4O9)を層剥離することにより得られたユニラメラ状チタン酸ナノシートの再積層体では、TiO2(B)は生成しなかった。しかし、シート数層が積層したマルチラメラ状ナノシート再積層体では、TiO2(B)が得られた。TiO2(B)は層状構造の層間での脱水・縮合反応を経て得られるため、層状構造が維持されたマルチラメラ状ナノシートのみで、TiO2(B)が得られたと考えられる。またナノシート再積層時にK+を用いた場合に最も大きな放電容量を示した。これは、再積層時に母材と同じゲストイオンであるK+を用いたことによるナノシート再積層体の構造安定化、およびナノシート再積層に由来する大きな比表面積のためと考えられる。ナノシートプロセスが準安定相材料の電極形成と高特性発現に有効であることが示された。

第6章では、各章での実験結果を総括するとともに、今後の展開について述べた。

電気化学キャパシタ用電極として有望なMnO2は、水溶液電解質のpHにより特性が大きく異なる。安定な特性を示す中性電解液中では、ナノシートプロセスにより作製し、微粒子化したFine-NS-MnO2は大きな放電容量と高速充放電特性を示した。これは大きな比表面積とメソポア体積により、電極内でのイオン拡散や固液界面での電荷移動反応が促進されたためと考えられる。

より大きなMn酸化数変化による大容量が期待される塩基性電解液中では、層状MnO2はスピネル構造を有するMn3O4相への不可逆な相変化を示すなど不安定な電極特性を示す。CuイオンをゲストイオンとするCu-NS-MnO2は、比較的安定な電極特性を示した。これは、Mnイオンの酸化還元反応において、Cuイオンも可逆的に酸化還元することにより、層状構造を持つMnO2がスピネル構造を有するMn3O4まで還元することを抑制し、Mn3O4への相変化反応が緩和されたためと考えられる。

リチウムイオン電池用電極材料として注目されているTiO2(B)を、積層構造が維持されたマルチラメラ状ナノシートを用いることにより初めて合成に成功した。またK+をナノシートの再積層に用いた場合に再積層構造が安定化し、大きな放電容量を示した。

これより、ナノシートプロセスは電極比表面積の増大等の微細構造制御、および層間に適切なイオンを導入することによる構造安定化が可能であり、蓄電デバイス用電極の特性向上に有効なプロセスであることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

層状構造化合物を層間剥離して得られるナノシートは、数ナノメートルの厚さと高い反応性をもち多様な積層微細構造の制御が容易であることから、様々な分野への応用が期待されている。特に電気化学キャパシタやリチウムイオン電池分野は、電極の比表面積、細孔分布、そして粒子サイズなどの微細構造によりデバイス特性が大きく左右されるため、目的に適した微細構造の制御が必須である。本研究は、電気化学キャパシタ用MnO2電極、リチウムイオン電池用TiO2(B)電極についてナノシートプロセスを適用して作製し、微細構造と電極特性およびその相関を明らかにした成果をまとめたものである。

第1章では、蓄電デバイスである電気化学キャパシタとリチウムイオン電池の特徴およびナノシートプロセスによる微細構造の制御について概説し、研究の目的と方針について述べている。

第2章では、ナノシート再積層体の電極特性に及ぼす微細構造の影響を明らかにするため、MnO2ナノシート再積層体電極およびMnO2バルク体電極の微細構造と電極特性を比較した結果を述べている。ナノシート再積層電極は大きな比表面積とメソポア体積とをもつ微細構造を有し、バルク体に比べて高い出力特性と比較的大きな容量を示した。ナノシート再積層体では、メソポア等を経路とするイオン拡散が容易であり、また反応場としての表面積が大きいため、電極反応が促進され、優れた電極特性を示すことを明らかにしている。また、ナノシート再積層による二次粒子の粒子サイズを小さくすることが優れた電極特性の発現に有効であることも明らかにしている。

第3章では、様々な層間ゲストイオンを導入したMnO2ナノシート再積層体を作製し、構造安定性と電極特性に及ぼすゲストイオン種の影響を調べている。アルカリイオンを層間にもつMnO2は、中性電解液中では安定な特性を示すが、大容量が期待される塩基性電解液中では充放電に伴いスピネル構造に変化し容量低下が生じる。一方、Cu(2+)イオンを層間にもつMnO2ナノシート再積層電極では構造変化が抑制され、比較的安定な電極特性を示すことを見出している。

第4章では、MnO2ナノシート再積層電極について、層間Cu(2+)イオンによる電極特性の安定化の要因を調べた結果を述べている。塩基性電解液中での充放電に伴うMn(4+)およびCu(2+)イオンの酸化数変化をX線吸収端近傍構造分析により調べた結果、Mn(4+)イオンだけでなくCu(2+)イオンも充放電とともに可逆的に酸化数変化が生じていることを見出した。Cu(2+)イオンのd軌道はMn(4+)イオンのd軌道よりもわずかに低いエネルギー準位を持つため、還元反応において外部から電極に供給された電子は、より低エネルギー準位を持つCuの3d電子軌道へ移動すると考えられる。これにより、Cu(2+)イオンも可逆的に酸化還元するとともに、Mn(4+)イオンがMn(2+)イオンまで還元することにより生じるMn3O4スピネルの生成を抑制し、大容量で比較的安定した充放電特性が発現したと考察している。層状構造材料において、層を構成する活物質に加えて層間イオンも酸化還元反応に寄与する系を初めて明らかにしている。

第5章では、結晶内にリチウムイオンの拡散が可能なパスを持つ二酸化チタンの準安定相であるTiO2(B)を対象とし、ナノシートプロセスの有用性を調べた結果を述べている。シート厚さが大きいマルチラメラ状4チタン酸ナノシートを用いた場合のみTiO2(B)が生成することを明らかにした。これは、TiO2(B)は層状構造4チタン酸の層間での脱水・縮合反応を経て得られるため、層状構造が維持された状態での反応が必要であることを示している。また、K+イオンを用いてナノシート再積層を行った場合に最も大きな放電容量を示した。これは、層状構造の母材と同じゲストイオンを含むナノシート再積層体を用いることにより、反応中間体の層状構造が安定化し、単相のTiO2(B)が生成するためと考察している。また、TiO2(B)形成過程でのカーボンナノチューブとの複合化を行い、多様な微細構造制御の可能性を確認している。

第6章は総括であり、各章及び全体の内容をまとめるとともに、今後の展開について述べている。

以上のように本論文は、蓄電デバイス用電極材料の構造・特性制御におけるナノシートプロセスの有用性を明らかにし、材料設計指針を示したものである。これらの成果は、材料化学、固体電気化学の分野の今後の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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