学位論文要旨



No 128728
著者(漢字) 石原,武志
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,タケシ
標題(和) 関東平野中央部の沖積層とその基底地形の形成過程に海面変動,地殻変動,河川の堆積物供給が与えた影響
標題(洋) Influence of concurrent sea-level changes, crustal movement and fluvial sediment supply on the development of the Latest Pleistocene-Holocene incised valley fill and its basal topography in the Central Kanto Plain, Japan
報告番号 128728
報告番号 甲28728
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第831号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須貝,俊彦
 東京大学 准教授 芦,寿一郎
 東京大学 准教授 穴澤,活郎
 東京大学 教授 小口,高
 早稲田大学 教授 久保,純子
内容要旨 要旨を表示する

河川下流域に発達する臨海沖積低地は,海面変動に応答した河川や海の侵食・堆積作用によって形成された土地である.臨海沖積低地は洪水,高潮,地震動などの災害に対して脆弱な土地でもあるため,低地の発達過程の理解が災害リスク評価を行う上でも重要である.完新世の海進期に内湾の拡大した臨海沖積低地の沿岸部については,ボーリング柱状図資料やボーリングコア試料の解析と14C年代測定にもとづく研究が行われ,最終氷期以降のグローバルな海面変動に支配された沖積低地の形成史が明らかにされてきた.一方,臨海沖積低地の中でも現河口から離れ,海進期にも内湾の拡大しなかった内陸部の沖積層や基底地形の形成に,海面変動の影響が及んでいたかどうかを明らかにした研究事例は少数に留まっている.また,ローカルな地殻変動や河川からの堆積物供給が沖積低地の地形・地層形成にどのような影響を与えていたのかを実証的に検討した研究も不充分である.臨海沖積低地研究を行うにあたり,海面変動以外の要因の影響を考慮した上で,沿岸部から内陸部まで含めた低地全体を対象として地形・地層の形成過程を明らかにすることが求められる.

本研究では関東平野中央部の荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地を対象に,知見の少ない内陸部の沖積層とその基底地形の分布を復元し,内陸部を含めた臨海沖積低地の形成に,氷河性海水準変動,地殻変動,河川の堆積物供給がどのような影響を与えてきたのかを明らかにすることを目的とする.

第1章では,沖積低地研究に関する研究史をレビューし,本研究の背景と目的を述べた.

第2章では,研究対象地域である関東平野中央部の沖積低地の概要と,既往研究について整理した.

第3章では,ボーリング柱状図資料の解析手法を述べ,それにもとづく沖積層基底面の認定を行った.沖積層基底面は,1) N値40以上の礫層からなる沖積層基底礫層(BG)の頂面,2) 沖積層基底礫層よりも標高が高く,一部関東ローム層に覆われている埋没段丘礫層の頂面,3) 沖積層と比較してN値が急に高くなる砂泥層の頂面,に区分された.

また,調査地域で掘削されたボーリングコア試料について,コア解析の解説とそれにもとづく沖積層のユニット区分を行った.沖積層は,1) ユニットA(礫質河川堆積物),2) ユニットB(砂質河川および氾濫原堆積物),3) ユニットC(海成堆積物)の3つのユニットに区分された.

第4章では,荒川・妻沼低地における沖積層基底地形の分布と形成過程を明らかにした.

1.荒川・妻沼低地の沖積層基底地形は埋没段丘I,II,III,IV面と埋没谷V面に区分された.埋没段丘面は荒川低地にのみ分布し,妻沼低地では埋没段丘面は認められない.これらの埋没谷と埋没段丘面は最終氷期の海面低下に伴って形成された地形面で,I面は武蔵野面に,II~IV面は立川面群に対比される.V面はBGをのせる埋没谷底面である.V面は現利根川沿いまで連続することから,V面形成当時の利根川は現在の荒川低地を流下していたと考えられる.

2.V面が深谷断層と交差する妻沼低地と荒川低地の境界付近では,V面の上流側の高度が不連続に低下している.また,深谷断層の下盤(沈降)側の妻沼低地では埋没段丘面が認められない.深谷断層は約20,000年前と約2,500~6,500年前 に活動した可能性があることから,V面は深谷断層の活動によって変位したと考えられる.また,深谷断層の上盤(隆起)側に位置する荒川低地北部では,断層活動によって段丘面が形成された可能性がある.妻沼低地では,局所的な基準面の低下と海面低下とが重なったために,顕著な段丘地形が形成されにくかったと推定される.

第5章では,荒川・妻沼低地における沖積層の各ユニットの分布と沖積層の形成過程を明らかにした.

1.荒川・妻沼低地の沖積層は下位からユニット→ユニットB→ユニットC→ユニットBの順に累重する.ユニットCは現河口から約59 km内陸まで分布する.

2.ユニットCの分布しない内陸部では,ユニットB下部で堆積物の現河口から少なくとも約80 km上流まで上方細粒化傾向が認められた.内陸部のユニットB下部の堆積時期がユニットCの堆積時期と一致することから,海進に伴い氾濫原,扇状地が内陸側へ後退し,内陸部で細粒堆積物が卓越したことを示している.海進の直接及ばない内陸部でも海面上昇の影響を受けて河成層が細粒化することが明らかとなった.

3.荒川低地では約8,000年前に最も内湾が拡大し,その後内湾の埋積が開始された.一方,妻沼低地の熊谷扇状地の前進は約6,800年前以降であり,利根川や荒川からの粗粒物質が供給されるタイミングよりも海退が先行している.荒川低地北部の内湾最奥部には,関東山地からの支流が複数合流することから,内湾の埋積は支流からの堆積物供給による影響が大きいと考えられる.

第6章では,中川・渡良瀬低地における沖積層とその基底地形の分布と形成過程を明らかにした.

1.中川・渡良瀬低地には埋没段丘面,埋没谷,埋没波食台が認められる. 埋没段丘面と埋没谷は,荒川・妻沼低地のIII面とV面にそれぞれ対比される.埋没波食台は中川低地にのみ認められ,台地に沿って標高0~-15m付近に分布する.埋没波食台を構成する砂泥層は,大宮台地の地下に分布する下総層群に対比される.これらの埋没波食台は,完新世の海進期に台地が侵食されて形成された地形面である.

2.沖積層は,荒川・妻沼低地と同じく下位からユニットA→ユニットB→ユニットC→ユニットBの順に累重する.また,内陸部ではユニットAからユニットBへ河成層の上方細粒化が認められ,後氷期の海面上昇の影響を受けた可能性が示唆された.

3.中川・渡良瀬低地では現河口から少なくとも約68 km上流までユニットCが堆積し,荒川・妻沼低地よりも約10 km内湾が奥深く侵入していた.また,内湾最拡大期は6,000~7,000年前頃であり,荒川・妻沼低地よりも1,000~2,000年長い期間内湾が広がっていた.約4,000~5,000年前以降に中川低地では堆積速度が増すことから,この時期に利根川が中川低地に流入し始めたと考えられる.

第7章では,第4章から第6章までの成果をもとに,荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地の沖積層と基底地形の分布や形成過程における類似点や相違点を比較し,それらが生じた原因について考察した.

1.両低地に分布する埋没谷・埋没段丘は縦断面形や縦断勾配が類似することから,最終氷期の海面低下の影響が両低地に等しく及んでいたと考えられた.一方,深谷断層の活動などのローカルな地殻変動の影響が,埋没谷の変形や,埋没段丘面の発達に大きく寄与してきたことも明らかとなった.

2.完新世の海進期に形成された埋没波食台の発達の良否は,海進の規模・期間と台地の地質条件に規定される.海進の規模が相対的に大きく,期間が長かった中川・渡良瀬低地では中川の両岸の台地を構成する砂泥層を侵食して幅広い波食台が形成された.一方,荒川・妻沼低地では内湾が早期に埋積されたことに加え,低地西側の武蔵野台地が礫層から構成されていたため,台地の侵食が不活発であった.

3.両低地の沖積層の層序は大局的には類似し,後氷期の海面変動に伴う沖積層の基本的な形成過程は共通している.また,海面上昇の影響が内陸部にも及んで河成層の細粒化をもたらしたことも両低地で認められた.他方,沖積層の各ユニットの層厚や層相の傾向,海進の規模・期間には両低地で異なる.これらの違いは流入河川からの土砂供給量の違いによるものと考えられる.特に荒川・妻沼低地では,利根川本流が完新世中期まで流れていたことに加え,関東山地からの支流が複数合流することから,多量の土砂が供給され,海退の開始時期が早まった可能性が示された.

関東平野中央部の沖積層およびその基底地形の形成過程は,最終氷期以降の海面変動の影響に支配されている.一方で,沖積層や基底地形の細かな分布特性,海進の規模・期間を規定するのは,ローカルな地殻変動や河川からの土砂供給である事が明らかにされた.本研究は,河口位置が共通した荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地の形成史を,海進が及ばなかった内陸部をも含めて比較することによって,海面変動に加えて地殻変動や河川からの土砂供給が沖積層と基底地形の形成過程に及ぼした影響を実証することができた.

海面変動以外のローカルな要因の影響を地形・地層の形成と結び付けて理解することは,個々の沖積低地における安定性評価を行う上でも重要である.例えば,沖積低地に伏在する活断層の活動が埋没谷や埋没段丘面の形成に影響を及ぼすことが明らかとなったことは,伏在活断層の活動性の評価を行う上で重要な知見となる.また,河川による土砂供給量の違いが海進の規模や時期に強い影響を与える事を実証したことは,グローバルな海面上昇に対する海岸侵食などの沿岸陸域の応答を予測する上で,土砂供給量などのローカルな要因を十分加味する必要性が高いことを示している.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,日本を代表する沖積低地である関東平野中央部の荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地を対象に,オールコア分析とボーリング柱状図解析を行い,臨海部と比べて知見の乏しい内陸部の沖積層とその基底地形の形成過程を明らかにするとともに,内陸から海岸に至る沖積低地の発達に,氷河性海水準変動・地殻変動・河川作用が与えてきた影響を実証的に論じたものである.

本論文は8章で構成される.1章は沖積低地研究のレビュー,2章は対象地域の概要説明である.洪水・高潮・地震動などの災害リスクを評価する上で,土地的素因としての沖積低地の発達過程の重要性が認識されつつあるが,完新世に内湾化しなかった内陸低地の発達過程にはなお不明な点が多く,地殻変動や河川の堆積物供給が沖積低地の形成に与えた影響を検討した事例が乏しいことを指摘している.そして,沖積低地研究の課題として,沿岸から内陸まで含めた低地全体を対象として,海面変動以外の要因を考慮しつつ,地形・地層の形成過程を明らかにする必要があること,地下地質に関する試資料に恵まれ,臨海低地に関する研究蓄積の豊富な関東平野は,こうした課題に取り組むのに最適な地域であることを論じている.

3章では,まず,ボーリング柱状図資料の解析手法と沖積層基底面の認定方法を説明し,つづいて,コア解析にもとづき,沖積層をユニット区分している.

4章と5章では,荒川・妻沼低地における沖積層基底地形と沖積層の形成過程を述べている.すなわち,荒川低地と妻沼低地の境付近に,深谷断層が伏在していること,荒川低地には埋没段丘面(I~IV面)と埋没谷底(V面)が分布し,I面は武蔵野面,II~IV面は立川面群,V面は沖積層基底礫層の頂面に対比されること,一方,妻沼低地ではV面のみが分布すること,を明らかにしている.そして,深谷断層の上盤(隆起)側に位置する荒川低地では,断層活動に伴って段丘化が繰り返された可能性を指摘している.また,荒川低地では,約8,000年前に,現河口から約59 km内陸まで湾が最拡大し,氾濫原低地も少なくとも約80 km内陸にまで拡大したことを示すとともに,内湾の縮小化が,利根川や荒川本川による粗粒物質の供給・堆積時期に先行したことを明らかにしている.

6章では,中川・渡良瀬低地における沖積層とその基底地形の形成過程を述べている.同低地には埋没段丘面,埋没谷,埋没波食台が発達すること,前2者は,荒川・妻沼低地のIII面とV面に対比されること,埋没波食台は,完新世の海進時に,大宮台地が侵食されてできた地形面であることを指摘している.中川・渡良瀬低地では,現河口から少なくとも約68 km上流まで内湾泥が堆積し,荒川・妻沼低地よりも約10 km奥まで海が侵入したことや,内湾最拡大期は6,000~7,000年前頃であり,荒川・妻沼低地よりも1,000~2,000年長い期間,内湾が広がっていたことを明らかにしている.

7章では,荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地の沖積層と基底地形の形成過程に共通点と相違点が生じた要因を検討している.両低地に伏在する埋没谷の河床縦断面形が類似することから,最終氷期の海面低下に対する河川の応答には高い共通性が認められる一方で,断層活動などの地殻変動は,ローカルな段丘形成に関与した可能性が高いことを指摘している.また,両低地の沖積層層序は類似し,海面変動に伴う沖積層の形成過程は共通しており,とくに,海面上昇の影響が内陸部にも及んで河成層の細粒化をもたらしたことを両低地で確認している.他方,沖積層の各ユニットの層厚や層相の傾向,海進の規模・期間は両低地で異なること,その主要因は流入河川の土砂供給量の違いであると指摘している.特に荒川・妻沼低地では,関東山地からの支流が複数合流することから,多量の土砂が供給され,海退の開始時期が早まった可能性を論じている.また,海進の規模が相対的に大きく,期間が長かった中川・渡良瀬低地では幅広い波食台が形成されたが,荒川・妻沼低地では内湾が早期に埋積されたことや,低地西側の武蔵野台地が礫層から成るため,波食台の形成が不活発であったと論じている.8章は,前章までのまとめにあてられている.

このように,本研究は,膨大な地下地質の試資料解析にもとづき,沖積低地の形成過程を実証的に論じており,いくつかの新知見を得ている.とくに,低地の内陸域まで海水準変動の影響が及んだことを示した点は評価できる.また,河川による土砂供給量の違いが海進の規模や時期に強い影響を与える事を実証したことは,グローバルな海面上昇に対する沿岸陸域の応答を予測する上で,土砂供給量などのローカルな要因を加味する必要性が高いことを示す重要な成果である.加えて,沖積低地の地下に伏在する活断層の活動性を評価する上で,埋没地形解析が有効であることを示した点は,今後,他地域への応用発展につながる成果である.

なお,本論文の第4章と5章は,八戸昭一,須貝俊彦との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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