学位論文要旨



No 128707
著者(漢字) 高,紅梅
著者(英字)
著者(カナ) ガオ,ホンメイ
標題(和) ブタ卵巣の卵胞閉鎖における顆粒層細胞の細胞内アポトーシス調節因子の発現変化
標題(洋) Changes in the expression of intracellular apoptosis regulators in granulosa cells during atresia in porcine ovaries
報告番号 128707
報告番号 甲28707
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3862号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 眞鍋,昇
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 塩田,邦郎
 東京大学 教授 内藤,邦彦
 東京大学 教授 西原,眞杉
内容要旨 要旨を表示する

性成熟に達した雌哺乳類においては、卵母細胞を内包する卵胞が発育・成熟の途中で99%以上閉鎖してしまい、最終的に極僅かが排卵にまで至る。この卵胞閉鎖は顆粒層細胞のアポトーシスによって調節されている。高度に品種改良された肉用家畜のブタの効率的増産にとって、卵胞閉鎖の制御機構を解明し、それに基づいてより多くの高品質の卵母細胞を排卵して受精に供する手法を開発することが肝要である。これまでに顆粒層細胞においては、アポトーシスが細胞死受容体とミトコンドリアを介して誘起されることが分かってきており、未解明な点が多いもののその細胞内シグナル伝達経路の概要が分かってきている。すなわち細胞死リガンドがその受容体に結合すると受容体の細胞膜内にあるdeath domainにアダプタータンパク(Fas-associated death domain)が結合する。これに2分子のイニシエーターカスパーゼ(procaspase-8)が結合して2量体化する。この結合は両者が分子内にもつdeath effector domain(DED)を介したものである。2量体化したprocaspase-8が活性化されてBidタンパクを切断する。これの断片がミトコンドリアからのcytochrome cの放出を誘起する。ミトコンドリアから細胞質中に放出されたcytochrome cはprotease activating factor-1およびprocaspase-9と複合体(apoptosome)を形成し、これによってprocaspase-9が活性化される。これは下流のprocaspase-3を活性化する。活性型caspase-3が内因性ヌクレアーゼを活性化し、これが核内に移行して遺伝子DNAを切断することでアポトーシスが実行される。最近になって顆粒層細胞においてはprocaspase-8の活性化を阻害するcellular FLICE-like inhibitory protein(cFLIP)とprocaspase-9の活性化を阻害するX-linked inhibitor of apoptosis proteinが発現しており、これらがアポトーシスの実行を調節しているらしいことがわかってきた。そこでブタの一層の増産のために選択的卵胞閉鎖を制御している分子機構を解明する研究の一環として、本研究で卵巣から単離した個々の卵胞別に顆粒層細胞のアポトーシスを調節している機構を精査した。

はじめに第1章で卵巣から単離した個々の卵胞別に卵胞閉鎖にともなって顆粒層細胞において細胞死リガンド-受容体系のどのような実行因子、促進因子および阻害因子が増減するのか精査した。すなわち、成熟した雌豚の卵巣から卵胞を個別に切出し、形態、卵胞液プロゲステロン/エストラジオール比およびTUNEL染色にて組織化学的に検出したアポトーシス細胞頻度に基づいて卵胞を健常、閉鎖初期および閉鎖後期に分類し、各卵胞の顆粒層細胞におけるアポトーシス関連因子のmRNA発現を定量的リアルタイムPCR法にて調べた。その結果、アポトーシス実行因子であるTRAILなどの細胞死リガンド、TRAIL-receptorsやFasなどの細胞死受容体、caspase-8などの細胞内シグナル伝達因子およびアポトーシス促進因子であるBaxの発現は卵胞閉鎖の初期に有意に高まっていることが分かった。一方inhibitor of apoptosis(IAP)familyに属するアポトーシス阻害因子のcFLIPとXIAPは健常卵胞の顆粒層細胞では高発現していたが、閉鎖に伴って有意に低下することが分かった。これまでにこのような現象を個々の卵胞別に確認した例はなく、新しい知見である。

前章でアポトーシス阻害因子のcFLIPとXIAPが卵胞閉鎖の調節に深く関わっていることが推察されたので、第2章では他のアポトーシス阻害因子の関与について調べた。その結果、これまでのヒトでの研究ではがん細胞では発現していることが知られているががん化していない分化した細胞での発現が報告されていないIAP familyに属するsurvivinが、ブタの健常卵胞の顆粒層細胞においては高発現していることを見出した。Survivinは、cFLIPやXIAPと同様に、細胞内でアポトーシスシグナルを伝達しているカスパーゼの活性化を阻害することでアポトーシスを抑制していると考えられる。ブタの健常卵胞では、盛んに細胞分裂を繰り返している顆粒層細胞でsurvivinが高発現していることも分かった。さらに興味深いことに、survivinに対して正しいフォールディングを維持して機能を保つことを助けるシャペロンとして働いていると考えられているheat shock protein (Hsp)90も健常卵胞の顆粒層細胞においては高発現していることを見出した。Hspは初めショウジョウバエ幼虫を高温にさらすと発現する抗ストレス因子として発見されたものであるが、哺乳類のHsp90は非ストレス環境下においても細胞内で発現してタンパクの構造を安定化することで機能を維持する役割を果たしていると考えられており、ブタの健常卵胞の顆粒層細胞においても細胞の生存に必要なタンパクの安定化に貢献しているものと推察された。

細胞内に異常なタンパクが蓄積することを防いだり、過剰に合成してしまったタンパクを分解してリサイクルに供したりして細胞の恒常性を維持することで抗アポトーシス作用を示すことが分かってきたオートファジーは、排卵を控えて急速に発育している健常卵胞の顆粒層細胞の恒常性を保つのに重要であると考えられる。そこで第3章では健常、閉鎖初期および閉鎖後期の卵胞の顆粒層細胞においてオートファジーとアポトーシスが互いにどのように推移しているのか調べた。すなわちオートファジーの誘導に必要な因子であるBeclin-1とオートファゴソーム形成に不可欠なmicrotubule-associated protein 1 light chain 3(LC3)をオートファジーの指標として、カスパーゼカスケードの最下流に位置する活性化caspase-3をアポトーシス実行の指標として用いた。その結果、盛んに細胞分裂を繰り返している健常卵胞の顆粒層細胞ではオートファジーが亢進しているが、アポトーシスが誘起されている閉鎖卵胞の顆粒層細胞ではオートファゴソーム形成が停止していることが分かった。いくつかの細胞では、TRAILなどの細胞死リガンドがアポトーシスだけでなくオートファジーも誘起すること、アポトーシス阻害因子であるBcl-2はオートファジーも阻害することなどが報告されているが、顆粒層細胞ではそのような現象がないことが推測された。

本研究によって、ブタの健常卵胞では、II型アポトーシス細胞である顆粒層細胞において、顆粒層細胞が産生するTNFαが自身のTNFR2に結合し、転写因子の活性化を介してcFLIPの産生を亢進することでミトコンドリアより上流のアポトーシスシグナル伝達を阻害していること、TACEがTNFR2を切断してこのシグナル伝達を阻害してアポトーシスを誘導すること、およびcFLIPとは別にXIAPが下流のシグナル伝達を阻害していることが分かった。顆粒層細胞でこれらの阻害因子が減少することでアポトーシスが誘導され、その結果卵胞が閉鎖すると考えられた。これら細胞死阻害因子は、様々な生殖工学などに供する卵胞-卵母細胞の健常性を評価するてめのパラメターとして有用であると推察された。

審査要旨 要旨を表示する

性成熟した雌の哺乳類の卵巣内には減数分裂を複糸期で停止している卵母細胞が一層の卵胞上皮細胞(顆粒層細胞)に包まれた一次卵胞が多数存在する。性周期毎に一定数の卵胞が発育を開始し、これに含まれる卵母細胞も発育して減数分裂を再開し、排卵されて受精に供される。この卵胞発育の過程で99%以上が選択的に閉鎖してしまい、排卵にまで至るものは1%にも満たない。この卵胞閉鎖には顆粒層細胞のアポトーシスが支配的に関与していることが分かってきているが、その制御機構やアポトーシスシグナルの細胞内伝達経路などに関しては多くの点が未解明である。

申請者は、重要な家畜であるブタを材料として、卵胞閉鎖における顆粒層細胞の細胞内アポトーシス調節因子の発現変化を精密に調べるために、成ブタの卵巣から実体顕微鏡下に個々の卵胞を分離して卵胞閉鎖ステージを正確に判定した後、各卵胞別に顆粒層細胞におけるアポトーシス関連因子の発現を調べられる実験系を確立した。アポトーシス実行因子であるTRAILなどの細胞死リガンドとそれらの受容体、アポトーシスで特徴的なcaspase-3、caspase-8、caspase-9などのタンパク分解酵素の活性化を介した不可逆的細胞内シグナル伝達因子および促進因子であるBaxの発現は卵胞閉鎖初期に高まっていること、閉鎖していない健常卵胞の顆粒層細胞では高発現しているinhibitor of apoptosis(IAP)familyに属する阻害因子のcFLIPとXIAPおよびBcl-2が閉鎖に伴って速やかに低下することを示した。加えて主にがん化した細胞で発現しているIAP familyに属する阻害因子のひとつであるsurvivinが健常卵胞の盛んに細胞分裂している顆粒層細胞において高発現していることを見出した。健常卵胞の顆粒層細胞においては、survivinの正しいフォールディングを維持して機能を保つことを助けるシャペロンであるheat shock protein (Hsp)90も高発現していることが分かった。Hsp90は非ストレス環境下においても細胞内で発現して標的タンパクの構造を安定化させることでその機能を維持する役割を果たしていると考えられており、健常卵胞の顆粒層細胞においても細胞の生存に必要なアポトーシス阻害因子の安定化に貢献しているものと考えられた。

様々な細胞において細胞内に異常なタンパクが蓄積することを防いだり、過剰に合成されたタンパクを分解してリサイクルに供したりすることで細胞の恒常性を維持していると考えられているオートファジーの顆粒層細胞における役割は不明であったので、卵胞閉鎖ステージを正確に判定した個々の卵胞別にオートファジーの誘導に必要なBeclin-1とオートファジーに特徴的なオートファゴソームの形成に不可欠なmicrotubule-associated protein 1 light chain 3(LC3)の発現を調べた。盛んに細胞分裂を繰り返している健常卵胞の顆粒層細胞でオートファジーが亢進し、逆にアポトーシスが誘起されている閉鎖卵胞の顆粒層細胞ではほとんど停止していることが分かった。がん化した細胞の多くではアポトーシス阻害因子のBcl-2がオートファジーを阻害することや細胞死リガンドのTRAILがアポトーシスを誘起するとともにオートファジーも誘起することなどが報告されているが、卵胞閉鎖のような生理的な細胞死の過程におけるアポトーシス調節因子のオートファジーへの作用は、がん化した細胞の場合とは異なると考えられた。

以上のように、個々の卵胞別に顆粒層細胞におけるアポトーシス調節因子の発現変化を精密に調べられる新しい手法を確立した申請者の研究によって、哺乳類の卵胞においては顆粒層細胞にIAP familyに属するアポトーシス阻害因子のcFLIPとXIAPのみならずsurvivinが高発現していること、加えてsurvivinの構造を安定化して機能を保たせる役割を果たすシャペロンHsp90が高発現してアポトーシスを防いでいることが分かった。さらに、盛んに分裂している健常卵胞の顆粒層細胞においてオートファジーが亢進し、閉鎖卵胞の顆粒層細胞では停止していることから生理的な細胞死の場合とがん細胞の細胞死の場合でアポトーシス調節因子のオートファジーへの作用が異なることが推察されたなどの学術的に重要な新知見が得られた。これらの申請者の研究業績をとりまとめた論文の内容および関連事項について試験を行った結果、審査委員一同は博士(農学)の学位を受けるに必要な学識を有する者と認め、合格と判定し、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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