学位論文要旨



No 128706
著者(漢字) ア.カ.マ.アサン カビール
著者(英字) A.K.M. AHSAN KABIR
著者(カナ) ア.カ.マ.アサン カビール
標題(和) ヤギの精巣と卵巣におけるアポトーシス阻害因子発現の加齢変化
標題(洋) Age-related Changes in Expression of Apoptosis Inhibiting Factors in Caprine Testis and Ovary
報告番号 128706
報告番号 甲28706
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3861号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 准教授 金井,克晃
内容要旨 要旨を表示する

雄の哺乳類においては、胎児期に精巣に移動した原始生殖細胞が出生後分裂をはじめて精粗細胞となり性成熟期までそのままで存在する。性成熟後、精祖細胞は精母細胞への分化を開始する。精母細胞は第一減数分裂を行って精娘細胞となった後第二減数分裂を行って精子細胞となる。引き続いて精子細胞は先体の形成、核の濃縮、細胞質の脱落、頸部と尾部の形成などの形態変化を起こして精子が完成する。この精子形成過程で多くがアポトーシスによって死滅する。雌においては、胎児期に卵巣に移動した原始生殖細胞が盛んに分裂して卵粗細胞となった後、第一減数分裂を開始して卵母細胞となる。ただしここでの減数分裂は複糸期まで進んだ後休止してしまい、その状態で出生する。出生後も卵母細胞は一層の薄い顆粒層細胞に包み込まれた構造の一次卵胞内で休眠しており、性成熟に達してから性周期毎に一定数の一次卵胞が発育・成熟を繰り返しはじめる。休眠から目覚めた一次卵胞内では顆粒層細胞が細胞分裂を開始して重層化して二次卵胞となる。引き続いて顆粒層細胞の細胞分裂は継続して卵胞は巨大化し、腔をもつ三次卵胞となる。この後健常に発育し続けた卵胞は排卵にまで至るが、卵胞の発育・成熟の過程で99%以上が選択的に閉鎖してしまい、排卵に至るものは極僅かにすぎない。この卵胞閉鎖は顆粒層細胞におけるアポトーシスによって調節されている。このように雌雄とも生殖子の形成過程で多くが死滅し、極一部が生き残って繁殖に供される。より一層安定的に家畜を増産するためには、生殖子の選抜機構、言い換えると精子形成過程における精祖細胞、精母細胞、精娘細胞、精子細胞におけるアポトーシス制御機構と卵胞の発育過程における顆粒層細胞アポトーシスの制御機構を明らかにしなくてはならない。これまでにこれらのアポトーシスが細胞死受容体を介して実行されていることがわかってきており、その実行はアポトーシス阻害因子によって調節されていると考えられている。本研究では、重要な反芻家畜であるヤギにおける雌雄の生殖子の選抜にかかわる細胞死を調節していると考えられているアポトーシス阻害因子の加齢に伴う変化を調べた。

第一章と第二章では、細胞死受容体の直下でアポトーシスシグナル伝達を阻害しているcellular FLICE like inhibitory protein(cFLIP)および下流で阻害しているX-linked inhibitor of apoptosis protein(XIAP)のシバヤギ精巣における発現の加齢に伴う推移を調べた。細胞死リガンドと結合した受容体では細胞膜内にあるdeath domainにアダプタータンパクが結合し、これにprocaspase-8が2分子結合して2量体化することで活性化して、アポトーシスシグナルが下流に伝わる。cFLIPはprocaspase-8の活性化を阻害することでアポトーシスの実行を止める。活性化したcaspase-8はBidタンパクを切断し、これの断片がミトコンドリアからのcytochrome cの放出を誘起する。ミトコンドリアから細胞質中に放出されたcytochrome cはprotease activating factor-1およびprocaspase-9とapoptosome複合体を形成し、これによってprocaspase-9が活性化される。これが下流のprocaspase-3を活性化すると内因性ヌクレアーゼを活性化する。活性化内因性ヌクレアーゼが核内に移行して遺伝子DNAを切断することでアポトーシスが実行される。XIAPはprocaspase-9の活性化を止めることでアポトーシスの実行を阻害する。出生後の仔ヤギおいては精巣の精細管内において原始生殖細胞が盛んに分裂して精粗細胞となっているが、アポトーシス細胞を組織化学的に検出するTUNEL染色によって求めた精細管全体のアポトーシス頻度は高かった(4%以上)。仔ヤギの精細管内では盛んに精粗細胞が生み出されているが、同時に多くが死滅している。雄ヤギは約4月齢で性成熟に達するが、性成熟前で精子が形成されていない若ヤギの精細管全体におけるアポトーシス頻度は約1.5%にまで低下し、精子形成が開始された成ヤギでは約1%にまで低下した。成ヤギの精細管内では、アポトーシス頻度が性上皮サイクルのステージ間で異なり、ステージIVでは4%以上と高かったが他のステージでは約1%であった。ステージIVの性上皮には主にA型精祖細胞、前細糸期と厚糸期の精母細胞および先体顆粒が大きく明瞭になって核に接着しているステップ4の精子細胞が含まれるが、アポトーシスは主に精子細胞で検出された。精巣におけるアポトーシス関連因子のmRNA発現を定量的リアルタイムPCR法にて調べた結果、アポトーシス実行因子であるTRAILなどの細胞死リガンド、TRAIL-receptorsやFasなどの細胞死受容体、caspase-8などの細胞内シグナル伝達因子およびアポトーシス促進因子であるBaxなどの発現は仔ヤギで高く、加齢に伴って低下した。アポトーシス阻害因子であるinhibitor of apoptosis(IAP)familyに属するcFLIPとXIAPのヤギにおける遺伝子配列が決定していなかったので、まずこれらを決定した後、その発現の推移を調べた。cFLIPの発現は加齢に伴って減少し、逆にXIAPは増加した。興味深いことに、成ヤギの精細管内においてcFLIPは精祖細胞と精母細胞および先体顆粒をもつステップ3から5の円形の精子細胞に高く発現していた。XIAPは精祖細胞と精母細胞には発現しておらず、円形から細長くなりはじめるステップ6以降の精子細胞に高い発現が認められた。本研究によってはじめて精細管内ではアポトーシス阻害因子のcFLIPとXIAPの発現する精子形成ステージが異なり、前者は初期から中期、後者は後期に発現して精祖細胞、精母細胞および精子細胞の死滅を防いでいることが分かった。

第三章では、仔ヤギ、性成熟前の若ヤギおよび性成熟後の成ヤギの卵巣におけるアポトーシス関連因子のmRNA発現を定量的リアルタイムPCR法にて調べたところ、アポトーシス実行因子はいずれの卵巣においても発現していたが、アポトーシス阻害因子のcFLIPはいずれの卵巣にも発現していたが精巣の場合と異なってXIAPの発現は確認できなかった。cFLIPは、仔ヤギ卵巣においては原始卵胞顆粒層細胞に高発現しており、若ヤギでは発現が低下し、ふたたび成ヤギ卵巣の健常卵胞の顆粒層細胞と初期黄体の顆粒層由来黄体細胞に高発現が認められ、閉鎖卵胞の顆粒層細胞および中期から退行期黄体の黄体細胞では発現が非常に低かった。すなわちcFLIPはアポトーシスが抑制されて盛んに細胞分裂している組織で高発現していることが分かった。cFLIPの発現を調節している因子に関する知見は乏しいが、齧歯類でfollicle stimulating hormone(FSH)が顆粒層細胞におけるcFLIPの発現を亢進するとの知見があるので、ヤギの一次および二次卵胞を含む卵巣小片を雌雄の成重症免疫不全マウスの腎漿膜下に異種移植し、マウスにFSHを投与してヤギ卵胞の発育におよぼす影響を調べた。FSHは未成熟の卵胞の発育を亢進し、この発育した卵胞の顆粒層細胞にはcFLIPが高発現していた。これまでの知見と本研究の成果から、多くの原始卵胞や発育途中の卵胞が死滅するが、これは顆粒層細胞においてcFLIPが消失することによってアポトーシスが誘起される結果であるものと推察される。黄体の形成に際してもcFLIPの高発現が必要であることが推察された。すなわち卵胞・卵母細胞の発育・成熟から排卵後の黄体形成までのプロセスを通じて、顆粒層細胞とそれ由来の黄体細胞においてはcFLIPが高発現することで細胞死を逃れているものと考えられた。顆粒層細胞におけるcFLIP発現量が同じ卵胞に含まれる卵母細胞の健常性の指標として利用できると考えられ、家畜の体外受精、顕微授精、体細胞核移植、遺伝子改変動物作製などに高品質の卵母細胞を供することが可能となり発生率や着床率の改善に貢献するものと思われる。

本研究によってヤギにおけるアポトーシス阻害因子cFLIPとXIAPの精巣における加齢にともなう変化、および前者の卵巣における加齢にともなう変化が明らかになった。精巣ではcFLIPが精子形成初期から中期、XIAPが後期に働いてアポトーシスを調節して精子の選抜に寄与していることが分かった。卵巣ではcFLIPが卵胞顆粒層細胞で働いて卵胞の選抜に寄与していることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

性成熟後の哺乳類の精巣では、精細管内で精原細胞が増殖後第一および第二減数分裂を行って精細胞となり、これが先体形成、核濃縮、細胞質脱落、頸部形成、尾部形成などを起こして精子となる。この精子形成の過程で多くが死滅する。卵巣では、性周期毎に一定数の一次卵胞が発育しはじめ、二次卵胞を経て三次卵胞となり、排卵に至る。この卵胞発育の過程で多くが閉鎖する。このように雌雄とも配偶子形成過程で多くが死滅し、生き残った一部が生殖に供される。より安定的に家畜を増産するためには、配偶子の死滅を調節している機構を明らかにしなくてはならない。本研究では、重要な反芻家畜であるヤギにおいて、雌雄配偶子形成過程における細胞死の調節に深く関わっていると考えられているアポトーシス阻害因子の加齢に伴う変化を中心に調べた。

出生直後の仔ヤギの精巣の精細管内において、TUNEL染色によって求めた精原細胞のアポトーシス頻度は約4.5%であった。性成熟直前の若ヤギの精細管内の盛んに増殖している精原細胞のアポトーシス頻度は約1.5%であった。成ヤギの精細管では性上皮サイクルのステージ間でアポトーシス頻度が異なった。ステージIVでは約4.0%と高かったが他のステージでは1%未満であった。ステージIVの性上皮には精原細胞、前細糸期と厚糸期の精母細胞および先体顆粒が大きく明瞭になって核に接着しているステップ4の精細胞が含まれるが、アポトーシスは精原細胞で検出された。精巣におけるアポトーシス関連因子のmRNA発現を定量的PCR法にて調べた結果、アポトーシス実行因子であるTRAILなどの細胞死リガンドとその受容体のTRAIL-receptorなど、caspase-8などの細胞内シグナル伝達因子およびアポトーシス促進因子のBaxなどの発現は仔ヤギで高く、これらは加齢に伴って低下した。Inhibitor of apoptosis(IAP)familyに属するアポトーシス阻害因子については、細胞死受容体の直下でシグナル伝達を阻害しているcellular FLICE like inhibitory protein(cFLIP)およびその下流でミトコンドリアから放出されたcytochrome cがprotease activating factor-1およびprocaspase-9と複合体を形成することを阻害することでシグナル伝達を阻害しているX-linked inhibitor of apoptosis protein(XIAP)のヤギにおける遺伝子配列が決定していなかったので、まずこれらを決定した。精巣では両者とも発現しており、加齢に伴う変化を調べたところ、cFLIPの発現は加齢に伴って減少し、逆にXIAPは増加した。これらは加齢に伴って発現比が変わりながら、ともに精原細胞の死滅を防いでいると考えられた。

仔ヤギ、若ヤギおよび成ヤギの卵巣におけるアポトーシス関連因子のmRNA発現を定量的PCR法にて調べたところ、細胞死リガンドと受容体は精巣と同様に発現していたが、阻害因子に関してはcFLIPのみが発現しており、精巣と異なってXIAPは発現していなかった。仔ヤギの卵巣においては一次卵胞の卵胞上皮細胞(顆粒層細胞)にcFLIPの高発現が認められ、若ヤギでは低下した。成ヤギでは卵胞の発育ステージで異なり、健常卵胞の顆粒層細胞にのみ高発現が認められ、閉鎖卵胞の顆粒層細胞では非常に低いあるいは検出できないレベルであった。健常卵胞の顆粒層細胞にcFLIPとXIAPとが高発現しているブタなどと異なって、ヤギでは前者のみが高発現していることが特徴的であった。このような顆粒層細胞におけるcFLIPの発現を調節している機構を調べるために、未成熟な一次および二次卵胞を含むヤギ卵巣皮質の小片を重症免疫不全マウスの腎漿膜下に異種移植し、ヤギ卵胞の発育と顆粒層細胞におけるcFLIP発現を調べる実験系を確立した。この系ではマウスに卵胞刺激ホルモンを投与するとヤギ未成熟卵胞の発育が亢進され、この発育卵胞の顆粒層細胞ではcFLIPが高発現していることが分かった。

以上のように、本研究で、ヤギのcFLIPとXIAPの遺伝子配列を決定し、精巣においては両者が発現していること、前者の発現量は加齢に伴って減少し、逆に後者は増加することが分かった。これらは成ヤギにおいて精原細胞の細胞死を抑制していると考えられた。卵巣においてはcFLIPのみが発現していることが特徴的であること、その発現量は加齢に伴って変化することが分かった。成ヤギでは健常卵胞の顆粒層細胞にcFLIPが高発現しており、これが細胞死を抑制することで卵胞閉鎖を防いでいると考えられた。これらヤギにおける雌雄の配偶子形成過程における細胞死の調節に深く関わっていると考えられているアポトーシス阻害因子の加齢に伴う変化に関わる知見は、家畜繁殖学にとって有意義な研究成果である。申請者の研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同は博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定し、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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