学位論文要旨



No 128726
著者(漢字) 依田,真由子
著者(英字)
著者(カナ) ヨダ,マユコ
標題(和) ヒトにおける小分子RNA複合体形成の生化学的解析
標題(洋)
報告番号 128726
報告番号 甲28726
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(生命科学)
学位記番号 博創域第829号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 メディカルゲノム専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 泊,幸秀
 東京大学 准教授 富田,野乃
 東京大学 准教授 和田,猛
 東京大学 准教授 程,久美子
 産業技術総合研究所 客員教授 富田,耕造
内容要旨 要旨を表示する

【背景・研究目的】

タンパク質をコードしないnon-coding RNA (ncRNA) の生物学的意義は、近年ますます高まっている。様々な生物種を対象にした生体分子情報の網羅的解析、いわゆるオミックス解析の急速な進歩は、遺伝情報であるDNAから数多くのncRNAが転写されていることを明らかにした。現在では、様々な方法で遺伝子発現の制御を行う新たな因子として、生体内におけるncRNAの重要性が注目されている。

ncRNAによる遺伝子発現制御機構の一つに、21-30塩基長の小分子RNA によって引き起こされるRNAサイレンシングがある。RNAサイレンシングは小分子RNAの配列依存的に標的遺伝子の発現を負に制御する。この機構で中心的な役割を果たす小分子RNAとして知られているのが、microRNA (miRNA) とsmall interfering RNA (siRNA) である。miRNAはゲノム中にコードされた内在性の小分子RNAで、発生や分化、形態形成、アポトーシスなど様々な生命現象を緻密に制御している。近年では、癌や生活習慣病、感染症などヒトの疾患とmiRNAとの関連性が指摘されており、医療応用の面でも関心が高まっている。一方siRNA は、元来、ウイルスなど外来遺伝子に対する防御応答として働く外因性の小分子RNAである。近年では、それを応用することで標的遺伝子をノックダウンする手法が確立され、今や日常の研究に不可欠なツールとなっている。さらに、siRNAを用いて特定のタンパク質の発現を抑制する分子標的治療法としての応用も期待されている。

miRNAやsiRNAなどの小分子 RNAは単独で機能するわけではなく、複数のタンパク質とRNA-induced silencing complex (RISC) と呼ばれる複合体を形成して、はじめて配列依存的に標的遺伝子の発現を制御することができる。したがって、RISCの形成は小分子RNAが働く上で最も重要な過程であり、この過程を明らかにすることは、小分子RNAの作用メカニズムを理解する上で非常に大きな意義をもつ。

これまでのRISC形成の研究は、ショウジョウバエをモデル生物として用いた研究が中心に行われており、ヒトにおける解析はほとんど進んでいなかった。

そこで私は、ヒトのRISC形成の詳細を解明することを目的とし、生化学的手法を用いてヒトのRISC形成過程を検出する実験系を確立した。そしてその実験系を用いて、典型的な小分子RNAのRISC形成過程とDicer非依存的に生合成されるmiRNAのRISC形成過程の諸性質について解析を行った。

【研究報告】

1. 典型的な小分子RNAのRISC形成過程

まず初めに、私は当研究室で確立されたショウジョウバエのRISCを検出するためのアガロースネイティブゲルシステムを用いて、ヒトのRISCおよびその中間体を直接検出するシステムの確立を行った。

RISCの中核をなすArgonauteタンパク質 (Ago) はヒトでは4種類 (Ago1-4) 存在する。その中でヒトではAgo2のみが切断活性を有する。

HEK293T細胞でAgo1-4をそれぞれ過剰発現させたタンパク質粗抽出液と、ガイド鎖の5´末端に放射性ラベルをした小分子RNA二本鎖、ガイド鎖と相補的な配列をもつ標的mRNAを混合し、アガロースネイティブゲル電気泳動を行った。その結果、二本鎖の小分子RNAを取り込んだ状態の「pre-RISC」と、二本鎖RNAが一本鎖化し、標的mRNAと組んだ状態の「Mature RISC」を直接検出することに成功した。

この実験系の確立によって、多段階反応であるRISC形成過程をひとつひとつの素過程に分けて評価し、これまで手つかずであったヒトのRISC形成過程の詳細を解析することが可能になった。そこで私はこの実験系を用いて、RISC形成に必要な小分子RNA二本鎖の構造的特徴について調べた。

1) RISC loading

完全に相補的な21塩基長のRNA二本鎖に対し、5´末端から順番にミスマッチを一つずつ入れた合計17種類の小分子RNAシリーズを作製し、小分子RNA二本鎖がAGOに取り込まれ、pre-RISCを形成する量を調べた。

その結果、Ago1-4全てが、ミスマッチをもつmiRNA様の小分子RNA二本鎖とミスマッチをもたないsiRNA様の小分子RNA二本鎖の両方を取り込むことが出来た。ただし、中心付近にミスマッチを持たない小分子RNA二本鎖は、どのAGOタンパク質にも取り込まれにくい (図1)。

2) Unwinding

pre-RISCの形成を促進する為に小分子RNA二本鎖の中央にミスマッチを入れ、さらに5´末端から順番にミスマッチを入れた二本鎖RNA (すなわち二つのミスマッチをもつ)16種類を用いて、Mature RISCの形成量を調べた。

その結果、小分子RNA二本鎖のガイド鎖のseed領域 (2-7番目) または3´側領域 (12-15番目) に存在するミスマッチによってunwindingが大きく促進されることが分かった。一方、siRNAのように相補的な二本鎖RNAの場合は、Ago1-4に取り込まれるものの、切断活性をもつAgo2のみがパッセンジャー鎖の切断を介して効率よくMature RISCを形成できることが分かった(図2)。

天然に存在するmiRNA/miRNA*二本鎖も、今回明らかにしたRISC loadingおよびunwindingを促進するような二本鎖RNAの構造的特徴、すなわち中心部分に加え5´側または3´側にミスマッチを持つものが多く存在する。本研究では、miRNA/miRNA*二本鎖内の特定の場所に存在するミスマッチが、RISC形成過程の各ステップにおいて重要な役割を果たしていることを見出した。

2. Dicer非依存的に生合成されるmiR-451のRISC形成過程

miR-451はmiR-144とクラスターを形成しており、miR-144/451の発現は赤血球分化において重要な役割を果たしている。miR-451は魚類からヒトまで、脊椎動物すべてにわたって高い保存性をもつが、典型的なmiRNAとは異なり、Dicerに依存しない生合成過程を経るユニークなmiRNAである。

典型的なmiRNAは核内で転写された後、RNase III型の酵素であるDrosha/DGCR8複合体による切断を受けてヘアピン型のpre-miRNAとなる。その後、細胞質でRNase III型の酵素であるDicerによって切断され、21-22塩基のmiRNA/miRNA*二本鎖となり、前述の過程を経てRISCが形成される。一方miR-451は、核内で転写されDrosha/DGCR8複合体の切断を受けた後 (pre-miR451)、細胞質でDicerのプロセシングを受けずにヘアピン構造のままAgoタンパク質に取り込まれる。その後、切断活性をもつAgo2ではパッセンジャー鎖の切断と同様の切断が起こりpre-miR-451が切断され、その先の反応へと続く。この経路の詳細は未だ分かっていないが、切断された30塩基長のpre-miR-451の3´末端側が、細胞質中に存在するタンパク質のプロセシングを受けて23塩基長の一本鎖RNAとなり、Mature RISCが形成されると考えられている (図3)。

miR-451の生合成経路のユニークな点は、Dicerによるプロセシングを受けないことである。その理由として、pre-miR451は全長が42塩基長/ステム部分が17塩基と通常のpre-miRNAよりも短い構造をしているため、Dicerの基質として認識されにくいことが考えられる。そのため、pre-miR451はDicerのプロセシングを受けずに、そのままAGOへと直接取り込まれる。また取り込まれた後、Ago2の切断活性を必要とする点においてもこれまでの生合成過程とは異なり、Ago2の切断活性に依存する経路として非常に興味深い。

これまでのmiR-451の研究はin vivoでの解析がほとんどで、その生合成過程を生化学的に解析するための実験系が存在しなかった。そこで私は、K562細胞やAgo2を過剰発現させたHEK293T細胞を用いて、in vitroでmiR-451の生合成を生化学的に検出する実験系の確立を行った。

具体的には、免疫沈降したFLGA-Ago2に5´末端を放射性ラベルした41塩基長のpre-miR-451を取り込ませ、その後洗浄して取り込まれなかったpre-miR-451を除去した。そこにK562細胞のタンパク質粗抽出液を加えたところ、Ago2の切断産物である30塩基長のpre-miR-451、トリミングを受けて23塩基長になったmiR-451、そしてその中間産物を検出することに成功した (図4)。

この実験系を用いて、miR-451のRISC形成過程の諸性質について調べた結果、いくつかの特徴を見出すことが出来た。

1). pre-miR-451のAgoへの取り込みはHsp70の阻害剤によって阻害されることから、miR-451 は典型的なmiRNAやsiRNAと同様に、Agoに取り込まれるにはATPとHsc70/Hsp90シャ ペロンマシナリーが必要である。

2). Ago2の切断後に起こるトリミング反応はMg2+要求性、ATP非依存性、かつ3'末端から5' 末端への加水分解によって起こる。

3).トリミング反応の速度は、プリン塩基に比べてピリミジン塩基では遅くなる。

【総括】

本研究において、ヒトのRISCを検出する実験系を確立し、ヒトのRISC形成過程を詳細に解析することに初めて成功した。その結果、RISC形成に必要な小分子RNA二本鎖の構造的特徴を見いだすことができ、天然のmiRNA/miRNA*二本鎖が内部にミスマッチを有する意味を生化学的に説明することができるようになった。今後は典型的なmiRNAとは異なる、特殊な生合成過程を経るmiR-451のRISC形成過程の詳細が明らかになることを期待する。

【発表論文】

Yoda, M., Kawamata, T., Paroo, Z., Ye, X., Iwasaki, S., Liu, Q., and Tomari, Y.

ATP-dependent human RISC assembly pathways,. Nature Structural & Molecular Biology 17, 17-23 (2010).

図1.RISC loading

図2.Unwinding

図3.典型的な小分子RNAのRISC形成過程とmiR-451のRISC形成過程

図4.invitro pre-miR451トリミング反応

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、様々な生命現象を緻密に制御することが知られているsmall interfering RNA (siRNA)やmicroRNA (miRNA)などの小分子RNAがどのようにして働くのかという大きな疑問に対し、そのエフェクター複合体であるRNA-induced silencing complex (RISC)のヒトにおける形成過程に関する研究成果をまとめたものである。本論文は5章からなり、第1章はsiRNAやmiRNAなどの小分子RNAとそのRISC形成、およびRISCの遺伝子発現制御機構についての序論である。研究結果は第2章から第4章まで記述されており、第2章はATP依存的なヒトRISCの形成過程、第3章はsiRNAやmicroRNAなど生合成にDicerを必要とする典型的な小分子RNAによるRISC形成過程、第4章はDicer非依存的に生合成されるmiR-451のRISC形成過程について述べられている。第5章は全体を通した総合討論である。

第2章では、これまでショウジョウバエとヒトにおいて、ATPの依存性や、Dicerによる小分子RNA前駆体の切断とRISC形成との共役について矛盾する結果が報告されており議論が分かれていたが、今回の研究結果により矛盾が見事に整理され、ショウジョウバエにおいてもヒトにおいても、RISC形成はDicerによるプロセシングと独立したATP依存的な反応であることが示された。過去に報告された、ATP非依存的なRISC形成は、正規のものではなく、一本鎖RNAが「バイパス経路」という本来細胞内では起こらないような様式でRISCを作っていたものを観察していたと考察できる。

第3章では、ヒトのRISCを直接検出するためのアガロースネイティブゲルシステムを確立し、それによって、RISC形成における2つの素過程、すなわち小分子RNA二本鎖がArgonauteタンパク質に取り込まれる段階(RISC loading)と、Argonauteタンパク質の中でRNA二本鎖が引きはがされる段階(unwinding)のそれぞれにおいて、必要な小分子RNAの構造的特徴を明らかにした。これにより、miRNA遺伝子がなぜ特定の位置にミスマッチを持っているのかということが生化学的に説明可能となったばかりでなく、この知見を利用することで人工的なmiRNAを論理的に設計することも可能となった。

第4章では、Dicer非依存的に生合成されるユニークなmiRNAであるmiR-451のRISC形成過程をモニターできる実験系を確立し、miR-451の成熟化、すなわち3'末端の削り込み反応の特徴を見いだした。さらには、古典的なクロマトグラフィーを駆使することにより、削り込みに関与する因子を同定することに成功した。

なお、本論文第2章は、Zain Paroo博士、Xuecheng Ye博士, Qinghua Liu博士、岩崎信太郎 博士との、また、第3章は川俣朋子 博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。

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