No | 128730 | |
著者(漢字) | 吉村,寿紘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシムラ,トシヒロ | |
標題(和) | サンゴ骨格と海底堆積物中のマグネシウム同位体分別の地球化学的意義 | |
標題(洋) | Geochemical significance of magnesium isotope fractionations in coral skeletons and marine sediments | |
報告番号 | 128730 | |
報告番号 | 甲28730 | |
学位授与日 | 2012.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第833号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 過去の地球環境の変遷を理解するには、種々ある地質試料から気温、水温や元素の物質循環を復元することが必要である。マグネシウム(Mg)は様々な地質・環境・生物プロセスで中心的な役割を担っているが、分析機器の測定精度が向上したことを背景として2000年代半ばからその安定同位体比変動を高精度で観測することが可能となった。化学反応に伴う同位体分別を把握することで自然界で起こる地球化学・生物化学プロセスのさらなる理解に貢献することが期待されている。本研究ではMg同位体比を用いた海洋環境の復元に向けて、生物源炭酸カルシウム(CaCO3)ならびに堆積物中の間隙水におけるMg同位体分別の影響因子の解明を目的とする。炭酸カルシウムは地球史を通じて様々な地球化学反応によって生成されるため、現生生物のMg同位体分別係数とその変動の素過程を把握することで古海洋の海水温や同位体組成の復元精度・確度を向上することが可能である。また、堆積物と水との反応は海洋の主要なMg除去源である。現在の海洋におけるMg供給源・除去源の同位体比収支を把握することで古海洋のMg同位体変動記録の解読に寄与する。 生物源炭酸カルシウムの同位体比や元素比といった古環境代替指標(プロキシ)は、顕生代の数億年~数十年スケールの古気候復元に大きく寄与してきた。これはサンゴや有孔虫がつくる炭酸カルシウム硬組織中の同位体組成・元素組成が、温度や沈殿速度などの物理化学的条件、海水の化学組成、生物による分別効果によって決定されるためである。生物源炭酸塩のMg同位体比は古海洋学の新しいプロキシとしての有用性に関心が集まっており、従来の古環境プロキシから得られる古環境情報に対して相補的な役割を担うことも期待される。プロキシとして実用化するためには、生物種毎に同位体分別係数と水温や塩分などの生息環境の影響を評価する必要がある。これまで生物種毎の同位体分別係数を中心とした研究報告が行われてきたが、分析技術の制約から生息水温による影響の検討は少なく、特に海洋の主要な炭酸塩生産者であるサンゴの炭酸カルシウム骨格では生息水温の影響は報告されていない。本研究では炭酸塩試料のMg分離手法と高精度同位体測定手法の開発を行い、サンゴ骨格におけるMg同位体分別機構の解明と新しいプロキシとしての有用性を検証した。 温度依存性の検討には水温2.5~19.5℃の水深で採取された深海サンゴ、ならびに五段階の温度区(20、23、25、27、29℃)を設定した室内の恒温水槽で飼育した造礁サンゴ(ハマサンゴ)を用いた。Mg同位体比は陽イオン交換樹脂AG MP50(100-200mesh H-form;Bio-Rad Laboratories)を用いて骨格を切削した粉末試料からMgの分離を行った後、高知コアセンターにて多重検出器を備えた高質量分解能ICP-MS(MC-ICP-MS;Finnigan Neptune)で測定を行った。深海サンゴのMg同位体分別係数(α)は海水から-2.61~-2.28‰の値を取り、生息水温と明瞭な正相関を示した(次式)。 1000*ln(α) = -2.63 (± 0.076) + 0.0138 (± 0.0051) * T (R2= 0.82, p < 0.01 ) この温度関係式の傾きは無機沈殿した炭酸カルシウム(鍾乳石)と整合的である。炭酸カルシウムのMg同位体比には、結晶系の違い(方解石/アラレ石)、沈殿速度、生物学的な同位体差別効果が影響を与える。深海サンゴは鍾乳石と同じ方解石からなるが、鍾乳石と比較して炭酸カルシウムの沈殿速度が3桁程度大きい。これまでに他の二族元素では沈殿速度が大きいとされてきたが、天然試料のMg同位体分別では結晶系の違い、すなわちMg-Oの結合強度などが同位体分別係数を決定していると考えられる。 一方でアラレ石からなる造礁サンゴでは海水から-1.13~-0.87‰の分別を示し、25℃以下の温度区ではほぼ一定の値(約-0.9‰)であるのに対して27・29℃では約-1.0‰と0.1‰低い値を示した。深海サンゴ骨格のMg同位体比の温度依存性は水温と正相関を示すのに対して造礁サンゴでは高水温で同位体比が減少した。この挙動は炭酸塩鉱物におけるCa原子とMg原子の置換反応による同位体効果では説明することができない。そこで生物源炭酸塩におけるMgの化学状態を議論するために、X線吸収微細構造(XANES)分析を行った。測定は大型放射光施設SPring8の軟X線ビームラインBL27SUにて1300~1350 eVの励起X線エネルギーを用いた。生物源炭酸カルシウム、岩石標準試料、化学試薬のXANESスペクトルの対比を行った結果、造礁サンゴのスペクトル無機炭酸塩とは異なり明瞭な特徴を示さなかった。これは造礁サンゴ骨格中のMgが結晶中のCaを置換しておらず、有機物やナノ粒子、アモルファスとして取り込まれることを示す。一方で、深海サンゴのXANESスペクトルは無機鉱物と酷似しており、Mgは結晶中のCaを置換していることを示す。これら結果はMg同位体比分別の挙動と整合的である。 海洋におけるMgの元素収支に着目すると、河川水による供給と、熱水循環・ドロマイト化・粘土鉱物による除去により濃度が決定される。従って、海洋のMg濃度は気候変動や地質変動に伴う大陸の風化量、中央海嶺の拡大速度、炭酸塩岩の生成量などの変化に伴って永年変動する。これに加えて海洋のMg流入源・除去源の同位体組成と化学反応に伴う同位体分別はそれぞれ異なるため、生物源炭酸塩の同位体分別係数から過去の海水のMg同位体組成を復元することで地質時代の化学風化、気候、テクトニクスの関連性の解明に寄与することが期待される。海洋のMg同位体収支に関連して、これまで特に流入源である河川水の同位体組成を中心に報告が行われてきたが、除去源ではいまだ研究の黎明期にあり同位体組成の変動幅と変動要因に関する制約も非常に少ない。ドロマイト化と粘土鉱物による海水からのMg除去反応は除去量の約半分を担っている。これらの除去反応の履歴は堆積物中の間隙水の化学組成に反映されるが、炭酸塩鉱物(ドロマイト)の生成と粘土鉱物への吸着ではそれぞれのMg同位体分別係数の違うため、堆積物中のMg除去反応の履歴を直接的に判別することが可能である。2009~2010年に実施された統合国際深海掘削計画(IODP)317次航海では、ニュージーランド南島の陸棚と陸棚斜面のボーリング掘削を行い、世界初の陸棚での大規模掘削に成功した。陸棚の堆積物は氾世界的に分布し、外洋とは大きく異なり陸からの砕屑物や有機物の供給量が非常に多いが、これまでに陸棚・陸棚斜面の堆積物間隙水におけるMg除去反応に伴うMg同位体分別は報告されていない。 外洋の掘削サイトのMg同位体組成は有機物濃度が高い地点では増加傾向、少ない地点では減少傾向を示すことが報告されている。陸棚斜面堆積物の上部200 mではMg同位体比が海水に対して+0.99‰まで増加し、その後減少に転じ200-350 mでは-0.25‰を示した。このことは堆積物上部では炭酸塩鉱物(ドロマイト)の沈殿によるMg除去が優先しているが、深度の増加に伴って粘土鉱物によるMg除去に転じることを示唆する。これまでに多量の有機物の存在下ではドロマイトによる除去が優先することが報告されているが、大陸縁辺域の有機物供給量が多い堆積物でもMg除去反応が変化することが判明した。これはコア深度の増加に伴う過飽和度の減少などが除去源の変化の原因と考えられる。400 m以深のMg同位体組成は下位層準と長時間反応した間隙水との混合で説明される。一方で陸棚の堆積物では過去の海水準変動の影響を強く反映しており、不整合面でMg濃度と同位体比の大きな変化が起こる。 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなる.第1章は研究の背景と目的であり,マグネシウム(Mg)同位体比を用いた海洋環境の復元と,生物源炭酸カルシウム(CaCO3)ならびに堆積物の間隙水におけるMg同位体分別の重要性について述べられている.Mgは様々な地質・環境・生物プロセスで中心的な役割を担っているため,化学反応に伴うMg同位体分別を把握することで自然界で起こる地球化学・生化学反応のさらなる理解と,地質時代の環境変動の復元に貢献することが期待される.第2章以下では環境物質中で起こるわずかなMg同位体分別を議論するために新しい測定手法の開発を行ったうえで,下記の結果を得ている. 第2章では陽イオン交換樹脂を用いた炭酸塩試料からのMg分離手法ならびに高質量分解能MC-ICP-MSによる高精度同位体測定手法の開発を行ったうえで,深海サンゴにおけるMg同位体分別係数が2.5~19.5℃の水温範囲で-2.61~-2.28‰の値を取り,0.0138‰/℃の温度相関を示すことを見いだした.また,高Mg方解石をもつ深海サンゴのMg同位体分別係数は無機沈殿した方解石とほぼ同じで,結晶系が同位体分別係数に強く影響していると考えられる.以上から方解石を用いた海水温やMg同位体組成の復元が示唆される. 第3章では五段階の温度区(20,23,25,27,29℃)を設定した室内の恒温水槽で飼育した塊状造礁サンゴであるハマサンゴのアラレ石骨格においてMg同位体分別の温度依存性の検証を行っている.Mg同位体比は-1.13~-0.87‰の値を取るが,温度依存性に関しては第2章で報告した深海サンゴとは異なる挙動を示し,27℃以上では25℃以下と比べて約0.1‰低い値を示した.X線吸収微細構造分析によって生物源CaCO3に含まれるMgの化学形態を測定したところ,深海サンゴのMgは結晶中のCaを置換していたのに対して,造礁サンゴ骨格中のMgが結晶中のCaを置換しておらず,有機物やナノ粒子,アモルファスとして取り込まれていた.造礁サンゴにおけるMg同位体分別では深海サンゴとは異なり生物による強い選択性が働く. 第4章ではニュージーランド沖の陸棚・陸棚斜面の堆積物間隙水のMg除去反応に伴うMg同位体分別を報告した.Mg同位体分別係数から陸棚斜面堆積物の上部200mではドロマイトの沈殿が卓越しているが,200-350mでは粘土鉱物によるMg除去に転じることを示した.陸棚などの有機物含有量の高い堆積物ではドロマイトによる除去が優先することが報告されているが,コア深度の増加に伴う過飽和度の減少などが原因で除去源が変化した可能性がある.Mg同位体比によって海洋のMg収支に新たな制約条件を加える成果である. ニュージーランド沖の陸棚から採取された3本の堆積物コアのうち,もっとも陸に近い掘削サイトU1353の間隙水のみで淡水レンズが観測され,さらに他の掘削サイトでは多量に存在するメタンが全く認められない.第5章では間隙水のSr同位体比(87Sr/86Sr)を測定し,過去の海水準変動に伴って,低海水準期には天水,高海水準期には海水の流入が繰り返されたことによって淡水レンズが形成されたことを明らかにした. 第6章ではケイ素同位体比((29)Si/(28)Si)によるMg同位体比の高精度外部補正手法の開発を行った.MC-ICP-MSによる同位体測定では,質量数が近い元素によってマスバイアスの相互補正が可能であるが,ケイ素とマグネシウムの化学的特性が大きくことなるため,これまで適用することが難しかった.そのためMg同位体比の測定では標準-試料の相互測定によるマスバイアスの補正が一般的である.本研究ではNH3-NH4Cl緩衝液に両元素を安定して溶存させ,アルゴンガス流量などの測定条件を最適化することで,従来の手法よりも高精度・高確度のMg同位体測定を達成した. 第7章では環境物質中に含まれるMgの化学形態を明らかにするために,X線吸収分光法を用いて各種岩石・鉱物・生物起源炭酸カルシウム・化学試薬のXANESスペクトルを得ている.これまでに様々な元素が環境プロキシとして提唱されているが,試料と標準物質のスペクトルを対比することで微量元素取り込み機構に関してより直接的な証拠を示すことが可能となる. 本論文は提出者が主に検証・解析を行ったもので提出者の寄与は十分であると判断する. 以上の理由により,審査委員会は本論文を提出した吉村寿紘氏に博士(環境学)の学位を授与できると認めた. | |
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