No | 128691 | |
著者(漢字) | 菊地,恵美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キクチ,エミ | |
標題(和) | プロセス設計に基づく化学物質リスク管理のための実践的フレームワーク | |
標題(洋) | Practical Framework for Chemical Risk Management based on Process Design | |
報告番号 | 128691 | |
報告番号 | 甲28691 | |
学位授与日 | 2012.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7865号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学システム工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Chapter 1 緒言 持続可能な産業活動の実現を目指し、プロセスの設計段階において化学物質のヒト健康や環境に対するリスクを評価し適切に管理することが求められている。既存の研究において、化学物質の影響評価を行うためのモデルの開発[1,2]や評価手法の構築[3,4]が行われている。また、化学プロセスを対象とした環境配慮型プロセス設計のための意思決定フレームワークが提案されている[5,6]。一方、化学品を使用して製品加工・組立を行うサプライチェーンの川中産業に存在するプロセスを対象としたリスク管理手法の提案は十分に行われてこなかった。川中産業におけるリスク管理を支援するためには、プロセス設計における産業特有の問題構造を分析したうえで、リスク評価に必要な知識を体系化し、リスク管理における意思決定手順を構築する必要がある。 本研究は川中産業における製品製造を対象とした、プロセス設計に基づく化学物質リスク管理のための実践的フレームワークの構築を目的とする。図1に本論文の構成を示した。Chapter 2において実際のプロセスに対する問題分析を通して構築すべきフレームワークの概念設計を行う。Chapter 3においてリスク管理のためのプロセス評価に必要なメカニズムを、Chapter 4において評価結果に基づく技術的・経済的な制約を考慮した意思決定手順を、ケーススタディを通して構築する。さらに、Chapter 2-4で得られた知見をもとに、Chapter 5においてリスク管理に必要な作業と情報をアクティビティモデリング手法により記述し、化学物質リスクの管理フレームワークとして提案する。 Chapter 2 リスク管理のためのプロセス設計 Chapter 2では、実際のプロセスに対してリスク削減のためのプロセス設計における問題分析を行い、分析結果に基づきリスク管理フレームワークの要求仕様を定義した。2.1では、持続可能なプロセス設計における意思決定要素として、機能、コスト、リスクの3つを定義した。2.2では、3つの意思決定要素に関わるプロセス設計問題が存在する金属洗浄を対象として問題の代表事例の分析を行い、プロセス評価のためのメカニズムの不足と、意思決定における制約管理の不備が主要な要因であることを明らかにした。2.3では、問題分析結果をもとに、リスク管理フレームワークの要求仕様を図2のように定義し、各評価メカニズムの役割と意思決定における制約管理の役割を明らかにした。このフレームワークは、既存のプロセスのリスク削減を目的としたプロジェクトの手順を定義するものであり、プロジェクトの管理、プロセス設計と運用、及び、プロセス評価のためのメカニズム構築という3つのフェーズで構成されている。 Chapter 3. Mechanism Development for Process Evaluation Chapter 3では、プロセスの意思決定要素の評価に必要なメカニズムである技術情報とリスク解析手法、プロセスモデルの整備を、金属洗浄を対象としたケーススタディにおいて実行した。従来、洗浄プロセスでは現場で蓄積された経験的知識に基づき技術が選択されており、プロセス設計に必要な技術情報が体系的に整理されてこなかった。そこで、3.1において、経験的知識の根拠を工学的知見から理論的な解釈を行うことで、品質や処理量といった機能に関わる制約と、洗浄技術が実現可能な機能との関係を体系的に整理し、リスク削減を目的とした代替案の生成と機能評価のための技術情報として体系化した。 リスク削減を目的として代替洗浄剤を利用する場合、物質の変更によりリスクトレードオフが発生する可能性がある。3.2では、化学物質の利用に伴い発生する様々なリスクを地球規模の一般環境に与える潜在的影響(一般環境影響)と地理的により狭い範囲で発生するリスク(局所リスク)とに分類したうえで、前者を評価する手法としてライフサイクルアセスメント(LCA)を、後者を評価する手法としてリスクアセスメント(RA)を採用し、洗浄剤間のリスクトレードオフの解析を行った。LCAとRAを統合的に用いてリスク解析を行うことで、図3に示すように意思決定要素の一つであるリスクを可視化され、代替案の選択を支援することが可能となる。 代替案のリスク解析を行う際に必要なデータを推算するためにプロセスモデルが必要となる。金属洗浄プロセスの多くは開放系であり、閉鎖系に比べ物質のマスフローが複雑であるため、モデリングのためのプロセス内の現象解析が十分に行われてこなかった。そこで、3.3では、塩素系溶剤と開放系装置を用いた洗浄プロセスを対象とし、実験で作業環境濃度等のモニタリングを行いプロセスから排出される溶剤のマスフローを解析した。解析結果にもとづき、オペレーション条件に応じた溶剤排出量推算のためのプロセスモデルを構築した。 Chapter 4 意思決定における制約の管理 Chapter 4では金属洗浄におけるプロセス改善のための意思決定事例を解析し、3つの意思決定要素間の競合を回避するための、プロセスに対する制約の管理手順を図4のように構築した。リスク削減に伴いコスト上昇が発生する場合、代替案の費用対効果を分析することで予算変更の判断に必要な情報を得ることができる。一方、リスク削減に伴い機能が低下する場合、品質や処理量に関連する制約の決定権の所在を分析する。洗浄サイト内部での変更が難しい場合、決定権を持つサプライチェーン内の他の企業とのコミュニケーションを行い、変更可能であるかの判断を行う。 Chapter 5 アクティビティモデリングによるフレームワークの構築 Chapter 5では、Chapter 2~4で得られた結果をもとに、IDEF0手法を用いて化学物質リスク管理フレームワークに必要なアクティビティと情報やツールの流れを可視化した。複数の人間が携わるリスク管理業務をモデル化するために、プロジェクトに参加するプロジェクト管理者、エンジニア、研究者の3種類の視点別にアクティビティモデルを作成した。さらに、図5に示すように3つのモデル間の情報の流れを別途記述した。このように、権限や能力の異なる視点別にアクティビティモデリングを行うことで、リスク管理の参加者が果たすべき役割と必要な連携を明確にした実践的なフレームワークを構築した。 Chapter 6 結言と今後の展望 本研究では、化学物質リスクの削減を目的としたプロセス設計において必要な作業と知識を体系化することで、製品製造における化学物質リスク管理フレームワークを構築した。川中産業のリスク管理に関して、ケーススタディにおいて問題構造の分析を行ったうえで知識の体系化と意思決定手順を構築することで、問題解決のための実践的なフレームワークを構築、提案した。 図1 論文の構成 図2 プロセス設計に基づく化学物質リスク管理フレームワークの概念図 図3 LCAとRAによるリスク解析 図4 意思決定要素間の競合を回避するための制約の管理フロー 図5 化学物質管理フレームワークのアクティビティモデルの全体像 | |
審査要旨 | 本論文は、「Practical Framework for Chemical Risk Management based on Process Design (和訳:プロセス設計に基づく化学物質リスクのための実践的フレームワーク)」と題し、サプライチェーンの川中に位置する産業で使用される化学物質のリスクをプロセス設計段階において適切に評価し、リスク削減対策の意思決定を行うためのリスク管理フレームワークの構築を目的とした研究である。全6章より構成されている。 第1章は、緒言であり、本研究の背景及び目的を述べている。化学物質リスク管理が持続可能な産業活動を実現するために不可欠であることを述べ、リスク管理を支援するためにライフサイクルアセスメント(LCA)やリスクアセスメント(RA)をはじめとする評価手法や、環境配慮型製品・プロセス設計手法の提案を行った既往研究を紹介している。化学品を製造する化学プロセスは研究の対象となってきたが、溶剤などの化学品を利用する川中産業は化学物質の大きな排出源であるにもかかわらず、リスク管理手法の検討が行われてこなかったことを明らかにしている。これらの背景を受け、川中産業におけるリスク管理を支援するための、実践的フレームワークの構築を本論文の目的としている。 第2章では、実際のプロセスを対象として川中産業の特徴と現状のリスク管理における問題点を分析したうえで、構築すべきリスク管理フレームワークの概念設計を行っている。ケーススタディとして産業洗浄プロセスを取り上げ、リスク削減を目的としたプロセス変更の問題事例を分析している。分析結果に基づき、リスク管理のためのプロセス設計における意思決定要素を定義し、プロセスの評価において適切な知識やツールがメカニズムとして必要であること、意思決定においては機能や経済的な制約を適切に管理することが必要であることを示している。 第3章では、第2章の結果を受け、プロセス評価のためのメカニズムとして、技術情報の体系化とリスク解析手法、及び、リスク解析のためのプロセスモデルの構築が行われている。技術情報に関しては、製造現場から収集した経験的知識を科学的・工学的知見に基づいて解析を行うことで、プロセスへの制約とそれに応じて適用可能な技術との関係を明らかにしている。また、空間的・時間的性質の異なる化学物質リスクを、LCAとRAを統合的に用いて解析する手法を提案している。さらに、リスク解析に必要なプロセスモデルを構築するために、従来モデリングが困難であった開放系プロセスを対象として、産業用実機による実験を実施し、溶剤排出メカニズムの解析を行っている。 第4章では、プロセスの評価結果に基づき意思決定を行う際の、制約の管理手順の構築を行っている。プロセス改善の成功事例の意思決定プロセスを解析することで、リスク削減に伴う機能低下やコスト上昇が発生する場合の制約の変更手順を検討している。機能低下の許容可能性を判断するためには、関連する制約の決定権の所在を明らかにしたうえでステークホルダーとのコミュニケーションを行う必要があること、また、コスト上昇の許容可能性を判断するためには、代替案の費用対効果を評価する必要があることを示している。 第5章では、第2章から第4章で得られた知見をもとに、リスク管理フレームワークをアクティビティモデリング手法により記述している。リスク管理に必要な作業の主体を明確にしたうえで、異なる主体間の情報の流れと連携を明確にした複数視点のモデルを提案している。加えて、構築したフレームワークの適用可能範囲を考察している。製品製造で使用される化学物質を製品への含有の有無により分類し、フレームワークが製品に含有されないプロセスで使用される化学物質に由来するリスク管理に有効であることを示している。さらに、産業洗浄以外の例として印刷プロセスを取り上げ、作成したアクティビティモデルに沿ったリスク削減対策の導出が可能であることを示し、フレームワークの適用可能性の検証を行っている。 第6章は終章であり、本論文で提案する化学物質リスク管理のためのフレームワークにより、プロセス変更に伴うリスクトレードオフや品質影響、経済的影響などの川中産業のリスク管理における問題を解決することができると述べている。産業の特徴を反映し、プロセス設計という産業活動に沿ったフレームワークを構築したことで、リスク評価から意思決定に至るまでのリスク管理のための一連の作業が支援される。加えて、川中産業のリスク管理における今後の研究課題についても展望している。 以上要するに本論文は、川中産業のプロセス設計においてリスク管理を実践するための方法論を実際のプロセスを対象としたケーススタディによって明らかにし、具体的なフレームワークを提案している。これらの成果は、産業の持続可能性の達成に極めて有用なものであり、プロセスシステム工学、ライフサイクル工学、及び化学システム工学に大きく貢献するものと考えられる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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