学位論文要旨



No 128719
著者(漢字) 朴,鍾圭
著者(英字)
著者(カナ) パク,ジョンギュ
標題(和) DNA損傷性NF-κB活性化経路におけるアセチル基転移酵素ARD1の機能解析
標題(洋)
報告番号 128719
報告番号 甲28719
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第822号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 先端生命科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一夫
 東京大学 教授 片岡,宏誌
 東京大学 教授 三谷,啓志
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 東京大学 准教授 小嶋,徹也
内容要旨 要旨を表示する

NF-κBは、B細胞の免疫グロブリンκ軽鎖遺伝子のエンハンサー領域に結合する転写因子として、1986年 SenとBaltimoreによって発見された。当初、B細胞に特異的に存在していると思われたが、現在では非常に幅広い細胞で存在していることが分かっている。ハエからクラゲまでほぼ全ての動物細胞の細胞質に存在し、200以上の遺伝子の発現をコントロールする。炎症や免疫反応、細胞増殖やアポトーシスに深くかかわる遺伝子群を制御する。

NF-κBは、構造の中にRelホモロジードメインをもつヘテロ、またはホモ二量体の総称である。NF-κBのサブユニットは5種類知られており (RelA, RelB, c-Rel, p105/p50, p100/p52)、それぞれの組み合わせは、活性化される経路によりある程度決まっている。

NF-κBの活性化経路は、主に、古典的経路、非古典的経路、及び、DNA損傷性経路の3種類に分類できる。古典的NF-κB活性化経路は、炎症性サイトカイン (TNFα, IL-1, LPS) により始まり、対応する各受容体を介して活性化シグナルが伝達される。受容体から入った刺激はRIP1のポリユビキチン鎖修飾を介して、下流のNEMOを含むIKK複合体を活性化することが知られている。非古典的NF-κB活性化経路もまた、免疫や炎症に関連するサイトカイン (LTβ, BAFF,CD40) により受容体を経て活性化され、NF-κB inducing kinase (NIK) の活性化とそれに続くIKKαの活性化を経てNF-κBが活性化される。

一方、DNA損傷性経路は、紫外線や酸化ストレス、抗がん剤などにより、DNA二重鎖が切断されることによって活性化される。受容体を介さず、DNA二重鎖断裂という核内のシグナルを細胞質に伝達するという点で、古典的経路や非古典的経路とはシグナルの出発点と方向性が大きく異なる。古典的経路において細胞質内で機能するRIP1が、DNA損傷性経路では核内でNEMOと複合体を形成する必要がある。しかし、DNA損傷性NF-κB活性化経路上流域において、RIP1がどのようにDNA損傷シグナルを感知し、核内にどのタイミングで移行するかなどほとんど明らかにされていない。近年、細胞増殖、アポトーシスといった現象にアセチル基転移酵素ARD1の関与が示唆されている。本研究の過程で、NF-κB活性化経路における鍵となる分子RIP1がARD1と結合することを見つけた。このことを手掛かりに、抗がん剤ドキソルビシンによって誘導されるDNA損傷性NF-κB活性化経路にARD1がどのように関与するかを詳細に調べることにした。

NF-κB活性化におけるARD1の役割を調べるために、RIP1が関与するDNA損傷性NF-κB活性化経路と古典的NF-κB活性化経路について、ARD1ノックダウンの影響を検討した。DNA損傷性経路には、DNA二重鎖を切断することによってNF-κBを活性化するドキソルビシンを用い、古典的経路では代表的なTNFαを用いた。ARD1を標的とするsiRNAと共に、NF-κB活性化に伴ってルシフェラーゼを発現するレポータープラスミドをHEK293細胞に導入し、レポーターアッセイにてNF-κBの活性化を評価した。ARD1のノックダウンには異なる配列の3種類のsiRNAをそれぞれ用い、ウェスタンブロッティングにて解析した結果、どの種類も効果的にARD1の発現を抑制した。ドキソルビシン処理した細胞では未処理の細胞と比較して約8倍NF-κBが活性化されたが、ドキソルビシン処理に加えARD1をノックダウンした細胞ではこの活性化が抑制された。対照的に、TNFαでNF-κBを活性化させた場合は、コントロールと比較してARD1をノックダウンした細胞においても、有意な差は認められなかった。

次に、ARD1を過剰発現させた条件でドキソルビシン処理すると、ARD1発現量依存的にNF-κBの活性が促進される傾向が見られた。これらの結果は、ARD1がTNFα刺激による古典的NF-κB活性化ではなく、DNA損傷性NF-κB活性化経路において、ポジティブメディエーターとして働くことを示唆する。

DNA損傷性NF-κB活性化経路では、PIDDによって感知されたシグナルをRIP1がNEMOに伝達することが報告されている。そこで、RIP1誘導性NF-κB活性化におけるARD1の影響をレポーターアッセイで調べた。HEK293細胞にRIP1を過剰発現させた条件で、さらにARD1を過剰発現させると、ARD1発現量依存的にNF-κBの活性化が促進された。

HEK293細胞にARD1とRIP1を共発現させ、得られた細胞質画分のライセートを用いて免疫沈降を行った結果、ARD1の共沈物としてRIP1が確認できた。さらに、ARD1のRIP1との結合ドメインを決定するために、ARD1について3種類の欠損変異体を作製した。ARD1は、主にN末ドメイン (1-44アミノ酸)、アセチル基転移ドメイン (45-130アミノ酸)、及びC末ドメイン (179-235アミノ酸) からなる。HAタグつきの各欠損変異体 (ARD1ΔN, ARD1ΔAT, ARD1ΔC) をMycタグつきのRIP1と共発現させて、抗Myc抗体を用いて免疫沈降を行った。ARD1ΔNとARD1ΔCはRIP1と共沈降したが、ARD1ΔATは共沈降しなかった。この結果から、ARD1のアセチル基転移酵素ドメインがRIP1との結合に必要であることが示唆された。

次にドキソルビシン誘導性NF-κB活性化経路におけるARD1のN末とアセチル基転移酵素ドメインの寄与をレポーターアッセイで調べた。HEK293細胞に、ARD1の各欠損変異体を過剰発現させ、ドキソルビシン処理を行った結果、ARD1野生型と異なり、ARD1ΔNとARD1ΔATでは、NF-κBの活性化が上昇しなかった。しかし、ARD1ΔNはRIP1と結合しARD1ΔATは結合しないことから、両変異体の機能欠損がNF-κB活性化に与える影響は異なるメカニズムである可能性が考えられる。

DNA損傷性NF-κB活性化経路では、RIP1はPIDDやNEMOと核内で複合体を形成し、NEMOのSUMO化、リン酸化に引き続き、ユビキチン化が起こる。ドキソルビシン誘導性NF-κB活性化経路上流で生じるNEMOユビキチン化へのARD1の影響を、HEK293細胞を用いて調べた。ARD1を強制発現させた場合、ドキソルビシン処理2~4時間でNEMOのユビキチン化が促進され、6時間経過するとユビキチン化が消失した。この結果は、HEK293T細胞を用いた過去の報告において、ドキソルビシン処理後4時間でNEMOがSUMO化及びユビキチン化された傾向と一致した。

ARD1のアセチル基転移酵素活性がNF-κB活性化経路の初期段階で関与している可能性があることから、ARD1アセチル基転移酵素活性をなくした変異体ARD1(R82A/G85A)を作製し、NF-κB活性化への影響を調べた。ARD1は82番目から87番目までアミノ酸残基の間アセチル-CoA結合部位 (RRLGLA) を持ち、この変異体は酵素活性を示さないことが知られている。そこで、82番目のアルギニンと85番目のグリシンをアラニンに置換した。脱アセチル化酵素阻害剤トリコスタチンA (TSA) 存在下、ドキソルビシン処理した細胞では、コントロールに対して約5倍活性化し、ARD1を過剰発現させた細胞ではさらに12倍まで活性化が促進された。一方、ARD1(R82A/G85A)を過剰発現させた細胞では、ドキソルビシン処理によるNF-κBの活性化を促進しなかった。この結果から、ARD1のアセチル基転移酵素活性がドキソルビシン誘導性NF-κB活性化に必要であることが強く示唆される。

ARD1ΔNはRIP1と結合するが、ドキソルビシン誘導性NF-κB活性化を促進しなかった。この原因を調べるために、HAタグをつけたARD1野生型、ARD1ΔN、及びARD1(R82A/G85A)の発現ベクターを用いて、細胞内局在を調べた。ARD1野生型とARD1 (R82A/G85A)では、細胞質に加え核内での局在が確認できたが、ARD1ΔNはそれらに比べて核内の局在が減少していた。この結果は、ARD1の核移行シグナルがN末側に存在する可能性を示し、ARD1の核移行がドキソルビシン誘導性NF-κB活性化に必要であることを示唆している。

本実験では、1. ARD1がアセチル基転移酵素ドメインを介してRIP1と結合してこと、2. ドキソルビシン誘導性NF-κB活性化にARD1のアセチル基転移酵素活性が必要であること、3. ARD1はN末端を利用して核内へ移行していること、が分かった。ドキソルビシン誘導性NF-κB活性化経路におけるARD1アセチル基転移酵素活性の標的分子は明らかではないが、RIP1はARD1と結合することから、その酵素活性の基質となる有望な候補であることが予想される。今後、ARD1がDNA損傷性NF-κB活性化経路に関与することの生理的意義を含め、ARD1のアセチル基転移酵素活性のターゲット分子の探索、ARD1、RIP1、PIDD、及びNEMO間の相互作用をより詳細に調査することが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は3部から構成されており、第1部はアセチル基転移酵素ARD1がDNA損傷により誘導されるNF-κB活性化経路に特異的に関与すること、第2部ではARD1のN末端に存在する核内移行シグナルがNF-κB活性化に必須であること、第3部ではARD1のアセチル基転移酵素活性が活性化に必要であることについて述べられている。

本論文第1部では、NF-κBのレポーターアッセイの系を用いて、アセチル基転移酵素ARD1のNF-κBに及ぼす影響を調べた。NF-κB活性化経路には古典的経路とDNA損傷性経路の異なる経路が存在する。siRNAを用いて内在性のARD1の発現を抑制すると、古典的経路には影響を及ぼさなかったのに対して、DNA損傷性経路においてARD1の発現低下に比例してNF-κB活性化が低下することを見出した。逆にARD1を過剰発現させた細胞では、古典的経路には影響を及ぼさないのに対して、DNA損傷性経路においてNF-κBの活性化を強く増強した。このことから、ARD1はDNA損傷性経路に特異的に関与する鍵分子である可能性が示唆された。NF-κB古典的活性化経路ではTNFαなどのサイトカインが細胞外から作用して最終的に転写因子NF-κBに支配される遺伝子領域の転写を促進するのに対して、DNA損傷性経路では紫外線、薬剤、酸化ストレスなどによるゲノムの二重鎖断裂が引き金になっている。そのため、核内で起こったDNA損傷というシグナルが細胞質に伝えられるメカニズムは古典的経路には存在せず、これに関する情報は皆無に等しかった。朴は免疫沈降法を用いて、ARD1と相互作用する分子として、RIP1という古典的経路に関与する分子を新たに同定した。この相互作用が古典的経路とDNA損傷性経路を最終的に1つのNF-κB活性化という同一の反応に導くものと考え、ARD1とRIP1の相互作用をさらに詳細に解析を行った。ARD1の各ドメインを欠損させた変異体を細胞に発現させ、RIP1との相互作用を免疫沈降によって調べた結果、RIP1との相互作用にはARD1のアセチル基転移酵素ドメインを介していることが明らかになった。次に、この相互作用がDNA損傷性NF-κB活性化に必要か否かを検討したところ、ARD1のアセチル基転移酵素ドメインを欠損したARD1はNF-κB活性化を増強することはできなかった。さらにARD1のN末端ドメインを欠損した変異体は、RIP1との結合能を保持しているにも拘わらず、DNA損傷性NF-κB活性化を増強しなかった。

これらARD1の変異体の実験結果を受けて、第2部ではARD1のN末端ドメインのDNA損傷性NF-κB活性化における役割について詳細な検討をした。上記のようにARD1のN末端ドメインを欠損した変異体は、NF-κB活性化を増強することはできなかった。そこで、種々のARD1変異体の細胞内局在を調べたところ、ARD1は経時的に細胞質から核内への移行が観察されたが、N末端ドメインを欠損したARD1変異体は核への移行が認められず、細胞質に留まっていた。このARD1変異体はRIP1との結合能を保持していることを考え合わせて、ARD1のN末端領域に核内移行シグナル配列が存在すること、このシグナルが欠損することによりRIP1を核内に輸送できないこと、RIP1の核移行を阻害することによりDNA損傷性NF-κB活性化の増強ができないことを明らかにした。

第3部では、ARD1のアセチル基転移酵素ドメインを欠損したARD1変異体が、DNA損傷性NF-κB活性化の増強ができないことについて記述されている。ARD1のアセチル基転移酵素ドメインには、文字通りアセチル基転移酵素活性部位を含んでいるほかに、核内移行シグナル配列も含まれているのではないかという報告もある。そこで、この欠損変異体ではいずれの機能が活性化に寄与しているかを結論できないために、新たに酵素活性のみを欠損したARD1変異体R82A/G85Aを作成し、アセチル基転移酵素活性の寄与について調べた。この変異体は正常に核移行できることを確認した上で、DNA損傷性NF-κB活性化に及ぼす影響を過剰発現によって調べたところ、野生型とは異なり、何ら影響を及ぼさなかった。この結果からARD1によるアセチル化がこの経路の活性化に必須であることが示された。

以上の一連の結果をまとめた本論文の内容は、金山敦宏、宮本有正、山本一夫の指導の下に研究を遂行したが、論文提出者が全面的に主体となって実験・解析および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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