学位論文要旨



No 128732
著者(漢字) 深瀬,康公
著者(英字)
著者(カナ) フカセ,ヤスマサ
標題(和) 三次元有限要素法の歯科治療評価への応用 : エックス線CT画像データと有限要素法によるテーラーメード的評価方法
標題(洋)
報告番号 128732
報告番号 甲28732
学位授与日 2012.09.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第835号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 人間環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 特任教授 杉浦,清了
 東京大学 教授 神保,泰彦
 東京大学 教授 榎,学
 東京大学 准教授 泉,聡志
内容要旨 要旨を表示する

1.序論

1.1研究の背景および目的

顎顔面口腔領域では,様々な理由によって歯の欠損に伴う咀嚼機能の喪失が起こる.その原因は,単に齲蝕によるものばかりではなく,歯周病,腫瘍や嚢胞などの疾病による場合,抜歯や顎離断などの外科的手術に付随する場合など様々である.また歯の欠損と同時に,一般的にその周囲骨吸収による骨欠損,骨量の不足も生じる.そのため,咀嚼機能の回復のための欠損歯補綴治療を行う場合には,骨量の不足,骨質の低下なども同時に問題となる場合が多い.例えば,有床義歯を装着するには義歯床を支持する歯槽骨が必要であり,ブリッジで補綴する場合も支台歯周囲の支持骨が十分に存在しなければならず,また,インプラントを埋入する場合にはインプラントを保持する周囲骨の存在が重要となってくる.

このように歯の喪失によって咀嚼機能が失われた部位を回復させるためには,単に欠損歯を補綴することだけに留まらず,その周囲の歯槽骨の状態が重要となってくる.すなわち,咬合・咀嚼による外力に対して,歯や骨の硬組織が十分な力学的負担能力を発揮することによって咀嚼機能を回復することが初めて可能となる.

現在,骨の状態を評価する方法としては,エックス線を用いた写真撮影による画像診断が一般的である.さらに,近年X-ray Computer Tomograph (エックス線CT)による撮影が広く臨床において行われるようになり,広範囲にわたる画像情報が非侵襲的・非破壊的に得られ,組織内部の状態を三次元的に把握できることなどから歯科診療においてもその使用数が増え,歯科領域専用のエックス線CT装置の開発も行われている.エックス線CTを用いた三次元的な画像診断は,二次元的な標準撮影と比較して骨形態を三次元的に構築して表示するために,より詳細な骨形成状態を評価することが可能となった.しかし,前述のとおり,咀嚼機能の回復を検討する場合には歯や骨などの硬組織が十分な力学的負担能力を示しているかどうかの検証が必要で有り,単に画像によって骨の状態を観察するだけではその機能的な状態を評価することが困難であると考えられ,力学的な評価が求められている.本研究では,エックス線CT画像データから構築した有限要素法モデルによる力学解析によって,歯および周囲骨の外力に対する負担能力を評価することを目的として行った.

1.2研究の概要

本研究は,エックス線CT撮影によって得られた三次元画像データと有限要素法とを融合させた,口腔領域の歯およびその周囲骨の状態を力学的に評価するためのシステムを考案した.このシステムは,エックス線CT画像を構成している断層面の画素 pixelを用いて,骨などの組織の形状をvoxelという微小な立方体の集合からなるvoxelモデルで表している.骨などの組織を煉瓦造りの家に例えるならば,一個一個の煉瓦がvoxel一個一個に相当し,voxelの集合体によって組織のモデルが構築されている.

2.骨補填材の評価

このvoxelモデルは,エックス線CT画像同様,非常に詳細な形態を表現しており,非侵襲的・非破壊的に,また,テーラーメード的に歯および周囲骨の形状を再現することが可能となった.本研究では,エックス線CT画像診断と,このvoxelモデルを用いた骨パラメータによる評価,有限要素法による力学解析によって咬合力・咀嚼力への負担能の評価について,以下に挙げる実際の臨床例の評価と,この手法の有用性についての検討も合わせて行った.

2.1 骨補填用セメント

開発した骨補填用セメントを家兎頭蓋骨窩洞に充填し,未充填の対照群に対する新生骨生成に関わる骨パラメータおよび有限要素法による外力に対する負担能について検討を行った.その結果,骨パラメータからは,新生骨が生成されるにはそのためのスペースが必要であること,有限要素法からは,骨補填用セメントの充填群では,外力が充填部分で広く負担されているのに対して,充填されていない対照群は新生骨部分のみで負担することから,新生骨に対して負担荷重となることが危惧された.また,骨補填材は経時的に崩壊し,表面に凹凸が形成され,この凹凸部分の辺縁に応力集中が認められたことから,より崩壊が進むことが期待された.

2.2 傾斜機能性骨補填用ブロック

生体模倣工学を応用した骨組織に近似させた傾斜機能性骨補填用ブロックを下顎第一大臼歯抜歯窩に埋入することを想定したvoxelモデルを構築し,傾斜機能性骨補填用ブロックの骨内での力学的挙動を検討した.その結果,傾斜機能性骨補填用ブロックおよび対照であるHAp単体のブロックの両方において,埋入ブロックネック部分周囲の皮質骨表面に大きな応力の分布が認められ,どちらも外力をネック部分の皮質骨で負担していることが判明した.傾斜機能性骨補填用ブロックは,マトリクス部分の微小な粒径のHApと,フィラーとして粒径の大きなβ-TCP顆粒とが配合傾斜されている.皮質骨側ではHApが100%となっており,前述の外力がこの部分で負担されていた.骨髄側では,β-TCPの配合が増加し,その表面にマトリクス部分よりも大きな応力が発現しており,顆粒の剥離,崩壊による新生骨生成のスペースの確保が期待できた.動物実験による病理組織切片像では,HAp側では,線維性組織が認められたのに対し,β-TCP側では骨芽細胞,破骨細胞,板状骨など骨改築に関わる細胞が多数見られた.このことから,開発した傾斜機能性骨補填用ブロックは,機械的強度,生体反応性において傾斜機能性を有していることが判明した.

3.インプラントの評価

3.1 自家歯移植術

人工歯根いわゆるインプラントを用いずに,自家の歯を用いた移植術は,免疫的な問題の発現も少なく,移植歯の周囲組織への生着も良好である.しかし,移植歯の周囲組織への生着の良否を判断する方法に乏しく,例えば,打診痛診査,動揺度診査などがあるが,侵襲的であり,客観的な指標とは言いがたかった.そこで,移植歯と新生骨の生成状態をエックス線CT撮影からvoxelモデルを構築し,有限要素法によって力学的に解析することで評価を行った.その結果,外力は歯頚部周囲の皮質骨で負担されており,節点変位は水平荷重の方が垂直荷重の場合よりも小さかった.咀嚼による歯の維持へのダメージは水平方向への動揺度の方が垂直方向へのそれよりも重大であるため,水平方向への変位が少なくなっていることは予後が良好であると判断された.

3.2 インプラントの傾斜埋入術

インプラントを埋入するにあたり,解剖学形態,特に上顎では上顎洞に近接しているために咬合平面に対して傾斜をつけて埋入する必要がある場合,All in Fourのように4本のインプラントを連結固定して片顎全てを補綴するような場合,にインプラントを傾斜埋入することがある.今回,All in Fourによる傾斜埋入の術前評価として,インプラント埋入シミュレーションソフトを用いたAll in Four術前計画をvoxelモデルを用いた有限要素法によって力学的な評価を行った.

その結果,対照群である単独荷重を付与した場合は,All in Fourの試験群に較べ節点変位が大きくなり,また,4本のインプラントで構成される咬合平面も崩れてしまった.これに対してAll in Fourは,臼歯部のインプラントの節点変位が小さかった.このことは,実際の臨床においてアンカー効果と呼ばれる現象が確認され,術前設計の妥当性が判明した.

3.3 インプラント埋入条件が下歯槽神経に及ぼす影響

インプラント埋入の維持・安定に寄与する条件として,インプラントの寸法が上げられる.本研究では,インプラントの直径および長さがインプラントの維持・安定にどのように寄与しているかを右側第1小臼歯部分にインプラントを埋入することを想定したvoxelモデルを構築し,有限要素法によって解析した.その結果,インプラントの長さを6~16mmと変化させても,周囲の骨に発現する応力の分布に大きな違いは認められなかったが,直径を3~5mmと増加させると,最大応力が顕著に減少し,直径の増加がインプラントの維持・安定に大きく寄与していることが判明した.次に,インプラントの埋入深さが,その直下にある下歯槽神経に与える影響を検討した.インプラントの長さが長くなり,埋入深さが深くなると,下歯槽神経には大きな応力が発現した.このことから,モデル実験を構築し,インプラント先端からの距離と発現する応力の大きさの分布を検討した結果,距離と応力値には相似則が成り立っており,インプラントの先端から直径分離れることによって,急激に応力が小さくなることが判明した.

4.結論

(1)本システムによって,チェアーサイドで使用でき,歯および周囲骨に発現する応力の大きさや分布から、外力に対する負担能力などの臨床的評価を,より小規模な解析器材で,短時間で得ることが可能となった.

(2)実際の臨床例における評価を行った結果,これまでには得られなかった個々の解剖学的形状に即した術前・術後の臨床評価が可能となった.

今後,本システムはPC等の性能の向上,ネットワークによるクラウド化などによる処理の高速化などによって,さらに高度で短時間の評価環境を実現できることが期待された.

(1)Fukase Y, Eanes ED, Takagi S, Chow LC, Brown WE, Setting Reaction and Compressive Strengths of Calcium Phosphate Cements. J Dent Res, 69 (12), pp.1852-1856, 1990.(2)石井恵三,中里 力,イメージベースモデリング/解析システムの開発,計算工学,3,pp.385-386,1998.(3)雨海真人,深瀬康公,大原敏靖,横田政幸,石井恵三, イメージベース構造解析システムの新生骨生成評価への応用,シミュレーション,22(4),271-277, 2003.(4)新井嘉則,歯科用小型X線CTによる三次元画像診断と治療,医歯薬出版,東京,2003.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章からなる.

第1 章は序論である.まず背景として,歯科医学では他の医学分野と比べ,材料,器機などの開発,発展が治療の質の向上に関わっている特徴を述べている.これらの背景を,関連の研究や技術革新を含め第1節で説明するとともに.第2節では,生体材料の評価について現在のニーズに照らし合わせ,従来の研究方法の不足点を明らかにするとともに,「生体材料あるいは周囲組織の臨床的評価を行うことのできるシステムの新たな提案と,これに基づく従来の知見に対するエビデンスの提示および個々の患者に最適なテーラーメード医療を実現」を本論文の目的として掲げた.第3節は本研究の構成を記した.

第2 章ではこれまでの著者の研究のうち,生体材料評価の具体例として表面粗さを取り挙げ,従来の評価法の問題点を明らかにしている.すなわち,歯科における表面粗さは「曲げ強さ,表面色,化学反応,腐食など多くの材料の性質に影響を与え,生体材料の表面粗さを評価することは,基礎的・臨床的にも意義がある.しかし,生体内での条件を再現した実験系の確立は困難である」ことを示した.以上から,従来の測定方法と現実の使用環境との相違および評価の問題点や限界を解決するには,「個々の生体の環境,条件を再現する方法」や「非破壊的・非侵襲的な測定方法」を用いた新たな評価方法を構築する必要があることが結論づけられている.

第3 章では第1,2章で示された問題、すなわち「従来の生体材料の評価法では実際の生体内の環境下での検討が困難であること」を解決するための新たな方法を提案している.

生体材料の生体内での挙動に対する臨床評価を行うに当たって,先ず非侵襲的・非破壊的でなければならない.そのために,第1節では,エックス線CTデータの応用を,第2節では画像データを直接利用できるvoxel型有限要素解析を説明している.最後に,第3節では,これら2つの特徴を活用・融合した新たな非破壊的・非侵襲的システムを提案している.なお,提案システムは,現在のPCの性能によれば,実用上許容される程度の形状再現性と解析精度(有限要素法モデル分割数)を確保できることも併せて示している.

第4 章では本システムを用いた生体材料の具体的評価として,骨補填材を対象とした2つの例を取りあげ検証している.

生体材料としては,著者が開発した骨補填材として,1)セメント状の骨補填材(αDTC),および2)傾斜機能性骨補填用ブロック,の2種類を取りあげた.これら2種類の骨補填材を生体内に用いた場合の臨床的評価を, 従来の方法であるエックス線単純撮影や病理標本観察に加え,本システムを用いた力学解析により行い,その有用性を検討している.検討の結果,骨補填セメントでは,抜歯などにおける新成骨生成の治癒過程をよく説明できること,傾斜材料では,有限要素解析結果の応力分布から材料設計の意図に沿った自己崩壊性が期待されること,が示された.なお後者については破壊試験の挙動と矛盾がないことも示された.

第5 章では,臨床的評価が特に重要となる例としてインプラントを取りあげ,インプラントに関わる3症例について,本システムを用いた検討を行っている.インプラントの評価は,従来の外力を加える検査では,生体への侵襲およびインプラントの破壊を伴うことが危惧され実施困難であるため,本研究の方法が望まれるところである.

具体的症例として,1)直接咬合力の負担能力を検査することの困難な自家歯移植術における移植歯の術後の検証,2)新たな術式であるAll in Fourの術前計画の検討と評価ならびに予後予測,3)インプラントの寸法と維持安定の関係の検討ならびに下歯槽神経傷害に関する評価,の3症例について検討を行った.

本システムを用いた有限要素解析の結果,移植歯における新生骨の荷重負担傾向が明らかとなった.またAll in Fourにおいてはインプラントの変位を減少させるメカニズムが解明された.さらに下歯槽神経傷害についてはインプラント根尖からの距離とそこに発現する応力集中の状況が明らかになった.以上のように本システムによって従来からの臨床的な知見に対するエビデンスを与えることができた.

第6 章では,論文全体としての結論と今後の展望が示されている.

以上を要するに,本論文は,非侵襲的・非破壊的手法であるエックス線CT撮影データとvoxel型有限要素解析手法を融合することによって,従来の破壊的手段では不可能であった個々の生体内での生体材料およびその周囲組織の力学的挙動を評価・検討するテーラーメード医療を可能とし,また臨床的に有用な知見を得たものであり,臨床医学,材料学,計算科学の発展に寄与するところが大きい.

従って,博士(科学)の学位を授与できると認める.

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