学位論文要旨



No 128724
著者(漢字) 内藤,元彦
著者(英字)
著者(カナ) ナイトウ,モトヒコ
標題(和) 悪性胸膜中皮腫におけるがん幹細胞マーカーCD24, CD26の機能解析
標題(洋)
報告番号 128724
報告番号 甲28724
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第827号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,俊樹
 順天堂大学 客員教授 森本,幾夫
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 田中,廣壽
内容要旨 要旨を表示する

悪性胸膜中皮腫は肺を包む胸膜に生じる悪性腫瘍であり,予後不良の疾患である。アスベストに暴露すると発症するリスクが増大することが明らかになっており,現在その発病者数が増加の一途をたどっている。しかしながら, 有効な治療法に乏しく,現在の標準的な治療法を行っても平均生存期間は12.1ヶ月である。したがって抜本的な治療法の開発が望まれている。

がん幹細胞仮説は最近受けいれられはじめており,悪性腫瘍の組織中の多種多様な細胞は特殊な少数の細胞から生じるという概念である。この少数の細胞集団は決して枯渇する事がなく,通常の悪性腫瘍細胞を無制限に生みだす事が可能である。またがん幹細胞は抗がん剤や放射線など既存の治療法に抵抗性を示すために悪性腫瘍の再発や転移に関わるものと考えられている。そのためにがんを克服するにはがん幹細胞の根絶が必要であると考えられるようになった。

これらの背景から,中皮腫におけるがん幹細胞の同定からその機能解析に至るまでの一連の研究は,中皮腫の新たな治療戦略の基礎としても重要であると考えられる。当研究室ではこれまでにがん幹細胞マーカーの候補としてCD9,CD24,CD26,SPを報告した。また他の研究室から中皮腫のがん幹細胞としてSPに着目した実験が報告されている。しかしながら,我々の結果も含めて,SPで分離した細胞を免疫不全マウスに移植しても造腫瘍能に有意差が認められなかったため,SPは中皮腫のがん幹細胞マーカーとして有用でないと考えられた。またCD9はほとんどの細胞株で均一に高発現していたので,幹細胞マーカーとしては不適当と思われた。

そこで,残るCD24,CD26が中皮腫におけるがん幹細胞の特性にとって重要な機能分子であると仮定し,CD24あるいはCD26の発現とがん幹細胞特性が関連しているかどうか検討した。

検討項目は以下の通りである。

(1)各細胞株におけるCD24とCD26の発現の関係

(2)CD24およびCD26と不均等分裂様増殖との関連

(3)抗がん剤耐性能とCD24あるいはCD26の関連

(4)CD24およびCD26の発現と増殖能の関係

(5)CD24およびCD26の発現と浸潤能の関係

肉腫型細胞株であるJMNでは,CD24とCD26の発現は互いに強く相関していた。またCD24およびCD26陽性細胞は不均等様分裂による増殖様式を呈した。抗がん剤耐性能を検討したところ,生存細胞中により多くのCD24およびCD26陽性細胞が含まれており,マーカー発現と抗がん剤耐性が相関していた。また増殖能,浸潤能ともにCD24,CD26の発現と相関関係にあった。

上皮型細胞株であるH226では,CD26は一様に発現している一方で,CD24はヘテロに発現しており,CD24陽性細胞は不均等分裂様増殖を示した。抗がん剤耐性能を検討したところ,やはり生存細胞中に多くのCD24陽性細胞が含まれていた。またCD24の発現と増殖能および浸潤能も相関していた。

同じく上皮性細胞株であるMeso-1では,CD24とCD26は独立して発現し,両者の発現に相関がみられなかった。興味深いことに,不均等分裂様増殖はCD26陽性細胞のみに認められた。抗がん剤耐性能はCD24陽性細胞のみが示し,CD26の発現とは相関が見られなかった。また増殖能はCD24のみと相関し,浸潤能はCD26のみと相関していた。

以上の結果から,Meso-1はCD24とCD26の発現が独立し,各々のがん幹細胞特性はマーカーごとに異なって相関していることが明らかになった。またJMNではCD24とCD26の発現は強い相関関係にあり,がん幹細胞特性は両者ともよく相関していた。H226はCD24のみががん幹細胞特性と相関があった。

一方,新たな治療戦略の基礎研究として,上記のマーカー発現と関連するがん幹細胞特異的なシグナル伝達系の探索を行った。マイクロアレイ解析の結果,数種類の遺伝子がその候補として得られた。我々はそれらの遺伝子のうちIGFBP7に着目した。RT-PCRによる解析の結果,IGFBP7の発現はCD24よりむしろCD26の発現に相関していた。IGFBP7はERKシグナルに関与することが知られており,EGF/EGF-レセプターシグナルの下流で機能しているのではないかと考えられた。

そこで各細胞株にEGFを添加し一定時間ごとにERKの発現およびリン酸化を観察したところ,Meso-1においては,EGF刺激後5分でERK2のリン酸化がCD26陰性細胞に比べて陽性細胞の方で有意に亢進していた。したがって,IGFBP7はEGF/EGF-レセプターシグナルにおける早期のERK2のリン酸化に関与することが明らかになった。

sあり,CD24とCD26がそれぞれ独立してその特性を担う例が存在することが明らかになった。そのため,CD24とCD26共陽性細胞は中皮腫のがん幹細胞を高頻度に含んでいることが示唆された。また,CD26の下流には IGFBP7とERKが関与しており,がん幹細胞特異的なシグナルとして機能していることが考えられた。そのため,IGFBP7とERKは新規治療法の標的分子として有力な候補であると期待された。

今後の課題として以下のようなことを考えている。本研究のように,がん幹細胞マーカーがその機能を分担している例は乳癌におけるCD44/CD24でもみられる。乳癌では人為的にCD24の発現を変化させてもがん幹細胞特性にあまり変化がみられないが,特定の薬剤を加えると未分化状態を維持できるという。中皮腫においては,CD26を発現しない細胞株にCD26を強制発現すると,よりアグレッシブな表現系になることが明らかとなっている。そのために中皮腫におけるCD26の発現を上昇させる因子が存在するのか,存在すればどのような分子かを探索したいと考えている。現在までに大腸がんにおいてCD26の発現を亢進させる因子として低酸素の状況やHIF-1αが報告されており,これらについても順次検討する予定である。

審査要旨 要旨を表示する

悪性胸膜中皮腫(中皮腫)はアスベスト暴露との関係が強く指摘される悪性腫瘍であり,治療抵抗性で予後不良の疾患として知られている。中皮腫においてがん幹細胞が存在するかどうかは全く不明であり,がん幹細胞が存在するのかどうか,存在するならばその同定および機能解析を行うことは中皮腫の治療にとって重要な研究テーマである。

本研究では,これまでに中皮腫のがん幹細胞マーカーの候補として報告されたSP,CD9,CD24,CD26のうち,CD24とCD26に焦点を絞り,マーカー発現とがん幹細胞特性との相関について機能解析を行った。さらに,将来的な分子標的治療の基礎研究とすべく,CD24あるいはCD26の発現と相関して変動する遺伝子を探索した。

機能解析の研究では,各細胞株におけるCD24とCD26の発現の関係,CD24およびCD26と不均等様分裂との関連,抗がん剤耐性能とCD24およびCD26との関係,CD24およびCD26の発現と増殖能との関係,CD24およびCD26の発現と浸潤能の関係の5種類の実験を行い,以下の結果を得た。

(1)肉腫型細胞株であるJMN株ではCD24とCD26の発現は相関しており,がん幹細胞特性はすべてCD24あるいはCD26と相関した。

(2)上皮型細胞株であるH226株では,CD26は全ての細胞で陽性であったが,CD24はヘテロに発現しており,がん幹細胞特性はCD24の発現と相関した。

(3)同じく上皮型細胞株であるMeso-1株では,CD24とCD26の発現は独立しており,各種がん幹細胞特性はCD24かCD26のどちらかと相関し,マーカーごとに分担していることが明らかとなった。

さらに,CD24あるいはCD26の発現と相関する遺伝子の探索では,

(4)悪性腫瘍の予後と相関しERKの制御と関連するIGFBP7遺伝子の発現が,CD26とよく相関することを発見した。

(5)EGF刺激によるERK2の早期のリン酸化は,CD24よりはむしろCD26陰性細胞において顕著に抑制されることがわかった。

以上のことから,中皮腫においてはCD24/CD26共陽性細胞中に最も高頻度にがん幹細胞が含まれることが示唆され,がん幹細胞特性はマーカーごとに異なって相関する例があることがわかった。またCD26だけでなく,EGFシグナルとIGFBP7はがん幹細胞特性と密接に相関していることが予想された。

本研究は,中皮腫におけるがん幹細胞研究のパイロットスタディとして多くの興味深いデータを得ており,将来的には中皮腫のがん幹細胞を標的とした新規治療法の開発に重要な貢献をなすと予想され,学位(生命科学)の授与に値すると考えられる。

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