学位論文要旨



No 128721
著者(漢字) 森,祐介
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ユウスケ
標題(和) RNAポリメラーゼの転写活性を制御するRNAデバイスの開発と応用
標題(洋)
報告番号 128721
報告番号 甲28721
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第824号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 伊藤,耕一
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 教授 正井,久雄
 東京大学 教授 上田,卓也
 東京大学 准教授 泊,幸秀
内容要旨 要旨を表示する

【背景・目的】

自然界において、細胞内・細胞間現象は、DNA配列や転写装置、翻訳装置等の核酸性及びタンパク性因子といった生体分子の相互作用によって規定されており、それらは生体分子で構成された回路とみなすことができる。他方、2000年頃から生体分子を新規に設計したり組み合わせたりして、生命現象を再現し、その理解を深めることや、人間にとって有用な機能を持つ生体システムを創出することを狙いとした、人工的な遺伝子回路の構築と解析が盛んになされるようになってきた。しかしながら、回路を構成する生体分子は、主に既知のタンパク性転写因子とその調節配列に限られており、回路を構成する因子のバラエティー不足がこれまで指摘されてきた。こうした問題の解決のため、近年自然界において幅広く遺伝子発現に関与することが知られるようになり、人工的な制御系にも応用されるRNAを回路の構成因子として用いる試みがなされている。タンパク質による遺伝子発現制御に対し、RNAによる制御には翻訳反応が不必要であるため、迅速な制御が期待できるという利点がある。さらに、アンチセンスRNAにより人工RNAの活性を打ち消すことができうる点も優れた特徴である。またRNAは、二次構造予測が可能であることや、予測に基づいた改変が比較的容易であることに加え、簡便に調製できることから、制御因子開発における素材として適していると言えよう。

本研究では、遺伝子発現を制御する人工的なRNAを創製し、人工遺伝子回路の構成因子に資する、発現制御のツールの開発を目的とする。制御の標的として、生化学的・構造学的な解析が詳細になされ、基礎研究から応用まで幅広く利用されているT7 RNAポリメラーゼ(RNAP)と、その類似の酵素であるSP6 RNAPに着目し、これらの転写活性を制御するRNAデバイスの開発を試みた。

RNAデバイスの開発に際しては、まず、試験管内分子進化法によってRNAPに対し、高い特異性と親和性を持って結合するRNAアプタマーを人工的に取得して、この中からRNAPに対して転写阻害能を示すRNAのスクリーニングを行った。RNAPの転写活性を阻害するRNAアプタマーと、それと二本鎖を形成してアプタマーの阻害能を解除するアンチセンスRNAを組み合わせることで、転写反応の負の制御やその解除が可能なRNAデバイスを構築することが可能であり、本RNAデバイスは人工遺伝子発現システムの新たな制御因子として非常に有用であると考えられる。

【方法・結果】

1) 抗T7 RNAPアプタマーの取得と解析

T7 RNAPの転写反応を阻害するRNAアプタマーを取得するために、T7 RNAPを標的としてSELEX(Systematic Evolution of Ligands by Exponential enrichment)法を実施した。T7 RNAPを用いたin vitro転写反応系を用いて、転写阻害能を持つRNAアプタマーのスクリーニングを行った結果、阻害能を有するRNAアプタマーが4クローン得られた。これらはSP6 RNAPの転写活性は阻害せず、T7 RNAPを得意的に阻害した。このうち、最も高い活性を示したT06(71 mer)を以降の解析に用いた。T06の阻害能及びT7 RNAPに対する結合親和性を評価したところ、半数阻害濃度(IC50)は9.2±3.8 nM、解離定数(Kd)は12.7±2.0 nMであった。

アプタマーの阻害能に重要な領域を特定するため、両末端から塩基を欠損させた短小化変異体を作製、解析した。その結果、T06の5'側から23塩基、3'側から10塩基欠損させたT06-Mini(38 mer)がT06と同程度の阻害能を示し、アプタマーの機能に十分な領域であることが明らかとなった。さらに、T06-Miniの阻害能に特に重要な塩基配列と、構造に関する知見を得るため、T06-Miniの配列を基に変異導入したRNAプールを出発点として、再度SELEX(変異導入SELEX)を実施し、変異体の取得を試みた。その結果、T06-Miniと同程度の阻害能を示す変異体が多数得られ、二次構造の解明には至らなかったものの、これらの配列の比較解析により、阻害能に重要な塩基が明らかとなった。

T06の阻害機序を明らかにするため、プルダウンアッセイと転写ストールアッセイを行い、「プロモーターの認識」と「伸長」の段階がアプタマーの作用を受けるかを検証した。

まず、プルダウンアッセイにより、T06がT7 RNAPによるT7プロモーターの認識の段階に与える影響を評価した結果、T06存在下では、非存在下と比較して、T7 RNAPに結合したT7プロモーター量が減少した。このことから、T06はT7 RNAPとT7プロモーターとの結合を競合的に阻害することが示された。

次に、T06が転写伸長段階のT7 RNAPに与える影響を評価した。ここでは内部にTストレッチを含むDNAを鋳型とし、UTPを抜いて転写を開始すると途中で転写がストールするが、UTPの添加により転写が再開し、全長の転写産物が合成される。UTPの添加前にT06を加え、その後の転写伸長が阻害されるかどうかを検証した。その結果、T06の有無で転写産物の長さや合成量に差は認められず、T06は伸長段階には作用しないことが示唆された。

2) 抗SP6 RNAPアプタマーの取得と解析

SP6 RNAPの転写反応を阻害するRNAアプタマーを取得するため、SP6 RNAPを標的としたSELEX法を実施し、スクリーニングを行った。その結果、SP6 RNAP特異的に転写活性を阻害するRNAアプタマーが4クローン取得された。このうち最も強い転写阻害能を示したS05(69 mer)のIC50は2.3±0.7 nM、S05とSP6 RNAPとのKdは3.2±0.5 nMであった。

S05の二次構造を予測すると、5'端と3'端でステム(ステム1)を、3'側でステムループ(ステム2、ループ2)を形成し、二つのステムに挟まれた大きなループ構造(ループ1)を有することが示唆された。阻害能に寄与する構造を同定するため、塩基対形成は維持されるようにステム1あるいはステム2の塩基を置換した変異体と、ループ2の塩基を置換した変異体を作製し、解析したところ、いずれも阻害能を維持していた。他方、ステム1あるいはステム2が破壊される変異体では阻害能が完全に、または一部失われた。これらの結果から、ステム1及びステム2の存在が、阻害能に重要であること、ループ2の配列や長さは阻害能にほぼ影響を及ぼさないことが示唆された。さらに、変異導入SELEXを実施し変異体の取得を試みた結果、S05と同程度の阻害能を示す変異体が29クローン得られた。これらの配列を比較解析すると、保存された塩基が37塩基存在し、ループ1、ステム1、ステム2を構成する塩基に多く位置していたことから、ループ1に含まれる塩基配列や、ステム1とステム2がステム構造を形成することが、阻害能に重要であることが示唆された。

3) フィードバック回路の構築

RNAPの転写活性を阻害するRNAアプタマーとアンチセンスRNAを組み合わせ、転写反応の負の制御やその解除が可能なRNAデバイスを構築することを試みた。まず、アンチセンスRNAのアプタマーへの影響を検証した結果、T06、S05いずれもアンチセンスRNAの共存下では、アプタマーの阻害能が打ち消されることが確認された。

続いて、T06やアンチセンスRNA(antiT06)を用いてフィードバック回路を構築し、これらが人工的な遺伝子回路の構成因子として応用可能であるか検証を行った。まずは、T7 RNAPとT7プロモーター制御化のT06 DNAを組み合わせて、ネガティブフィードバック回路の構築を試みた。この回路では、T7 RNAPでT06を合成し、生じたT06によって次第にT7 RNAPによる転写が阻害されることを見込んだ。実験の結果、反応開始直後から転写速度の減少が認められ、RNAの生化学的性質に基づいて実施したシミュレーションの結果と概ね一致した。次に、T7 RNAPとT06、T7プロモーター制御下のantiT06を組み合わせて、ポジティブフィードバック回路の構築を試みた。この回路は、反応開始前にあらかじめ適当量のT06を存在させた状態で、T7 RNAPによってantiT06を合成させ、生じたantiT06とT06が二本鎖を形成することで遊離のT7 RNAPが増加し、次第に転写量が増大していくというものである。実験の結果、反応時間に伴って転写速度が増大していった。

【結論・展望】

本研究では、遺伝子発現を制御するRNAに着目し、in vitroならびにin vivoにおいて、遺伝子発現システムに広く用いられるT7 RNAPあるいはSP6 RNAPの活性を阻害するRNAアプタマーを取得した。合成生物学の分野において、T7 RNAP及びSP6 RNAPは人工的な遺伝子回路の構成因子として重要視されている転写酵素である。また、RNAを遺伝子発現制御因子として用いることの有用性から、近年、人工的なRNAを回路・カスケードに応用する例は増加傾向にある。しかしながら、実際に制御因子として用いることのできるRNA分子種は非常に限られており、今後の開発が望まれているところである。今回開発されたRNAデバイスは、簡単なフィードバック回路にも適用できたことから、人工的な遺伝子回路に新たな制御機構を付加するのに有用なツールとして強く期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなり、T7 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼそれぞれの転写反応を阻害するRNAアプタマーの取得・改変・解析、RNAアプタマーに対するアンチセンスRNAがRNAアプタマーの活性に与える影響評価、及びRNAアプタマーを用いたフィードバック回路の構築についての研究成果がまとめられている。第1章では本研究の背景として、人工遺伝子回路及びRNAによる遺伝子発現制御に関する研究の動向について述べられている。第2章では、RNAアプタマーの取得・改変・解析の結果、RNAアプタマーに対するアンチセンスRNAがRNAアプタマーの活性に与える影響評価の結果、及びRNAアプタマーを用いたフィードバック回路の構築と検証の結果について述べられている。第3章では、取得されたRNAアプタマーの性質に関する考察、及び今後の展望として、RNAアプタマーの更なる利用可能性について述べられている。第4章には実験材料と方法、引用文献が記載されている。

近年、生体分子を新規に設計したり組み合わせたりして、生命現象を再現し、その理解を深めることや、人間にとって有用な機能を持つ生体システムを創出することを狙いとした、人工遺伝子回路の構築と解析が盛んになされるようになってきたが、回路を構成する生体分子は、主に既知のタンパク性転写因子とその調節配列に限られており、構成因子のバラエティー不足がこれまで指摘されてきた。本研究において、人工的な遺伝子回路の構成因子として重要視されている転写酵素T7 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼそれぞれの転写反応を阻害するRNAアプタマーが取得され、それらを用いたフィードバック回路構築の成功例が示されたことは、人工遺伝子回路の多様性の拡大に寄与するものである。

なお、本論文は、中村義一博士、大内将司博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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