学位論文要旨



No 128722
著者(漢字) 山崎,聡志
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,サトシ
標題(和) ゲノムワイドのDNA複製プログラムを制御するヒトRif1タンパク質の機能解析
標題(洋) Human Rif1 protein, a key regulator of the genome-wide DNA replication program
報告番号 128722
報告番号 甲28722
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第825号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 正井,久雄
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 教授 菅野,純夫
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 渡邉,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

哺乳類細胞、特にヒトにおける染色体DNA複製は、ゲノム一次配列上での制御を受けるとともに、細胞周期の時間軸上および核内での染色体空間的配置などの制御下にもある。これらの機構は複雑で、遺伝子発現、ヒストンのメチル化やアセチル化修飾、クロマチン構造、核内構造などにも影響されると考えられる。さらに外部環境の変化にも影響を受け、それに順応する可塑性も有している。DNA複製を行うレプリソームには様々な因子が関与していることが明らかとなっている一方で、複製プログラムの制御機構、すなわちゲノム全体でいつ、どこで、どのように複製が開始されるのか、その選択性やタイミングの制御メカニズム、因子については未だ不明な点が多い。近年、我々は分裂酵母を用いた解析からrif1(Rap1 Interacting Factor 1)欠損株が複製開始の脱制御を誘導し、通常複製されない領域から複製が開始される現象を見いだした。Rif1は酵母からヒトまで広く保存されている。出芽および分裂酵母におけるRif1は、テロメアの伸長を負に制御することが知られているが、ヒトRif1はテロメア制御には関与しない。ヒトおよびマウスRif1はATM依存的なDNA損傷、複製ストレスにおけるDNA修復及び組換え反応に機能し、胚幹細胞では未分化性維持に関与することが報告されている。しかし、DNAの複製制御における役割は未だ報告されていない。このような背景から本研究では、ヒトRif1による、複製起点の選択性やタイミングなどDNA複製プログラム制御の可能性について検討し、解析を行った。

実験結果

Rif1は核に局在しクロマチンに強固に結合する

Rif1タンパク質の細胞内局在を観察すると共にクロマチン結合能についても解析を行った。HeLa細胞におけるRif1の局在は大部分が核に局在していた。興味深いことに、M期では、Rif1はクロマチンから解離し細胞質に存在する。さらに、染色固定前に界面活性剤(TritonX-100) 処理を行い、より強く核内に結合している領域を観察した結果、Rif1は核膜およびヘテロクロマチン領域に一部局在していることが明らかとなった。更にDNase Iを用いてクロマチン結合能を解析すると、Rif1は1% NP40では可溶化されないがDNase Iを加える事により容易に可溶化された。このことから、Rif1は核内でもクロマチンに強く結合していることが明らかとなった。

Rif1発現抑制 (Rif1 KD) の細胞への影響

HeLa 細胞を用いてsiRNAによりRif1発現抑制解析を試みた結果、Rif1タンパク質発現を検出限界以下まで抑制することができた。また、それに伴い細胞の形態変化が生じ、マイクロアレイ解析から多くの遺伝子発現のレベルが変動することが解った(1.5倍以上変動する遺伝子が600個近く同定された)。次に、DNA複製に関与する因子に注目し解析を行った。DNA複製ヘリカーゼであるMCM複合体のMCM2 Ser53, MCM4 Ser6 Thr7部位はCdc7キナーゼによりリン酸化されることが知られているが、これらのリン酸化が顕著に増加した (Fig1-A)。また、このリン酸化の増強はS期(複製期)の初期にすでに起こっていることが同調実験から明らかとなった (Fig1-D)。このリン酸化がどのキナーゼによる制御なのか確認するため、もっとも有力候補であるCdc7キナーゼとRif1の双方を発現抑制させた結果、Rif1依存的なMCM複合体のリン酸化がCdc7発現抑制により消失した( Fig1-B)。一方、Rif1 KDによる細胞周期S期の進行はコントロールと比較してほとんど変化がみられない (Fig1-C)。興味深いことにMCM複合体の強いリン酸化が確認されるS期初期に、Cdc45やPCNAなど他の複製開始に重要な関連因子のクロマチンローディングが増強された (Fig1-E , F)。

Rif1抑制による核内DNA複製領域の変化

長いS期(6-8時間)の間に、核内の様々な場所で複製が行われていることをBrdU免疫染色で観察することができる。この特徴的なDNA複製領域を同調細胞を用いて経時的に観察した。コントロール細胞では、S期初期(1-2hrs)に核全体が染色される細胞が多く見られ、中期から後期(4-6hrs)へと進行すると、複製領域が核膜、核小体周辺へと移行した像が多く観察された。S期後期(8hrs)ではヘテロクロマチン領域が複製され、染色像も特徴的なスポットが観察された。一方、Rif1 KD細胞では、S期初期(1-2hrs)ではコントロール同様、核全体が染色される細胞が多く見られたが、中期から後期(4-6hrs)にかけても、継続的に核全体が染色された細胞が多く観察された。さらに、後期まで進行するとヘテロクロマチン領域が複製される特徴的なスポットが観察された一方で、未だ核全体が染色される細胞も多く観察された。

Rif1抑制による複製起点の減少と複製フォーク進行速度の増加

Rif1 KDにおける複製起点の頻度と複製フォークの進行に与える影響を非同調HeLa細胞にて解析した。その結果、Rif1 KDにより、複製フォークの速度が1.7倍速くなり、隣接している複製Origin間の距離が大きくなるという結果が得られた。また、S期中期に同調させたHeLa細胞でも同様に、複製フォークの速度が増加することが示された。

Rif1KDがDNA複製タイミングの変動に及ぼす影響

Rif1の複製タイミングに及ぼす影響を調べるために、既知の複製起点の複製開始タイミングを解析した。HeLa 細胞をBrdUで短時間標識し、その後FACS によりS期初期と後期細胞をそれぞれ分画し回収した。次に、複製時にBrdUが取り込まれ置換されたゲノムDNAをBrdU抗体を使い採取した。S期初期、あるいは後期に複製が開始されることが知られている複製起点領域のプライマーを用い、定量PCRを行い解析した。S期初期に複製されることが知られている既知の複製起点、LaminB2遺伝子領域では、コントロール、Rif1 KDともに初期に複製された。しかしながら、S期後期に複製されるbeta-globin遺伝子領域は、Rif1 KDでは、初期にすでに複製されていることが明らかとなった (Fig2-A)。次に、BrdU-IP Microarray法にてゲノムワイドな複製タイミング解析を行った。解析した領域は染色体5番の長腕q21~33領域(およそ40Mb)である。コントロール細胞の結果から、DNA複製がメガベース単位で複製タイミングドメインを形成することが解った (Fig2-B)。これは、以前報告された複製タイミング解析の結果と同様の結果であった。また、S期初期(上方領域)と後期(下方領域)との移行領域とChromosome R/G bandの移行領域を比較するとほぼ相関が見られた。一方、Rif1 KD細胞では、コントロールでS期後期に複製される領域が初期複製へと変動するゲノムドメインが存在していた (Fig2-C , D)。さらに、分割されていた複製ドメインが一つに統合される領域も観察された。このようにRif1KD細胞では、複製タイミングドメインの大きな変動が起こることが示された (Fig2-C , D)。

結論

得られた結果から次のような結論が導かれた。Rif1の細胞内での挙動について

(1) Rif1は間期において大部分が核に局在し一部ヘテロクロマチン領域にも存在している。

(2) Rif1は間期にはクロマチンに強く結合するが、M期にはクロマチンから離れる。

Rif1発現抑制細胞は下記のような特徴を示した。

(1) 形態変化を誘導して遺伝子発現に大きく影響を及ぼす。

(2) MCM複合体のCdc7によるリン酸化のタイミングとそのレベルが亢進する(S期初期)。

(3) Rif1発現抑制によりCdc45やPCNAなどのクロマチンローディングの時期とその程度が増加する。

(4) 核内で行われる複製開始領域の局在パターンがS期を通じて初期型に変動する。

(5) 複製起点の数が減少し複製フォーク進行の速度が速くなる。

(6) S期初期、後期に開始する複製起点のタイミングが変動する。

(7) 複製タイミングのドメインがゲノムワイドで大きく変化する。

Rif1の発現抑制により、一般に複製ドメインが融合あるいは、初期後期の差別化が減少し、ゲノム全体が一様なタイミングで複製されるようになることが示唆された。これは、S期を通じて初期の複製fociのパターンが観察されること、またS期初期におこるCdc7による標的のリン酸化がRif1抑制により増加し、さらにCdc45やPCNAの染色体結合が促進するという観察とも合致する。私の得た結果は、Rif1がこれまで全く未知であった動物細胞の複製タイミングドメインを規定するメカニズムにおいて中心的な役割を果たす因子である可能性を強く示唆するものである。

Figure 1. Rif1 発現抑制(Rif1KD)による細胞内シグナルの変化

(A) Rif1KD によりMCM 複合体のMCM2、MCM4 が強いリン酸化を受ける。(B) Rif1KD により誘導されたリン酸化がCdc7 のダブルノックダウンにより減少する (C) フローサイトメーターによりRif1KDはS 期の進行に大きな影響を与えないことを確認した (D) 同調HeLa 細胞を用いて、Rif1 KD が誘導するMCM 複合体のリン酸化がS期初期に生じていることを明らかとした (E) 同調HeLa 細胞のクロマチン画分をウエスタンブロットにて解析。Rif1 KD により複製開始に関与する因子のクロマチン結合の促進が観察された(F) ウエスタンブロットから得られたバント強度を表示。(縦; 強度 横: 時間)

Figure 2. Rif 発現抑制によるDNA 複製タイミングの変動

(A) 既知の複製起点領域のプライマーを使いQuantitative-PCR 解析を行った (B) 染色体5 番のDNA 複製タイミング解析結果(HeLa 細胞)。中央の線を境に上方がS 期初期、下方がS 期後期に複製する領域を示す (C) Rif1 KD におけるDNA 複製タイミングドメインの変化 (D)コントロールとRif1 KD によるDNA 複製タイミングの比較

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなり、第1章は序論としてDNA複製の制御機構およびRif1(Rap 1 interacting factor 1)に関するこれまでの知見について述べ、第2章ではRif1がゲノムワイドにDNA複製プログラムを制御していることについて述べられている。

これまで、哺乳類細胞、特にヒトにおける染色体DNA複製は、ゲノム一次配列上での制御を受けるとともに、細胞周期の時間軸上および核内での染色体空間的配置などの制御下にもある。これらの機構は複雑で、遺伝子発現、ヒストンのメチル化やアセチル化修飾、クロマチン構造、核内構造などにも影響されると考えられる。さらに外部環境の変化にも影響を受け、それに順応する可塑性も有している。DNA複製を行うレプリソームには様々な因子が関与していることが明らかとなっている一方で、複製プログラムの制御機構、すなわちゲノム全体でいつ、どこで、どのように複製が開始されるのか、その選択性やタイミングの制御メカニズム、因子については未だ不明な点が多い。山崎君は本研究においてヒトRif1による複製起点の選択性やタイミングなどDNA複製プログラム制御の可能性について検討を行い、Rif1が哺乳類細胞におけるDNA複製開始の部位とタイミングをゲノムワイドで規定する重要な因子であることを明らかとした。

第2章1~2項では、Rif1タンパク質の細胞内局在、siRNAによるRif1発現抑制(以下Rif1 KD)解析について述べている。第2章3項では、Rif1 KD下でDNA複製に関与する因子に注目し解析を行い、DNA複製ヘリカーゼであるMCM複合体のMCM2 Ser53, MCM4 Ser6 Thr7部位(Cdc7キナーゼによりリン酸化される領域)のリン酸化が顕著に増加していることを確認している。また、このリン酸化の増強はS期(複製期)の初期にすでに起こっていることを同調実験から示し、更にMCM複合体の強いリン酸化が確認されるS期初期に、Cdc45やPCNAなど他の複製開始に重要な関連因子のクロマチンローディングが増強されることを明らかとした。第2章4~5項では、Rif1 KDが転写プロファイルに影響を与えると述べて、その一因であるp21のタンパク質発現の増加が細胞周期G2/M期の進行に影響を及ぼすとしている。第2章6項では、DNA複製とRif1との関連性について詳細に解析を行っている。BrdU免疫染色による解析から、Rif1 KDにより核内で複製される領域および、タイミングが顕著に変動することを見いだした。また、複製フォークの速度については1.7倍程度速くなり、隣接している複製起点間の距離は大きくなると述べている。更に、ゲノムワイドな複製タイミング解析で、DNA複製がメガベース単位で複製タイミングドメインを形成することを示している。またこの解析からRif1 KDにより、コントロールでS期後期に複製される領域が初期複製へと変動する複製ドメインの逆転や分割されていた複製ドメインが一つに統合されるドメイン融合など特徴的なタイミングの変化が多く観察された。第2章7項では、細胞分画解析よりRif1がクロマチンのみならず核骨格にも強く結合していることを証明し、HaloアッセイからRif1がクロマチンループ構造の構築に重要な因子であることを発見した。最後の考察では、Rif1のDNA複製における役割として、核骨格にて染色体DNAの束を繋ぎ止め、複製ドメイン構造およびそのタイミングを維持する働きを担っていると論じている。またRif1 KD時には、クロマチンループ構造の増大(染色体核内配置の転換)が生じ、それに起因して活性化複製起点の減少と複製フォーク速度の増加が生じたと考察している。

なお、本論文第2章の一部で、石井愛、西藤泰昌らとの共同研究があるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士( 生命科学 )の学位を授与できると認める。

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