学位論文要旨



No 128696
著者(漢字) 西岡,潔
著者(英字)
著者(カナ) ニシオカ,キヨシ
標題(和) 鉄鋼厚板製造プロセスの構成学的研究
標題(洋)
報告番号 128696
報告番号 甲28696
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第7870号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 馬場,靖憲
 東京大学 教授 鈴木,宏正
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 准教授 西野,成昭
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄鋼厚板製造プロセスにおける一貫最適化の実現に関して、新日本製鉄株式会社君津製鉄所における取組みを事例として、構成学的にその過程を検証し、成功要因を明らかにするものである。

本論文では、ものづくりを基礎研究から製品開発、プロセス開発、製造、生産管理等のさまざまな取組みの集大成として総体的に捉え、大きな進歩や革新を実現するための要因とプロセスを、ものづくりにおける技術、製造、経営の3階層から議論した。

プッシュ型の工程構造を有する製造プロセスにおける時間のマルチスケール階層構造に着目した生産管理の重要性と、工場経営のあり方を示すとともに、ものづくりにおける進歩と革新を実現していくための領域を越えた様々な要素のシンセシスの重要性を示し、今後の日本企業のものづくりや企業経営、産業の競争力の向上に資する提言とした。

第1章では、本研究の背景と本研究の目的及び研究方法について述べた。

第2章では、本研究の背景となる鉄鋼厚板製造プロセスの概要と、その発展の歴史を概括し、本研究の意義を明らかにした。鉄鋼の主要プロセスである鉄源プロセスと薄板製造プロセスについて、これまでの一貫最適化の取組みを概括し、さらに、厚板における最大のプロセス革新であり、一貫最適化への挑戦であるTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)を基軸としたさまざまな新製品の開発とその社会貢献を、周辺技術の発展とともに総括した。

TMCPを用いた新たな機能を有する新製品の開発に関して、強度に加えて、靭性、溶接性等、多様な機能の付与が試みられ、多くの技術領域における研究をシンセシスすることによって、用途に応じて適切な総合機能を有する製品の開発が可能となった(図1)。これらの新製品は、造船、建築、橋梁その他の厚板の各需要分野の発展に大きく貢献したが、しかしながら、TMCPの適用拡大に伴う付加価値製品の増大と、TMCP技術の有する負の側面である鋼板の形状確保の困難さに伴い、本論文が解決しようとする課題、すなわち、精整工程を含む厚板製造プロセス全体における一貫最適化の必要性が生じた。

第3章では、一貫最適化に向けて、厚板製造プロセスにおいてなされた試みに関して、その経緯と具体的な取組み、得られた成果を明らかにし、新たに提案する時間に関するマルチスケール階層モデルによる生産管理の革新に関して、構成学の観点から考察を行った。複雑な製造工程と、種々の厳しい制約条件を有する厚板製造プロセスにおいて、一貫最適化を実現することは容易ではない。本章では、製造現場において、要素モデルの開発を通じて生産管理がどのように革新されていったかを詳述するとともに、要素モデル開発のシナリオとプロセスを明らかにし、構成学的な検討を加えた。さらに、開発された要素モデルをミクロからマクロの時間構造の観点から整理することにより、時間階層間を跨る新たなマルチスケール階層モデルを提案した(図2)。このモデルは、構成学が主張する「領域を越える」という概念が、現実の製造プロセスに適用されることによって、すなわち、時間階層を越えるモデル化で製造プロセスを理解することによって、大きな成果を実現し得ることを証明しており、新たなマルチスケール階層モデルの概念と、厚板製造プロセスにおける成功事例は、高付加価値小ロット多品種生産を宿命とする日本国内各産業の、今後の一貫最適化の取組みへの重要な参考事例になるものと期待される。

第4章では、一貫最適化が、現実の経営の中でいかにして実現されたか、その経緯を明らかにし、構成学と経営学の両面から考察した。

日本の鉄鋼業が、1970年代以降の長期にわたる需要停滞を経験する中で、新日鉄は構造改革を進め、1997年には品種別経営の強化を狙いとした全社的な組織改正が行われた。この組織改正を契機として、君津厚板工場では一貫最適化に向けた工場経営改革が開始され、21世紀に入って生じた爆発的な厚板需要の増大に対して、他の国内厚板工場に比較して、早期に大幅な増産に成功した(図3)。

本章では、鉄鋼業において一貫最適化をもたらす工場経営の特徴を明らかにするために、20世紀の製造業における工場経営のベスト・プラクティスとされる自動車産業におけるトヨタ生産方式(リーン生産方式)の特徴と同生産方式がどのような工場経営によって形成されたかを分析し、鉄鋼業をはじめとするプロセス産業との工程構造の差異を明らかにした。さらに、君津厚板工場における工場経営の革新を広く展望し,特に、厚板生産の現場において,どのように従来からのルーティンに変更が加えられたか,そのプロセスを明らかにし、一貫最適化の実現に向けた工場経営の革新と、総合対策の推進(図4)が、どのようなマネジメントと組織運営によって可能になったか,また、それぞれの職位の貢献、特に、革新をシステム的に支援した技術スタッフの役割の重要性を明らかにした。

上記の、経営革新の過程の検証を通じて、企業家精神に富んだ経営トップと現場経営を担当するミドル層による革新活動の同期化が起こり、企業のダイナミック・ケイパビリティ生成の源泉として機能することが明らかとなった。経営各層に散在する企業家精神を活性化することによって、本来、変わりにくい大企業の組織能力を、外部環境の変化に先駆けて高度化し、変化に対して能動的に対応可能なように変革することが可能になる。この事実は、バブル崩壊後、長期の低迷に悩む日本産業における企業経営に対し、戦略論と組織論の視点から多くの示唆を与える。

第5章では、本論文を総括し、今後の日本企業のものづくりや企業経営、産業競争力の向上に資する提言として「時間を制御する(タクトタイムからマルチタイムへ)」と「領域を越える(アナリシスからシンセシスへ)」の2点を示した。「時間」は、経営に与えられた重要な資源であり、その制御は、企業経営にとって極めて重要な課題である。鉄鋼業のようなプッシュ型の工程構造を有する製造プロセスにおいては、組立産業とは異なり、時間の階層性、すなわち時間のマルチスケール性に着目した取組みが必要であり、それによって一貫最適化が実現されることを、本研究は示した。

さらに、シンセシスの観点から見て、技術、製造、そして経営という、ものづくりの3階層のいずれにおいても、共通して、領域を越えた知識のシンセシスが重要な役割を果たしていることを明らかにした。社会に役立つものを生み出していくという観点から、構成学が主張する領域を越えるという取組みが、単に基礎研究のみならず、技術開発や製造を含めた多くの面において重要であることを、本研究は示した。

図1 TMCPを基軸とした製品開発

図2 生産管理マルチスケール階層モデル

図3 国内厚板工場の生産量増加率の比較(出典:日本鉄鋼連盟受注統計)

図4 一貫最適化の実現に向けた総合対策の全体像

図5 総括(企業経営と産業競争力向上への提言)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄鋼厚板製造プロセスにおける一貫最適化の実現に関して、新日本製鉄株式会社君津製鉄所における取組みに着目し、その過程を技術、製造、経営の3階層から構成学的に検証した。製造現場における競争力の背景には、プロセス技術革新としてのTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)の実現と、製造プロセスにおける時間のマルチスケール階層構造の制御による一貫最適化の試みがあり、さらに、生産管理の革新を可能にした本社と工場での経営が存在した。本論文は、製造業における革新を実現するためには、技術開発、生産管理、技術経営のそれぞれの局面において様々な要素の既存領域を越えたシンセシスが重要な役割を果たすことを示し、日本企業のものづくりと企業経営に対する提言をおこなった。

第1章では、本研究の背景と本研究の目的及び研究方法としての構成学について述べた。

第2章では、本研究の背景となる鉄鋼厚板製造プロセスの概要と、その発展の歴史を概括し、本研究の意義を明らかにした。さらに、厚板における画期的プロセス技術革新であるTMCP(Thermo-Mechanical Control Process)がどのように多様な機能を持つ新製品開発を可能にし、造船、建築、橋梁など厚板の需要形成に大きく貢献したか示した。同時に、TMCPの導入が必要とされる鋼板の形状確保を難しくすることを通じて精整工程における不良品在庫を拡大し、結果的に、工場管理において厚板製造プロセス全体の一貫最適化が経営目標となるに至ったか、その経緯を明らかにした。

第3章では、厚板製造プロセスの一貫最適化を目的とする生産管理システムの革新に関し、その経緯と具体的な取組み、そして得られた成果を明らかにした。具体的には、一連の生産管理に関して、どのように個別のモデルが開発/導入されたか、モデル開発におけるシナリオと開発プロセスを明らかにし、さらに、開発した個別モデルをミクロからマクロの時間構造の観点から統合することにより、一貫最適化のための時間階層を跨るマルチスケール階層モデルを提案した。本章が提案するモデルは、「領域を越える」という概念を現実の製造プロセスに適用することによって、製造プロセスを実効的に制御し産業競争力を向上させることを示しており、同モデルが、プロセス産業における小ロット多品種生産に広く適用できることが示唆される。

第4章では、製造における一貫最適化が、企業経営の中でどのような形で実現されたか、その経緯を明らかにし、構成学と経営学の両面から分析した。対象企業では、1990年代末に全社的な組織改革が行われ、厚板工場での一貫最適化に向けた経営改革を推進した。本章では、鉄鋼業において一貫最適化を可能にした企業経営の特徴を明らかにするために、自動車産業におけるトヨタ生産方式(リーン生産方式)との比較分析をおこない、プロセス産業に固有な工程構造に由来する特性を明らかにした。さらに、厚板工場における経営革新に対して,どのように従来のルーティンが変更されたか,そのプロセスを明らかにし、ルーティン変更に対するマネジメントと組織に貢献を考察して、革新をシステム的に支援した技術スタッフの役割の重要性を明らかにした。本章は、企業家精神に富んだ経営トップと現場経営を担当するミドル層による革新活動の同期化が、企業のダイナミック・ケイパビリティの源泉として機能することを明らかにし、経営各層に散在する企業家精神を同期化することによって、本来、変わりにくい大企業の組織能力が、外部環境の変化に対して能動的に対応する可能性を示めしている。この事実は、日本企業の経営に対し、戦略論と組織論の視点からの示唆を与える。

第5章では、本論文を総括し、日本企業のものづくりや企業経営、産業競争力の向上に対する提言として「時間を制御する(タクトタイムからマルチタイムへ)」と「領域を越える(アナリシスからシンセシスへ)」の2点を示した。「時間」は、経営に与えられた重要な資源であり、その制御は、企業経営にとって極めて重要な課題である。鉄鋼業のようにプッシュ型の工程構造を特徴とする製造プロセスにおいては、組立産業とは異なり、時間の階層性、すなわち時間のマルチスケール性に着目した制御手法を開発する必要があり、それによって一貫最適化が現実のものとなることを、本研究は示した。同じく、本研究は、技術、製造、経営という、ものづくりの3階層のいずれにおいても、既存領域を越えた知識のシンセシスが革新活動において重要な役割を果たしていることを明らかにした。このように、社会的な価値創造におけるシンセシスの役割を重視する構成学のアプローチは、企業経営における一連の革新の分析に対しても有効であることが明らかになった。

以上の内容を詳説した論文の内容は、査読付き英語論文一編、同和文論文一編として出版され、その学術的貢献が広く認められている。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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