No | 128731 | |
著者(漢字) | 高瀬(石橋),香絵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカセ(イシバシ),カエ | |
標題(和) | 低炭素社会実現のための住宅用太陽光発電導入の経済影響と普及政策に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the economic impact and the diffusion policy of introducing residential photovoltaics for realizing low carbon society | |
報告番号 | 128731 | |
報告番号 | 甲28731 | |
学位授与日 | 2012.09.27 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第834号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 環境システム学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 気候変動抑制や化石燃料価格の高止まり、そして原子力発電事故による原子力の社会受容性低下によって、日本においては特に低炭素技術の急速な導入の社会的要請が高まっている。一方で、経済モデルを用いた試算では、低炭素技術導入は経済や国民生活に深刻な悪影響を与えるとされている。 本研究では、政策の工夫と経済モデルの運用方法の再考によって、家庭における低炭素技術導入に限っては、経済や国民生活に悪影響を与えないことを示した。 政策の工夫とは、個人の限定合理性として知られている損失回避性(同じ金額の利得を好む度合いより損失を嫌う度合いが大きい)に焦点をあてたものである。 損失回避性を回避できる支払方法の工夫が、特に初期費用の高価な太陽光発電システムの導入において、導入率を向上させる効果があるとの仮説に立ち、1000人を対象とするアンケート調査を行った。 その結果、特に低所得階層において、太陽光発電の初期コストを分割払いする際に、太陽光発電によって得られるメリット分のみで分割払いをするPAYS(Pay As You Save)的支払プランの選好が高いことが分かった。 コンジョイント分析を行い、階層ロジットモデルを構築したところ、PAYS的支払プラン実現によって、導入率(選択確率)が5 ~17%(所得階層による)上昇した。導入率影響は低所得階層においてより大きかった。同等の導入率を初期投資補助で得ようとする場合に必要な補助単価を構築した階層ロジットモデルをもとに推計したところ、9~13万円/kWとなった。 以上にて推計した階層ロジットモデルを用い、太陽光発電システムコストの見通しや政策シナリオをもとに、ケース1:現行の余剰買取制度、ケース2:余剰買取に加えてPAYS的支払プランを整備、ケース3:全量買取制度(PAYSなし)、ケース4:全量買取に加えてPAYS的支払プランを整備、の4ケースについて、所得階層別の導入率や買取制度による電力価格上昇を計算した。その結果、2020年における住宅用太陽光発電累積設置量(20年耐用後の廃棄も考慮)は、2010年実績が300万kWであったのが、ケース1で1600万kW、ケース2で1700万kW、ケース3で1900万kW、ケース4で2100万kWであった。また、2030年にはケース1で3100万kW、ケース2で3200万kW、ケース3で3300万kW、ケース4で3700万kWであった。PAYS的支払方法の整備は、余剰買取と組み合わせたときよりも、全量買取と組み合わせた場合に導入効果が高いことが分かった。電力供給に占める割合は、2010年に0.3%であったのが、2020年に1.8~2.4%、2030年には3.4~4.1%を占めるようになる。電力料金に上乗せされるサーチャージについては、太陽光発電システムコストの低下見通しによって、2019年にその単価がピークを迎える。ピークに近い2020年において、ケース1とケース2の余剰買取のケースでは45~48円/世帯・月の電気料金上昇(電力消費が月に400kWhである標準家庭を想定)、ケース3とケース4の全量買取を想定したケースでは146~173円/世帯・月となった。所得階層別には、PAYS的支払方法の整備によって、低所得階層の導入が大きく進展することが分かった。なお、2030年のケース4の最も累積導入が進むケースにおいて、設置に適した一戸建ての44~49%に太陽光発電システムが設置されると計算された。 経済モデルによる試算の方法について、本研究ではエネルギー・サービスの考え方を応用一般均衡モデルに適用することを試みた。これによって、従来の応用一般均衡モデルにおいて、効率化による省エネルギーであっても消費減少として効用が低下していた問題を解消できる。これには、財消費と産業部門の需要/生産を結び付ける変換マトリックスに、エネルギー・サービスとエネルギー消費・他財消費の関係を表す役割を加えることで、モデル構造と整合的に省エネルギーを表わすことができた。 加えて、住宅用太陽光発電や他の再生可能エネルギーのように、設置世帯へのプレミアムが電気料金に上乗せされる形で行われている場合について、従来モデルでは価格上昇影響のみを反映していたが、本研究では電力消費世帯から太陽光発電設置世帯への所得移転についても反映した。従来分析では、電力価格を税金の形で上昇させ、その税収について、一般税収に還流する形をとるものが多いが、実態に即して太陽光発電設置世帯へ移転することで、より実態に近い影響評価を行うことができる。 上記の提案手法を用いて、政策効果モデルによる2020年・2030年の所得階層別設置量、電力価格上昇等の将来値による経済や家計効用への影響評価を行った。その結果、GDPは両年の全ケースにおいて、基準均衡から変化なく、一方でCO2排出量は2020年に0.4~1.1%、2030年に0.8~1.7%減少した。電力消費量(電力会社によるもの、住宅用太陽光発電による電力は含まない)は2020年に1.5~4.0%、2030年に2.7~6.0%減少した。一方で、電気機械産業や非鉄金属、建設、不動産部門の生産額が上昇した。 効用については、2020年時点までに太陽光発電システム価格が十分に下がっていることから、電力価格上昇による効用へのマイナス影響を打ち消し、両年の全ケースにおいて効用は上昇する。 本研究によって、家庭における低炭素技術の導入は、高コストが指摘される住宅用太陽光発電においても、個人の意思決定の特性を利用した政策を工夫することで、電力価格上昇を抑え、経済にマイナス影響少なく(プラス影響によって電力価格上昇によるマイナス影響は相殺される)、行うことができることが分かった(太陽光発電システムコストが十分に下がることが予想される2020年にはプラス影響となる)。特に、個人の損失回避性を利用したPAYS(Pay As You Save)的な支払方法の整備は、電力買取制度の買取価格を上げることなく導入促進を行うことができ、住宅用太陽光発電導入促進をよりマイナス影響少なく実施することができる。今後より再生可能エネルギーや他の低炭素技術を家庭に導入する際には、PAYS的支払方法の整備などの工夫を行うことで、経済にもプラスとなる低炭素化が可能であることが分かった。 図 1 住宅用太陽光発電の支払方法に関するアンケート調査結果(3所得階層) 表 1 アンケートに基づいたPAYS的支払方法整備による政策効果 表 21 2020年・2030年の住宅用太陽光発電累積設置量(計算値) 表 23 電力買取制度によるサーチャージ額 図 2 所得階層別太陽光発電システム累積設置量(ケース1に対する増分) 表 37 CO2排出原単位・実質GDP・CO2排出量の対基準均衡増減率 | |
審査要旨 | 本論文は、低炭素社会実現のための家庭部門における住宅用太陽光発電の導入について、その経済影響を評価し、普及政策を提示することを目的としている。太陽光発電に関する選好調査と、応用一般均衡モデルを用いた経済分析を行うことにより、住宅用太陽光発電の普及可能性が包括的に検討されている。 本論文は6章から成る。第1章では、研究の背景と目的、そして構成を述べている。省エネルギーや再生可能エネルギーへの期待が高まる一方で、従来の経済モデル分析は、低炭素技術の導入が経済や家計にマイナスの影響をもたらすとの分析結果を提示していたことについて、問題提起を行っている。 第2章では、住宅用太陽光発電の選好モデルを、消費者へのアンケート調査に基づいて、階層ロジットモデルとして構築している。特に、人間の意思決定における限定合理性の一種である損失回避性が、初期投資の高い住宅用太陽光発電の導入の阻害要因となっている可能性を想定し、英国におけるPAY AS YOU SAVE (PAYS)方式に類似した、発電メリットによって初期投資を返済するプラン(以下、PAYS的支払プランと表記)の整備による普及確率の上昇を推定している。また、PAYS的支払プランは、特に低所得階層において導入率上昇につながることを示している。 第3章では、第2章で構築した階層ロジットモデルに基づいて、2030年までの導入率と電力価格上昇についてのシミュレーションを行っている。現状の政策(ケース1)、現状の政策にPAYS的支払プランが整備される場合(ケース2)、全量買取が行われる場合(ケース3)、全量買取に加えPAYS的支払プランが整備される場合(ケース4)の4種類を検討している。その結果、累積設置量については、経済性の向上に加えて、PAYS的支払プランが整備されるケース4における導入促進効果が大きいことを示し、さらに電力価格上昇は最も上昇の大きいケース4においても、家計負担額がピーク時に200円/月・世帯以下であることを示している。 第4章では、低炭素技術導入が経済にマイナス影響をもたらすとの前提で分析が行われていた従来の経済モデル分析に対し、エネルギーサービスの概念の導入を考慮したモデル分析手法の提案を行っている。これまでの応用一般均衡モデルでは、省エネルギーは消費の減少として扱われて効用の減少につながっていたが、エネルギーサービスの概念をモデル内に取りこむことによって、省エネルギーによって効用が減少しない効果をモデル化している。他にも、電力の固定価格買取制度に伴う家計間の所得移転を、所得階層別にモデルに実装する方法を提案している。 第5章では、第4章にて提案した経済モデル分析手法と、第3章における政策ケースや所得階層別の普及率、電力価格上昇を統合して、応用一般均衡モデルによるシミュレーションを行っている。これにより、住宅用太陽光発電システムの普及政策に、単純な経済性だけでなく、PAYS的支払プラン等を考慮することで、所得階層別の家計の効用や経済全体への波及効果を導くことが可能となっている。その結果、省エネメリットや産業波及効果、ならびに将来の住宅用太陽光発電のシステムコストの低下を考慮することで、家計効用は上昇するという結果を得ている。 第6章では、住宅用太陽光発電については、従来トレードオフ関係で扱われた低炭素化と経済の両立が可能であることを結論として示している。特に、PAYS的支払プランの整備によって、これまで初期投資の大きな負担によって普及が進まなかった低所得階層における導入を促進することができ、低炭素化と所得格差緩和の同時達成にもつながることが述べられている。 本論文で提案されているエネルギーサービスの概念を応用一般均衡モデルに適用する新規的な方法論は、今後省エネルギーを扱う応用一般均衡モデル全般に適用可能といえる。また、意思決定における限定合理性に着目し、独自のアンケート調査によってその効果を推定している点においても新規性があり、現実の環境政策に積極的に取り入れるべき分析結果を提供している点で、有用性が高い環境学的研究である。 なお、本論文の第2章、第4章は吉田好邦氏、松橋隆治氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となってモデルの構築とシミュレーションを行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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